会話ができる猫とぼくのラブ?ストーリー
この物語は、ぼくと”ある猫”との恋愛に関する話だ。
ぼーーーーーーーっと、
ただひたすらに
ぼーーーーーっと、僕は2週間ぶりの講義を聴いていた。
うちの大学は動物愛護や、ボランティアなど授業以外の活動にやたら熱心な大学で、今日のような特別講義をよくやっている。
こういう、特別講義は出席するだけで単位を取得できるから、1年浪人してやっと入学できたが、3回生の進級を逃し、留年した僕のような生徒は大体出席している。
講義の内容はあまり頭に入っていないが、一言で言うと〝犬が人間の言葉を喋っている珍しい講義〟だ。
数年前、どこぞの発明家が〝トランスペット〟という、首輪型の犬・猫の翻訳機を開発した。
それは随分昔に発売された、やんわりと感情が理解できるオモチャの様な機械とは全く別物で、まるで犬や猫と人間同士かのように会話ができる画期的な商品だった。
定価は20万円と決して安くはなかったが、愛犬家やペットを“家族”と呼ぶ様な人々はこぞって購入した。
会話ができることでペットとの関係やコミュニケーションが円滑に進み飼い主とペットが共に幸せになったことは間違いない。
だが、トランスペットはその性能の良さによりたくさんの問題も引き起こすことになる。
ペットたちが今まで伝えられなかった不満を飼い主に吐露しだしたのだ。
ある犬は「このドッグフードは正直食えたもんじゃない!多少短命になっても構わないから人間と同じ食事をとらせてくれ!」と言い、
ある猫は「もうあなたとの暮らしはうんざり。あたし家をでるわ。」などと正直な気持ちを告白することで飼い主との関係を悪化させた。
トランスペットの発売元には連日、クレームや返品が絶えなかったそうだ。
さらには、喋れることで自分たちの権利を主張する者も出てきた。
仲間や飼い主、動物愛護団体と協力をし、“ペットショップの廃止”“すべての犬猫へのトランスペットの装着義務”を呼びかける運動を起こし、それは社会問題にまで発展した。
だがしかし、ペット業界の闇が彼らを自由にはさせなかった。
犬、猫の生体販売で大金を稼いでいる企業や闇の組織が圧力をかけ、トランスペットは瞬く間に販売中止。
その後、トランスペットの発明家は謎の死を遂げる。
とまあ、こんな具合に問題が山積みのトランスペット関連の分野のパイオニアである“犬”が今日は特別講義を行っているのだ。
犬の名は「スパイク」、付き添いで池田潤子という飼い主と思われる女性もいた。
いつもならこの手の特別講義は真面目に取り組む僕だったが、2週間前に突然の別れとなった彼女のことを考えると、講義の内容は右から左で、全く頭に入らなかった。
「あ。そうだ、春ちゃん。あたしね、結婚するんだ。だから別れよ。」
これは2週間前、僕が彼女にフラれたときに言われたセリフだ。
彼女(正式には元彼女だが、)スミレさんとは僕が19歳、彼女が24歳の時出会った。
浪人中に通っていた予備校の受付が彼女だった。
受験に落ちて一度挫折している男を、彼女はいつも穏やかな笑顔で迎えてくれた。
その笑顔とほんわかとした彼女の雰囲気や口調に癒され、恋をし、僕からの強めのアプローチで僕らはめでたく付き合うことになった。
付き合って間も無く僕が彼女の家に入り浸るようになり、それから4年間ほど同棲をしていた。
家事はお互いができるときにやっていたが、夕飯はスミレさんが作ってくれることが多かった。
その日も、いつものように夕飯の支度をしながらスミレさんはこのセリフを僕に吐き捨てた。
いや、吐き捨てたというよりはむしろ「今週末、渋谷に買い物に行かない?」と言う位の軽いニュアンスだった。
言っている事とニュアンスのギャップで、内容をすぐに呑み込めずに僕は「ん?」と聞き返したが、スミレさんは穏やかな笑顔でこう繰り返した。
「結婚するから、別れよっか。」
翌日、スミレさんは部屋を早々と出て行った。
聞きたいことは山ほどあったが、心の整理がつかないうちに彼女が出て行ってしまった為、ほとんど何も聞けなかった。
知らない間に、いつ、どこで出会った、どんな男と結婚の約束をしていたのか。
2人の4年間はスミレさんにとってそんなにも簡単に終わらせられるものだったのか。
部屋の名義は彼女になっているがどうすればいいのか。
というか、そもそも彼氏がいながら結婚相手ができました。はい、さようなら。って罪悪感はないのか…。
ともあれ、僕とスミレさんの4年間の同棲生活はこの日あっけなく幕を閉じた。
それから2週間何もやる気が起きずほぼひきこもり状態の僕だったが、昨晩突然部屋の電気が何一つかなくなったことで我に返ることとなった。
失恋のショックで何もかも忘れ、電気代の支払いまですっかり忘れていたのだ。
そう、人間はどれだけ傷ついたとしてもやらなければならないことがある。
ついでに言えばどれだけ傷ついたとしてもお金は減っていく。
そして同時にもう一つ大事なことを思い出した。
このままだと単位が足りずに卒業すらも危ういということになる。
こうして僕は無事今日、2週間ぶりに大学へ来ることとなった。