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3.くまとココアと女難の相

3.くまとココアと女難の相


遅い昼食を職員用のカフェテラスで取る。シンカが一人でサラダをつついていると、隣にミオが座った。

「どうだった?」

「最初から、一人見送りました。」

「うわ、ハードね。」

「末期の黄熱病c5で、なかなかすごかったです。」

そう言いながら、牛肉をほお張る青年にミオは呆れ顔だ。

「よくそれで、そんなに食欲あるわね。」

「変かな。一応、育ち盛りなんです。」

少し顔を赤くして照れるシンカ。

(ああ、まだ、十代なんだ。)

ミオは思う。

ルーの視線が、ミオのトレーの一点に注がれていた。

「これ、ほしいの?」

ジュースで食べ物を喉に流そうとしているシンカが眼で頷いた。

「どうぞ。」

「やったぁ。好きなんだ。」

ミオのくれたレンエの実を嬉しそうに受け取る。その表情はまだまだ子供だ。

「でも僕、黄熱病ウィルスの因子が残った樹状細胞の培養が上手くいかなくて。ドクター・ローデスが教えてくれたんだけど、すごかったよ。成長因子のGM−CSFがウィルスの因子と減退反応を示すみたいで特別な成長因子を作るんだ。やっぱりここはすごいね。それだけの研究成果を持っていて、でもちゃんと患者にやさしいんだから。」

「ふうん。」

ミオは青年を観察した。シンカは無邪気に楽しそうに話す。他の研究生とは対照的だった。表面上は仲がよく見えてもライバル。落し入れようとするえげつない人もいれば、あからさまに敵対心を表す人もいる。こんなふうに自然に接っするシンカは若いからなのかとミオは想う。

そこにまた一人、ルーに声をかける。

シンカの笑顔は人を安心させるなにかがあるように思えた。ミオはシンカと同じ時期に研修できることを嬉しく思った。


昼食後から約九時間の間、シンカは免疫治療科の診察補助と病棟巡回などの実習をした。

病棟では先ほどの少女と話をすることもできた。

少女はアイリスといった。

「こんにちは。お兄さん、何ていうの。」

「僕はファルム。ルーって呼んでくれ。」

「うん。でも、ルーって私のね、くまさんと同じ名前だよ。」

少女は笑った。

「ちょっと、右の耳が取れかけてるの。アイリスと一緒ね。病気なの。」

「じゃあ今度、くまのルーにも会わせてね。一緒に入院すればいいよ。」

六歳の彼女は母親からのウィルス感染による免疫不全症で入院していた。

白い肌、痩せた体。カルテにはあまりいいことは書かれていない。入院も二ヶ月に及ぶ。

ベッドの傍らで膝をついて横たわる少女に微笑む。ローデスの巡回についてきているのだが、彼は隣の老人に話し掛けている。患者とのこうした接触は十分なされるよう配慮されている。シンカも「また、明日遊ぼう」と少女に約束し、病室を後にした。

予定では明日は日中、この免疫治療科の勤務になっている。


二十二時。一日が二十二時間のこの星ではちょうど翌日になる時間。シンカは公邸の執務室で報告書の決裁と会議用の資料に目を通していた。

ふとアイリスを思い出す。くまのルーを治すには、糸と針が必要かな。

まさか手術用を使用するわけにもいかない。

小さなコールの音とともにユージンが飲み物のトレーを持って入室してきた。


「陛下、そろそろお休みになりませんと。初日でお疲れでしょうし、明日は宿直ですし。」

「ああ。ありがとう。」

シンカは美しい秘書官を見上げて言った。

「ユージン。糸と針ってあるかな。」

「糸と針ですか?あの、縫い物に使う?」

トレーを脇に持ち、ユージンは不思議そうな表情だ。

「ああ、患者の小さな女の子のね、ぬいぐるみを直してあげたいんだ。」

ユージンは、少し照れながら話す皇帝に微笑みかけた。

「私のものでよろしければ、お使いください。」

「え?ユージン、そういうのできるの?」

「あら、心外ですわ。私、細かいことは得意ですのよ。」

温かいココアを味わいながらシンカは秘書官を見つめる。こうしていると楽しいのにな。

「陛下?」

「ああ、ごめん。じゃあ、明日借りるよ。」

シンカは立ち上がる。


秘書官もシンカの後について執務室を出る。リビングの奥の寝室まで見送って、ユージンはおやすみなさい、と言った。

「おやすみ。」

ココアのカップを持ったままのシンカが挨拶したときだった。目の前に、女性の顔。

あわててよけようとして、ココアをこぼしかける。


軽いキスは、一瞬で終わった。


小さくため息をつくシンカを、せつなそうに見つめるユージン。亜麻色の髪を下ろして、今はそんなに年上にも感じない。視線を逸らして、寝室に入る。

ドアが閉まるのを背後に聞き、シンカは再びため息をついた。


レクトが言う、相手をするのは簡単なことだ。それで彼女がまともになるなら、だ。だが結果は目に見えている。さらにエスカレートし、手がつけられなくなるだろう。だからそういう事態だけは避けたい。ユージンが美しく、魅力的であることは十分承知だ。たいていの男なら二つ返事でシンカの立場と代わってくれるかもしれない。


飲む気の失せたカップを、テーブルに置いた。


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