53話 ギルド到着
キールと2人連れ立って、建物を出る。店の表側に回って、やっと一息つけた。
「…………」
「……まあ、そんなに気にすんなよ。男としては、お前の気持ちも分かるから」
「……………………」
ダメだ、キールが完全に使い物にならない。普段クールなくせに、ああいう所ではっちゃける性格だったとは……。でも……まあ、わかる。わかるよ、楽しみなんだよね。初めて彼女ができて、その娘と生きて戻ったらって約束をして、死地を生き延びて、おまけにフラグも折って……出来過ぎだよキール。そりゃ、浮かれるってもんだよな。
「良いじゃないか、ここには男しか居ないんだし……恥ずかしくないだろ。同じ男として、お前の胸の内も解るつもりだし……ほら、いい加減機嫌治せよ。早く、アレクと合流しようぜ」
「……アレクも無事なのか?」
あ、いつものキールに戻った。俺の慰めが効いたのか、それとも吹っ切れたのか。やっとキールが反応してくれた。
「ああ、無事だ。お前よりも先に助けに入ったんだけど、結構際どかった。一応命に別状は無いけど、早くちゃんとした治療を受けさせてやりたい」
「そうか……。最初はどうなるかと思ったが、結果的に全員無事に生き延びることができたのは喜ばしい事だ」
さっきまでとのギャップに噴出しそうになるけど、そこはグッと堪える。ここで笑ったら、せっかく治った機嫌がまた悪くなる。
「それで、アレクはどこにいるんだ?」
「あの建物の影に隠れてもらってる。魔物に見つかる危険性もあったけど、あいつもお前の事が心配だって俺を送り出したんだ」
「そうか……」
キールはそれ以上何も言わず、ただ俺の後ろを付いてくる。建物の横にある路地に入って、アレクと別れたところまで来た。
「アレクいるか?」
「……ホクトか?」
「ああ、キールも無事だぞ」
俺の声を聞いて、アレクが奥の方から這い出てくる。やっぱり辛そうだ。壁に手をついて、やっとという感じで俺達の目の前まで歩いてきた。
「アレク……大丈夫か?」
「ああ。ヤバかったんだけどな、ホクトがギリギリで助けてくれたよ」
同じパーティメンバー同士、肩を叩いて生還を喜んでいる。
「さあ、ギルドに行こう。ローザさん達も、もう着いてる頃だろうし」
喜びを分かち合っているところを悪いとは思うけど、ここは一刻も早くギルドに行って、カメリアやローザさん、他の冒険者たちと合流したい。2人も今の状況は解ってるから、不満もなく頷いてくれた。
そこからは、傷ついたアレクを俺とキールで肩に担ぎながら、移動を開始する。この大通りを超えてしまえば、ギルドまでは後少しだ。さっきまでブンブン飛んでいた魔物たちも、今はほとんど見かけない。きっとソウルや、後から追いついてきた後衛組が頑張ってくれてるんだろう。そんなときに、戦闘に貢献できないのは心苦しいけど、今俺がやらなきゃならないのはアレク達を無事ギルドまで連れていくこと。それに一般人であるローザさんたちの保護だ。ローザさん達は、すでに先入りしているはずだから、後は自分たちの身を守ってギルドまで辿り着ければミッションコンプリートだな。
「それにしても、ここまで長かったな」
「……もう終わったつもりか?こういう時こそ気を引き締めないと、思わぬしっぺ返しを食う羽目になるぞ」
「そりゃそうだが、こういう時くらい素直に喜んでも良いと思うぞ」
さすがに慣れたメンバー同士、会話がポンポン続く。俺も時々は入るけど、やっぱり気心の知れた仲の2人には敵わない。ここは、思う存分2人で生き残った喜びについて語り合ってもらおう。
「……って、なに他人事みたいな顔してんだよホクト。今回俺達が生き残れたのは、間違いなくお前のお蔭なんだぞ。感謝してもし切れん」
「全くだ。アレクも俺も、後少しの所で命を救われた。この恩は、いつか必ず返す」
「固いな。いいじゃん、みんな助かって良かったねで。それにキールの場合、俺が行くまでもなく生き残ってそうだけどな。なんせ……」
「ぬぅわあ!?ほ、ホクト!今、何を言おうとした!」
あ、おかしくなったキールだ。
「へえ、珍しいな。巣のお前を見せるのは、俺達の前だけだと思ってたけど……余程ホクトに恩を感じているんだな」
おかしくなったキールを見て、アレクが1人で納得している。って、えっ!?これがキールの巣の姿なの!?
「猫被り過ぎだろ。普段のお前と、さっきのお前じゃ別人じゃないか」
「良いんだよ、あの俺も気に入ってるんだから」
そうか、これがキールの本当の姿か。まあ、パーティの違う俺の前でその姿を見せてくれたって事は、ある程度は信頼してくれてるって思っておこう。
怪我をしたアレクを抱えながらだから、結構時間がかかったけど、やっとギルドが見える所まで戻ってこれた。見ればギルドの辺りから、幾つもの煙が上がってるのが見える。きっと、あそこでも激戦が繰り広げられたんだろうな。
「後、もう少しだ」
「……情けないな。せっかくなら、自分の足でちゃんと歩いて戻ってきたかった」
「生きてれば上等だ」
まったくもって、その通り。今回のスタンピード、一体どれだけの被害を出したのか。冒険者だけ見ても、前哨戦からここまでで結構な人死にが出ている。忘れもしない、シッカにリネカにクーツ。他にも多くの冒険者が前哨戦で死んだ。そして、リーザスの町防衛戦。ここでは、北門を破られたこと、そして今回の飛行型魔物たちの襲来で冒険者だけじゃなく一般人にまで大きな被害が出た。
「これからリーザスはどうなっていくんだろうな……」
「……変わらないさ。今までにだって、魔物のせいで町に被害が出たことはあった。だが、その度に復興して今のリーザスがある。今度も大丈夫だよ」
アレクが笑顔で応える。そうか、これくらいは当たり前……とまでは言わないまでも、今までにもあったんだな。俺が初めて見たリーザスの町は、綺麗な町だった。昔にそんな出来事があったなんて想像もできないくらいに。なら、今回もきっと大丈夫。
「……おーい!」
遠くの方で手を振る人影が見える。あれは……。
「あ、エミルだ」
「なっ!?え、エミルだと!」
突然耳元で、大きな声を出すアレク。
「うおっ!?突然なんだよ、うるせえな」
「あ、いや……すまん。と、とにかくもう大丈夫だ。1人で歩ける」
「でも、お前フラフラじゃないか。ここで無理しても……」
「いや、俺からも頼む。うちのリーダーの晴れ舞台だ。担がれてなんて格好がつかないだろう。ここはアレクの言う通りにしてくれ」
そう言って、キールはアレクを担ぐのを止めた。アレクの顔を見て、走って来るエミルを見る。そして、またアレク……ああ!
「気が利かなくて悪かったな。ゆっくり放すぞ」
そう言って、アレクの脇の下から離れる。アレクは、一歩踏み出したところでふらついたけど、何とか1人で踏ん張る事ができた。まさに仁王立ちだ。
「アレク、キール無事ーー!」
まだ距離があるのに、エミルが我慢できなくなったのか、大声で叫びながら近づいてくる。俺とキールは、すこしだけアレクから距離を取る。アレクは、離れていく俺達の方に困ったような顔を向けたけど、俺とキールは2人して……。
サムズアップ!
「グッドラック!」
「骨は拾ってやる」
徐々に近づいてくるエミル。その顔が、徐々に青ざめていく。アレクの傷の具合がわかったんだろう。全力でアレクにぶつかっていく。
「ごふっ!?」
「アレク無事なの!?酷い怪我だよ、ああどうしよう……。こんなときは、ええと……そう!回復魔法!」
すでに最大値までテンパってるエミル。自分がアレクに止めを刺そうとしている事に気付いていない。俺もキールも、そんなエミルを見て苦笑いをするけど助けには入らない。
「ああ、魔法……だめ、全然呪文が思い出せない!」
相変わらずのポンコツっぷりを披露するエミルの頭に、アレクがそっと手を置いて撫でる。
「焦らなくていい。お前は凄い力を持ってるんだから、焦らずゆっくりやればいいさ」
「あ、あれくぅーーー!!!」
嬉しかったのか、エミルがアレクに抱きつく。あ、あれ完全にキマってるな。あれじゃ、アレク呼吸できないんじゃないか?傷付いたアレクを、思いっきり上下に揺さぶるエミルはとても回復魔法使いには見えない。天然で人を殺す、地獄の番人のようだ。
「え、エミル……くるしい……だい、じょうぶ……だからはなれて……」
チーン
「あ、落ちた」
「……惜しかったなアレク、だが見届けたぞ」
「いや、助けてやれよ。お前ら仲間だろ」
「男の見せ場だったのに、アレクも不甲斐ない……」
キールとそんな話をしていると、気を失ったアレクに気付いたのか、エミルが更にテンパる。これって、永久機関だな。さすがにアレクが可哀想になったんで、エミルを引き剥がして介抱する。
「えっぐ、えっぐ……あれく、ごめんなさい」
離れたエミルは放っておいて、俺とキールでアレクの蘇生を行う。2人が交互に左右の頬を叩いて覚醒を促す。何度目かのビンタの後、飛び起きるようにアレクが目を覚ました。
「痛い!あ、あれ……俺はどうしたんだ?」
「エミルにKOされたんだよ、お前。ほら、向うにいるから慰めてやれ」
そう言って、アレクの背中を思いっきり叩く。羨ましくなんかねえぞ、こんちくしょう!キールもアレクが心配なのか、アレクの後を追う。一歩離れた距離からアレクとエミルを観察していると、なんとかエミルが落ち着いたのか回復魔法を唱え始めた。これでアレクは大丈夫だろう。傷を回復されながら、これまでの事を話し合う2人。アレクの方は大丈夫と判断したのか、キールは誰かを探すようにギルドの方に向かっていった。
「……ああ、ミランダか」
なんか烈火の牙が、中坊のグループ交際に見えてきた。まあ、頑張ってくれ。
そして、ゆっくりとギルドに向かって歩き出す。ここまで色々あった。だけど、やっと……本当にやっとの事冒険者ギルドに辿り着くことができた。見れば、周りに座り込んだり大怪我を負って寝かされている冒険者も見える。ここも、結構酷そうだ。
「後少しだ。それまで、頑張らないと……」
ギルドの前まで来ると、ちょうど中から小さな女の子が出てきた。
「あ、ハンナちゃん!」
「……え?ああ!?お兄ちゃん!」
俺を見つけたハンナちゃんが、俺に向かって飛び込んで来る。なんか既視感を感じる展開だけど、大丈夫。まだまだハンナちゃんに吹き飛ばされるほどの威力はない。俺の眼の前まで走ってきたハンナちゃんが、一気に抱きついてくる。それを、優しく抱き留めて……。
「お兄ちゃん、おかえり!」
満面の笑顔で迎えてくれるハンナちゃん。ほんと、この一言のためにどれだけの辛い目に合ったか。だけど、この『おかえり』の一言で全てが癒された気がした。
「ただいま、ハンナちゃん」




