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第四話 決意

 



 ああ、もうすぐ学園生活の幕が閉じる。





「ローシェ?」


「オースティンか。」


「もうすっかり冬だな。」


「ああ。……あっという間だったな、学園生活も。」



 学園最後の仕事。卒業パーティーの準備をしながら、僕は一つ白い息を吐く。


「……卒業すれば、すぐに愛しいヴィオレッタとともになれる。」


 もうすぐ、焦がれて、夢だったヴィオレッタが僕のお嫁さんになる。


 甘くて、とろけるような蜂蜜の夢。


 なのに、自分の口から出た言葉のあまりに空々しさに、吐きそうになった。



「……ローシェ。お前、レティ……」


「オースティンっ!」


 大声で、オースティンの言葉を遮る。


「ごめん、今は、その名前は聞きたくない……。」


 切羽詰まった僕に、オースティンは頭を抱えてため息をついた。


「久しぶりに鍛えてやるか!」


 そう笑って、彼は忙しいという僕の意見を無視して訓練場に引きずっていった。



 訓練場は、南校舎のさらに奥にある。人気のない場所だ。


 南校舎は今はあまり使われていないが、ダンスパーティーの際などには準備の場所として使われる。


 そんな南校舎に灯りがついているのを、僕もオースティンも訝しく思った。


 すでに夜は遅く、すべての学生が寮へと戻っているはずだった。



「オースティン、見に行こう。」


「ああ。」




 灯りのついていた教室には、誰もいなかった。


 ただ、一枚、女性のドレスが床に落ちている。


「これ……、レティのだ。」


「レティの?」


 ドレスを贈ることは婚約者がいる僕にはできなかったが、支えてくれたお礼と次期生徒会長となる彼女への激励を込めて、彼女に贈ったブローチが、ドレスの胸元についていた。


 持ち上げてみると、スカート部分がひどく切り刻まれていることがわかった。


「なんだこれ、ひどいな。」


 オースティンが、ドレスを手に取りながら唸る。


「レティ……?」


 ふと、嫌な予感がして僕は教室を飛び出す。

 あとにオースティンも続いた。


 一階にはいない。

 上か?と思い、階段を登っていくとレティの声が聞こえてきた。


「なんで?どうしちゃったの?ねぇ、何かの間違いでしょう……?」


 悲痛な声が響く。


 さらに上か。


 駆け上った、瞬間。



 そこで見たのは、ヴィオレッタが、レティを、突き飛ばしたところ。






 僕は反射的に落ちてくるレティをかばって、抱きしめた。




「レティ!?レティ!?大丈夫!?」



 カタカタと震えて、真っ青な顔をしているが、小さく頷いたレティにひとまずホッとした。




「お前、なにしたかわかってんのか?!」


 オースティンが階段を駆け上って、ヴィオレッタの胸元を掴んで、廊下に叩きつけた。


「あら。もちろん。私の婚約者に近づく虫を払おうとしただけですわ。」


 悪びれもせずに、高らかに彼女はそう言った。


「ドレスもお前か?」


「ええ。」


「ちがっ!ヴィオはそんなことしない!」


 震えていたレティが声を張り上げた。


「じゃあなぜ、お前は今突き落とされたんだよ。」


 オースティンはヴィオレッタから目を離さずに叫ぶ。


「なにか、理由があって……。」


「理由?今申し上げましたでしょう?泥棒猫さん。」



「ヴィオレッタ。」


 自分でも驚くくらい、低い声が出た。



 オースティンは、ヴィオレッタを捕まえていた手をゆっくりと離した。


 ヴィオレッタが襟を正して、僕を上からにらみつける。



「私が、なにも気がつかないとでも思いまして?」



「だからといって、やっていいことと悪いことがある。」



 ふふん、と笑って彼女は階段を一歩、一歩、美しく降りる。


 その背から、満月が彼女を照らし出す。

 その壮絶な美しさを、どう表現するのだろう。


 嫉妬に狂ったのか、瞳は鈍い輝きで煌めき、紅い髪が白い月光で浮かび上がる。不健康なほど青白い頬とは真逆に、唇は艷やかに、熟れた果実のように紅く、そこから紡ぎ出される言葉は毒とわかっても、耳に響く。

 笑っている。

 あの日レティと笑っていたときとは違う。妖艶な、微笑みだ。


 社交界の紅薔薇と呼ばれていた彼女は、今、大輪の花を咲かせた。


 ゾッとするほど、彼女は美しかった。



 ……コツン、……コツン



 ハッとしたときには、彼女は僕とレティの元を通り過ぎていた。



「ヴィオレッタ!」


「ローシェ様。時間を差し上げますわ。卒業パーティーまで、よくお考えなさいな。」



 そう言い残して、去っていく。

 甘く、瑞々しい薔薇の香りを残して。



 ヴィオレッタを追おう、そう思って足を踏み出したが、ぎゅっと袖をレティに握られた。


「ごめ、ん、なさい。ちょっと、まだ、落ち着けなくて……。」


 僕はそんなレティを安心させたくて、その小さな肩を抱き寄せた。







 ******




「ヴィオレッタとの、婚約を破棄しようと思う。」


 部屋には、レティ、オースティン、侍従のアルがいた。


「気持ち的には、賛成だな。いくら見目が良くても、恋敵だからって害するような女が王妃になるのは嫌だ。」


「恋敵なんてとんでもないわ!ローシェ様とヴィオの間に入れるわけないわ。」


「あーあー、はいはい。」


 オースティンの発言に、レティが慌てて訂正を入れる。


「あの……、私は見ていないのですが、本当にヴィオレッタ様が、レティシア様を階段から突き飛ばしたのですか?」


 信じられない、と言った風にアルが問う。



「……本当だ。」


 間違いだったら、どれだけ良かったか。

 あれほど仲良くしていたレティに対して、暴言はとにかくあんな、一歩間違えば死ぬようなことを。

 今でも、怒りが沸き立つ。


「でも、あの、ヴィオは二人が助けに来るってわかって、押したんじゃないかと思うの。」


 レティが声を挟む。 


「はあ?あのな?あんな人気のない場所で誰か助けるんだ?俺たちだって、今日はたまたま、訓練しようと思って通りすがったけど、じゃなかったらお前危なかったんだぞ?」


「……うん。そうなんだけど。でも、ヴィオはなにかを待ってた。話をしてても、後ろを気にしてチラチラ見てたもの。……それに、押した瞬間、すごい顔してた。」


「そりゃ、嫉妬の顔だろ?そりゃあ醜い化物の顔にもなるさ。」


 オースティンが顔を歪ませて吐き捨てる。


「ううん、違うわ。あれは恐怖だよ。私が怪我するのを、本気で心配して怖がったんだ。」


 はあ、とオースティンがため息を吐いた。


「お前、いいように解釈しすぎだ。ヴィオレッタはお前のドレスをハサミで引き裂いて、階段から突き飛ばした。それが事実だ。お前の思い込みで、事実を捻じ曲げるな。」


 アルは、ひどく困惑しているようだった。

 それはそうだ。

 普段アルが見ているヴィオレッタからは想像もつかない。

 僕だって、この目で今日のあの彼女を見ていなければ信じられなかっただろう。


「そう、そうだな。事実は、事実だ。ヴィオレッタも認めている。」


 僕は声を落として、そう呟く。


「国王陛下には、どう言うんだ。」


「国王陛下は、彼女を溺愛している。事前にお伝えすると、ややこしい事態になるからね。」


「事後報告か。」


「ああ。」


「先に言っておくが、最悪、お前王位継承権を剥奪されることまでありえるぞ。それでも、いいのか。」


 部屋の中に沈黙がおりた。


 そう、王家と公爵家の婚約は、個人的なものではない。国政もはらむ大事だ。それを僕の勝手で、国王陛下の許可もなく、破ろうとしているのだ。


「あの、私は無事だったし、大丈夫だから!ずっとローシェ様が頑張ってきてたの知ってるから!だから……。」




 だから、このまま。




 僕もできることなら、そう、したかった。


 今朝まで、僕の心の中でどんどん大きくなるレティを見ないふりして、ヴィオレッタとともにありたいと望むふりをした。軋む心を無視して。



 でも、その結果がこれなら。






 その結果が、彼女を変えてしまったのなら。










「廃嫡されようとも、僕は彼女と婚約を破棄するよ。」





ヴィオレッタ『こ、こわかったよう……!レティシアがケガしなくて、本当に良かった!!ローシェ様、ありがとう!!あと、オースティン様!本気で胸ぐら掴みましたわね!?痣がひどくて、予定してたドレス着れなかったんだからな!ドレスといえば、レティ、ボロボロにしてごめんなさい(´;ω;`)ウゥゥ』

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