32話 ダッジさん救出作戦
屋根伝いに走る。今俺は、隠密スキルと跳躍スキルを使って屋根から屋根へ飛び移りながら目的に近づいている。我ながら、まるで忍者のようだなんて思ったりもしている。隠密を使っているからなのか、ジャンプの着地の瞬間に全く音がしないのが気持ち悪い。
「さて、遊んでる場合じゃない。あそこにダッジさんがいてくれればいいんだけど……」
ここまで来てダッジさんが居ない場合、どこか他の場所に逃げ延びた可能性が出てくる。さすがに、あのテントの中にダッジさんの死体があれば誰かが気付くはずだ。
「……でも、あのダッジさんをどうやって捕まえたんだって話だな。いくら奇襲だからって、あのおっさんは早々捕まらないと思うんだけど」
通りを挟んだ建物の屋根にジャンプ。難なく着地、加速と下降の衝撃は、膝が完全に吸収して姿勢のブレも無い。本当に自分の身体かと疑いたくなってきた。
そんな事よりもダッジさんだ。あの人が捕まる様な何かを、奇襲してきた魔物たちが所持している可能性がある。俺にはそれが何なのか想像もつかないけど、恐らくダッジさんを助けられるチャンスは一度きり。それを失敗すれば、反応のあった魔物たちすべてを俺達だけで倒さないといけなくなる。それも、態々相手が有利な状況でだ。
「……それはさすがに勘弁してほしい。何とかダッジさんを助けて、アサギたちが待つポイントまで魔物を引っ張って良ければ、俺達にも勝ち目が見えてくるんだけどな」
また1つ、通りを挟んだ反対側の建物の屋上にジャンプ。無音で着地。そろそろ、この気持ち悪い現象にも慣れてきた。姿勢を低く保ちつつ、前進する。あと区画1つ進めば目的地だ。これからは、より慎重に進もう。
建物の端に身体を密着させ、周りの気配を確認する。魔物たちは未だに動いていない。あそこで何かを待っているのか?監視の目がない事を確認して、跳躍のスキルを発動。隣の建物の屋上に着地する。さて、これで魔物たちが集まっている場所は目と鼻の先だ。多分、この建物の縁から下を見下ろせば、目的の魔物たちが見えるはずだ。
「……よし、とりあえずここまで見つかることなく来れた。後は、アサギたちが罠を張る時間を考えて、奇襲をかけるんだけど……ダッジさんはいるか?」
縁に身体を預けて、下を見てみる。そこは小さな広場のようになっていて、魔物たちが集団で集まるにはうってつけの場所だった。今俺がいる建物から、魔物たちの場所まで、凡そ100mってところか。鷹の目スキルのお蔭で、かなりクリアに見えている。俺の眼が捉えた魔物……それは。
「二足歩行するワニ?名前も情報も無いから解らないけど、デカいな。平均しても2.5mクラスだ」
同じ種族なんだろうけど、顔が違う奴らが混じっている。有名なのはアリゲーターとか、クロコダイルとかか?昔少年漫画でいたな、鎧を着たクロコダイルの亜人が。広場にいるのは、まさにあんな姿かたちをした奴らだった。他にも目が真っ赤なワニ……なんかTVで観たな。カイマンだっけ?そんな二足歩行のワニが20体ほど。そして、他にもう1体。
「……あれはワニ……じゃないな。シルエットからすると蜥蜴の方に近い。ってことは、あれはリザードマンか?」
1体だけ、明らかに違う空気を纏っている魔物がいた。俺の眼にはそいつがリザードマンに見える。だけど、以前アサギが言っていた鱗人族の話。確かリザードマンって、こっちの世界では亜人扱いで人と共存してるんじゃないのか?そんな奴が、なんで魔物と一緒にいるんだよ。
情報が多過ぎて、混乱してきた。一度鷹の目を解除して、屋上の壁に背中を預ける。情報を整理しよう。二足歩行のワニ、こいつらは魔物なのか?まず、そこからして疑問だ。ひょっとしたら、リザードマンと同じ鱗人族にカテゴライズされているかもしれない。戻ったらアサギに聞いてみよう。そして、群れ……この場合、もはや軍だな。軍を率いているのが、1体のリザードマン。これは、ほぼ間違いなく人だ。人と魔物の連合軍。
「地下に続く穴から魔物を追ってみたら、まさかの亜人と魔物の連合軍かよ。でも、今回のスタンピードが、今までと毛色が違うのはこれまでにも言われてたことだ。まさか亜人が加担しているなんて、思いもしなかったけど……ここまでの、相手の行動がおかしかったのは納得だな。妙に人間臭い行動を取る事があったからな」
とは言え、ここまでの事をしでかしたわけだから情状酌量の余地もない。あのリザードマンだけは捕えて情報を引き出したいところだな。
改めて屋上から広場を見下ろす。今度は、ダッジさんがいないかを調べていく。すると、思いのほかあっさり見つかった。
「あそこで転がされてるの、ダッジさんだな。良かった、とりあえず行方だけは判明した。後は……生きているか、だな」
息を殺して、注意深くダッジさんを確認する。すると、遠くて解り難いから微かだけど、ダッジさんの胸が上下している気がする。まずは、生存として計画を進めよう。それにしても、ちょっと情けな過ぎないか?俺の師でもある男が、こうもあっさり捕まって転がされているのを見るのは遣る瀬無い。
「……よし、気持ちを切り替えよう。まず第一優先はダッジさんの確保。これは、何をおいても優先する最優先事項だ。そして第二優先は、あのリザードマンの確保だな。こっちはできるだけ生け捕りにしたいけど、それも余裕があればだ。その他のワニについては、今回は無視。できればひと当てしたいところではあるけど、その状況になった段階でダッジさんの救出と俺達の脱出が絶望的になるな」
今回の作戦、ダッジさんを確保したらアサギたちが待つエリアまでダッジさんを担いで逃げないといけない。あのムキムキのおっさんを担いで逃げる訳だけど、できるだけ距離を稼いだ上で見つかるのがベストだな。となると……。
「隠密で近づいて、ダッジさんを奪取。……でもこれだと、すぐに見つかるな。それなら、隠密で隠れた上で陽動に遠くに注意を惹き付ける。陽動……魔法が使えない俺だと何ができる?」
1つ1つ確認しながら組み立てていく。本当は、こういうのはアサギが得意なんだけど、残念ながらアサギはここにいない。自分だけで何とかするしかない。使えるとしたら……この籠手か。いや、ダメだ。こいつを使うと、魔力の出所で俺の場所がばれる。……くあぁ、頭が沸騰しそうだ。もっと、こうスパッと行きそうな方法は無いか?あまり時間をかけても、アサギたちが心配してこっちに来かねない。早く何かを考えないと……陽動まではいい。あとは、どうやって陽動するかだ。
「俺に出来る事で陽動、何かないか?俺に出来る、俺の特技で…………あっ!?」
危うく大声を出しそうになって、自分の口を手で塞ぐ。ある、あるじゃないか!俺の特技、俺の右肩!遠投は得意じゃないけど、内野圏内からのバックホーム程度なら身体が覚えている。前にゴブリンを倒した時もバックホームくらいの距離で当てる事ができた。つまり……。
「隠密→バックホーム→ブースト→ダッジさん確保→逃走……おお、行ける気がしてきた!」
作戦は綿密に、かつ論理的にまとめる事ができた。後は、実行するだけだ。投げる物は……屋上部分に投げられるものは見当たらない。
「この建物内から拝借するか」
思い立ったら即行動。屋上から1つ下の階に下りて、投げられそうなものの物色を始める。とは言え、どれだけ放置されていたか解らない建物だ。何がある訳でも無い。とにかくあまり時間はないので、虱潰しに建物を物色していく。
「……はぁ、結局こんなモノしか見つからなかった」
俺の手元には、ペンダントトップが握られている。形は決して投げやすくないし、持って帰った方が値打ちがありそうな気もする。だけど、3つの建物を探し回って、手に収まる大きさで投げられる物がこれしかなかった。
「まあ、注意を惹ければいいんだから、この際これで我慢しよう」
ここに住んでいた人の生前身につけていた物か、はたまたここを離れるときに忘れられた物か。何にしても、今の俺にはとても有り難い物だ。大切に使わせてもらおう。
「よし、作戦に必要なものは全て揃った。後は実行するだけだ」
もう屋上まで上がる必要もないので、隠密を使って慎重に距離を詰める。ペンダントトップを投げつける相手までの距離を測って近づく。だいたいこれくらいか?さあ、ここからは時間との戦いだ。深呼吸を繰り返し、対象を凝視する。目標はカイマン型の魔物、その横っ面だ。
しゃがんだ姿勢から、滑らかに重心移動をして投擲態勢に入る。まるで、セカンド盗塁を死守するキャッチャーみたいだ。俺、サードなのに……。下らない事を考えつつ、腰の捻りを肩へ、肩の捩れを腕に伝えて腕を振り切る。
シュバッ
右手の人差し指と中指に上手く引っかけてスナップを聞かせた一投は、真っすぐにカイマンの頭に向かって飛ぶ。よし、後は当たっても当たらなくても良い。足の裏に魔力を流してブーストを発動する。遮蔽物で身を隠しながら、迂回しつつダッジさんに近づく。
パキンッ!
「ギャッ!」
何か硬質な物が割れる音に続いて、カイマンと思われる生き物の悲鳴が聞こえる。どうやら、上手く当たったようだ。俺は、その結果を見ることも無くダッジさんの側まで移動する。後は、周りの奴らが注意をカイマンに向けたタイミングでダッジさんを抱えて逃げるだけだ。
「何だ?何が起こった!?」
リザードマンがカイマンの方に目を向ける。周りにいる奴らも、突然カイマンが悲鳴を上げたことで、そちらに注意が向かったようだ。チャンス!
隠密は依然かけたまま、ダッジさんに近づく。鼻の前に手をかざして呼吸を確認する。
「……良かった、息がある」
作戦の成功よりも、ダッジさんが生きていたことが嬉しかった。余りの安堵感に自然と声が出る。
「え?」
「え?」
周りの視線が俺に向けられる。俺も、突然向けられた視線に思わず声が漏れる。
「「…………」」
しばしの沈黙……やべ、つい声を出しちゃった。慌てて、ダッジさんを抱えてブーストでその場を離れる。
「き、貴様!何者だ!?」
そんな事にいちいち応えてられるか。俺は後ろを振り返らず、一目散に逃げだした。ダッジさんを抱えるには、俺の筋力では足りない。普通に走ってたら、多分10mも進まずに倒れていたかも。ブースト様様だ。
「おい、待て!そいつを置いて行け!」
リザードマンが追ってきているみたいだ。どうやら、釣り出す事には成功したようだ。危なかった……余りの事に気が動転したけど、なんとか当初の予定通りリザードマンと、その他ワニの魔物数体を釣り出すことに成功した。後は、アサギたちとの合流ポイントにこいつらを連れて行くだけだ。
街中の道を右へ、左へ無茶苦茶に移動する。一直線に向ったら、罠だって気付かれる可能性がある。アサギからそう言われていたので、できるだけ気取られないようなルートを通って目的地に到着した。




