16話 エピローグ
追記:文末の・・・を……に変更しました。
目が覚めると、見慣れない天井が目に入ってきた。まだ意識がちゃんと覚醒していないせいか、ただ天井を見続けていた。どれくらい時間が経ったのか意識が徐々に覚醒してきた。
「……ここは?」
俺何やってたっけ?……確か、アサギと一緒に宿を出て冒険者ギルドに向かったよな。その後は……。そこまで思い出して急激に意識が覚醒する。
「そうだ、試験h、いってぇ!」
思わずベッドから飛び起きたけど、身体中が痛い……。
「うぅぅ、ダメだ……」
そのままベッドに横になる。またもや見えるのは天井だけとなった。少し動くだけでも連続した痛みが襲ってくる。しばらく微動だに出来ない状況が続き、やることも無いから寝ようとしたとき、部屋のドアが開く音がした。
「あ、ホクトくん!起きたんだ」
痛みを我慢して首を回すと、ドアの影からアサギが部屋に飛び込んできた。
「アサギ、俺……」
「無理しなくていいよ。結構酷い怪我だったんだから!」
「ずっと、看病してくれてたのか?」
「うん。着替えがいるとおもって、宿屋から取ってきたよ」
アサギが手に持っている荷物には、どうやら俺の着替えが入っているようだ。アサギが来てくれたことで少し落ち着てきたな。首をアサギの方から楽な姿勢に戻しながら、今のうちにアサギから顛末を聞いてしまおう。
「俺は、やっぱり負けたのか?」
「それは……」
アサギが先を話す前に、また部屋のドアが開いた。
「引き分けだったぜ」
「ソウル?なんでお前がいるんだ?」
「俺も昨日まで、ここに厄介になってたからな」
「昨日までって……アサギ、試験からどれくらい経った?」
「今日で丸2日よ。全然起きないから、すごく心配したんだよ」
2日も寝てたのか。それにしては、まだまだ眠い。気合を入れてないと、そのまま眠っちゃいそうだ。
「無理しないで休んだ方が良いんじゃないか?俺よりもお前の方がよっぽど重傷だったみたいだしな」
そう言いながら、ソウルは俺の耳元に顔を近づけてこう言った。
「なあ、試験前の約束覚えてるか?」
「約束ってなんだよ」
「ほら、お姉さんを紹介してくれるって言ってたろ」
「……ああ」
思わずアサギの方をみる。アサギは俺たちが突然内緒話を始めたからキョトンとした表情をしている。……まあ、確かに約束したしな。
「アサギ、改めて紹介するよ。試験で俺と戦ったソウルだ」
「初めまして、綺麗なお姉さん。ソウル・スタントです」
「知ってるよ。私もあの試験は見てたしね。
私はアサギ・ムラクモ、よろしくねソウルくん」
「いやあ、これからもちょくちょく会うかもしれませんね。
なんせ、俺とホクトは親友ですから!」
「はあ?いつ俺とお前が親友になったんだよ!」
「あら、そうなの?ホクトくん、こっちには知り合いがいなかったから
良かったじゃない!ソウルくん、これからもホクトくんをよろしくね」
「もちろんですアサギさん!なにせ拳で語り合った仲ですから。
アハハハハ……」
「お前剣だったろ」
これでわかった、ソウルは真正の女好きだ。アサギも俺に友達ができて嬉しいのか、そもそもそういう視線に鈍感なのかソウルの本性が解ってないみたいだし。
「ソウル、いつまでもバカ笑いしてないで教えてくれよ。
試験が引き分けってどういうことだ?」
「え?ああ、お前最後に右のアッパーを打ったろ。あれが俺の顎に当たったんだよ。俺としてはスレスレを避けたつもりだったんだがな」
「アッパーが、顎を?……って、そういや気を失う前に見たぞ。
お前3人いなかったか?」
「よく覚えてたな。あれな、俺のユニークスキルなんだよ。『ドッペルゲンガー』ってスキルで、最大で2人分の質量のある分身を作れるんだ」
「質量を持った……それって本物と見分けがつかないんじゃ?
それに、質量があるなら攻撃も当たるだろうし……」
振り返った先々にいるから、おかしいと思ったら……あれだけ早く動ける上に、ユニークスキル持ちだなんて、どれだけチートキャラなんだよ。
「俺にしたって苦肉の策だったんだぞ。本来は人の目が多い場所では使う気なんか無かったのに……。お前があまりにしつこいから、つい使っちまった」
まあユニークスキルなんて、ホイホイ人前で使っていいものでもないよな。
「そこまでの覚悟で使ったのに、引き分けなんてダセェ終わり方なんてよ」
「こっちも負けたくなくて我武者羅だったからな。でも、なんで俺が吹っ飛ばされた後に追撃してこなかったんだ?」
「足が言うこと聞かなくなったんだよ。意識はハッキリしてるのに足が動かないせいで立ち上がれなかったんだ。そうしたら試験官のおっさんが引き分けだって……納得できないぞ、おい!」
「俺に当たるなよ。でも、そうか……あのアッパーでソウルの脳が揺れて脳震盪になったんだな」
「のうしんとう?それってなんなの?」
「え、えっと……確か顎に対してかするように打撃を与えると、首を支点にして脳が何度も頭蓋骨にぶつかってショートするんだよ。だから意識はハッキリしてるのに手足が動かなくなるんだって」
俺が脳震盪についての知識を一生懸命絞り出していると、またまた部屋のドアが開いて男が入ってきた。
「良く知っていたな、あれは狙ってやったのか?」
「え?」
入ってきたのは試験官をしていたおっさんだった。
「お前はあれを狙ってやったのか?」
「い、いやいや。本当に偶然当たっただけ。知識で知ってても咄嗟に思いつくなんて無理だって」
「そうか……」
「なあなあ、おっさんはあの時試験官をしてたおっさんだよな?」
「おっさんではない!」
ソウルが愚かにもおっさん相手に口を滑らせた。建物中が揺れたんじゃないかってくらいにデカい声だな。
「うっひゃ、やばい口が滑った」
「貴様はソウル・スタントだな」
ギロッとソウルを睨み付けるおっさん。俺?俺は口を滑らせたりしないから大丈夫。
「ハハハ……じゃあホクト、俺そろそろ帰るわ。
今度は一緒に冒険しようぜ!」
そう言ってソウルは脱兎の如く部屋を飛び出していった。
「まったく……」
「それで、何と呼べばよろしいのでしょうか?」
おっかなびっくりおっさんに聞いてみる。
「オレの名前はダッジだ。リーザスの冒険者ギルド所属のB級冒険者だ」
おお、B級。俺が知ってる中では一番ランクが高いってことになるな。アサギよりも上のランクの人を初めて見た。
「改めて、ホクト・ミシマです」
「お久しぶりです、ダッジさん」
「アサギか、元気そうだな」
「それで、どうしてダッジさんがホクトくんの部屋に?」
「まだ意識が戻ってないと聞いてたんだが、どうやら大丈夫なようだな」
俺を心配してきてくれたのか。案外いい人だな、このおっさん。
「おかげさまで。試験の結果も、さっきソウルから聞きました。引き分けだったそうで……」
「うむ。内容的には引き分けなんだが……」
「何か問題でもありました?」
「……うむ」
ダッジさんがアサギを気にしてる。どうも俺だけに話したいことがあるようだ。
「うふふ、ダメですよダッジさん。ホクトくんのことなら私も聞きます」
「しかし、アサギ。これは個人情h……」
「わ・た・し・も・き・き・ま・す」
ああ、ダッジさんの額に青筋が。アサギも引き下がるつもりは無いようだし……頼むからこんなところで暴れないでくれよ。
「……教えてくれないと、ダッジさんの本みょ」
「うむ。アサギも一緒に聞いてくれ」
はやっ!折れるのはやっ!
アサギが何かを言おうとしたら、速攻で折れたぞ。
「アサギ、今何を……」
「ホクト黙ってオレの話しを聞け!」
「あ、ハイ」
長い物には巻かれる主義ですよホクトくんは。
「今回の試験、確かにお前はソウルを相手に善戦した。他の面子を考えてもソウルの力量はズバ抜けていたのに大したものだ」
「はい」
「だが!お前の動きは明らかに素人のものだった。それこそ、訓練などまったく受けていないかのような酷い物だった」
「……」
そりゃそうだ。俺は、ついこの間まで野球一本で生きてきたんだから。腕力なんかはそれなりに自信があったけど、喧嘩だってほとんどしたことない。
「そこで、お前には冒険者ギルドから訓練をしてくれる人材を宛がうことにした。その人物が合格を出すまでは強制的に訓練を受けてもらう」
「ええ!?……マジか。試験始まる前に言われてた事が、自分の身に降りかかるなんて……」
クソッ、これでやっと自由に冒険者ライフを満喫できると思ってたのに。まあいいや、その冒険者からとっとと合格をもらえばいいんだ。
「それで、その冒険者っていうのは?」
「オレだ」
「……は?」
「だから、オレだ」
終わった……グッバイ冒険者ライフ。
「ダッジさんですか……どれくらいで合格くれます?」
「それはお前次第だ。お前がまじめに取り組めば1年もかからんだろう」
年単位かよ!?ようこそ、地獄の特訓ライフ。
「そんな顔をするな。確かにしばらくは無理だが、そう時間もかからずにダンジョンに入れるようになるさ」
「ホントですか!?」
「ああ。それに、この話は決してお前の損にはならんさ」
その一言にアサギは何かに感づいたようだ。ダッジさんが俺の方を見て不敵な笑みを向けてくる。
「なにせ拳闘士を教えられるのは、拳闘士だけだからな」
「え、おっさん拳闘士だったのか?」
ゴチン!
「おっさんではない!ダッジさんと呼べ」
「いってぇぇ!おっさ……ゴホン。ダッジさんって拳闘士なんですか?」
「そうだ。これからじっくりと、オレのすべてをお前に教えてやる」
こうして俺の冒険者ライフは幕を開けた。
これにて1章は終了となります。
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