48話 石橋は叩き過ぎたら壊れる
「あ婆さん、大丈夫かな?」
ミリアムさんに担がれたお婆さんを見て、ハンナちゃんが心配そうな顔をする。ここは中央の大通りから1本入ったところにある、小さな道だ。主にここで生活している人たちが使う、地元民用の道だ。この辺りの人たちは、すでに避難を終えているのか人の姿も気配もない。
「大丈夫だ。ユーリの話だと、建物内にいた魔物の毒で動けなくなっているのだろう」
「え、毒!?」
「麻痺系のな。身体から出る粉を吸うと、しばらくは身体が自由には動かないらしい。この人は、それを吸った上で瓦礫に埋もれていた。見たところ、命を失うほどの怪我はしていなかったから、毒が抜ければ目を覚ますだろう」
「大丈夫よ、私たちがギルドまで連れて行けば、この人は助かる。だから、ハンナもそんな顔しないの」
「……うん」
ローザさんやミリアムさんから諭されても、やっぱり元気はないハンナちゃん。無理もないか、こんな状況下で怪我をしたお婆さんだ。心配するなと言っても、優しいハンナちゃんは心配しちゃうよな。少し、話題を変えてみよう。
「町の中に魔物たちが入り込んでから、どれくらい経ったかな?見た感じ、飛んでいる魔物も少なくなってきたから、もう少ししたら全部倒せるかもしれないな」
誰に言うとはなく、希望込みの話を振ってみる。
「……それは少し気が早いと思うがな」
すかさずキールがド直球の返答をくれる。こいつ、せっかく場を温めようとしたんだ、もう少し空気を読んだ答えを返してくれよ。
「小僧、それはリーダーとしてどうなんだ?希望的観測で動くのは、三流のやることだぞ?」
「えっ?」
「そうだぞ。ここまでを考えれば、これで終わりなんて有り得ないだろ。アタイにだって解るんだ、ホクトはもう少し慎重に考えてから話した方が良いぞ」
「え、はっ?」
あれ?なんか、いつの間にかアウェーになってない?俺としては、ハンナちゃんが沈んでたから元気づけようとしただけなのに……なんで、みんなして俺を集中攻撃してんの?
「……こんな時、落ち着いたリーダーは言葉ではなく、行動で周りを引っ張るものだ」
「わぅ……」
「あっれ~?この流れおかしくない?俺、そこまで的外れな事言ったつもりないんだけど。なんで、みんなして俺を責めるかな?」
理不尽だ。しかもポロン、お前まで周りと一緒になって主を弄るな。余計心に刺さる。
「……ぷっ」
すると、突然ハンナちゃんが噴出した。見れば、心の底から笑っている。どうも、俺が周りから責められている姿がおかしかったらしい。って、おかしくねえよ!
「ハンナちゃん……笑うのは酷くない?」
「あはは……ごめんね、お兄ちゃん。でも……ふふ、お兄ちゃんの顔がおかしくて。眉がへにょんってなってるよ。なんか、凄い情けない顔」
「顔の事は言わないで!自分の事をイケメンとは思ってないけど、さすがに面と向かって言われると傷つく!」
「ふふふ……あははは。お兄ちゃん面白いね」
「顔を見て面白いって言うな!」
慰めるつもりだった、ハンナちゃんにまで笑われた。しかも、顔が面白いって……そんな面白い顔なんてしてねえよ。周りを見れば、みんなが俺の顔を見て笑ってる。うわぁ、すっげえショック……。
「ははは、そんな顔するなよホクト。良かったじゃねえか、お前が身体を張ったギャグをしたから、みんなの雰囲気が良くなったぞ」
「俺の顔はギャグじゃねえよ!」
ったく、覚えてろよ。
「さて……ひとしきり笑ったけど、この後はどうするんだ?リーダー」
「……はぁ。ここからギルドに行くには、どうしても中央の大通りを横切る必要があります。その時は、障害物がないのでどうしても周りから見つかり易いです」
ギルドに行くまでにある、最難関の障害。それが、大通りの視認性の良さだ。このリーザスを南北に縦断している大通りは、地球で言う所の片側3車線の大きな通りだ。それにプラスして、両サイドに歩道まで付いている。これを横断しないと、ギルドまでは辿り着けないんだけど……。
「どうやって、魔物たちに気付かれないように横断するか……だな」
「普段は意識していないが、あの道を横断するとなると、結構な時間身を守る物が無い中を移動することになるな」
アレクとキールの烈火の牙組も、色々と考えてくれている。ローザさんも、顎に手を当てて考え込んでいる。
「俺の案なんだけど。広場の中央で魔物の気を惹いて、そいつが周りの魔物たちの囮になる。その間に、残った面子は一気に大通りを駆け抜ける。これで行こうと思う」
まずは、自分のアイディアを周りに聞かせる。これで、他の人もアイディアを言い易くなるだろう。
「……やっぱり、それしかないか」
あれ、真っ先に反対されると思ってたローザさんが、意外に好感触。
「1人じゃ無理だな。2,3人で暴れれば、さすがに食いついてくるんじゃないか。広場にどれくらいいるのか、見てみるまで解らないけど……うん、他に方法が思いつかない」
俺は1人でやるつもりだったけど、アレクからの思わぬ援護射撃でみんなもやれるかもって空気になってきた。
「ホクト……お前、自分がその役をするつもりだろ」
「ああ。避けまくっていれば、誰も傷付かずに済むだろう。それに、全部を倒す必要はない。少しの間そこで粘って、周りから冒険者が助っ人に来るのを待てばいいんだ」
レッド・コメット先生の授業は伊達じゃない。俺なら、どんなに速い攻撃も全て避けてやる。
「まずは、大通りが見える所まで進もう。その時までに、代案があれば検討する。これでいいか?」
残りのメンバーに聞いてみたら、全員が俺の意見を支持してくれた。確かに一番辛い、キツイ役回りだろう。だけど、そうしないと全員が無事にギルドに辿り着けるなんて思えない。
見ればハンナちゃんは、今にも泣き出しそうな顔で俺の事を見ている。
「……大丈夫だ。だから、そんな顔をするな」
ハンナちゃんの頭に手を置いて、優しく撫でる。撫でられているハンナちゃんは、一瞬ビクッてしたけど最終的には、俺に向かって最高の笑顔を見せてくれた。
「よし、出発しよう」
号令をかけて、歩き始める。さて、どれくらいの魔物が広場にいるのか……。
「これは……」
大通りに面した建物の影に隠れて、俺達は最後の打ち合わせをしていた。でも、目の前の光景をみんな唖然として見ている。当然だろう、どれだけの数の魔物がひしめき合っているのかと想像していたのに……。
「……どうするんだ、リーダー」
「……と言われましても。俺だって、これは予想外っすよ」
まさに予想外。……広場には1匹も魔物がいない。魔物だけじゃない。人もいない。今目の前の広場には、動く者の姿が丸っきり見当たらない。
「でも、これってチャンスなんじゃないの?だって、ここを通るときが一番危ないって、さっきお兄ちゃん言ってたよ。そこに魔物がいないんだったら、私たちにとってはラッキーでしょ?」
ハンナちゃんが、素直に喜んでいる。そうだよな、俺達にとっては渡りに船。どんな理由があるのかは知らないけど、目の前の現象は幸運以外の何物でもない。なのに、それを素直に喜べない俺って……ハンナちゃんの純粋さを分けてほしい。
「罠……って可能性はないか?」
キールが聞いてくる。良かった、こいつはこっち側の人間だ。
「大丈夫じゃねえか?」
カメリアは、純粋と言うよりも何も考えていない方の人間だ。
「俺も罠、だと思うんだよな。だけど、本当に魔物がいなければラッキーなのは間違いない。ここで色々考えてても仕方ない。最初の予定通り、俺が先に広場に入ります。こっちから合図をしたら……」
「みんなで走ればいいんだよね?」
「そう。エスカちゃんも大丈夫?」
「はい、走るのは得意です」
少女2人は大丈夫そうだ。ユーリの方を見れば、俺の顔を見て頷いた。こいつも大丈夫だな。
「アレクとキールは、悪いけど付いて来てくれ」
「わかった」
「ああ……」
2人の顔を見て、通りに足を踏み入れる。魔物の気配は……ない。
「あれ、本当に何もいない。気配感知にも、集音にも引っかからない。これって、本当に何もいないのか」
俺を先頭に、ゆっくり広場に向かって歩き出す。しばらくは、この三人で広場の噴水のあたりに留まるつもりだ。そこで、魔物に襲われたなら残りのみんなが一斉に反対側の路地に駆け込む予定だ。
「随分と肩透かしを食ったな」
「油断するなよキール。今いないだけだ、魔物が群がってくる可能性も無くはない」
アレクが、最悪の展開を予想して準備を始める。この臆病な性格がここまでアレクを、そして烈火の牙の仲間たちを生き残らせたのかもしれない。
しばらく歩いて、広場の噴水前に到着した。やっぱり人間や魔物の姿も形もない。これは、本当に何もいないのか?
「お兄ちゃん、渡ってもいい?」
ハンナちゃんからの催促がきた。もう少し様子を見たいところだけど、あまり慎重になり過ぎるのも、悪い結果を招く。ここは素直に今の状況を喜ぼう。
これからの事を、アレクとキールと相談する。その時……。
「わん!わんわん!グルルゥ」
突然、ポロンが空に向かって吠えだした。空に何かいるのか?そう思って、上空を見る。そこには……。
「空から舞い降りる天使……いや、違う。あれって、さっき見たモスマンじゃないか?」
頭上から羽根を広げたモスマンが20匹、ゆっくりとこちらに向かって下りてくる。他にも気配を感じて、周りを見てみれば……おいおい、さっきまで気配感知にも集音にも引っかからなかったのに。どこにいたんだと言いたくなるくらいの魔物が、建物の上から現れた。その数……ああ、数えたくねえ。事ここに至って気付かされた。
「やっぱり罠だったのかよ……」




