4話 当たって、砕けて、反省する
追記:文末の・・・を……に変更しました。
あれから3日経ったが、捕まえられた一角兎はあの時の1匹だけだった。
薬草の採取で、どうにかトントンにはできてるけど、このままじゃ干上がってしまう。
「ダッジさん、どうにも上手くいかないんですけど何かアドバイス無いですか?」
「なんだ、まだ1週間も経ってないのにもう音を上げるのか?」
「うぐっ、確かにそうなんですけど……俺も生きていかないといけないし。
なにか切っ掛けでもいいんです、お願いします!」
ダッジさんは目を瞑って考え込む。俺だって、自分独りで何とかしたいと思ってるんだけど、なんか今のままだと正解に辿り着かない気がする。こういう時は人生の先輩に聞いてしまうのが手っ取り早い。
「そうだな……では1つだけ。今回の討伐依頼はお前が望む未来の姿を聞いた上でオレが課した課題だ。まずは、そこをしっかり考えてみるんだな」
それ以上は言うつもりがないのか、ダッジさんはギルドの中に消えていった。
「……なんだよそれ。そんなんじゃ解んないって!」
「ようこそ、アサギのお悩み相談室へ~♪」
「……止めろよな、人が真剣に悩んでるって時に」
「悩んでいる人は、誰でも真剣なものだよホクトくん」
いや、そうじゃなくて……。ここは俺が泊まっている宿『羊の夢枕亭』の食堂だ。珍しく早い時間からアサギがいたから、さっきのダッジさんのことを相談しようと思って声をかけたんだけど、冒頭のコントに繋がってしまった。
「で、何かあった?」
「いや、何でも……」
「そんな顔してたら、何でもないって言われても信じられないよ。
さあ、お姉さんを頼ってドーンと悩みを打ち明けてみよう!」
「……」
「あれれ、どうしたの?……ハッ、さては。
ゴメンねホクトくん。いくら私が賢くて綺麗なお姉さんでも、夜のお悩み相談はしてないの。私も、まだ乙女だしね。キャッ、もうホクトくん何言わせるのよ」
1人百面相をしている目の前の自称賢くて綺麗で乙女なお姉さん。
「……そうか、邪魔したな」
そう言って席を立とうとしたら……
「あ、ウソウソ。ゴメンって……ちょっと空気を軽くしようと思ってお茶目しただけだから……そんな残念な人を見る目で私を見ないで~!」
冷ややかな目でアサギを見下ろし、ため息をついてから席に腰を下ろす。すると厨房の方からハンナちゃんがお盆を持って近づいてきた。コップを俺たちの机の上に置いた後、憐みなのか同情なのかよく解らない表情を見せたハンナちゃんは、そっと厨房に戻っていった……ゴメンね、10歳の子に気を使わせちゃって。
「で、お前は話を聞く気があるのか?」
「もちろんあるわよ。ホクトくんのことを一番心配しているのは、私ですから」
ハァ、まあこれでも俺よりも人生経験が豊富なはずだし。そう思ってダッジさんに言われたことをアサギに話した。
「……と言うわけなんだ。俺にはダッジさんが言った意味がわからなくて悩んでるんだよ」
「なるほど、なるほど。ダッジさんも不器用ね、そんな回りくどい言い方じゃホクトくんの脳みそじゃ理解できないのに」
「ほっとけ!で、アサギには分かったのか?」
若干期待のこもった視線をアサギに送ってみる。
「それはね、ホクトくん。ダッジさんは嫌がらせの為に一角兎の討伐をホクトくんにさせているわけじゃないのよ」
「そんなことは解ってる。俺だってダッジさんのことは、それなりに信用も信頼もしている」
「だったら、どうして一角兎なのかを考えてみたら?」
どうして一角兎なのか?討伐する魔物の種類に意味があるって事か?
ダッジさんは言ってたな『今回の討伐依頼はお前が望む未来の姿を聞いた上でオレが課した課題だ』って。ってことは一角兎を討伐、というより捕まえられることが俺の成長に繋がるってってことか?
「一角兎と戦うことが、俺の成長に繋がるとダッジさんは思って……いる?」
「そうじゃないかな?もっとストレートにアドバイスをくれれば良いのにとは思うけど、そこがダッジさんらしいと言えばらしいし」
「となると、一角兎を捕まえるまでの過程が重要って事か?」
「そうね。ちなみにホクトくんは、どこで躓いているの?」
「どこも何も見つけるのも一苦労だよ」
すると、アサギは呆れたような顔をした。あれ、俺何か呆れられるようなことを言ったか?
「あのねぇ、ホクトくん。ギルドの資料室って行った事ある?」
「資料室?ギルドにそんなところあるのか?」
「ハァ……。薄々そうじゃないかとは思ってたけど、ホクトくんはもう少し考えてから行動するべきだと思うよ。その何事にもまっすぐなところはホクトくんの長所だと思うけど、悪く言えば猪突猛進で短所でもある」
「そ、そうか?……ほら、とりあえず試してみてダメだったら考えればよくない?」
「その結果が今なんでしょ?」
ぐうの音も出ないほどの正論をいただきました。
「いい?冒険者って確かに腕っぷしがものをいう職業だけど、ただの力自慢だけでは早々に死んじゃうよ?」
「……反省します」
確かに採取しかできない、早く討伐をしたい、ソウルに後れを取りたくない。様々な要因で俺は焦ってたのかもしれない。元々頭を使うのは得意な方では無かったけど、さすがに最近の行動は思い返せば焦りからくる無茶だったのかもしれない。
「初めて戦う相手が討伐対象だったときは、資料室でその魔物の性質や弱点、生息域なんかを調べてから行動するものよ。命は1つしか無いんだから、自分の命を簡単には賭けの対象にはできないでしょ」
「そうだな。俺、なんか焦ってたみたいだ。ありがとうなアサギ」
「どういたしまして」
「よし、これからギルドの資料室に行ってみるよ」
ハンナちゃんが持ってきたお茶を喉に流し込みながらアサギに伝える。
「いってらっしゃい」
アサギに別れを告げて、冒険者ギルドに向かった。
暇そうなギルドの職員を捕まえて資料室の場所を聞いてみると、資料室は2階にあると教えてくれた。
「くそっ、そんな便利な施設があるなら教えてくれれば良かったのに」
自分の落ち度を棚に上げて、前に2階に来た時に教えてくれなかったダッジさんに対して文句を言う。完全に八つ当たりである。
「ここか……」
部屋の上に看板があった。文字はなんて書いてあるのか読めなかったけど、巻物?のような絵が描かれているから多分ここだろう。ドアを開けて中に入る。
「すいません……」
声をかけると中から女性の職員が出てきた。
「はい、なんでしょうか?」
「あの、俺冒険者になったばっかりで……えと、ここ資料室で合ってますか?」
若干キョドリながらも職員の人と会話をする。
「ええ、ここは資料室であってますよ」
「ここで魔物について調べ物をしたいんですけど、この施設って自由に使っていいんですか?」
「はい、こちらにある資料は冒険者の方であれば誰でもご利用になれます」
学校の図書室みたいなものか。そういえば、うちの高校に3年間通ってたけど図書室がどこにあるのか知らないな。……俺って昔っから、こういう場所とは無縁の生活をしてたから、知らず知らずに身体が敬遠してたのかも。
「ただし、持ち出しはご遠慮いただいております。
ここの資料はどなたでも見ることができるため、誰かが持ち出してしまうと、その資料が必要な別の方が閲覧できなくなってしまいますから」
「わかりました。あの、もしよかったらなんですが……一角兎に関する資料がどこにあるか教えてもらえますか?俺、こういう施設って使ったことなくて、どんなものを探せばいいのか解らないんです」
「一角兎ですか……でしたら」
そういって職員の人は、奥にある棚の森の中に入っていった。その職員さんに言われるまま3冊の本を手に取る。
「そちらのテーブルをご利用になってください」
「ありがとうございます。それで……ぶしつけなお願いなんですが……」
「はい、なんでしょう?」
「俺、字が読めなくて……。読んでもらってもいいですか?」
「音読は有料になりますが、構いませんか?」
金かかるんだ……まあ当然か。字を読むってことも重要な能力だもんな。ただじゃやってくれないか。
「幾らくらいするんですか?」
「1ページ50ゼムになります」
読んでもらうページを厳選すれば安いか?
「わかりました、よろしくお願いします」
手に取った本を持って席に着く。すると隣に女性職員が座った。焦って彼女の方を見ると、何かを悟ったのか優しい笑顔で返された。
「隣でないと文字が読めないので。それに、こんなおばちゃんが隣に座るのは迷惑だったかしら?」
そう言って優しく微笑む女性職員さん。改めて見てみると明るめの茶髪をショートカットにした髪型。スレンダーな体系だけど、起伏はある。こんな暗い部屋にいるような感じのしない美人な女性だった。女性の歳は分かりにくいけど、30にはなってないだろう。
「いえ、そんな。こっちこそすいません、突然お願いしちゃって」
「あら、良いんですよ。ページを読む報酬は、そのまま私のお給料になりますから……結構いいお小遣いになるんですよ」
そういって笑いかけてくる仕草は、アサギにはない上品な感じがした。そう言えば、まだ自己紹介もしていないことに気付いた。
「あ、遅くなりましたが俺ホクトです。ホクト・ミシマ。最近冒険者になったばっかりのEランクです」
すると、女性は一瞬驚いたような表情を見せてから
「ご丁寧にありがとうございます。私はリーザス冒険者ギルド、資料室担当職員のマテラ・ライアと申します」
綺麗なお辞儀をして、自己紹介をしてくれた。でも次第に肩が震えだした。
「ふ、ふふ……ごめんなさい。こういう仕事をしていて、自己紹介されたのなんて初めてで。思わず笑ってしまいました」
「いえ、これからもお世話になりそうな人には自己紹介は必須です。
これからもよろしくお願いします、えっと……ライアさん」
「冒険者の方なのに礼儀がしっかりしているのね。
私のことはマテラで構いませんよ、こちらこそよろしくお願いします」
「わかりましたマテラさん。俺のこともホクトでいいっす」
「はい、ホクトさん」
自己紹介で時間を使ってしまったが、挨拶は大事なことだしな。マテラさんとも仲良くなれそうだし。そうして、改めて本の方に目を向ける。
「えっと……一角兎、一角兎……あった」
紙が貴重なのだろう、かなり厚めの何かの皮に書かれたページを1枚1枚捲って、目当ての一角兎の絵が描いてあるページで手を止める。
「こちらのページをお読みしますか?」
「はい、お願いします」
「一角兎、体長は平均して30シードメタ程度。大きいもので1メタを超えるものも観測されている。音に敏感で臆病。足が速く、加速を利用した突進が得意。逃げ足も速いが持久力がないので、持久戦に持ち込むと楽に狩ることができる。ただし、当然のことであるが一角兎を上回る持久力が必要になる」
「あいつは、やっぱり音に反応するのか」
「ホクトさんは、この一角兎と戦ったことがあるんですか?」
「ええ、いっつも逃げられてますけどね」
「あらあら……」
優しく笑うマテラさん。この人本当に上品な人だな、とても冒険者ギルドの荒くれ者たちがいる職場で働くような人には見えない。
「それで友人に相談したら、この施設のことを教えてもらいました」
「なるほど。では、ここでの情報が勝利のカギになる可能性があるってことですね。それは、私の責任も重大ですね」
そう言うと、両腕で小さくガッツポーズをするマテラさん。大人しそうな人が拳を握りしめてフンスフンスしてる様は、なんというか癒される。
「では続きを読みますね。弱点は頭の角で、ここに強い衝撃を与えると身体が弛緩して動けなくなる。以上ですね」
「ありがとうございました。頭の弱点に強い衝撃を与えると動けなくなるか、これは良い情報だな」
「お役に立てたようでなによりです。他の本はどうしますか?」
「生息地に関する情報があるページはありますか?」
「そうですね……」
いつの間にやら、マテラさんが率先して情報の載っていそうな本を探してくれている。彼女も役に立てたのが嬉しかったようで、こちらとしてはありがたい。
「ここに載ってますね。音読しますか?」
「お願いします」
「では……一角兎はリーザスの町の南に位置する丘の先にある小さな森に生息している。木の根元に穴を掘って巣作りをする習性があり、ターブの木を好んでいる」
「ターブの木ですか……」
「ここに挿絵がありますよ」
「これがターブの木ですか……」
描かれた挿絵はイチョウの木のように見える。まあ、木のことなんてあまり詳しくないから他に知らないけど。
「こちらも以上ですね、どうですかお役に立てましたか?」
「すっごい助かりました、ありがとうございます」
マテラさんも喜んでくれているようだ。他の本も調べてみたが、有用な情報は他には無かった。
「マテラさん、手伝ってもらってありがとうございました。
これで何とかなりそうです!」
「それは良かったです。私も普段は見ているばかりなので、こうやって冒険者の方のお役に立てたのはとても嬉しいです」
「それで、音読の代金ですが……」
「2ページで100ゼムになります」
「え、でも他の本から情報を見つけるのに結構読んでましたよね」
そうなのだ。確かに有益な情報は2ページだけだったが、マテラさんは他の本にも情報がないかと色々探してくれていたのだ。なのに2ページだけと言うのは申し訳なく思ってしまう。
「いいんですよ。他の本を調べたのは、私も興味があったからで趣味の範囲内の話しです。それに、私も楽しかったですから」
そう言って優しく微笑まれると、何も言えなくなってしまう。
「わかりました、それでは100ゼムです」
「確かに」
「じゃあ、俺もう行きますけど。マテラさんが何か困ったことがあったら俺に行ってください。お手伝いしますから!」
「そんな……それは悪いです」
「いいんですよ、オレが手伝いたいのは趣味の範囲内の話しです」
「まあ……」
マテラさんは驚いた表情をした後、笑ってくれた。
「それでは、また」
「はい、お待ちしております」
綺麗なお辞儀をするマテラさんに見送られて、俺は資料室を後にした。
この世界の単位です
地球 オクトワン
1メートル 1メタ
1センチメートル 1シードメタ
1ミリメートル 1ミードメタ
1リットル 1リグル
1ミリリットル 1ミードリグル
ご視聴ありがとうございました。
引き続きよろしくお願いします。




