10話 リベンジ(後編)
1つ前の9話のタイトルを『リベンジ(前編)』に変更しました。
内容は変わっていないので、読み直す必要はありません。
俺は今、ポロンと一緒に森の木々に隠れるように外の景色を眺めていた。ポロンが敵の気配を察知した時、まずはオレとポロンで先行して敵の情報を得ようと言う話になったのだ。
「じゃあ、行ってくる」
「気をつけてね……」
アサギとカメリアには、念のため塔の入り口に近い位置まで移動してもらっている。最悪、どうにもならない敵だったときは逃げる事を選択する。とは言え、2日連続で依頼を失敗するのは痛いので、荷物をできるだけ運んでもらっている。速度が不要な今の状態なら、カメリアだけでも持ち運べる量だ。
「さて、ポロンが見つけたのはどんな魔物なのか……」
「わふっ」
自信ありげに鳴くポロン。俺の横で伏せて鼻と耳を駆使して、相手の動向を探ってくれている。そして、俺の気配感知にも反応があった。数は8。鷹の目のスキルを発動して、相手を視認する。
「……寄りによって、あいつらか」
見えたのは茶色い毛並み、頭に生えた禍々しい角……そう、昨日逃げるしかなかったデビルディアだ。数は少なく8匹の群れみたいだけど、さて昨日の今日で臆することなく戦うことができるか?
「あれに勝てなきゃ、1回ですら探索ができない。覚悟を決めるか……」
そうなると、今度はどうやって戦うかだ。今俺たちは、こちらだけが相手を察知しているというアドバンテージがある。これを有効に使いたい。となると……。
「あの中の監視する個体を見つけたいな」
スキル『鷹の目』を初どしているから、相手の群れが良く見える。この中から、監視している個体を探すのか。何か特徴があれば良いんだけど……。距離はまだ十分ある。俺は、群れの中の1匹1匹を注意深く観察する。すると、群れの中の1匹に目が留まった。
「あれ、あいつだけ他のデビルディアと違って前を見ていない?」
目が留まった個体は、他の群れのデビルディアたちが一方向を見ているのに対して、首の向きが違う。あれは、周りを注意しているから……なのか?
「確定とはいかないけど、明らかに挙動が違うな。ここはヤマを張ってみるか」
そう決断してからは早かった。
「ポロン、お前に任務だ」
「わん」
「お前の目で見えるか?あの群れの中で、1匹だけ他のデビルディアと見ている方向が違う奴がいる。群れの中央よりも、やや右側だ」
「………………わん!」
「よし。俺はこれから、アサギたちと合流する。そこで戦闘態勢を取ってあいつらを迎え撃つ。お前は、俺が見えなくなったら、あの他と違う個体に50メタまで近づいて注意を惹き付けろ。あいつらが反応したら、その距離を維持したまま俺達の方に帰って来い。危険だけど、できるか?」
「わんわん!」
『任せて!』とばかりに鳴くポロン。やっぱり、こいつは俺達の言っている事が理解できている。今まではペットとしてしか考えてなかったけど、ポロンも立派な猛炎の拳の一員だ。ポロンの頭を優しく撫でて、俺はアサギたちのいる場所に移動を始めた。
移動の最中、頭の中ではこの作戦で良いのかを何度も自問自答していた。もし監視する個体が間違っていたら、ポロンが危険な目に合う。逆に、この作戦以外の方法だと先制攻撃するメリットを活かせない。解ってる、解ってるけど不安でどうにかなりそうだ……。
「気をしっかり持てホクト。昨日ダッジさんにも言われたろ。変に考え過ぎるな。それに、もしあの個体が監視用の個体なら、次からは安定してデビルディアを狩る事ができる。これは、分の悪い賭けじゃない」
移動しながら、思考の整理をする。普段の俺からは、考えられないくらい緊張している。落ち着け、落ち着け……俺。焦る気持ちを落ち着けて、アサギとカメリアの元まで急ぐ。この作戦は、俺がポロンの視界から見えなくなった段階で始まっている。ポロンの事だから、ある程度は余裕を持って行動してくれると思うけど、俺が1秒でも早くアサギたちと合流できれば、それだけ有利な状態で戦えるって事だ。冷静になりつつも、動かす足の速度を早める。
そうして、どれくらい移動したのか。思ったよりも遠くまでアサギたちは移動していたみたいだ。森を出て、しばらく視界を遮るものが無い状態で走っていると、やっとアサギとカメリアの姿を視認できた。
「予想以上に遠くまで来てたな」
「お疲れさま。そうね、結構余裕あったからね」
アサギがカメリアの方を見ながら笑みをこぼす。振られたカメリアは、俺に向かって親指を突き出す。サムズアップの姿が漢らしい……。
「時間が無いから、簡単に説明する。感知に引っ掛かったのはデビルディアの群れ。群れの規模は8匹で、昨日よりも全然組し易い。ここで苦手意識を植え付けられるのも嫌だから、倒すぞ」
「そうこなくっちゃ!で、そいつらは何時頃ここに来るんだ?」
「今ポロンがこっちまで誘導している。それまでの間に戦闘準備を整えて、デビルディアの群れに先制攻撃を仕掛けるぞ」
そう言って、俺は両拳を打ち付けあった。アサギとカメリアは同時に頷き、それぞれの得物を準備する。
「アサギ、群れの中に1匹だけ他のデビルディアと違う方向を見ていた個体がいた。俺の中では、そいつが監視用の個体だと思ってポロンに指示を出している。アサギも、それを踏まえて作戦を考えてくれ」
「……もし、見解が違っていたら?」
「そんときゃ乱戦だな。もし、そいつとの距離が50メタを超えたときに襲ってこなくなるんであれば、そう言う作戦もアリだけど……それは難しいだろうな」
「そうね。でも、監視用の個体に当たりが付けられるのであれば、こっちでも色々と考えてみるわ」
「頼んだ」
フォーメーションはいつも通り。俺とカメリアが前衛。アサギは後ろから魔法で援護。合流したポロンは遊撃だ。そこから先は、アサギに任せよう。先頭がし易い、なにも無い空間に俺たちは陣取って、デビルディアの群れが来るのを待ち構える。そうして、どれくらい時間が経ったのか……遠くの方から土煙が上がっているのが見えた。方向的にも、あれがデビルディアの群れで間違いないだろう。
「あ、あれ!」
アサギが指した方向には……ポロンが、全力でこっちに向かってきているのが見えた。あいつは、ちゃんと俺の言った事を理解して、群れとの距離――正確には監視用個体との距離――が50mを超えないように調整しながら走っていた。
「ポロンの奴すげえな、アタイよりも頭が良いんじゃないか?」
「当たり前でしょ、いつからポロンよりも頭が良いと思ってたのよ」
アサギとカメリアが、軽いじゃれ合いをしている。思ったよりも、昨日の事が尾を引いてはいないようだ。パーティの女性陣がしっかりしてるんだ、俺だけ怯んでる場合じゃないな。
「よし、絶対倒して依頼を成功させるぞ!」
「おお、ホクトが気合入ってる……」
「何かあったのかしら?」
そうしている間に、ポロンが俺達の傍まで戻って来た。
「ポロン、よくやった。お前は遊撃として、倒せる奴から倒してくれ。無理はするなよ?」
「わんわん!」
戻って来たポロンにご褒美とばかりに一撫ですると、嬉しそうに鳴いた。そして、俺達から少し離れた位置について、向かってくるデビルディアを睨む。ポロンの準備も良さそうだ。すでにデビルディアの群れと俺達との距離は50mを切っている。群れは一目散に、俺達の方に向かってきてるから戦闘になるのは間違いない。
「来るぞ!カメリア、準備は良いか?」
「おう、1匹たりとも逃がしはしねえぜ!」
デビルディアたちは、群れの中から3匹が先行して、こっちに向かってくる。あいつらが前衛か……。
「俺は真ん中のを、カメリアは左のを頼む」
「りょうかい!」
真っすぐ突進してくるデビルディアを、ギリギリで右に回避して、そのまま肘を横っ腹に打ち込む。
「おらぁ!」
横からの強い衝撃を受けて、突進してきた個体は横倒しに倒れる。チャンスとばかりに、首へ止めの一撃を放つ。
ゴキィッ
嫌な音と共に、倒れたデビルディアが白目を剥いて事切れる。
「よし、前情報通りだ。こいつら、1匹1匹は大したことないぞ!」
そう周りに伝えて、右にいたデビルディアに向き直ると……。
「ガウゥッ!」
ポロンがデビルディアの首に齧りついて、押し倒していた。見れば、そのデビルディアも口から血の泡を吹いて死んでいた。これで2匹、後はカメリアの方だけど……。
「大したことねえな!この程度なら、昨日もやれたんじゃないか?」
デビルディアを足蹴にして、仁王立ちのまま豪快に笑っていた。これで最初に向かってきたデビルディアは全部倒した。思った以上に、楽に倒すことができたんだけど……。
「これは……」
「ちょっと、まずいかしら?」
残りの5匹が、俺達の周りを走り回って包囲している。個体として強くない事は確認できたけど、今の状態から各個撃破するのは難しそうだ。どうするか考えていると……。
「ホクトくん、デビルディアの弱点をつきましょう」
「弱点……あ、音か!」
「そう。今のデビルディアを1匹1匹倒すのは難しいけど、音で動きを止めた後なら……何とかなると思わない?」
「それで行こう。ただ、大きな音って、どうすればいいんだ?全員で大声を出すとか?」
実際、どの程度の音で動きを止めてくれるのかは、出たとこ勝負になってしまう。何かないかと考えていると……良い方法を思いついた。
「ちょっと試してみたい事がある。アサギとカメリアは、デビルディアが止まった瞬間に攻撃してくれ」
「良いけど、どうやって音を出すの?」
「失敗するかもしれないから、今は言わない。もし、デビルディアが動くを止めなかったら、悪いけど俺を守ってくれ」
出たとこ勝負の一発ネタ。そう考えながら、俺は両拳に魔力を流して循環させる。
「その籠手の力を使うの?」
「これだけだと意味を成さないから、もうひと手間かけるけどな……」
アサギと話しながらも、魔力を循環させることは止めない。剛拳も、使う頻度が高まったことで慣れてきた。もっと練習して、もっと早くもっと強くしたい。
「わふぅ?」
ポロンが、俺の方を見ながら首を傾げる。やばい、集中が乱れそうなくらい可愛い。俺は、意識を途切れさせないように精神統一しながら、ポロンが何を言いたいのか考える。
「………………ああ、お前の役割か」
「わん!」
「お前も、あいつらの動きが止まったら攻撃だ。アサギとカメリアとは違う個体を狙えよ」
「わんわん!」
ポロンはアサギたちの方に走っていった。多分、どの個体を攻撃するのか決めるんだろう。そうして、やっと剛拳が使えるくらい魔力が高まった。後はこいつを……。
「行くぜ、後は任せたからな!」
そう言いながら、跳躍のスキルを発動してジャンプする。3mくらい垂直に飛び上がって、重力の力を借りて両拳を地面に思いっきり叩きつける。
「剛拳!」
ドバァッ!
地面に接触した拳を中心に、半径5mくらいのクレーターができた。そして、破砕した時の音で狙い通りデビルディアたちの動きが止まる。
「ホクトくん、ナイス!」
「後は任せろ!」
「わんわん!」
2人と1匹は、その瞬間を逃さず攻勢に出た。カメリアは朱槍を振り回して、ポロンは爪と牙で、そしてアサギは……。
「天狐!指示した個体に火炎攻撃!」
「任せよ!」
野球ボールサイズの火の玉が、デビルディアに向かっていく。驚いたことで、初動に致命的な隙を作ったデビルディアたちは、成す術なく天狐の炎に包まれていく。カメリアが2匹、ポロンが1匹、そしてアサギが2匹のデビルディアを仕留めた。これで、向かってきたデビルディアは全滅だ。
「上手くいったな。それに、恐らく最初に想定した監視用個体で間違いないだろう。これからの戦闘が楽になるぞ」
「それに、弱点の音の大きさも解ったしね。次からは、私の魔法でも対応できそうよ」
「久しぶりに、気持ちいいくらいの大勝利だな」
みんな嬉しそうだ。かく言う俺だって嬉しい。昨日のリベンジができたんだ。これで、ある程度の規模のデビルディアなら戦えることが解った。この日、俺達は初めて探索者として依頼を達成することができた。




