7話 過去の残滓
「アマンダさん……」
後ろを振り返ると、入院者用の服なのかラフな格好をしたアマンダさんが立っていた。顔には包帯が巻かれていて、端から赤くなった肌が覗いている。左腕は三角巾で吊るされ、服から覗く素肌にも包帯。まさに満身創痍といった言葉が適切なほど、アマンダさんは重症患者だった。その証拠に、1人では歩くこともままならないのか、女性に肩を借りてここまで歩いて来たみたいだ。
「歩き回って、大丈夫なんですか?」
「あなたが来ていると聞いて、私に用があると思ってここまで来たのよ」
これだけの怪我を負いながら、それでもアマンダさんの俺へのあたりは強かった。ブレない事を喜んでいいのか、怒っていいのか……ある意味でホッとしたけど。
「そちらの人も、涼風の乙女の方ですか?」
「初めまして、付与術師のビオラよ」
ビオラさんはそれだけを言うと、アマンダさんに肩を貸して椅子まで誘導した。これで、この空間は美女5人に囲まれた、男としてはある意味天国のような場所になった。もっとも、俺としては居心地のいい空間とは言えないけど……決して、ホモではないので勘違いしないように。
「……ふぅ、ありがとうビオラ」
「どういたしまして。でもアマンダ、どんな理由があるにせよ今のあなたは重症なのよ。本当に後少しズレていたら死んでいたんだから……。あんまり無理をして、私たちに心配をかけないでよ」
「そうね、ごめんなさい……」
そうビオラさんに言ったアマンダさんは、とても苦しそうで寂しそうで、何とも言えない表情をしていた。それにやっぱり顔色が悪い。今も相当無理をしてそうだ。
「それで、あなたは何をしにここまで来たのかしら?」
表情を伺っていた俺の事など気にもしないで、アマンダさんが聞いてくる。俺としても仲良しこよしがしたくて、ここまで来たわけじゃない。用件を済ませたら、さっさとお暇しよう。
「ダッジさんに言われて、あなたと和解して来いと」
「へぇ、それで態々こんなところまで来たの。あなたも相当な暇人なのね」
「アマンダ!いくら何でも言い過ぎよ。どんな理由があるにせよ、ホクトさんはあなたに会いにここまで来てくれました。それに対して、あなたも誠意を見せたらいかがですか?」
アマンダさんの物言いにカチンときそうになった俺よりも早く、アイラさんがアマンダさんを責める。
「アマンダ、今のはあたしもあんたが悪いと思うぞ?小僧の事を気に入らないのはあたしも同じだけどな、それでもここまで来てくれたのは事実だろ?」
まさかのミルさん擁護……ただし、内容は擁護なのか怪しいところ。でもこうしてみると、他の人たちはそこまで俺に悪感情を持ってはいないみたいだ。アマンダさんにだけ、ずば抜けて嫌われている。これは、どういう事なんだろう?
「さっきアイラさんや他の人たちから、涼風の乙女結成の話を聞きました。皆さんの話を聞いて、男を嫌いになる理由には納得がいきました。恐らく皆さん、多かれ少なかれそういう感情があるのはわかりました。けど、解らないのがアマンダさんの絶対的な拒絶の理由です。実際、俺はアマンダさんとダッジさんが話しているのを見たことがあります。別にそこまで酷い拒絶をしているようには見えませんでしたが?」
そう、アマンダさんとダッジさんが話しているとき、アマンダさんは嫌な顔一つせずにダッジさんと話していたのだ。さっきの話で、男が嫌いな事は分かった。だったら、なぜダッジさんはOKで俺がダメなのか。そこがわからない。
「それには私も興味あるわね。だって、ホクトくんいい子よ?言われたから来たって言ってたけど、それだけで本当にここまで来る人なんてあまりいないわ。それができるホクトくんは、間違いなく良い子よ!」
ディーネさんが持論を展開する。この人にかかれば、どんな悪でもいい人になってそうな気がする。きっと、良いとこ探しが得意なんだ。うん、そう思う事にしよう。
「いい加減、腹を割って話しませんか?俺だって、いつまでも理由もなく冷たく当たられるのに我慢できるか自信ないですし」
「……」
それでもアマンダさんは、俯いたまま顔を上げない。これはいよいよミッションインポッシブルな予感がする。ダッジさんには悪いけど、ここら辺が潮時だな。
「……わかりました。まだ治っていないのに、無理を押してきてくれてありがとうございます。これからは、極力視界に入らないように気をつけますよ」
そう言って席を立つ。涼風の乙女の結成秘話が聞けたのはラッキーだったけど、ハッキリ言ってとんだ無駄足だった。やっぱり俺と、この人は相いれない存在なんだろう。
「……待って」
そう声をかけてきたのは、今まで事の成り行きを見守っていたビオラさんだった。他の3人と違って、この人はどちらかと言うとアマンダさんよりなのかと思ってたけど、どうもそれだけじゃないらしい。
「アマンダ、私は今のあなたの行動を尊重するつもりだった。実際、初めて見たときの彼はどこか危うい雰囲気をしてたし、あなたが昔を思い出すきっかけになりかねないと思ったから、私は何も言わなかったわ」
ん?昔?さっきの話とは別に、俺の知らない何かがあるのか……。
「でも彼は結果を残したわ。それは彼の努力がなした結果よ。それを無視するのは、いくらあなたと言えどもやって良い事ではない。それは、あなたが一番解っているでしょ?」
「……わかってる。だけど!」
「彼も言ってたじゃない。腹を割って話そうって。若い子にしては、なかなか見どころがあるじゃない。私は好きよ、そう言う人」
「えっ……」
思わず素っ頓狂な声が出た。異性としてじゃない事は重々承知してるけど、こんな美人の人から「好きよ」なんて言われたら、今の俺みたいに声がでちゃうのは仕方ないだろ?え、そんなシチュエーションになった事がない?俺も今まではそうでした。
「おやおやぁ、坊やったら綺麗なお姉さんに好きって言われて、勘違いしちゃったかな?」
すかさずミルさんが揶揄ってくる。
「……ふふ、確かに今のは年相応だったわね」
そこで、ようやくアマンダさんが俺の方を見る。その目は、何か憑き物が落ちたかのように澄んでいた。今まで俺が見ていたアマンダと言う人と、同じだとはとても思えないような、印象がガラリと変わったように見えた。
「……やっと、私たちが信頼したリーダーらしい良い顔に戻りましたね」
「ホクトくんを見てからこっち、ずっと思いつめてて見ていて痛々しかったよ」
「あなたは、周りにこれだけ心配させたんだから、ここでしっかり落とし前を付けないとみんなから嫌われるわよ?」
「それは嫌だ、私はまだみんなと一緒にいたい」
アマンダさんが変わったことで、自ずと周りのみんなまで雰囲気が変化していた。この空間全体が弛緩したような、今までの張り詰めているような嫌な感じは綺麗さっぱり無くなっていた。
「さ、ホクトさん。あなたもいつまでも立っていないで座りなさい」
ビオラさんに椅子を薦められて、改めて腰を下ろす。ビオラさんたちが来たことで、椅子の数が合わなくなっていたけど、いつの間にかミルさんが別のテーブルから人数分の椅子を拝借してきていた。あっという間の早業だな……。
「……今までの私は、確かにおかしくなっていた。今にして思えば、もっとみんなに相談していればここまで拗れることも無かったと思う。その点に関してはごめんなさい」
そう言って、アマンダさんはパーティメンバーに向かって頭を下げる。
「ホクト、あなたにも随分嫌な思いをさせたわ。謝って済む事ではないけど、謝らせて。ごめんなさい、私がどうかしてたわ」
「……そんな素直に謝られると、拍子抜けしますね」
「嫌な言い方をしないで」
ホント、人って変われば変わるものだな。さっきまで悪の帝王かのように見えていたアマンダさんが、今では庇護欲を掻き立てるか弱い女性に見える。まあ、Aランク冒険者なんだから完全に俺の妄想の話だけど……。
全員が席に着いて、改めて視線がアマンダさんに集まる。
「私たち涼風の乙女が、どうやってパーティを組んだのかは聞いたと思う。だから解ると思うけど、私たちって基本男が苦手なの。だけど一度だけ、私たちのメンバーに男を入れようか迷った事があったの」
へぇ、このメンバーの中に入れても見劣りしないような男がいたのか。メンバー全員が男嫌いの中に入れても大丈夫と思われるような奴だ、きっと菩薩のような男だったに違いない。
「……ちょっと待て、あたしはそんな話知らないぞ?」
「私も知らない。え、いつ?誰の事を言ってるの?」
ミルさんとディーネさんがアマンダさんに噛みつく。あれ、この話ってメンバー全員で共有していた内容じゃないんだ。
「この話を知ってるのは、アマンダ以外には私だけよ」
「んだよ、感じ悪いな。話してくれれば良かったのに!」
ミルさんが行き場のない怒りを辺りに撒き散らしている。すると、その横からそっと手を上げるアイラさんの姿が……。
「……あの、実は、私は知っていました」
「へっ?アイラも知ってたのか?」
「え、嘘!誰かアイラに話したの?」
あれ、アイラさんが知ってる事にビオラさんが驚いている。これは言ってる事が違うな……。
「私は直接聞いたわけではなく、ひところのあなたたちの行動が不自然だったので調べてしまいました。そして、知ってからはずっと黙っていました……」
アイラさんが、今にも泣き出しそうな表情をしている。そして、それをビオラさんが席を立って抱きしめた。
「そう、あなたもずっと苦しんでいたのね。気付いてあげられなくてごめんね」
アイラさんを胸に抱き、優しく頭を撫でていくビオラさん。まさに聖母のように慈愛に溢れている。俺もアイラさんのように抱きしめてほしい。
「……そんな、物欲しそうな顔をしないでよホクトくん」
「はっ!?」
「顔に出てたぜ?」
やばい、知らず知らずに羨ましそうな顔をしていたらしい。あんな光景を見せられたら、誰だって考えちゃうだろ。事故だよ、これは……。
しばらくしてアイラさんが落ち着きを取り戻したので、ビオラさんも席に戻ってくる。その時にさりげなくウィンクをされて、ドキッとなったのは内緒だ。
「ある街を拠点にしていた時にね、そこの冒険者ギルドに所属していた子供に稽古のような真似事をしていたことがあったの。その子は12歳で、冒険者になったばかりの危なっかしい男の子だったわ。見かねて私とビオラで、冒険者としての教訓を色々手解きしていたのよ」
「……ああ!あの時、よく見かけた坊主か」
「うんうん、何となく覚えがあるわ。結構可愛い子だったわよね」
ミルさんとディーネさんにも思い当たる節があったらしい。って事は、その男の子は涼風の乙女と結構な面識があったって事か。それは、なんて羨ましい。
「半年くらい稽古に付き合っていたら、メキメキ上達してね。ソロの子だったんだけど、あっという間にDランク冒険者にまでなったわ」
「その時の子供を見るアマンダの顔がね……」
「な、なによ……」
アマンダさんがどうしたんだ?まさか、そんな子供に恋心を!?
「アマンダ、いくら男が嫌いだからって……なにも、子供に手を出すことは無いだろ」
「出してないわよ!私だって、あの子をそんな目で見たことは一度も無かったわ」
顔を真っ赤にして、必死に弁明するアマンダさん。こういう時ってあれだよな、言えば言うほど胡散臭く聞こえてくるマジック。アマンダさんも、平常心で話せばいいのに、顔を真っ赤にして話すから説得力が無いんだよ。
「……そんなある日」
「何があったんですか?」
「規模こそ小さかったけど、その町を中心にスタンピードが起きたの。町の冒険者から有志を集めて、今回のように打って出ようって話になったの。そして、そこに彼も志願したのよ」
今回と同じスタンピード、駆け出しの冒険者、これだけ情報が揃えば何となくアマンダさんが強く当たってきた理由が見えてくる。
「殲滅隊に男の子は志願した。だけど、町を出て行った彼が戻ってくることはなかった。聞けば、撤退するときに無理に戦闘に入ってそのまま……」
「……そうか、あの坊主は死んでいたのか」
「ホクトさんはね、少しその彼に似てるのよ。最初に見たときは、アマンダも私も驚いたわ。死んだはずの彼は、実は生きていたんだって」
そうか、それで同じ行動を繰り返す俺に当たりが強かったのか。12歳って言ってたから、4年ぶりにあった愛弟子が、師匠の教えを全く覚えていないで好き勝手やってると知ったら……まあ、怒るかもな。そして、その後の売り言葉に買い言葉。
「アマンダだって、本当は気付いていたのよ。それを、ホクトさんの優しさに付け入って本当に酷い事を……」
「俺は……その子じゃないですよ?」
「解ってるわ、あの子はそんな無謀な行動を取るなんて有り得ないもの。途中で別人だって気付いたんだけど、その時にはもう……気付くのが遅過ぎたのよ」




