7話 反省会と資料室
「はぁ……結局手に入れた物全てを置いてきちゃったから、依頼も全て失敗ね。ああっもう!せっかく、全部依頼完了するくらい集まってたのに……」
「こればっかりは仕方ないだろ、命あっての物種だ。あそこで荷物を放り出したから、俺達は今ここでお茶を啜っていられるんだ」
あの後願いの塔を出て、俺達は近くのカフェでお茶会と言う名の反省会をしている。結局すべての依頼を失敗して、ギルドにそれを報告すると、思いのほか酷い扱いにはならなかった。
『ああ、良いのよ別に。初めて願いの塔に入る人たちの多くが、あなたたちみたいに何も得られるに帰って来るの。この場合、その判断ができるだけでも合格点よ。逆に手に入れた荷物を諦めきれずに、酷い傷を負ってそのまま引退とか……最悪帰ってこないって事もあるからね。そう言う意味では、あなたたちは有望よ』
カリンさんにそう言われて、若干ではあるけど気が持ち直した。とは言え、それで御の字とはいかず。それを踏まえた上で、次にどう活かすかが重要になってくる。今回で、願いの塔が一瞬で天国から地獄に切り替わるってことが解った。なら、次はそうなっても良いように準備をするか、そうならないように探索中に気を配るかだ。
「でもよ、今回のは仕方ねえんじゃねえの?あれだけのデビルディアに追いかけられたら、さすがにどんな奴らでも逃げ出すだろ……」
「そうよね……でも、次にあの大群に会った時、何とか荷物も命も諦めずに帰って来る事ができないか……この会は、それを議論する場よ。カメリアみたいに、仕方ないで済ませてたら、いつまで経っても上の階に行けないわ」
「そりゃ……そうだけどよ」
「まず今回感じたことは、気配感知の有効範囲が狭いって思った。これは、次回ポロンを連れて行くことで解決できるはずだ。そうなれば、今回のようにギリギリになってから逃げるよりも荷物を捨てずに生還できる可能性が上がる」
今回の失敗点は、様子見だからってポロンを置いて行ってしまった事だ。どうも今までの冒険者稼業の延長線上に考えてしまっていた。様子見、そんな甘い考えは願いの塔には通用しない。潜るときは、常に真剣勝負。そうじゃなきゃ、これから先生き残れない。
「後はホクトくんも言ってたけど、資料室で1階に出てくる魔物の情報を集めましょう」
「うげっ……」
「アサギ、探索者ギルドにも資料室ってあるのか?」
「もちろんあるわ。今から行く?」
「いや、俺は冒険者ギルドの方に行ってみる。あそこならマテラさんがいるから、色々と聞けるかもしれない」
久しぶりに会って話をしたいってのもあるけど……。でもあの人、俺達冒険者よりも魔物に詳しいから、俺達じゃ気付かない何かを知っているかもしれない。
「良いけど、願いの塔の中の話だから、多分あまり情報は無いと思うわよ」
「そっちは探索者ギルドに行く、アサギに任せるよ。俺は俺で動いてみる」
「……そっか、了解。で、カメリアはこっちに来るって事でいいの?」
見ると、アイスティーをブクブクさせながらカメリアが不貞腐れていた。妙齢の女性が、子供みたいでみっともない。いい加減、覚悟を決めろって……。
「……いいわ。カメリアは、私が責任を持って資料探しに連れて行くから。ホクトくんは、冒険者ギルドに行っちゃって」
「良いのか?」
そう返しながらカメリアを見る。そこには、売られる子牛のような顔をしたカメリアの姿が……。なにも見なかった事にして、カフェの席を立つ。ここのカフェは、色々なお茶を楽しめるので結構穴場だ。見れば、ほぼ満員状態。飲んでた冷たい紅茶も、苦みが聞いてて結構美味しかった。願いの塔から戻ったときは、近いから次も使ってみよう。
「じゃ、行くわ」
「ホクト~~~~!!!」
背中越しにカメリアの悲鳴が木霊した。
冒険者ギルドに来るのも久しぶりだ。ちょっと前までは毎日のように来てたのに、探索者になってからは一度も来ていなかった。入り口のドアを開けて中に入る。夕方までは少し時間があるからか、中は意外に空いていた。カウンターの方を見ると、ノルンさんが小さな欠伸をしていた。
「っ!?あ、あらホクトさん……何か御用ですか?」
目がバッチリ合ってしまって、ノルンさんが慌てて笑顔で取り繕う。ノルンさんみたいに、仕事ができる女のひとが見せた小さな隙。ご馳走様です。
「ああ、資料室を借りようと思って……」
欠伸の事はスルーして、来訪目的を伝える。それを聞いて、ノルンさんは納得した表情を浮かべた。折角なので、資料室に行く前にちょっとノルンさんと会話を楽しもう。
「願いの塔に入ったんですか?」
「はい、さっき……見事にやられちゃいましたけど」
「えっ!?怪我とかは無いんですか?」
「それは全然。ただ、せっかく手に入れた依頼の品を、全部放って逃げ返ってきたので……何と言うか、徒労感が半端なくて……」
俺の言いたい事が伝わったのか、ノルンさんの表情が心配顔から苦笑いに変わる。美人の表情は、どんなときでも良いものだね。っと、心配してくれてるんだから、あまり顔ばかり見てないで会話をしよう。
「でも、その決断のお蔭で無事に帰ってこれたのなら、それは正しい選択だったのだと思います」
「そうですね。実際、願いの塔の外に出たときは、失ったアイテムよりも生き延びた事に安堵しましたから……。解ってはいるんですけどね、命が安全に感じた途端……勿体無いって」
「ふふふ、そう言うものかもしれませんね。でも、ホクトさん達猛炎の拳が逃げるだけで精一杯ですか……ちなみに、どんな魔物だったんですか?」
「えっと、デビルディアの大群です」
「それは……ご愁傷さまです」
どうも、デビルディアの大群って言うだけでインパクトは十分だったみたいだ。ノルンさんの表情が、困ったように眉が八の字に曲がる。
「私も詳しくは無いですが、デビルディアの大群は1匹数が増えるだけで危険度が倍々になっていくようです。そう考えると、戦闘にならなくて良かったじゃないですか」
「そうですね。それに、ジャイアント・グリズリーには勝てたんで、全ての魔物に勝てなかった訳じゃないです。だから、次にデビルディアに出会っても良いように、今日は資料室で情報を集めようかと……」
「なるほど……。アサギさんは、探索者ギルドですか?」
さすがノルンさん。俺達の行動を読み抜いている。
「はい。俺は、久しぶりにマテラさんにも会って話がしたかったので」
「あら、お引き留めしてしまいましたね。私のことはお気にならさず、資料室へどうぞ」
そう言って、ノルンさんが2階への階段を指し示す。確かに資料室に用があったんだけど、こんなスッパリと会話が終わってしまったのは少し寂しい。まあ、いいか。帰りがけにまた声をかけよう。俺はノルンさんに別れを告げて、2階への階段を上がった。階段の目の前の扉が資料室だ。さて、マテラさんはいるかな?
「失礼します……」
一応ノックをして、声をかけてから中に入る。資料室の中は、案の定と言うか閑散としていた。そもそも、脳筋が多い冒険者たち。資料室に足を運ぶ人はあんまりいない。俺は結構使ってるけど、未だに冒険者に出会った事がない。まあ、俺の場合はマテラさんと話をするために来ていたってのもあるけど……。
「は~い……あら、ホクトさん。こうして、この部屋で会うのも久しぶりね」
「そうですね。スタンピードの打ち上げ以来ですかね……」
この人は冒険者ギルド資料室担当職員のマテラ・ライアさんだ。以前一角兎を討伐できなくて、ちょっとでも参考になればと訪れたときに知り合いになった。こう見えて、一時の母で子供の名前はアンナ・ライアちゃん。現在8歳。
「そう言えば聞きましたよ。探索者の試験に合格したそうで、おめでとうございます」
「ありがとうございます。それで早速願いの塔に入ったんですけど、予想外の強敵に会って、せっかく入手したアイテムを全部放り出して逃げ返ってきたんですよ」
「まあっ!?それで、お怪我とかは大丈夫なんですか?」
「お蔭さまで。でも、せっかく手に入れたアイテムをみすみす捨ててきた事が悔しくて……」
「ああ……それで、敵の情報を得るために?」
流石マテラさん。俺が全部言わなくても、こっちの言わんとしてたことを理解してくれた。
「わかりました。願いの塔については、ここに資料が無いので私はあまりお役に立てません。ですが、遭遇した魔物に関する情報なら、ここ冒険者ギルドにもあるかもしれません。私にもお手伝いさせてください」
「有り難いんですが、良いんですか?」
「大丈夫、少しくらい資料室に通ってくるお得意さんに贔屓したところで誰も気にしません」
なるほど。資料室通いをしてて良かった。さて、時間も有限だし記憶が鮮明なうちにマテラさんに魔物の事を伝えよう。そう考えて、腰に結わえてある袋の中からメモ帳とペンを取り出した。マテラさんは、基本的に優しくて情報にも精通しているのに、ここでメモやペンを買うと馬鹿高い金額を請求される。どうもマテラさんの趣味みたいなんだけど、それさえなければ、ここはもっと賑わっていたかもしれない。
「さて……あら、準備は良さそうですね。では、始めましょうか」
マテラさんの、その一言に苦笑する。今回もメモとペンを売り込むつもりだったみたいだ。持ってて良かったメモとペン。
「はい、よろしくお願いします」




