45話 リーザスの町急襲
町に戻った俺達が見たのは、蹂躙されているリーザスの町だった。
「これは……」
「おいおい……やばい、やばいって!」
外壁を無視して町の中に入り込む魔物たち。巨人に破壊された北門の外壁。それを嘲笑うかのように、空中から降下して人々を襲う魔物の群れ。これが、こんなものが現実であっていいはずない……。
「……クト、ホクト!」
「……えっ?」
「ボサッとすんな!急いで町の中の魔物を排除するぞ」
ソウルに声をかけられて、一気に現実に引き戻される。倒す?何を?……そうだ、魔物だ。そのために、俺達は町に戻って来たんだ。
「あ、ああ!助けよう、みんなを」
ダッジさんから指揮を託されたBランク冒険者の人が、声を張り上げて何をすべきかを説明している。
「いいか!既に魔物が町の中に入り込んでいる。ここからは二手に別れて行動する。ひとつは町中を回って、無事な一般人を保護。そして、避難場所まで誘導するんだ!もうひとつは魔物の撃退。こっちも町中を回って、1匹でも多くの魔物を倒せ!一般人の保護と避難誘導はDランク以下の冒険者が、それ以上の冒険者は魔物の撃退だ。俺の仲間は撃退に回す。俺は、一度冒険者ギルドに行って情報の共有を行う。文句のある奴はいるか?」
迷いのない適切な指示だ。さすがBランク、こういう場面でも動じない。だからダッジさんから指揮権を移譲されたんだろう。当然、誰も文句は言わない。ここは1分1秒を争う時だ。小さなことにとやかく言う奴はいない。
「よし、パーティを組んでいる奴らはパーティ単位で構わない。すぐにでも行動に移せ!」
「ソウルはどうする?」
「俺とサラは2人で大丈夫だ。一番魔物が集まっている場所に行くぜ」
一番魔物が集まっている場所。それは当然……。
「……願いの塔か」
「ああ!ホクト、生きてたらまた会おうぜ!」
そう言って、ソウルとサラは駆け出していった。他の冒険者たちも町の中に散っていく。
「ホクト、アタイらも行こう!」
カメリアが、俺のところに来て言う。俺はカメリアに頷いて、走り出す。そこに3人の影が駆け寄ってくる。
「ホクト!」
「アレクか?」
走り寄って来た人影から声がかかる。
「俺とキールじゃ、大した役に立てそうにない。素直に誘導に回っても良いんだが……お前たちと行動を共にしても良いか?」
突然の申し出、だけどありがたい。俺達2人では、どうしても手が足りない場面に出くわすことは想像できた。アレク達なら、知った仲だ。共に戦った事もある。
「こっちからお願いしたいくらいだ。アレク、キール、俺達に力を貸してくれ」
移動しながらの短いやり取り。だけど、俺達にはそれで十分だった。全員で頷いて前を向く。そこに、もう1人からも声がかかる。
「あ、あの……ホクトさん。ぼ、僕も連れていってください!」
「ユーリ、お前は誘導に回れ。今のお前じゃ、俺達の足手纏いになる」
「お願いします!僕、絶対に皆さんの邪魔にはなりません」
走っているだけでわかる。今のユーリは、後の事を考えずに無理をして走っている。そして、普段は空を舞っているウナ。そのウナが肩に止まったままなのだ。その理由は明白。
「ウナは制空権を取れないんだろ?お前の一番の武器であるウナが戦闘に参加できない。そんなお前を連れて行けば、お前……死ぬぞ?」
キツイ事を言っていると思う。でも、今は情けをかけている余裕はない。どれだけ入り込んでいるのか見当もつかない魔物。それも、普段と違って空を自由に飛べる魔物だ。俺が戦った事のある、空を飛ぶ魔物と言えば……ダンジョンで戦ったハチとセミだな。それくらいしかない。それよりも、明らかに強い魔物が滑空している中で、ユーリを守りながら戦えるのか?
「……無理だ」
自問自答した結果、出てきた答えが無理だということ。俺には、こいつの命を背負う事はできない。
「ホクトさん……」
泣きそうな顔で懇願してくるユーリ。気持ちはわかる。きっと、いてもたってもいられないんだろう。だけど、それは無謀だ。今できる事をする。それが、今ユーリに求められている事だと思う。
「……」
「……ホクト」
突然、横から声をかけられた。振り向くと、カメリアが拳を振り上げて、思いっきり振り下ろすところだった。突然の事に、身構える事も出来ずに吹っ飛ばされる。
「ぐぁ!?……って、突然何しやがる!」
「そんな小せえ事、アタイの好きなホクトは言わない!」
意味が解らない。ユーリを誘導に向かわせるのは間違った判断じゃないと思っている。それがユーリの為だし、ユーリにもできる仕事だ。なのに、なんでカメリアは突然俺を殴ったんだ。
「普段のホクトなら、何をおいても自分の手元にユーリを置く。手の届かない所では、何があるか分からない。なら、助けられる傍にいさせる方をホクトは選ぶ。1回頭を冷やせ、ホクト。今のお前は、町がこんな風になって視野が狭くなってるだけだ」
カメリアに諭された。吹っ飛ばされた事で、足を止めて考える時間ができた。カメリアの言う通り、俺は焦っていた。理由は簡単だ。羊の夢枕亭が心配だったから。だから、俺の中で守る優先順位の低いユーリを見捨てようとしていた。
「……俺は」
それに気づいて愕然とした。俺は、助ける命にプライオリティーを付けて、手から零れる分を切り捨てようとしていたんだ。
「目が覚めたか?」
殴り倒した張本人が、俺に手を差し伸べている。壁まで吹き飛ばされて、背中を強かに打って痛い。それをした相手なのに、俺はその手を見て笑ってしまった。
「……次からは、もう少し優しく目覚めさせてくれ」
「分かった、次は熱いキスで起こしてやるぜ」
手を取って、思いっきり引っ張り上げられる。殴られた頬と背中は痛いけど、さっきまでのような悲壮感は綺麗さっぱり消えていた。よし、ここからだ。
「ユーリ、悪かったな」
「い、いえ。僕の方こそ我儘を言っている自覚はあります。だけど!だけど、僕も一緒に行きたいです」
真剣な目で見つめてくる。普段は幼く、童顔な顔なのに、こんなときは男の顔ができるんだな。
「俺達は、お前を助けるほどの余裕がないかもしれない。俺達も全力でお前を守ると約束はできない。それでも、俺達についてくるか?」
「はい!連れていってください!」
「……わかった、一緒に行こう」
「はいっ!」
気合を入れ直して、再び走り出す。
「ところでホクト、迷いなく進んでいるが目的地はどこなんだ?」
並走しているキールが聞いてくる。アレクも、俺がどこに向かっているのか解っていないみたいだ。対するカメリアは、さすがパーティメンバー。俺がどこに向かっているのかは、言わなくても解っているみたいだ。
「羊の夢枕亭……俺達の家だ」
角の先から鳥の甲高い鳴き声が聞こえる。そこを曲がって、俺は初めて自分のいる場所の見当がついた。目の前には、仁王立ちする羊の獣人。言わずと知れた、羊の夢枕亭女将のローザさんだ。その後ろには、旦那のミリアムさんと娘のハンナちゃんの姿も見える。
「……あれが、羊の夢枕亭なのか」
「ああ……くそっ、間に合わなかったか」
俺とカメリアの目に飛び込んできたのは、ほぼ全壊した建物。それが羊の夢枕亭だとわかったのは、店名の入った看板が目に入ったからだった。
「ハンナちゃん!」
「……えっ?」
俺達が現れたことで、頭に角を生やした悪魔のような小人の魔物は一斉にこっちを向いた。あれは……戦った事はないけど、多分インプってやつじゃないか?
「アレク、キール!右の2体を頼めるか?」
「おう、任せろ!」
アレクとキールが、右側にいるインプ目掛けて駆け出す。それを見て、俺とカメリアは左にいた3体のインプに向き合う。
「ユーリ、あの魔物に隙ができたら、ハンナちゃんの所まで全力で走れ。そして、ポロンと一緒に守ってやってくれ。今はエスカちゃんもいる。あの2人は、お前が守るんだ」
「はい!」
ユーリの声を確認して、一気にインプたちの輪の中に突っ込む。ブーストで加速した俺の事を、インプは見えていなかった。あっという間に輪の中心に入り込んで、2匹を殴り殺す。残った1匹は、カメリアが朱槍の一突きで串刺しにする。
「女将さん、大丈夫ですか!」
ローザさんのもとに近づくと、ローザさんが声を張り上げる。
「油断するな!まだまだ、上からおかわりが来るよ」
その声に振り返ると、周りの建物の屋根に夥しい数の鳥が止まっているのが見えた。鳥?ただの鳥が、この状況下で逃げずに屋根で羽根を休めている?いや、あり得ないだろう。
「あれ、全部魔物なんですか?」
「ああ、建物を囲まれて……気付いたら、瓦礫の山に変わっていた」
少し放心気味のローザさん。まあ、あれだの鳥に囲まれたら……いや、ローザさんにそんな乙女のような感性は備わっていない。あれは、何か別の事を考えているときの目だ。きっと、どうやって復讐してやろうかと頭の中で考えているんだろう。
「小僧手伝え!この辺りの魔物、一掃するよ!」
「わ、わかりました!」
相変わらず人使いが粗い。それでも、この場にいる全員が無事なのは、間違いなくローザさんがここに居座っているから……だろうな。
「積もる話は後回しだ。私の店をこんな風にしたこいつらを、1匹残らずローストチキンにしてやる」
そして、宣言した通りに魔物の群れを一掃したローザさん。これ、俺達必要なかったんじゃ?




