モンスター part 1
俺はラル。ラル・ストレート。変幻自在の物質、「ペトル」を、自らの手で作り上げた、伝説の天才科学者の孫だ。
俺は両親を知らない。父親も科学者だったらしいが、顔も分からなければ、名前さえも聞いたことはない。勿論、母親もだ。両親との繋がりは、小さな空っぽのロケットだけ。
幼くして両親を失った俺は、研究所を自らの家とする、天才と呼ばれた祖父に引き取られた。
祖父は俺よりも研究に興味があるようで、常にラボに引きこもっていた。
食事などはお手伝いさんに用意してもらっていたので不自由はなかったが、あまりにも孤独だった。
そんな俺の乾きを潤わせてくれたのは、化学や物理、生物といった、この世を形作っているものを知ることだった。
知識を溜め込み、時には研究所の機材で実験をしてみたりなど、幸いやろうと思えばいろんなことが出来た。
俺が病気のネズミを見つけ、密かに飼いながらそれを治す薬を自分で作り出した時、研究員から、天才の遺伝子が発現した神童だと褒め称えられた。それを知った祖父は、まだ十になったばかりの俺に、彼が行っている研究を見せてくれた。
案内された不思議な光が漂う部屋に、いくつもの巨大なカプセルがあった。その中には、人間とは異なる生き物がいた。祖父はそれをモンスターと呼んだ。二足歩行と言語の理解を可能にした、改造された生物、それがモンスターだと。しかし、祖父が見せてくれたのはここまでだった。もう少し大きくなったら、研究チームに入れてやる、と言われた。
それから数日後のこと、俺は夜中に尿意で目覚め、暗い廊下を歩いてトイレに向かった。
しかし、尿意は無くなってしまった。
何故かトイレに、人間サイズの亀がいたからだ。
だが、俺は怖くはなかった。その亀は怯えていたからだ。
とりあえず俺はこう尋ねた。
「あなたは何?」
返答はこうだった。
「ファイブ」
それは、作られた順に付けられるモンスターの番号だった。何故ここにいるのか、何かあったのかと尋ねた。
ファイブは驚いた。当然だ。研究員であれば、すぐに元いた場所に連れていかれる。何も知らない俺は、ファイブにとって異質だったのだ。
ファイブは俺をある部屋の前に連れていった。大部屋の実験室だ。そこから、耳を塞ぎたくなる苦痛の声が聞こえた。
ファイブは、体を改造させられているのだと言った。
薬漬けにされて、生物としての常識を破壊させられる。そうして力を得たモンスターは、時には奴隷として、時には戦争の駒として利用されるのだ。
また、より力のあるモンスターを作り出すために、モンスター同士を殺し合わせたり、体内に本来ない人工器官を取り付けられ、炎を吐き出させたり、あるいは常軌を逸した肉体にさせられるなど、どれもこれも酷いものだった。
これが祖父の行っている研究の正体だと知った俺は、どこにモンスターが収容され、どう保管されているのかを、ファイブと共に探り出した。
俺は、自分で作り出したスタンガンで、セキュリティ・カードを持っていた研究員を気絶させ、カードを使ってモンスターたちを解放した。これで俺はもう研究所にはいられなくなった。
それから俺はモンスターたちと共に、大きな小屋を、森の奥にみんなで作った。
モンスターは、見た目はともかく、みんないいやつばかりだった。
モンスターの誕生日には、薬を売って稼いだ金で、プレゼントを買ったりもした。
やがて、モンスターは小屋を出て、人間との共存を目指すようになった。
しかし、人間にとって、モンスターはただの化物であり、未知で危険な因子でしかなかった。
たった一人の人間のモンスターの理解者である俺は、増えて逃げ帰ってきたモンスターのために、更に住処を作った。
しかし、人間の自然開発からは逃れられず、人間に発見されては移動をしなければならなかった。
このままではモンスターの居場所がなくなってしまう。そう思った俺は、多くの人間に呪われた大穴と忌まれ、恐れられている、山の上中腹にある「ノスターホール」に逃げ込むことにした。ノスターホールは、人がほとんど寄り付かないため、優良物件ではあるものの、下は真っ暗で、とても住める場所ではなかった。
俺は考えた。俺の大切な家族であるモンスターは、どうしたら幸せになれる?モンスターが幸せに、穏やかに暮らすには何が必要か?それは光だ。暗く閉ざされた未来を照らすほど眩しく輝く光。このノスターホールの底にある地底を丸ごと、モンスターの行く先を照らす太陽が必要だ。
俺は研究に取り掛かった。山から街へと往復を繰り返しながら、稼いだ金で機材や材料を購入し、自分の飯代を削りながら、必死に太陽をつくろうとした。
だが、いつまで経ってもそれを生み出すことは出来なかった。
悩み、途方に暮れていた俺は、ふと、自分と両親とのルーツであるロケットを見つめた。
こんなものよりももっと役に立つものをくれよ…。
短いため息の後、なんとなく開けたロケットの中には、やはり何も入ってはいなかった。
なんだってんだ。俺は頭を掻きむしった。ノスターホールの底へは一々梯子を下らなければ移動できないし、夜は真っ暗で何も見えない上、昼間も穴の真下でしか光は届かない。
なので、飯も昼間に地上で取らなければならない。それも、大してうまくない木の実ばかり。せめて、穴の中にも太陽がなければならない。そうすれば、俺の技術で木を生やすことだって可能なはずだ。俺には無理なのか。
悩み続ける俺を見かねて、かつてのファイブ、タトルが、今日はゼロ──ルーの誕生日だから、何かくれてやったらどうだ、という提案を持ちかけてきた。
といっても、今はあいつが喜びそうなものは、あいにく買ってやれそうにない…。
そうだ、いっそのこと、このロケットをプレゼントしてやろう。俺にとっては役立たずのロケットでも、宝物のロケットにしてくれれば、それでいい。
そう思って渡したものの、ルーは顔をしかめた。
「これはラルの大事なものでしょ?」
「俺には必要ないから、お前が持っててくれ。欲しくないか?なら別のヤツにあげちゃうぞ」
「なら、もう返してあげないからね!」
この日の夜、俺は月明かりと焚き火の光をライト代わりに、かつてある一人の研究者の手を借りて、研究所から盗んだモンスターのレポートを眺めていた。
モンスターは全て、自然の動物を改造して生み出されたもので、もとは犬だったり、鳥だったり、猫だった。
ただ、例外がひとつあった。
No.ゼロ、ルーだ。
ルーの体、脳、細胞のすべてが、祖父が作り出した物質、「ペトル」でできていた。
レポートには、体を自在に変化できる、体温が変化しやすい、あらゆるものを取り込み、取り込んだものと同じことが出来るようになる。と書いてあった。
突然焚き火を見ていたルーが俺を呼んだ。
「どうした?」
「ラルがくれたロケット、文字が彫ってあるよ」
「まさか…」
俺はルーにロケットを手渡され、そして一緒にそれを眺めた。
ラル・ストレートへ
お前の父、カルとカナからのプレゼントだ
お前は初めて火を見た時、瞬きもせずじーっと見てたから、火を当てたら文字が浮き出る仕掛けにしてみたんだが、どうかな?
このロケットはな、熱くない火を出せるライターなんだ
お前が火傷しないように、ね
しかも、絶対に消えないんだぜ?
使い方は、ロケットの右側を、ネジみたいに回すだけだ
そうすりゃ、左に俺と母さんの顔が見えるからね
おっと、もうスペースがないや
それじゃ、火に気をつけてな
俺は、ロケットを回してみた。
母さんと父さんと、小さな俺の顔。
みんな楽しそうだ。
俺は気づかないうちに笑っていた。
ルーは不思議そうな顔をして、
「ねえねえ、僕にもみせてよ!」
とせがむ。
他のモンスターたちも、それを見て笑い出した。
俺は翌日、この不思議な炎の正体を探った。
どうやら放出した光は、このロケットの中から生成されるようだった。
これは今までの自然の法則をねじ曲げる、世紀の大発見と言っても過言ではないほどのものだった。
その仕組みは結局分からなかったが、俺は遂に太陽を作る方法を見つけ出した。
このロケットをルーに取り込ませ、ルーを太陽にするのだ。
ルーは喜んで引き受けた。
しかし、その喜びもつかの間、ここで予期せぬ事態が起こった。
ルーの中で放出された光と、完全に光を失ったロケット。それは対をなすエネルギーだった。
ルーの中で、光と闇の二つが増殖している。
ルーは二つに、いや、三つに分裂した。
一つは際限無き光に。
一つは無限の闇に。
一つは…青く、柔らかそうな生き物に。
第6部 モンスター part1 終