モンスター part 2
「「「…あれ?」」」
(確か僕はロケットを体に取り込んで…なんで三人になってるんだろう)
僕は、僕と全く同じ挙動で困惑している二人のモンスターを目にした。
一つは、黒い絵の具で塗りつぶされたような、自分。
もう一つは、蒼い空の一部を固めてとってきたような、自分。もともと青かったが、更に…純粋な水のようだった。
対して僕の体は光り輝いて、ひたすらに眩しかった。
しばらくすると、蒼い自分が飛び上がった。そのままブルブル震えだす。
止まった。
ポンッ!
直後、妙な効果音を出して、同じ顔、同じ体のモンスターが現れた。以前の僕と同じシルエットは失われ、丸く、手足のない、立体の楕円形のような体になっていた。
そのまま、分裂は繰り返され…
やがて、100を超える蒼い生き物が、空間を満たした。それぞれが異なった個性を持ち、ある者は怒り、ある者は泣き、ある者は大笑いしていた。赤ん坊そのものだった。
みんな困惑していた。当然だ、誰だって誰かが目の前で三つに分裂して、更に100匹に増えたら驚くだろう。
そのまま、蒼い赤ん坊たちはノスターホールの底に突っ込んでいった。
「おい!」
慌ててラルが叫ぶも、当然止めることは出来なかった。100匹の赤ん坊をすくい上げるには、二本の腕だけの人間には酷というものだ。
しかたなく、みんなでノスターホールに降りた。
赤ん坊たちはその柔らかい体のおかげで、怪我ひとつしていなかった。
そのまま、ラルと少数のモンスターで、ノスターホールの奥に進むことになった。
以前は夜の間は真っ暗だったノスターホールも、僕の明るさで奥まで進むことができるようになっていたからだ。
「おいおい…広すぎだろ…」
ラルが呟いた。ただの洞窟にしては余りにも広い。天井も100メートル以上の高さがあった。
「なにがどうなったらこんな形になるんだ?…まあ、これなら住むには十分すぎるな」
ラルは満足気だった。
入口からすぐにあった洞窟のその先は、さっきよりも広い空間が広がっていた。また少し先に進むと、今度は壁から水が流れていた。滝だ。おまけにとても寒い。
「飲み水まで完備とは…いよいよ恐ろしくなってきたな」
まだ洞窟に終わりは見えない。僕らは凍える空間を歩き続けた。
そうして、洞窟に足を踏み入れてから数時間が過ぎた頃、僕は突然なにかに気づいた。なにかは分からなかったが、その存在に、僕は引っ張られている気がしたのだ。
ラルの呼び止める声も気に留めなかった。
走り続けるうち、凍える空間の果てが見えた。左手にはトンネルが、前方には少し広く丸い空間があった。
僕はその空間に足を踏み入れた。
景色が一気に変化した。
見知らぬ白い花畑に、一本の大樹が聳えている。
視線を上げると、太い一本の枝に人間の少女が腰掛けていた。
『キミだね、私を起こしてくれたのは』
「あなたは?」
『私はノア。この世界の神様さ。ここはエデンの園。その中でも、ここはエデンの真下にある空間なのさ』
「…よく分からない」
『あはは、ごめんね。どうでもいいよね。キミたちはここに住みたいんだよね』
「うん」
『じゃあ、私が手を貸してあげる。特別にね』
直後、僕は光の暴風に飲まれた。
目を覚ますと、そこはただの少し広い、大洞窟の小部屋に戻っていた。
僕は大きな力が漲っているのを感じて、そのまま手を上に掲げた。
僕は何も考えずに、本能に従ってこう言った。
「世界に光あれ」
一瞬だった。
洞窟の中に光が溢れ、そこは殺風景で薄暗い空間ではなく、緑溢れる楽園となったのだ。
僕は暫くして正気に戻り、混乱した。
(あれ…あれ?なにこれ、これ…全部僕がやったの…?)
気がつくと、僕の周りには、知っている全てのモンスターが集まっていた。賞賛と恍惚の眼差しで、神様でも見ているかのように恭しく僕を見つめていた。
「あなたは…あなたのお名前は?」
白いイヌのモンスターが言った。
もちろん僕はこう答えた。
「ルー。僕はルーだよ」
それを聞いてみんなは合掌して、感謝の言葉を僕に次々に伝えていく。
とてもいい気分だった。
だから、僕は気づいていなかった。想像もしなかった。黒い体を持つ、もう一人の自分の気持ちなんて。
やがてこの世界には家や城が作られ、様々なルールや警察なども出来た。まるで人間のような行いだった。
そして僕は促されるまま、この世界の王様になった。
簡単な仕事だった。みんなの頼みを叶えるだけ。だって、僕はなんでもできるから。
ルー様、畑を増やしてくださいな。
ルー様、私の家に広い庭を。
ルー様、私の子供に強い体を。
他にも、この世界に色々な貢献をした。
野菜に全ての必要な栄養素を加えた。更に石に光を灯して、この世界を明るくした。そして木々を増やし、花を増やし、湖を作り…僕は躊躇いなく、神の力を行使した。
でも一つだけ、叶えられない願いがあった。
もう、その力を使わないでほしい。
唱えたのは、黒い体を持つ、もう一人の僕だった。
理由は、自分の体が光の力に耐えきれないから、だそうだ。
それを聞いたモンスターたちは、黒い僕を罵り、罵倒した。
「なんてことを言うんだ」
「みんなが幸せになっているのに」
「お前が消えればいいだろ」
『どうして!?僕もあいつと同じ「ルー」なのに、どうしてみんな僕にそんな酷いことを言うんだよ!』
黒い僕は、最初の洞窟の隅の隅に追いやられた。
僕は、構わず力を使い続けた。だって、そうすれば、みんな幸せになれるし、僕は神様でいられるし。あいつが苦しんでも、他のたくさんの人が喜ぶし。
そのうち、僕の小さな像が作られた。この世界の守り神だから、一家に一台置くとご利益がある。幸せになれる。みたいなことを言っていた。
僕は、それがたまらなく痛快だった。
それから数ヶ月後、ラルが地上に帰ると言い出した。
「もう、俺の力はいらないよな。こいつが今日から俺の代わりだ」
そう言って取り出したのは、リンゴのアンドロイドだった。
それからラルの言いつけで、彼が去ってから大穴にシャッターが作られ、誰もこの地下世界ーーーエデンの園に入ることは出来なくなった。
「どうして。どうして俺はあいつとこうも扱いが違うんだ。教えてくれよ」
俺は分からなかった。いや、分かりたくなかった。なぜ同じ存在なのに、俺は隅に追いやられ、あいつはみんなから慕われるのか。
「お前はもう、あいつとは違うんだよ」
ラルは去る前にそう言い残して、俺の前から消えてしまった。
唯一、たった一人対等に扱ってくれた存在が。
リンゴを操ってこの世界を見守っていくつもりらしいが、俺の前には二度と姿を表さなかった。研究所から一歩も出ないらしい。
(所詮は俺たちを作った外道の人間達とあいつは変わらないんだ…そうだ、この世界にまともなやつなんていない…俺以外は)
ならば、壊してやろう。こんな腐った世界。
それから、俺は自らをエレスと名付けた。
ある日、俺はルーのやつと接触した。
「ルー、俺、面白い場所を見つけたんだよ、一緒に行こうぜ」
「いいけど、僕は君と違って忙しいんだ。すぐに済ませてくれよ」
「いいから、絶対気に入るって」
俺は大っ嫌いなあいつの手を握って、氷瀑の森のあの空間に連れていった。
(俺は、思いっきりやれる場所を探していた…そして気づいたんだ。この氷瀑の森が、なぜいつも冷気に包まれているか…それは、地下にとてつもなく冷たい空間が存在しているから…奴が光を操るなら、俺は闇を操る。ちょっと穴を開けるくらい、俺だって御茶の子さいさいだ)
「おい、見ろよ、いつの間にか穴が空いててよ、進んだらほんとすごいとこだったんだよ」
そう言う俺に連れられて、ルーは冷蔵庫…もとい、自分の墓場に案内された。
「うわ…なんて寒いことなんだ」
「ああ、ほんとすげーだろ?俺はぴったりだと思ったんだよ、お前の死に場所に」
「!?」
気づいたら、僕は首を絞められていた。
僕の瞳には、激しく禍々しいオーラを発する黒い自分の姿が見えていてーーー
殺意ーーー
それが、エレスを体現するに最も相応しい言葉に思えた。
しかし、やられっぱなしの僕じゃない。
「…っ…僕は…神だ…」
目をカッと開き、僕は光を爆発させた。
エレスはよろめくも、邪悪な笑みを纏わせていた。
「そうこなくっちゃぁ…!」
エレスの背後から、吹き出すような闇の奔流が見えた。それは奴を包み、姿を変え、この世のものとは思えない、大きすぎる口と牙を持つ暗黒の獣となった。
獣は僕に、己の全ての体重と、運動エネルギーを伝えた。
僕は5メートル近く吹っ飛ばされ、全身をしたたかに打ち付けるも立ち上がり、獣を睨む。
「行儀の悪いイヌが…」
光を纏わせ、僕も負けじと変身した。
僕の姿は、輝くユニコーン。
「蹴散らしてくれるッ!」
一角獣の名は伊達じゃない。その鋭い角は彗星の如く空間を切り裂き、獣の横腹を穿つ。
獣は痛みに悲鳴をあげつつも、白い聖獣の背中を、その牙で抉った。
獣の争い。まさしくそれだった。
傷つき、血を流しながらも、自らの生存のために死ぬ気で戦う、失われたはずの弱肉強食の世界が、ここにはあった。
動けぬほど疲弊し、それでもその鋭い眼光はお互いを離さない。
永遠まで引き伸ばされたその睨み合いの後、また両者がお互いの肉を切り裂き合う。
これが何度も、何度も繰り返された。
もうどちらが死んでもおかしくない。その認識を、両者は共有する。
何度目かの激突の後、ユニコーンはその血に染まった角に光を宿し、獣は口内に揺れ動く漆黒の宝玉を生成する。
絶対零度の戦場に、光と闇が激突した。
光と闇の野生の息吹は、お互いの生を狩らんと一歩ずつ、一歩ずつ距離を詰めていく。
ぶつかってうまれた光と闇の玉が、二つの力が近づくにつれてその大きさを増していく。
「「しまった…!!!」」
お互いが絶叫した。
ほとんど互角だった対をなすエネルギーが、至近距離から放出されるとどうなるか。
強大すぎるエネルギーの衝突は、爆発を引き起こし、気が済むまでその空間内で駆け回り続ける。
両者は元の姿に還り、同じ顔で絶望した。
光の魂は、肉体から弾かれた。
闇の肉体は、そのまま規格外の力によって、跡形もなく粉砕され、散り散りになった。
光の大地に生まれた、新しい命。
「お前の名は、ルークだ」
その無垢なる新生児に、光が宿った。
「畜生…!体を失うとは…!」
(だが…!やってやった!俺はあいつを殺したんだ!いや…まだ終わってない!この地下世界の全ての命を刈り取るまでは…俺は復讐をやめない…そう誓ったんだ)
俺は、生きづらい地下世界から、ひとまず退散することにした。
地上は素晴らしい世界だった。闇に溢れ、闇に染まり、闇に包まれた場所。
(ここで生きるのも悪くない…)
そう思って、俺はしばらく休息をとった。力を蓄える目的も兼ねて。
それから数ヶ月後あたりだろうか。
俺は運命の人と出会ったんだ。
長い睡眠の後、目を覚まして瞬きを繰り返していた俺の瞳には、人間の少年が映っていた。
俺は、ニヤッと笑ってこう言うのさ。
「……よろしくな、新しい俺」
第7部 モンスター part2 終