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エデンの遺産  作者: ひきにく
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三位一体

「双葉町」のEXPを集め終わった所で、僕らは一旦休息をとった。

城で豪勢な食事(ただし全てサラダ…でも味付けのおかげで美味しい。肉の入ってないロールキャベツが美味しかった)をとったあと、僕達は煌びやかなベッドで眠りについた。

この時、僕はまた不思議な夢を見るのだ。



『はっ!ここは…』

僕は眠りから覚醒した。目の前にはただひたすらに白い景色が広がっていた。よく見ると、それは白い花、ドクダミで覆われた森だった。

なぜか僕は分かっていた。まだ本当は眠っていて、夢の世界に囚われていることを。

『やあ、アスフくん』

見覚えのある純白の服を纏う少女が、大樹の枝に腰掛けていた。髪は長く繊細で、白みを帯びた薄い金色を輝かせている。

『そろそろ会えるね。なるべく早く会いに来て。分かった?急がないと、大変なことになるからね』

静かながらも、有無を言わさず口調で僕に忠告した。

僕はどうして、と聞こうとし、身を乗り出したところで……



べしっっっっ!!!!

「あいってぇ……」

大きな効果音とともに頬に強烈な痛みを感じて、僕は本当の意味で起床した。

体を起こし、フォーカスを合わせられないまま目を開き、動かした視線の先にはジャック、そして触手を伸ばしたライムが、僕の顔を覗き込んでいた。

「いつまで寝てんだよ!寝つきが良すぎだお前は!」

ライムがぷんすか怒って僕を睨みつけた。

「研究所に呼ばれた!早くしないと遅刻だ!」



その頃、城の門にて。

「暇だなぁ…」

そう言って、ふわぁーと欠伸をしたのは、ナマケモノのモンスター。オルテがおるでー。で有名な、名物門番だ。

「お前なぁ…誰のおかげで俺までここにいると思ってんだ」

それに対して、鋭いヤンキーのような声を発するのは、カモメのシグル。彼は居眠りをして人間を通してしまったオルテの為に、いつもは一人だけの門番を、オルテの時は自分と二人でするよう言いつけられてしまったのだ。

「つーか、いつまでも暇だと思わない方がいいぞ、おーちゃんがあっさり人間を受け入れちまったし、それを大っぴらに宣言するもんだから、あっちの町の奴らがすぐに…」

そこまで言って、シグルは口を閉じた。

「?どうしたのぐっちゃん」

オルテは不思議そうに彼を見ると、下顎を突き出し、目を細め、明らかに不満そうな顔をしていた。

その視線の先を追うと、その理由がすぐに分かって、オルテは口を閉じた。

『殺意を追い出せ』

『人間を許すな』

『人間はモンスターの敵』

『だらしない王をやめさせろ』

目立つ色ででかでかとそう書かれた看板を担ぎ、数十人のモンスターたちが城にやってくるのが見えたのだ。

城は、地下世界の中では大きめの岩山の上にある。わざわざ彼らは登って城に押しかけてきたというわけだ。

「これを捌くのは俺たちだってのに、全くあの王様は…」

二人は同時にため息をついた。




研究所に到着した三人は、前とは異なり、最初から受付でベルトを渡され、いつも通りボタンを押し、アプリの部屋に飛んだ。

「よう、ご無沙汰だな」

そう言ってアプリはイスを回転させ、こちらに向き合った。

「お前らが次の町に行く前に、言っとかなきゃならないことがあってな……お前の名前って、アスフ=ルートって言ってたよな?」

「ああ、そうだけど」

アプリは難しい顔をして、しばらく黙り込んだ。やっと話し始めるかと思ったら、開口一番、こんなことを聞かれた。

「お前の父親って、もしかしてアバ=ルートだったりする?」

「なんで知ってんのーー!!!!????」

僕は驚きとともに、引っこ抜かれたマンドラゴラもびっくりの悲鳴をあげた。

「え?ど、どういうこと?」

ジャックはわけも分からず困惑している。

その時、部屋に流れる空気が少し重くなったことに気がついた。

「……おい、どうしたんだよ」

ライムが心配そうに、アプリにそう言った。

アプリは机に視線を落とし、顔を歪ませ、

「ウソだろ…まさかとは思ったが…」

と、呟きつつ、やるせない表情を浮かべていた。

「ちょ、一体どういうことだよ!」

僕は問いただした。まるで話が読めない。

それに対しアプリはこちらをちらりと見て、また机に向かって俯いて、話し始めた。

「実は、俺は人間なんだ」

「「「……!!!」」」

三人とも、驚きで硬直した。

それから、彼の口から、僕らはモンスターが人間に作られたものであること、アプリがモンスターを研究所から逃がしたことなど、その様々な真実が語られた。

彼は本当はまだ研究所にいるものの、リンゴ型のロボットを操り、モンスターを見守っていたのだ。それを知っているのはおーだけだという。

「もう俺なしでも、モンスターだけで暮らすことができるようになった。俺はいないほうがいいと思ったんだ」

そして彼が研究所からレポートを盗み出す時、抜け出す時、モンスターを逃がす時…協力してくれた一人の研究員、それが僕の父親だったらしい。

また、光と闇に分かれたモンスターの光の方は、この世界に緑をもたらし、クリスタルを作り出した。この世界では神のような存在だった。しかし闇の方は行方知らずになり、光の方も記憶喪失になった上に、その力を失った。それが今の王である、「おー」なのだと。

その数年後のことだった。『殺意』が現れ、そして彼はこの世界を蹂躙した。しかし、すべて壊される前に、奇跡的に奴を地下深くに生き埋めにし、更にこの世界に脈打つ力を借りて、封印することが出来たのだ。

だが、そうして手に入れた平和も、結界が破られればまた地獄に変わる。

「俺が地上に出た理由。それは、人間をここに連れてくること。それもお前の父さんを説得して、この世界を救ってもらうためだった」

「それで、事故ってアスを連れてきてしまった…ということか」

そう言って、ライムがなるほど、と呟く。

「どうして父さんなんだ」

僕は少し怒りを混じらせながら言った。こんな危険な世界に、なぜ僕の父さんを連れてこようとしたのかと。

「そ…それは…俺が頼めるのがあいつしか居なかったことと…それと………」

アプリが口を閉じた。

「なんだよ!最後まで言えよ!」

僕はたまらず怒鳴った。

(このリンゴ野郎…!いつもいつもいつもいつも大事なことを黙ったままにしやがって…!!!もう我慢出来ない!力づくで吐かせてやる!!!)

僕は目をひん剥いて、アプリに手を伸ばした。

「うっ……」

その声で気づいた。ジャックが頭を抱えて呻いている。

「どうした!ジャック!!!」

ライムがすかさず駆け寄るも、

「エ…エレス…僕は…ル…」

そう呟くが最後、ジャックが意識を手放した。



いつまで経っても、彼は目を覚まさなかった。




僕とライムは、二人だけで次の町へ出かけた。

歩きながら、ジャックが寝ているベッドの横でした、アプリとの会話を思い出していた。

(すまん…はっきりと言えなくて…次の町は、お前への当たりが前の町よりずっと強いはずだ…それもお前がただ人間だからってだけじゃない…もしかしたらそこで……お前は辛い真実を目にするかもしれない……)



次に向かう町は「四葉町(よつばちょう)

それは四葉のクローバーを意味する町。実際ただの雑草で、大体は三つの葉がセットになっているのだが、ごく稀に、その四つバージョンが生えているらしい。

その花言葉の一つ「幸運」から、「幸運で満たされるように」という思いから、この名前が付けられた。



大きく、四つ葉のクローバーを真ん中にして、英語で書かれた派手な看板が僕らを出迎えた。

<ようこそ 四葉町へ>



しかし、歓迎してくれたのはその看板だけだった。

その先にある景色の中で目に入ったのは、細く長い柱時計と、大きな広場で新聞をばらまく太ったネズミのような者と、それを取り囲む大勢のモンスター。その中の一枚が、僕のもとに舞いながら風に配達された。

開いた瞬間、見逃せない見出しが目に飛び込んだ。

『人間の侵入 繰り返される悪夢の事件』

そして、若く力強い声が僕らの耳に届く。

「人間が我々モンスターの地に足を踏み入れた!人間は我々罪もないモンスターの命を奪い、恐怖を植え付けた!我々はただ穏やかに友人や家族、恋人と日々を過ごしていただけなのに!それなのに我らが王はいたずらに人間を我らの国土を踏ませ、我らを危険に晒した!殺意を倒さなくても、封印を解かなければ我々は死ぬ事は無い!これは王の陰謀か、乱心に相違ない!このままでは、また我々は国土を奪われ、命を刈り取られ、愛する家族と離れ離れになってしまう!思い出せ!愛する者と離れ離れなになる絶望を!思い出せ!全てを奪われることの怒りを!だがまだ間に合う!王を失墜に落とし、人間を追放するのだ!まだ間に合う!あの歴史を繰り返すわけにはいかない!子供たちに血みどろの世界を見せるわけにはいかない!立ち向かえ!我々全員の力を合わせれば、人間などもはや恐るるに足らず!人間を!追い出せー!」

『人間を!追い出せー!』

「人間を!追い出せー!」

『人間を!追い出せー!』

絶え間無き拒絶のコール。

お前などこの世界には必要ない。お前など我々の敵だ。お前など、いなければいい。そう言われている気がした。

「なんだよ…これ…」

ライムはそれだけ言って立ち尽くし、動かない。

僕は声を出すことすらもできなかった。

二人はこの看板と向こうの広場との間にある、見えない、そしてとてつもなく厚く、硬い壁に阻まれていた。

「!ねえ、あれって…」

突然、一人のモンスターがこちらに気づき、作り出した小さな火種に油を注いだ。

「もしかして…!」

「キャーー!!!!人間よー!!」

「俺たちの後ろに隠れろ!」

「人間め!出ていけ!」

僕らは、後ずさることしか出来なかった。

ただ、為す術もなく、途方に暮れた。

「…!!!ヒッ!!!あの服…あの顔…あの顔はっっっ!!!」

一人のモンスターが倒れた。

そして、集団の一角が顔を青ざめさせ、恐怖に歪ませ、僕らとはそっくり真逆の方向に逃げ出した。

残ったその一角の数人が、泣き出し、怒りを顕にした。そしてその中の一人、白いイヌのモンスターが、この世のありとあらゆる憎しみという感情の全てをぶつけるように、僕を睨みつけてーーー

「あなたがぁああ!!!私の息子をぉぉおおお!!!許さない、許さないぃぃ!!!息子を返してよぉおおお!!!返して!かえしてよぉおおおお!!!」

その一人が僕のもとへ、足下をもたつかせながら恐ろしいスピードで向かってきた。僕以外のものが、全て目に入っていないようだった。

「おい!馬鹿!やめろ!」

他人の静止も聞かず、その瞳だけで僕を切り裂くように、止まらない涙も構わず、僕に掴みかかった。

「返して!返しなさいよぉぉおお!!!」

そのモンスターの姿に、ジャックと、その家族の姿を重ねた。

彼らが僕を侮蔑の目で睨み、背を向けて去っていく。

彼らが僕に罵声を浴びせ、その牙で僕の肉や骨を噛み砕いていく。

彼らがジャックの死体の前で、涙に暮れる。

僕の中で蠢く二つの感情。それは悲しみと怒り。それだけだった。

殺意が憎い。その感情がとめどなく溢れる。憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い



「アスフ」

ライムが僕に言う。僕は血走った目を開かし、犬歯を剥き出しにしていた。

「アスフ!!!」

(はっ……)

ライムの触手が僕の右手を握っていた。

視線の先では、先程の白いイヌのモンスターが腰を抜かして倒れ込み、

「やめて…やめて…」

と、震えながら縮こまっていた。

「ごめんなさい、怖がらせてしまって」

「ひぃっ!」

それでも彼女は頭を抱えて目を背けた。

モンスターの一人がこっちに駆け寄って、僕をキッと睨みつけてから、そのモンスターを抱き抱えて広場に戻って行った。

その時、僕の耳にこう話す声が届いた。

「あの人間、殺意と似た格好してないか」

「ああ、本に載ってたのに似てる」

「つーか、顔もほとんど同じじゃね?」

その言葉が、全てを繋げた。

アプリが父をここに連れてこようとした理由。ここで僕が殺意と重ねられた本当の意味。脳がそれを処理した直後、視界が色を失った。

「……ふふふ……ははは…分かっちゃった」

僕は虚ろに光を失った目を半眼にしたまま、力なく笑って、四葉町に背を背けた。

「ちょ、おいアスフ…」

ライムがすぐに呼びかけるも、彼もすぐに黙って、俯く。なにを呼びかけたらいいのか、彼には分からなかったのだ。

その時だった。なんの前触れもなく、すぐ後ろで、強大な力で何かが破壊されたような、そんな巨大な破壊音が聞こえた。

振り向くと、四葉町の看板のクローバーの、南の位置の葉があった場所に、綺麗に穴が空いていた。それはもう希少な幸運のトレードマークなどではなく、無数に生えるただの雑草でしかない。そして黒い牛のモンスターが、広場の真ん中にあったはずの柱時計の横で、今さっき何かを投げたかのようなフォームで固まっていた。

(まさか…!)

まもなく、耳を覆いたくなるほど大きく、背後から背筋が凍るような恐ろしい音が響き、振り返ると、双葉町の「ふじくさ」があった場所から、黙々と煙が上がっていた。

「あ……あ……」

「ウソ…だろ……こんなのってありかよ…」

僕は地面にへたりこんだ。

「スリ…さん…」

しかし、状況は僕を感傷に浸らせることさえも許さなかった。

再度四葉町から大声が聞こえた。それも一つではなく、無数の…百人以上の咆哮が折り重なっている。

それに共鳴するように、轟音を立てて家屋の一つが崩壊した。

広場では、先程僕に対して矛先を向けていたモンスターたちが、全て自分の仲間たちへとその方向を変えていた。

悪夢だった。

全てのモンスターは悪鬼夜行に取り憑かれたように、あるいは野生へ還り…いや、殺意へと変貌した。

己に与えられた、他を傷つける武器、牙、爪、その全てが返り血に染まり、石のタイルで敷き詰められ整然としていた広場には、酷く赤い水溜りが出来ていた。

突然、僕の前にベルトを身につけたアプリが現れた。

「アスフ、ライム、今は黙って俺の言うことを聞いてほしい。これを使って奴らのEXPを吸い取れ」

そう言って渡されたのは、この間見かけた二つのアイテムーーーエグゼとは違うもう一つのEXP吸収の手段、『エクソン』だった。

「研究所でも、モンスターたちはイカレちまった。正気があるのはスライムとおーと俺たちだけだ。ジャックは眠ってる。これを使ったらモンスターたちは正気に戻った。この町を救ったら、これで大広場まで来い」

そう言って、ベルトも渡された。



「よし!いくぞ!」

そう言ってライムは、エクソンを担いで飛び出して行った。

僕は虚空に飲まれた目に光を宿さぬまま、共にEXPの強奪に勤しんだ。

少し距離をとって、モンスターたちにその掃除機のような者を向け、赤いボタンを押す。モンスターたちは活動を中止し、EXPが機械へと吸い込まれる。青いボタンを押すと、それが僕に流れ込んできた。

そのまま、その作業を二人でひたすら続けた。

時々死体を見かけた。全て獣の顔をして、舌をだらんと伸ばし、垂れ下げ、その全ての瞳に光は無い。

時には首を噛み切られたもの。時には頭部の半分を食いちぎられたもの。時には内蔵があった部分が空洞になっているもの。その全てが、かつて人間と同じように言葉を話し、心を持ったモンスターであったのだ。

それらも今は全て、理性を失った獣の成れの果てであった。



広大な町であったが、広場にモンスターが集まっていたおかげで、本来よりもずっと短時間で終わらせることが出来た。



しかし、この時、既に僕の心は限界だったのだ。




僕らは城下の、看板のある大広場に瞬間移動した。

そこは、地獄絵図と形容するに相応しい景色が広がっていた。

響き渡る咆哮、モンスター同士の殴り合い、引き裂き合い、蹴り合い、殺し合い。中にはあの時助けてくれたシールドの兵士、リム隊長、双葉町のクーちゃんやキツネたちだけでなく、かめじいまでもが狂乱の渦中にいた。だが、一番僕とジャックに衝撃を与えたのは、ジャックの母と父が混ざって暴走していたことだった。



赤く充血した目と、振り乱した毛髪。

母親の爪は紅く染まった父親の首に、

父親の牙は母親の華奢な腕に、

鮮血を迸らせた。



僕は耐え切れなかった。

「うああああぁあああああぁああああああああああああああああああぁぁ!!!!!!!!!!!!」

掠れるまで叫び続けたその人間の姿は、心の容量(キャパシティ)に穴が空いた、哀れな廃人。恐怖と怒り、悲しみになどの過度のストレスによって、精神を徹底的に破壊された、魂は持てど光無き骸。

それは髪を振り乱して、意味を持たない叫びとともに、手に収められた棒を振り回し続けた。



数時間後、僕は目を覚ました。

うつ伏せの格好のまま、体を起こすことが出来ない。体と地面にべっとりついた血溜まりが、僕を縛り上げていた。僕は抵抗をやめ、視線を落とした。

そこへアプリとおーがやってきた。

「よう…済まなかったな、こんなことになって…」

僕は何も言わなかった。彼の哀しみが伝わった。誰よりも深く、純粋な悲哀だった。目の前にあるのはただのロボットだが、それを通してみても、その悲痛は僕に届いた。

「……」

僕は何も言わなかった。殺意のことについて黙っていたことに腹は立ったが、彼を責めることはできなかった。

ふと存在を思い出し、ライムの方を見ると、その体は禍々しく、深い黒に変わっていた。まるでこの世界を呪うように。

「立ってくれ。まだ全て終わったわけじゃない」

淀んだ空気を切り裂くように言い放ったおーは、この状況に置かれても、毅然に振舞っていた。彼が王である理由が、なんとなく分かった気がした。

その時。

「そうだ、お前らにも死んでもらわなければならない」

突然、聞き慣れない声が響いた。その声は冷徹で温度を感じない。声の主は、クリスタルの逆光を浴びて、空中に浮いていた。

「氷瀑の森の結界まで来い。全て終わらせてしまおうじゃないか」

それだけ言って、それはセント・ピボットの入口へ去っていった。小さな黒い影が実体を得たような、モヤのかかった姿をしていた。



その直後、いきなり研究所の入口が開いた。

そこから姿を現したのは、ジャックだった。

以前の柔らかい、温厚な雰囲気は消え去り、今は神秘的なオーラを漂わせていた。

「ジャック!お前は大丈夫なのか!?」

ライムが心配そうにジャックの安否を確かめる。それを見ていた僕は、なんとなく理解していた。ジャックが以前とは別人であるということを。

「お前は…ルークか?」

彼は少しの沈黙の後、芯のある声で僕に語りかけた。

「間違ってはいない」

「どういう意味だ」

「…ただの洞窟に草花を生やす為に、僕はひとりを犠牲にした。元々自分だった者を。要するに()()()()()んだ。おかげで僕は報復を受けて記憶と身体を失った。逃げ込んだ身体と魂が、ルークという少年のものだった」

「意味わかんねえよ!」

ライムが怒鳴った。今までのストレスで、自律神経が乱れ、精神状態が普通でなかったのだ。それは僕も同じだが。

「転生したということだ。神威を宿した僕の魂は、その記憶、そして神の力を操る能力は失われない。いやしかし、赤ん坊になりきるのは大変だった…だが、殺意に遭遇し、抵抗もできず記憶を失った」

「それでさっき戻ったってわけか…それじゃあ…」

「そうだ、今の僕はルーであり、ルークであり、ジャックでもある」

「わっけわかんねえ…」

ライムは頭を抱え、顔を歪ませた。

「とにかく、僕らは変わらず仲間だ。信じてほしい」

とりあえず、僕とライムは無言で頷いた。今は疑ってる場合じゃない。

「時間が無い。この世界を取り戻す」

そう言って、ルーもとい、ルークないしジャックは、先頭を切って歩き出した。僕らは揺れ動く心を鎮められぬまま、最後の戦いの地へ赴くのだった。



この時はまだ知らない。



この狭き地下世界こそが、滅亡を繰り返しながらも、時空を超えて今なお存在する、この世界の始まりの地であったことを。



第6部 三位一体 終

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