8話 願いの塔への道程
リーザスの町を縦断する形で南北に伸びた大通り。今、俺は1人散歩がてらテクテクと歩いている。久しぶりにゆっくりしてるけど、ただ歩くだけなのは暇だ。こんな事なら、ポロンを連れてくれば良かった。
町の中心にある広場までやってきた。ここはスタンピードの時に、ダッジさんを助けて以来だな。いつもの広場は、町の憩いの場として人気がある。今の時間なら、母親に連れられた子供たちが元気に駆け回ってたけど……さすがにスタンピード直後の今は少ない。
「ここに人が溢れるようだと、本当に復興が終わったと言って良いんだろうな。早くそんな日が来ると良いな……」
普段は見られない、閑散とした広場を通って南に進む。この辺りは、商業区が近いから活気のある声がここまで聞こえてくる。まだ復興には遠いけど、こんな賑わいが町の色んな場所で聞こえるようになってきてほしい。普段は、そのまま商業区の装備品を扱う店の方に行くところを、今日は違う道を行く。
「もう半年近く住んでて、この道を通るのは実は初めてかもしれない……」
目と鼻の先にあった、願いの塔へ続く道。存在も知っていたのに、今まで一度も通った事がなかった。
「これって、心のどこかでブレーキがかかってたのかもな。どうせ今行っても、塔には入れない。だったら、入れるようになるまで近づかない……とか」
我ながら肝っ玉が小さいと言うか、気にせず行けば良かったのにとは思う。だけど……まあ、今更か。俺は、もう少しでなりたかった探索者になるんだ。
町の喧騒から離れ、道の左右に並ぶ木でトンネルができた通りを進んで行く。ここから徐々に、森の木の密度があがっていく。まさか、町の中にこんな本格的な森があるなんて……話には聞いてたんだけどな。でも、聞いたのと実際に見たのでは印象がまるで違う。俺の目の前にある道は、探索者として塔に挑戦する気のある奴以外を追い返そうとプレッシャーをかけてくる。
「…………なんてな。さすがに気負いすぎか」
いつもよりもナーバスになってるかも。あまり気にせず、塔へ続く道を進んで行く。森に入ってから、道が石畳から土に変わった。この区画は、本当に町の中なのかと思わせるほど、俺の知っているリーザスとは別空間だ。
「塔に挑戦する探索者たちは、この道を通って気持ちを高めていくのかもな」
すでに町の建物は、木に覆われて見えない。まるで別世界への連絡通路みたいで、気持ちが落ち着かない。通い慣れれば気にならなくなるのかもしれないけど、今の俺にとっては不気味でしかない。
「……参ったな。さっきから、心臓の音がうるさい」
こんなに緊張するなら、とっとと願いの塔を見に行ってればよかった。怖気づきそうな気持に気合を入れて、一歩一歩塔へ続く道を進む。どれくらい森の中を進んだのか、道の先が明るくなってきた。
「……はぁ。やっと森を出られる」
最早、ただの散歩というには疲れすぎている。帰りまで、こんなプレッシャーを感じてたら途中でダウンしそうだ。更に先に進むと、ようやく森を抜ける事ができた。森を抜けたときに、思わずガッツポーズをしちゃったよ。誰にも見られてないからいいけど、たかが森を抜けただけでガッツポーズって……とても近々探索者になる人間の行動じゃないな。
「それにしても……ここって、本当にリーザスの町の中なのか?」
第一声がそれだった。俺は、ついさっきまで石畳の敷かれた活気のある街の中を歩いていたはずだ。なのに、ここはどうだ。道は土がむき出し、周りは緑の絨毯が敷き詰められ、そして……その先に見えるのが。
「願いの塔。やっとここまで来たか……」
大冒険のゴールのような達成感を感じる。いやいや、何言ってんだ俺は。ただ、願いの塔への道を進んできただけだ。改めて気合を入れ直して、塔へ向かって歩き出す。
「町のどこからも見える塔だけど、ここで見るとそこまで大きく感じないな」
やっと塔の足元まで来た。目の前には階段。多分、塔の入り口は階段の先にあるんだろう。一段ずつ踏みしめて上がる。段数としては、そんなにない。日本によくある神社の本尊へ続く階段みたいに、何百段とあるなんてことは無い。せいぜい2,30段くらいかな。一段一段数えながら階段を歩く。そして、一番上の段を踏んだ時、一気に視界が開けた。
「……おお」
目の前には、大きな塔。その入り口を囲むように、小さな屋台やゴザを強いて座っている商人たちが目に飛び込んで来る。
「こんなところで商売してるのか?」
ちょうど塔の入り口の前に草も生えていない、円形の広場がある。その外周に沿って、商店が並んでいるみたいだ。へえ、ここに店を出してもいいんだ。
「広場も気になるけど、まずは塔だ。俺が思っていた以上に小さい。これが本当に50階層以上ある塔なのか?これじゃ、3階くらい上がったら頂上じゃないか」
「なんだ、兄ちゃんここに来るのは初めてか?」
突然声をかけられて驚く。声の方に向くと、ゴザを敷いた商人が俺に笑いかけていた。扱ってる商品は……これ、石鹸とか袋とか生活必需品だな。
「おじさん、ここにずっと店を出してるのか?」
「そうだな。自分の店を持つ、それまではここで行商だ」
カッカッカと豪快に笑うおじさん。見た目は鍛冶師っぽいのに、扱ってる物が街中と大差ない。こんなの、別に街の中で買えば良いんじゃないか?
「お前さん、探索者…………には見えねえな。冒険者か?」
「はい。でも、この前Cランクに上がったから、数日後には探索者になってるよ」
「ほう……」
探索者になると言った途端、おじさんの目がキラリと光る。あれは捕食者の目だ。あのおじさんには、俺がカモに見えてそうだ。カモがネギ背負ってきたと思ってんだろうな。
「なら、これから中に潜るのか?悪い事は言わんから、今すぐ町に戻って装備を整えて来い。そんな格好じゃ死ぬだけだぞ」
え、ああそうか。今日はオフだから、装備品なんて着けていない。おじさんは、暗に死ぬ前に町に戻れと言ってるんだろう。以外に良い人だ。
「今日は潜んないよ。実際に塔に入る前に、下見に来たんだ」
「ほう、今時随分慎重な探索者だな。まあ、それくらい慎重な方が生き残れる。お前がどんな夢を見てここまで来たのか知らんが、その慎重さは美徳だな」
やっぱり世間の探索者への目って、細かい事に気にしないギャンブラーって感じみたいだない。この程度の事で慎重って言われるとは思わなかった。それからも、おじさんと話しつつ塔を見えていると、中から出てくる人影が見えてきた。
「お、探索者が外に出てきたな」
「中に入ってた探索者がいたのか……」
俺がここに来て30分くらいか。それまでに、他の探索者が来ることは無かった。そして、中から外に出てきたのも今見えた人影が最初だ。こうして考えると、意外と塔に挑戦している探索者に会う事は少ないのかもしれない。中の広さにもよるけど、あんまり目くじら立てて探索者に気を遣う必要は無いのかも。
「ほう……これは、珍しい。3人のパーティでのアタックか」
店のおじさんが、塔の中から出てきた探索者たちのパーティ構成に目を付ける。出てきたのは3人。うちのパーティと同じ人数の構成……まさか、ソウルたちって事は……。
「お、ホクト?珍しいな、こんなところでどうした!」
先頭を歩く探索者から、聞き覚えのある声が上がったと事で、探索者が誰なのか確定した。
「今日潜ってたのか、ソウル……と魅惑のハーレム軍団」
中から出てきたのはソウル、サラ、エリスのお馴染みの面々。俺の声が聞こえたのか、エリスが凄い形相で俺の前まで来て、一気に捲し立てる。
「そ、その呼び方は止めなさい!つ、次にそのパーティ名で呼んだら……例えホクトでも、容赦しないわよ」
顔を真っ赤にしてパーティ名に抗議するエリス。
「その名前で登録したのは、おたくのリーダーだろ。俺はただ、正式名称を呼んだに過ぎない…………わかった、だから落ち着けエリス」
いつも以上にテンパるエリスを揶揄って楽しんでいると、顔の目の前に杖の先端を突き付けて、氷点下の視線で俺を睨むエリスがいた。ちょっと揶揄い過ぎたか……。
「いい?もう一度言うけど、次に私たちのパーティ名を呼んだら、いくらあなたでも……殺すわ」
「……魂に刻み込んだ」
「……ならいいわ」
それだけを言うと、サラの方に歩いていくエリス。危なかった、あの目は本気の目立った。それくらイヤか、まあ仮にうちの誰かがパーティ名に『ホクトと魅惑のハーレム軍団』なんて付けたら、地球に帰るのを諦めてたかもしれない。
「あんまりエリスを揶揄うなよ。今すごいナーバスになってんだから」
俺の前まで来たソウルが言う。元はと言えば、お前が付けたパーティ名が原因だからな。何も悪びれてないけど、だいたいソウルが悪い。
「珍しいな。中で何かあったのか?」
「別段何がって訳じゃねえ。ただ、今までと違う環境に置かれてるからな。慣れない事にストレスを感じてるのかもしれない」
「そう言えば、ソウルたちも遂に願いの塔デビューしたんだな。知らなかったよ」
スタンピードの前からCランク冒険者になってたソウルたちだけど、確かスタンピードの時には探索者にはなっていないと言っていた。って事は、ここ数日で探索者になって塔に挑戦するようになったんだろう。
「まあ、スタンピードで色々あったからな。サラやエリスも、色々と思う事があったみたいだ。スタンピードが終わってすぐに、探索者になって塔に挑戦したいって言いだした。あのエリスがだぜ?」
そうか。ホクト達もスタンピードで、何かが変わったと感じたか。本当に色々あったスタンピードだった。良くも悪くも、俺達は強引に成長させられた気分だ。
「ホクトは、こんなところで何してたんだ?お前も資格取ったのか?」
「いや、今日は見学だ。だけど、近日中に探索者になるよ」
「そうか……なら、どっちが願いの塔の踏破を先にするか競争だな」
「望むところだ。こういうのは、誰かと競っていた方が面白い。Cランクになったのは、お前たちの方が先だけど、塔の踏破は絶対俺たちが勝つ!」
ソウルが前に出した拳に、自分の拳をぶつける。これで後には引けなくなった。俺も早いところ探索者の資格を取って、この願いの塔に挑戦しよう。
「お前はまだ戻んないのか?」
「え、ああ……俺は、もう少しここにいるわ」
「そうか……」
そう言って俺に手を振るソウル。塔の前にある広場を離れようとしたソウルたちに、さっきのおじさんが『ソウルと魅惑のハーレム軍団』って声をかけてエリスにきつい目で睨まれている。意外と認知度は高いんだな、ソウルと魅惑のハーレム軍団。声に出すとエリスが飛んで来るから、心の中でだけそっと呟く。
ソウルたちの姿が、完全に森の中に入るのを確認して、俺は改めて塔に目をやる。
「……待ってろ、絶対にお前を攻略してやる」




