43話 力の形
「ドラゴンって初めて見たけど、こんなもんなのかね……」
戦いを見届けたソウルが、ふとそんな事を言った。ドラゴン、生物の頂点に君臨する天災級の魔物だ。俺も見たことは無い……と言うか、いつかみたいと思ってた。だって、ドラゴンってファンタジーの象徴だろ。聖剣じゃないと倒せないとか、口から放たれる炎は町を一瞬で灰に変えるとか、あの質量で空を飛ぶとか……などなど。ファンタジー小説ではお馴染みの魔物だ。それを実物で拝めるなんて考えたら、ワクワクが止まらない。
だけど、実際目の前で行われた巨人とドラゴンの戦いは……ハッキリ言って泥臭い。地を這い、爪で切り裂く。図体はデカくなったけど、やってる事は他の魔物たちと大差ない。もっとドラゴンらしい戦い方を期待しなかったと言うと嘘になる。
「我らは所詮紛い物。竜人族が命を懸けて禁忌に触れたからと言って、本当のドラゴンになれる訳ではない」
グルドさんは、寂しそうに倒れた仲間の骸を見ている。仲間を失った人を前にして、失礼なことを言ってしまった。
「す、すいません。あなたの事も考えず、失礼なことを言いました」
ソウルの頭を押し下げ、自分も一緒に頭を下げる。
「お、おいホクト!なんのつもりだ……」
「いいから!仲間を失ったばかりのグルドさんに対して、言っていい言葉じゃなかった。お前だって、そう思うだろ」
頭を押し下げられながら、しばらく考えるソウル。そして……。
「え、なんで?」
不思議な物を見る目で俺を見る。え、あれ?俺の考えっておかしいのか?
「……ククッ、面白い奴だなお前。確か、ホクトと言ったか……」
「え、はい……」
ソウルの頭を抑えつけていた手をどけて、自分もグルドさんに向き直る。グルドさんは、さっきまでの寂しそうな表情のままではあるけど、いくらか表情が和らいでいた。こうしてみると、竜人族も俺達とほとんど変わらないな。角がカメリアと違うくらいか?
「お前の気持ちは嬉しかった。だが、冒険者として見るといささかお上品に感じるな。冒険者は結果が全てだ。どんなに力を持とうとも、それを使いこなせず不甲斐ない戦いをすれば、誰にも見向きもされない。結果を示すことができなければ、そこに畏敬や畏怖は生まれない。そこのソウルのようにな」
「ビックリしたぜ。俺がおかしいのかと思ったら、やっぱりホクトが変なんだよな」
「変って言うな!」
そんな俺とソウルのやり取りをみて、グルドさんは笑みを浮かべた。沈み込むよりはいいかと、今のまま会話を続けてみる。
「……お前たちは仲が良いのだな」
「まあ、同期だし……」
「それに、俺とまともに戦えるのはホクトだけだしな!いつか、ちゃんと決着を着けてやる!」
「こっちこそ!俺が完全に勝って、格の違いを見せてやるよ!」
実際、ここまで遠慮なく話せるのは、パーティメンバー以外じゃソウルだけだ。それに、次は勝ちたいって気持ちも嘘じゃない。あんな中途半端な決着じゃなく、今度は誰の目にもハッキリとした形で勝ちたい。
「俺には、お前たちのようにライバルと言える相手はいなかった。仲間たちも同族だからな、どうしても一歩引かれてしまう」
「え、同族なのにどうして?普通なら、同族の方が腹割って話せるんじゃないですか?」
俺とソウルが同じ人種だから、そういうのもあると思う。もしソウルが別の種族だったら、ここまでの仲にはならなかった……いや、ソウルの性格だ。結局変わらなかった可能性もあるな。
「なんで、同族じゃダメなんだ?」
相も変わらず、ストレートに聞くソウル。お前の、その性格は羨ましいと思う。なりたいとは思わないけど……。
「竜人族の世界は、実力主義。強い奴は、弱い奴に何をしても許される風習がある。そして、竜人族の間では必ず優劣がつく。同じ、同等、平等……そんな考え方はない。我の仲間、竜神の鉾も我が力で従わせた者たちだ」
へえ、竜人族ってそうなんだ。てっきり、同じ目的、同じ思想だからとか、一緒にいて楽しい、憧れるからとかで一緒にいるんだと思ってた。
「今回のスタンピードが終わったら、独りで旅をするのも良いかもしれん。力ではなく、信頼に集まる人々。そんなのも楽しいかもな……」
「グルド様……」
見れば、竜神の鉾の人がグルドの側まで来ていた。
「終わったか?」
「はい、竜玉の回収は終わりました。あの……」
「では、行くか……」
「……」
何かグルドさんに言いたそうにしていたけど、結局何も言わず従う事にしたようだ。本当に力で序列が決まるんだな。それも絶対服従、俺としては納得も理解もできないけど、そういう種族もあるんだなと思うに留めた。
「ではな、2人とも」
「グルドさんは、これからどうするんですか?」
「しばらく仲間たちを休ませたら、戦線に復帰する。お前たちは、このまま前線か?」
「ああ、俺達は何もしてねえからな。力も有り余ってるから、ちょうどいいぜ」
ソウルが答える。まあ、俺も戦ってないから疲れてはいない。そろそろスタンピードも終わりそうだし、このまま前線で戦い続けてダッジさん達を待とう。
「そうか。まだ何がいるか解らん、気を引き締めていけよ」
「はい、グルドさんも」
そう言って、俺とソウルはグルドさん達竜神の鉾と別れた。そのまましばらく戦い続け、魔物たちの動きが緩慢になってきたころ、休憩を取る事にした。
「……なあ、ソウル」
「あ?どうした」
「お前はグルドさん、竜人族の生き方ってどう思う?」
「はあ?」
突然の事に、ソウルがすげえ変な顔をして俺の顔を覗き込んできた。
「な、なんだよ……」
「いや、どっかで頭でも打ったのかと」
「打ってないし、問題もない!ただ、あの力だけが全てって考え方は俺の中には無かったから……そう言う考え方ってのは、意外に普通なのかと」
自分の思ってたことを、整理しながら話してみる。上手く説明はできないけど、俺の今のモヤモヤに対する答えをソウルは持ってるんじゃないか?そんな期待からの質問だった。
「う~ん、どうなんだ?俺は特に気にならなかったけど、お前がそこまで悩む何かがあるって事だよな」
「俺の考え方が特殊……何だと思う」
俺のと言うよりも、地球の、日本の倫理観だな。元々人を殴る事すらしないで、この歳まで生きてきた。そんな人間からすると、力があるから何なんだって話だ。俺からすると、頭が良い奴の方が凄いと思うし、何か一芸に秀でた奴ってのも凄いと思う。力って頑張ればどうにかなるモノで、他のモノには才能が必要なんだと勝手に思ってる。だから、力って大したことなくね?
「俺はグルドの、竜人族の話を聞いても別段おかしいとは思わなかった。竜人族に限った話じゃないけど、獣人たちの世界には多いな。そういうやつらが」
獣人がどうやって生まれてきたのかは解らないけど、元々の動物には、そうやって力を誇示して群れのリーダーになるやつもいる。動物からすると、力を見せつけて長になるってのは、そこまでおかしい考え方じゃないのか。
「冒険者だってそうだろ。頭よりも腕っぷしが必要な職業だ。自然と、強い奴の発言権が増したんじゃねえか?」
「……ソウルが発言権って……知ってたのか」
「それくらい知ってるわ!」
そうか。そうすると、俺はつくづく平和な場所で生きてたんだな。スラムとかで、生きるのにも一生懸命だった奴が異世界に転移してたら、また違った価値観をもって居たかもしれないな。
「多分、商人とか町で生きてる奴らには、そこまでの力ってのは不要なんじゃね?危険に晒される事がある仕事の場合は、どうしても力や暴力に頼る傾向があるから、力在る者に縋る事で生存する確率を上げたいんだろ」
こう見えて、ソウルってのはしっかり物事を考えているんだな。もっと、俺に近いバカだと思ってた。普段の言動からは想像もつかないが、こいつの普段ってのは至極真面目だ。俺と一緒にいると、なぜか羽目を外す傾向にある。俺のせいにされるから、凄く嫌なんだけど……。
「そうか、その世界で生きるには、その世界に即した力が必要って事だな。商人だって金の力って恐ろしい物を持ってるし、商人の世界では必要な力なんだろう。そう考えれば、竜人族や獣人たちが力に憧れ、力に敬意を払うのは、そう言う世界で生き残るために必要って事なんだな」
「お、おう……多分、そんなんだ」
俺が知らないってだけで、それを否定しちゃいけなんだ。なんか、少しだけ賢くなった気がした。
「…………」
「ん?どうしたソウル?」
「お前だけスッキリした顔をしてるのがムカつく」
「気のせいだって!ほら、行こうぜ!」
納得がいかないって顔をしているソウルを引き連れ、その後も魔物を倒し続けていった。そして、どれくらい経ったのか……遂にリザードマンと対峙しているダッジさんを見つける事ができた。




