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第三話 揺れる

 




 学園に入学すると、途端に忙しくなった。もともとの王家としての仕事があるにも関わらず、学園内のことも任せられるようになった。

 なぜ、僕なのか?

 僕は王家の仕事があるのだから、もっと時間のある優秀なものはいるだろう?

 そう、言いたいのをぐっとこらえて、僕は笑顔で学園内の仕事を受けた。

 オースティンも付き合ってくれたが、オースティンも僕と同じく、学外にある仕事で手一杯になっていた。


 そんな折、ヴィオレッタ……ヴィオが遠慮がちに、手伝いましょうか?とやってきた。

 美しいヴィオレッタ。

 昔から憧れ続けたヴィオに僕の弱った情けない姿を見せるのがいやで、少しだけ強めに拒否した。


 ヴィオ、君の助けは必要ないよ、と。



 僕は気がつけなかった。ヴィオが、このときどれだけ勇気を振り絞って僕の手伝いを申し出てくれていたか。

 そして、周りから見たら、僕は婚約者であるヴィオをひどく冷たく、拒否していたらしい。


 彼女から僕はどう見えるか?

 そんなことはまったく気にもせず、僕はなるべくヴィオの中で少しでも格好良くありたくて、ひたすら頑張っていた。



 一つ年下の、レティシアが生徒会に入ったことはよく覚えている。

 優秀なやつがいる、とオースティンが生徒会に勧誘したのだ。


 レティシアは、男爵家のご令嬢だ。もともと平民として暮らしていたが、母が亡くなる間際に、自分が貴族の庶子であると言い残していった。父であるコルダーナ男爵は、レティシアとその母をずっと気がかりにし、探していたという。

 私のもとへおいで、という父を名乗る初老の人物の話を、レティシアは初め断った。

 だが、何度も通って、レティシアと母に対する想いに絆されて、正式に男爵家に入る決意をしたという。


 彼女は持ち前の明るさとタフさで、どんな難題にも体ごと向かっていき、解決していった。

 いつでも自分に素直で、くるくると変わる表情に、僕はいつもつられてしまい、怒ったり、笑ったり、喜怒哀楽を頻繁にだすようになった。

 生徒会の仕事で関わるうちに、彼女をレティと呼び、彼女からローシェ様と呼ばれるようになり、学内ではレティとオースティンと一緒にいることが増えた。


 たまに遠くに見えるヴィオを見つけては、ほのかな甘酸っぱさを心に抱いた。

 僕の婚約者、と。

 ただ忙しさに、彼女と過ごす時間はそう多くは取れなかった。



 ヴィオが元気がないようだ、と気がつく。

 どうしたのだろう?


「ヴィオ?なにか、悩んでる?」


 そう聞いたときには、ちょっとだけが驚いたように目を大きくした。

 あ、その表情も可愛いな。


「……テストが近いので、詰め込み過ぎたのかもしれませんね。」


 そう言って、笑う。

 そこにレティシアが通りかかり、僕は名案とばかりにヴィオに紹介した。


「ヴィオ、こちらレティシア=コルダーナ男爵令嬢だ。レティ、こちら、僕の婚約者のヴィオレッタ。ヴィオレッタ=カーベリー公爵令嬢。ヴィオ、レティは元気だし面白いよ、一緒にいるとつい笑ってしまう。ぜひ仲良くなると良いよ。」


 ばかかお前は。一遍死んで、女心を学んで出直してこい。とあの時の僕に言いたい。

 胸ぐら掴んでガクガク言わせたい。

 その鳩尾に膝蹴りを食らわせたい。

 そして地に這いつくばらせて、土下座させたい。


 単純に、ヴィオに元気になってほしかった。笑ってほしかった。

 レティと一緒にいるとついつられて笑っちゃうから、君にも笑ってほしいと、なんも考えずに言葉にした僕は、本当の阿呆である。


 いつもできるはずの気配りが、意味を考えた言葉選びが、ヴィオに対してはできなくなる。

 僕はヴィオといるとき、高嶺の花な彼女に今でも緊張して一緒に笑いあうなんてなかなか出来なかった。

 そんな彼女に、レティなんて馴れ馴れしく令嬢の名前を呼び、君とは笑えあえないけど彼女とは笑いあっているんだなんて、どうして言えたのだろう。




「まぁ、なんて仰っしゃりよう!ローシェ様ってば、いつも自分から笑い出すじゃありませんか。人のせいにしないでくださいませ。ヴィオレッタ様、どうぞよろしければ、仲良くしてくださいませ。」


 そう言っていつものように二人でふざけたあと、ヴィオを見ると、血の気の引いた真っ青な顔になって震えていた。


「ヴィオ?大丈夫!?」

「ヴィオレッタ様、大丈夫ですか!?」


「あ、大丈夫です……。あの、ローシェ様、レティシア様、体調が思わしくありませんので、今日のところは下がらせていただきます。失礼いたします。」


「ヴィオ、送っていくよ。」


 駆け出しそうな彼女の腕をとり、こちらを振り向かせる。


「いえ、いえ!申し訳ありません、一人に……、させて……。」


 彼女は涙を堪えていた。長い睫毛を震わせ、大きな目を潤ませ、弱々しく一人にして、と再度呟く。


 するり、と僕の腕から逃れて離れていく。

 僕はあまりのことに、彼女の涙に、頭が真っ白になり、思考回路が再び動き出したのは一時間ほど後だった。


 その後一週間、ヴィオは体調不良で学校を休んだ。

 運悪く、僕は王家の仕事のためその一週間遠方へ出かけなければならず、直接謝ることができずに手紙で謝罪することとなった。




 *****




「おはようございます、ローシェ様。」


 一週間ぶりに会うヴィオは、少し痩せたが、なにか吹っ切れたように明るくなっていた。



「ヴィオレッタ!ヴィオ!もう大丈夫?ごめんね、僕が気の利かないことを言った。」


 焦る僕に、ふっ、と息を漏らして笑う彼女に、僕の胸が高鳴った。


「いいえ、良いのです、ローシェ様。だって私、悪役令嬢ですもの。」


「悪役?令嬢?なんだい、それ?」


「いえ、なんでもありませんわ。忘れてください。そうだ、今度レティシア様とお茶をしたいの、よろしいかしら?」


 お茶をしたいと、手を叩いて楽しそうに微笑むヴィオが愛しかった。


「もちろん、きっとレティシア嬢も喜ぶだろう。」



 それから、ヴィオとレティはどんどん仲良くなった。

 ヴィオは僕の婚約者という立場から。

 レティは庶子であり、平民育ちということから。

 少しだけ周りから浮いているところがあったからか、気がつくと、彼女たちはいつも一緒にいるようになった。


 いつ見ても、彼女たちは何かを言ってはクスクスと笑いあっていた。

 いつか聞いたことがある。

 なにをいつも話してるの?と。

 ヴィオとレティはお互いを見つめ合ったあと、秘密です、と柔らかく笑う。


 美しく愛くるしい二人の少女が微笑みあうその姿は、学園内の憩いとかしていた。


 穏やかに、日々が過ぎていく。




 ……けれど、いつからだろう?

 ヴィオを見つけるより先に、レティが目につくようになったのは。

 ヴィオとの距離ができ、反して、いつもレティが隣に立つようになったのは。


 そして、僕の心がわからなくなってきたのは。



 ヴィオを好きだった。

 僕の初恋の人。

 美しい人。

 きれいな場所で、何にも汚れず、美しく、微笑んでいてほしい人。



 でも、レティ……。

 レティは、僕と一緒に泥をかぶっても、笑ってくれる。泥くらいなんです、と叱咤してくれる。

 レティの真っ直ぐさや、その行動力を尊敬した。

 誰かが泣いていれば駆けつけて励まし、困っていれば無償で手を貸し、どんな困難にも立ち向かっていく。

 ともに泣いてともに悩みともに笑ってくれる人。

 僕を明るい方へと押し上げてくれる人。

 僕がヴィオには素直に言えない悩みや愚痴も、レティには吐ける。

 ヴィオには情けないところは見せられないから言葉も少なくして、かっこいいところだけをみせるけど、レティはもうかっこ悪いところばかり見せて、今更ですよって笑ってくれる。


 いつから、ヴィオよりレティの好みの方が詳しくなったんだろう。



 ヴィオ……。

 ヴィオレッタ……。

 早く、結婚しよう。


 これ以上、僕が君を裏切る前に。






ローシェが浮気……!

ローシェ、お前初恋の人を放っておいて他の女に手を出すなんて、いいご身分だなこのやろう!


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