ようこそ
「みんな、ご苦労さま〜」
鳥のモンスターの足に捕まってやってきたらしい青いモンスターは、兵士たちを軽くねぎらった。
「王様が一体どのような用件で?」
隊長が尋ねる。
「ああ、この子たちに頼みごとさ」
「頼みごと…?」
「とりあえず、君たちの仕事は終わりかな」
不満そうな隊長が、おーと呼ばれたモンスターと話している隙に、二人に目配せした。
腰を下ろし、足をぐっと伸ばして、地面を蹴り上げた。
「!!おのれ!」
罵声と共に隊長は手を開かし、間髪入れず僕を狙う。
「あっっつぁ!」
文字通り、目と鼻の先を火の粉がかすめた。
勢いを止められず失われたバランスを、つま先だけでなんとか取り戻すも、すぐに兵士たちに捕まった。
「だから言ったでしょう!ここで始末しておくべきです!」
「まあまあ、そう言わずに…」
抵抗虚しく兵士たちにあっけなく包囲され、青いモンスターの前に並ばされた。
「自己紹介しよう。僕はおー。この世界で王様やってます」
青いモンスターは、自己紹介ついでにさらっと王様宣言をしてしまった。
「王様だかなんだか知らねえが、俺たちをどうするつもりなんだ、殺すならそう言えよ」
ライムはどこまでも強気だ。
「無礼だぞ!スライムの分際で!」
怒る隊長をおーが片手を出して止める。
「君たちを城に案内しよう」
応接室らしき場所に案内された。
赤いカーペットと綺麗なロウソクとシャンデリア…いかにもな城だ。わかりやすい。
「変だね」
ジャック突然が口を開いた。
「ああ」
それにライムが同調し、
「確かに」
僕が同意する。
「なにが?」
ついでにおーが首を傾げた。
「なにがって、なんでボディーガードが一人もいないんですか、人間がいるのに」
ダメ押しで僕が尋ねる。
「ああ、それはね、信頼、そして誠意を示すためさ、僕は君にお願いするんだから、無理やりやらせることは出来ないし、したくない」
「…」
少しの間の沈黙の後、おーがまた口を開いた。
「君に、殺意を倒してもらいたい」
ジャックとライムが顔を見合わせた。
「僕たちはこう考えている。殺意を倒せるのは殺意だけ、目には目を。つまり、人間だけってことさ、それと」
彼は紙を取りだして、僕に見せた。
「これは、殺意の反応で我を忘れるのを抑え、力の増幅をそのままにする、人間専用の薬だ」
「……!!!!」
電撃が走る。
「イエス、これを殺意に投与してほしい」
ジャックとライムが、僕を不安そうに見つめていた。しかし、僕の答えは決まっていた。身近な誰かを失う辛さは、誰よりも知っているつもりだった。だからこそ、それを誰かが背負うこと、悲しむことが、僕は嫌だった。
(それを無くす力が僕にあるのなら…!)
「やりましょう」
おーの顔がぱーっと晴れた。小さな体と相まって、王様と言うよりマスコットと言われた方がしっくりくるだろう。
「やっぱりやるんだね…アス」
「ああ、僕はもう迷わない」
ジャックは複雑な心境だった。アスフはもう家に帰ることが出来るかもしれないのに、危険に身を投じる必要があるのか。それに巻き込んだのは僕ではなかったかと。なにより、アスが自分の命を賭けて戦うことが怖かった。彼にとって、アスフはもう、大切な友達なのだから。
「勘違いするなよジャック。僕はやりたいからやるんだ。君たちが僕にとって、守りたいと思える存在だからやるんだ。それで死んでも僕は構わない」
「……!」
ジャックは気づいた。アスフにはもう既にここの住人であり、モンスターの仲間であるという意識が芽生えていた。つまり、彼はこう言いたいのだ。
『仲間外れにしないでくれ』
と。
ジャックはそれが嬉しかった。とても嬉しかった。だから、僕が彼を守ろう。そう密かに誓ったのだ。
「分かった、でも、死んだら許さないよ」
「お前ら、俺も忘れんなよな」
ライムがニヤリと笑った。
「俺はあの時から、お前の剣になるって決めたんだよ」
「頼もしいよ、ライム」
それから、暴走の可能性があるから、僕にも薬を打つ、と伝えられた。毒とか入ってねえだろうなーとライムは言ったが、信じろ!ビリーブミー!とおーは言った。
ということで、殺意無力化ミッションを引き受けることになった。
それから、博士というモンスターのところに行くようにおーに言われたので、最初の目的地、研究所に向かった。
行きは、おーのように鳥モンスターが空から連れていってくれるらしい。
地下なのに空中散歩という、奇妙な体験だった。
ドラゴンと戦った広場や広大な畑、住宅街などが見え、西の先には更に大きな町が広がっていた。
セント・ピボットはトランスとは比べ物にならないほど巨大な街だった。
「アス!!!地上は空が無限に広がって、太陽が見えて、建物がいっぱいあって、ここよりもずーーーっと大きいんだろ!!!」
羽ばたきとを風を切る音に負けないように、大声でジャックが僕に尋ねた。
「さあ、空は青くない時もあるし太陽だってたまには隠れちゃうけど、中々悪くないぞ!」
それを聞いて、ジャックは目を輝かせた。
「いつか連れてってよね!」
これを聞いて、ライムも大声を出す。
「ここだって悪くねえぞ!地上に戻っても、また遊びに来いよな!」
「ああ!約束だ!」
やがて、一際目立つ白い建造物が見えてきた。研究所だ。
鳥モンスターに礼を言って、入口に近づくと、勝手に扉が左右に開いた。
玄関は意外とこじんまりしていて、受付のモンスターは居眠りしていた。シマウマというやつだろう。
勝手にお邪魔して、真っ直ぐ進むと、横にボタンのついた扉があった。
ライムがうにょーんと手を伸ばしてボタンを押すと、扉が開いた。
中にはまたボタンがあり、数字が書かれている。
おーは確か、8階の7号室の研究室だと言っていた気がする。
8を押すと、ぶーんという音とともに、足が床に引っ張られる感覚がした。
「耳がきゅーってした」
ジャックが耳を抑えながら呟いた。
「分かる」
僕も耳をペシペシ叩きながらそう言った。
ドアが開くと、蛍光灯で明かりの点いた、広い廊下があった。
左に進み、807と書いてあるドアを見つけた。隣の部屋のドアよりずっと大きい。
一応ノックをしたが、返事がなかったし、鍵が空いていたので勝手に上がった。
中には、硬そうなベルトのような装置が三つ置いてあるだけで、他は何も無かった。
「なんだこれ?博士ってのはどこにいるんだ?」
「書き置きがある」
そう言って、僕はそれを読んだ。
『やっほー!はかせだ。元気?おーから話は聞いてる。そのベルトを付けると、あら不思議、目の前に博士が現れちゃったりして!巻いたら、その赤いボタンを押してね! はかせ』
胡散臭い。
仕方が無いので、ベルトを巻いた。
「バカにされてる気がするよ…」
ジャックの短い感想の後、僕達は同時にボタンを押した。
景色が一瞬にして変化する。
脳が押される気持ち悪い感覚、足が地面を求める感覚、妙に身に覚えがあった。
「成功!よしよし、よく来たな」
この声も聞いたことがある。
苦悶の表情を和らげ、目を開けると、そこには、忘れもしない、あのリンゴがいた。
「あーーーーっ!!!!」
突然の再開に、僕は驚きを隠せないでいた。
「よ、よう…へへ…実は、お前に言わなきゃいけないことがあってよ…このベルトの装置とか、説明の為にやったことなんだけどよ…」
なんとなく察しがついた。
「まさか、この装置で僕をここに連れてきたってこと?」
リンゴが頷いた。
「逃げたのは、バツが悪くなったから?」
また頷いた。
「ど、どうも、すいません…」
リンゴが謝った。
「僕は!ここで!何回も!死にかけた!」
「悪気はなかったんだ…」
「ま、まあまあ…」
ジャックになだめられた。
「ジャックに免じて、大目に見てやるけどね!謝るならその場で謝れよ!全く!」
(何があったんだろう、この二人)
(さあな…)
「ごほん…というわけで、ようこそ研究所へ。俺はアプリだ、まずはアスフ…お前にはこの、抗殺意鎮静剤を打つ」
そう言うと、どこからか白衣のモンスターが現れ、僕の右腕を湿った布で吹いて、注射を打った。
最後に絆創膏を貼ってくれた。
「お疲れっすー」
そう言って出ていった。あれはアライグマかな。
「随分あっさりと…」
二の腕を指すりながら、少し拍子抜けな気分で、僕は言った。
「まあ、時間かけるようなことじゃないしな、ちょっと待っててくれ」
アプリはぴょんぴょん跳ねて、隣の部屋に向かった。
「アス、注射どんな感じ?」
「ん?まあ何ともないな、ちょっと腕がピリピリするけど」
「注射か…痛そうだな」
アプリが戻ってきた。頭の上に、妙な機械と輪を乗せた板を乗せている。
「右の輪を見てくれ、これは『EXPレシーブ』通称『エグゼ』だ。手首に付けると、相手の許可を得た時、相手のEXPを頂ける。左は、『EXPバキューム』通称『エクソン』。これは、無理やり相手のEXPを奪い取れる。どちらも、相手が自分のレベルより低い時だけ使える」
「それで?」
僕が説明を促す。
「できれば、お前には『エグゼ』を使ってもらいたい。無理やり奪うのは最後の手段にして、モンスターの信頼を得ながら、EXPで殺意と戦える戦闘力をつけて欲しい」
突然、机の上のモニターがついた。
「やっほー、おーでーす、君たちには、広場の看板にある、『お悩み相談のコーナー』に書いてある悩みを解決して、ついでにEXPを貰ってきてもらいたい。よろしくね!」
「…え、なに、今の」
ジャックが引きながら呟いた。
「はー…このモニターはおーの奴に無理やり付けられたんだ。時々あーやって邪魔してくる」
「王様の癖に普段何やってるかと思ったら…呆れたぜ…」
「なんだとー!!!」
そう叫んだおーの声を遮るように、突然、僕はあることに気がついた。
「待って、何か重大なことを忘れている気がする」
アプリがビクッと顔をひきつらせた。
「どうしてあなた達は、僕が人間なのに、すぐに協力を頼めたんですか、よく考えたら、おーさんの出現もタイミングが良すぎるし、アプリとの連絡も随分手際がいいですよね?まるで『監視してた』みたいじゃないですか」
「…」
プツン。
モニターが切れた。
「ああ!クソヤロー!!きたねえぞ!」
身を乗り出して、アプリの頬をつねりながら問いただした。
「分かった!分かったって!首の後ろのあたりを触ってみろ!」
片手でまさぐったフードの中に、硬い異物があった。
べりっと剥がし、手前に持ってくる。
赤く点滅する小型の機械があった。
「それは盗聴器って言ってな、お前の周りの音を拾ってこっちに送ってくれるのさ。お前がそいつに怒鳴って慰められたことも、スライムの親玉に殺されかけたことも、こいつがメスのスライムとイチャイチャしてたのも丸わかり!」
「いい趣味してんぜ…」
ライムは怒って少し赤くなった。
「まあ、そのおかげでお前は俺たちに無害を証明できたわけだ。お前らにとっちゃバケモノみたいな俺たちを、すぐに怖がらずに接することが出来るなんて、なかなか出来たことじゃない」
「ジャックのおかげだよ」
「へへ…」
ジャックが照れて笑った。
「お前ならきっと、モンスターと友達になれる!期待してるぜ!」
研究所を出て、早速任務に取り掛かった。
「一つ目はこれだ」
看板の前で、おーに説明を受ける。
「んーと…『葉酒』を作る為に、陽光草のすり潰しをするのですが、私ら葉酒職人ももう年で、少しキツくなってきました。お若い方、是非後学のためと思って、私らに手を貸していただけませんでしょうか。』終わり」
「葉酒職人の手伝いか…」
ジャックは意外そうに呟いた。
「面白そうだね、よく分からないけど」
僕は理由もなくワクワクしてそう言った。
「俺たちも飲んでみてえな、葉酒」
ライムは飲みたいらしい。
「こらこら、王様の前で未成年がそんなこと言わない!ほら、善は急げだ、行ってらっしゃい!」
(忙しない王様だ、暇なくせに…)
地図を開いた。
「ここの通りを真っ直ぐ言って、住宅街を抜けてすぐ右…と」
大きな住宅街を、人間、そして犬とスライムが歩く。
広い道だ。人通りは少ない。
庭付きの家が多く、低い柵に囲まれている。
ポストの横で世間話をするオウムと鳩の奥さんがいて、庭ではプレーリードッグが遊んでいる。とてものどかだ。
ここは『双葉町』。殺意の襲撃で大きく被害を受けた場所だ。
これによって起きた大火事によって、この町の草花は失われたが、一本だけ、双葉が道の真ん中で顔を覗かせていたそうで、それにモンスターは希望を見出し、こう名付けられた。
しかし、わずかに生き残ったもともとの住人達は家を失い、一人残らず隣町へ引っ越してしまった。そして、隣町のモンスターたちは土地の安いここの家に、入れ替わるようにやってきたらしい。
もともとここは『新芽町』と呼ばれており、モンスターが地下に住み着いてからセント・ピボットで最初に作られた町だったらしい。
家がほとんどで、あるのは一つの公園と保育園、そして『喫茶店・居酒屋 ふじくさ』という、昼は喫茶店、夜はバーという、ハイブリットな憩いの場があるだけの、小さな町だ。
もともとは大きな町だったが、ほとんどが可食草の畑になっている。地下世界中に食物(草)を送り届ける主要生産地域としての側面もあったりする。
ここの住人は、買い物の時は隣町か城の近くに一個だけあるスーパーまで行かなければならず、少し大変そうだが、こののどかな雰囲気は、それを差し置いても住みたいと思わせる魅力があった。
「いい所だね、空気が美味しいや」
僕が伸びをしながらそう言うと、
「トランスみたいにジメジメしてないし…」
と、自分の故郷と比べて肩を落とすジャック。
「それに狭いしな」
それにライムがそう繋いで、がくっ…ジャックの動きがそう語った。その時、
「ねえちょっとちょっと!」
丁度横の一軒家から出てきた派手なクジャクの奥さんが、片手(片羽?)を頬に置き、もう片方でこちらに手招きをしながらお呼び出しをしてきた。
「あ、どうもこんにちは」
とりあえず、挨拶をした。
「あなたが、ここにやってきた人間?殺意を倒すんですって?有難いわ〜!今度、ふじくさでお茶しない?あら、見た目よりがっしりしてるのね!なにか運動でもしてるの?よく見たら可愛い顔しちゃって!うちの夫と交換したいわぁ〜!」
(怒涛のおばちゃんワードラッシュ。これが洗練された『おばちゃん』の本領か…すげぇ…すげぇ…じゃなかった。)
「あ、あの、どこでそれを…?」
体を後に仰け反らせ、両手で小さくガードしながら、愛想笑いを忘れずに尋ねる。
「ちょっと前に放送で聞いたわよ、『先程の人間は脅威ではありません、殺意無力化に協力していただく、希望の星であります』とかなんとか。私たちのEXPを、お手伝いの交換として集めるんだってねぇ!若いのに偉いわねぇ〜、ちなみにどこから行く予定なの?」
(あの青リンゴどもめ……!!!)
勝手なことを…!と僕は拳を握り、横を向いて眉間に皺を寄せた。
(城に案内されてる間だ、妙に消音性がいい部屋だと思った)
(一発殴ってやろうぜ)
はっとして、僕は話題を戻す。
「あ、はい、丁度ふじくさに行くところです」
それを聞いて、おばさんは喜び、声のトーンをやや上げながらこう言った。
「あっらぁ〜!あたしたちふじくさ大好きなのよ!後で寄るから、その時に私のEXPもあげるわね!兵士じゃないからちょっとだけど!あ、じゃあここの住人達みんな集めてアンタに渡すよう言っとくわぁ!それじゃ、あたし買い物に言ってくるわね!」
そう言って、手を振りながら、僕達とは逆方向に歩いていった。
「嵐のような方だった…」
二人も思わず苦笑いを浮かべた。
「ここか…よし」
ドアを引いた。軽やかな鈴の音が鳴る。
「いらっしゃい…あら、もう来たのね」
出迎えたのは、アルパカのおばあさんだった。
「話はおーちゃんから聞いてるわ、こっちよ」
昼間だから喫茶店。客はそこまで多くなく、なにやら紙に書いて作業をしてたり、深緑色の飲み物を飲んで楽しそうに話すなど、落ち着いた雰囲気の、まさに喫茶店といったところだ。そして、思ったよりずっと広くて開放的だ。40人以上は入れるだろう。
案内された部屋には、大きな長いテーブルに、緑色の葉っぱを入れたボウルが置いてあり、すりこぎが3つ、それと水の入ったバケツが並べられていた。それが30セットもあった。
「えっと…これって…」
「あなた達には、この陽光草を、ベトベトになるまですり潰して欲しいの」
「ぜえ…ぜえ…」
息を切らすジャック。
「つ…疲れる…」
捻りもなく疲労を吐露する僕。
「腕に来るぜ…」
ライムのはジョークだろう。
「ほらほら、まだ6セットも終わってないよ、そもそもスライムに腕はないでしょう、若いんだから、頑張んなさい」
この人はいつもこんな仕事を一人でやっていたのか…細いフサフサのか弱そうな婆さんがやる仕事じゃない…。と僕は驚愕した。
「あら、私はそれ、3年くらい前には1時間もかけずに終わらせられたわよ?」
思考を読まれたついでに、自分よりも遥かに上の実力(?)を持つことがわかってしまい、愕然とした。
「そ…そんな…ぜえ…」
「コツがあるのよ」
そう言って、婆さんは僕の手を後から支えて、レクチャーをしてくれた。
「潰す時は、すくって塊を作ってから潰すの。それから、押すよりも穴を開けるイメージで、角度をつけて…」
「おお、するっと入る!」
(すげー!)
「それから、まだ葉っぱが全然潰れてないうちは、すりこぎに水をあまりつけない方が効率がいいわよ」
(これが熟練の技…!)
「それにしても…ここに来た人間が、まさかまだ子供だったなんてね……ここのモンスターたちは、優しかったでしょう?穏やかで、どんな方でもすぐに受け入れられる、そんないいモンスターばかりで…」
婆さんは少しトーンを落として言った。
「ええ、その通りでした」
「だけど、隣町はそうじゃない。直接殺意を見たモンスターもいて、きっとあなたに酷いことをすると思うの。だけど…ただ恐れているだけなの、だから、モンスターのこと、嫌いにならないでね…」
婆さんは、手を離しながら、僕に悲しそうに言った。その目が、「可哀想に」と言っている気がした。
「「「……」」」
3人は黙々と葉っぱを潰し続けた。
「終わったぁーー……」
そう呟いて、僕は大の字にどさっと倒れ込んだ。
「こ、こんなにキツいなんてね…」
「ああ、もう勘弁…」
ジャックとライムも人仕事終えた雰囲気を全面的に醸し出していた。
そこにドアを開けて、エプロン姿の婆さんがやってきた。
「お疲れさま、それじゃあ、こっちにおいで。あ、潰した葉っぱを、その大きなボウルに三つに分けて持ってきてね」
婆さんは、隣の部屋にあった謎の巨大装置、その上に置いてある下三角錐を指指した。
「ここに、それを一つだけ入れて。あとは取っておくから」
ベタベタして入れにくいので、すりこぎで無理やり押し込んだ。
それを確認すると、婆さんは真ん中の大きなボタンを押した。ブーンという、少しうるさいノイズが生まれた。
「それじゃ、これから接客だよ」
三人は固まった。
「ウェイターも…?」
「そりゃそうでしょう」
何を言ってるの、と言わんばかりの顔でそう言われた。腕がもげそうだ。
というわけで、エプロン姿になった。
「まあ!よく似合ってるじゃない!」
婆さんは今日、一番楽しそうに笑った。
「写真撮りましょ!」
パシャ。
ハンチングを被ったライムを真ん中に、婆さんが笑顔で僕とジャックの肩を組んだ。
「いらっしゃいませ〜」
「よ!人間の坊や!」
忘れようもない、強烈なあの時のおばちゃんが、最初のお客さんだった。
「クジャクのおばさん!ご無沙汰です!」
「連れてきたわよ〜!たっくさん!おーい!入って〜!!!」
沢山のモンスターがゾロゾロと…ゾロゾロと…ゾロ…。
「あっつーい」
「私久しぶりだわーふじくさー」
「ママー私たんぽぽジュース飲みたい」
「………!!!!!」
開いた口が塞がらないとはこのことを言うのだろう。ゾロがいくつあっても足りない。おそらくこのクジャクのおばさんは、この町の住人のほとんどを連れてきてしまったらしい。
「あたし顔が広くってー!どんどん広まってみんな来ちゃってー!ごめんねスリちゃん!」
てへ☆と言った調子で、おばちゃんは言った。
「またこんなに沢山連れてきて…クーちゃんは相変わらずね…」
「えへへ…」
(えへへじゃないよ……)
僕はため息を止めることがここまで難しいとは思ったことは無かったなあ、としみじみ思う。
それから、第二戦が始まった。
ー僕の場合ー
僕は、キツネの客のオーダーをとっていた。
「ご注文は?」
「葉酒!またの名をグゥゥウラァス!!!ビィルゥ…かっこ小声」
(えぇ…何この人めんどくせえ…)
「にいちゃん、そいつ放っておいていいから、葉酒みっつ」
「僕ーー!!こっちもお願い!」
「はいはい、承りました、ご注文は?」
今度はヤマネコの女性だ。
「ご注文?聞かなくても、大人はみんな葉酒よ、決まってるでしょ?全く…」
(くっ…理不尽に耐える、これが『働く』ということなんだね父さん…そういえば、父さんって働いてないなぁ…あ、自給自足だからいいんだっけ。あの頃が懐かしい…魚と果実、野生動物を採って、山に生きたあの頃が懐かしい…)
「ちょっと君!何止まってんの!こっちにも葉酒よっつお願い!」
「あわわ…」
ージャックの場合ー
「あらぁ…いい毛並みしてるわねぇん…あとでお姉さんといいことしなぁい?ワタシが葉酒おごってあ・げ・る♡あ、葉酒ひとつ」
「あはは…(どうみてもおっさんじゃないか…折角同族がいたと思ったら…)」
「ねえねえ、お兄ちゃん、私ね、たんぽぽジュース飲みたい…」
急にサーバルキャットの少女が甘えた声を発した。ついでに僕のエプロンの裾を掴んでいることに気づいた。
「あー!さっちゃんいいなー!私も私も!」
今度はカラカルの少女が僕の足下で駆け回る。
「えっと…ありゃりゃ…どうしよ」
「こらー!!!勝手に離れないの!」
救世主が現れた…!
「ルカちゃんも!ごめんね、お兄さん」
「いえいえ…」
二人の少女は母親に連れられて席に戻って言った。こうしてとりあえず難を凌いだが…。
(生まれて初めて諦めたくなった…)
一方ライムはーー
「あなたは小さくてウェイターは無理だから、私と葉酒をカウンターに並べましょう」
(悪いな、二人とも、頑張れよな!うしし…)
それから、約10分が過ぎた。
ようやく、帽子をとって、隅の椅子に腰掛けることが出来た。
「やっと落ち着いてきたな」
「ライムのやつ、葉酒を並べるだけなんてずるいや…」
(全くだ…!死にかけた僕たちの気分を味あわせてやりたいぃ…!!)
「あれ?」
「ん?どうしたジャック」
「ほら、誰も飲んでない」
ジャックの言う通り、誰も手をつけていない。そこへ、婆さんとクジャクのおばさんがやってきた。
「お疲れさま、本当に助かったわ」
「あんたたち、あたしの名前、まだ知らないでしょ?私はククジ=ミントスカイ。クーちゃんって読んでよ」
「私はスリだよ。今日はありがとね、はい」
少し大きなジョッキが、僕とジャックに手渡された。
「?これって…」
「あんたたちには、子供でも飲める葉酒を特別に用意しといたよ」
クーちゃんがばっちりウインクして言った。
緑色の飲み物だ。少し泡立っている。
「葉酒は陽光草という、氷瀑の森で、夏の間だけ取れる葉っぱから出来ていてね。あそこは天井をよく見ると、小さく地上と繋がる穴が空いていて、冬はそこに氷が張っていて日光が届かない。でも、夏の間は、そこに日が差して、元気に陽光草が生えるの」
スリさんが葉酒のルーツについて解説をしてくれた。
「「ふむふむ」」
ふたりして同じタイミングで頷いた。
「「あ」」
それを見て、スリさんはくすっと笑った。
クーちゃんが続けた。
「それで、この陽光草で出来た葉酒は、新しい仲間を歓迎する時に飲む、おめでたい飲み物なんだよ」
「え、それってもしかして…」
急にクーちゃんが立ち、見事な羽根を広げ、大声で叫んだ。
「みんな!せーの!」
『ようこそ!!!!』
「乾杯!」
がちゃーん!
「うわあ…!」
言葉にできない何かがこみ上げた。それは僕の胸を締め付け、溢れさせた。呼吸を忘れるほど、僕はこのバーが輝いて見えた。鼻の先がツーンとして、僕は鼻を擦った。
「みんなあんたを歓迎してる。あんたはあたし達の新しい仲間だ」
「いえーい!共に飲み明かそう!ともよォぉぉおおお!!!!!」
「おい!ちょっとこぼれたじゃねえかばかやろう!」
僕がさっき接客した客だ。一番騒がしい。
「あのキツネの人、色々すげえな」
ライムもぴょんぴょん跳びながらやってきて、僕にこう言ってきた。
「せっかくだし、一言どうだ、アスフ」
「ええ!?僕が!?」
「そうだよ!アンタはアスフだね!自己紹介も兼ねて、みんなに挨拶だ!そら!」
クーちゃんに背中を押され、僕はみんなの前に立った。
「えっと…はじめまして!アスフ=ルートです!地下世界の皆さん!僕は地上からやって来ました!人間の僕を、こんなにも優しく迎えてくれて…僕は……僕は!僕は幸せです!これから、よろしくお願いします!」
拍手が響いた。みんな笑っている。
「「ようこそー! 」」
二人の少女が手を振って、ぴょんぴょん跳ねた。
「それじゃあ、やれ!みんな!」
「え?」
クーちゃんのその掛け声で、僕の左手首に巻いたリストバンド型装置『エグゼ』が光り出した。
みんなが、手のひらをこちらに向け、そこから暗い紫色の光が僕に注がれた。
『エグゼ』に突然数字が浮かび上がった。『8』と書いてある。おそらく、レベルが表示される仕掛けが付いていたのだろう。
「殺意を、頼んだぞ!」
わおーーん!突然渋い声のタイリクオオカミが遠吠えをした。
「おい遠吠えはやめろよ!オオカミは吠え始めると止まんねえんだから…」
おかしくない方のキツネがたしなめ、「わん…」と返事をした。
それから、今日一番の笑いが巻き起こった。
そして朝が来た。
ベッドで寝ているのはスリさんだけだった。
「う〜…頭痛い」
みたいなことを、テーブルに突っ伏したままみんな言っていた。
永遠に思われたお勘定と共に、僕達の仕事もこれで終わった。
「ありがとね、楽しかったわ」
スリさんは、心からそう言った。
「また来ますよ、スリさん」
僕の言葉に繋げて、
「今度はお客としてね」
ジャックがこう言った。
「並べるのだけならやってもいいぜ」
ついでにライムもウインクしながら言った。それから、スリさんは少し黙って、
「…本当に、ありがとう」
こう言って、ぼくらを抱きしめた。
外には、クーちゃんが壁に持たれながら待っていた。
「よう!待ってたよー君たち!」
すかさず声をかけられた。
「クーちゃん?帰らないの?」
僕も質問で返す。
「ちょっとお礼が言いたくてさ。スリちゃんと一緒に居てくれて、ホントにありがとね」
そう言って、クーちゃんは語り始めた。
「実はね、スリちゃんは夫を殺意に殺されてるんさ」
「え…」
僕は思わず呟いた。そんなこと、一言も言ってくれなかった。
「ワカイヤさんって言ってね、優しくて頼りになる男だったよ。スリちゃんが逃げる時間を稼ぐために、体張って命捧げたんだ」
「そんな…」
ジャックが辛そうな表情をして、ライムも俯いた。
「だから、人間が嫌いになってもおかしくないだろ?だけど、あの人は人間だからってだけで、あんたを嫌いになったりしない。優しくて強い人なんだ。それをあんたに知って欲しかった」
これを聞いた僕は、スリさんのあの言葉を思い出していた。
そして、僕達は報告のために城に戻った。もうひとつの目的のためにも。
「おー!お疲れさまー!君たちー!まさか一日で町丸ごと制圧するなんて、流石僕が見込んだにんげ…えなんでそんな怖い顔で右手を振り上げているの、えちょっとまって僕なんかしたぁぁああああああああ!!!!?????」
非常口のマークみたいな格好になったおーの前で、
「今日も平和だなあ」
と僕は呟いた。
「ふふ…」
「あ、スリちゃんご機嫌だね」
「ちょっと、クーちゃんこれ見て見て」
「……へぇ…」
壁に貼られた写真の中で、四人は笑い続ける。夫の写真の隣で、それはこう語る。
「私は、幸せです」
第4部 ようこそ 終
陽光草は現実のものとは関係ないです。
実際は二日酔いに効く薬草らしいですが、こっちは酒の材料となっております。
飲みすぎには、気をつけよう!