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2.コート・ロティ3

そこで担当者が入室してきた。

慌ててミオは自分の席に戻った。小さいウインクを残して。



大まかな日程の説明を受け、研究生たちはそれぞれの第一診療科へと移動していった。シンカは同じ免疫治療科に勤務する予定のケイナ・ドマネスとエレベーターに乗った。ケイナはふわふわと広がるくせっ毛を後ろに一つに縛っている。地味な感じだ。視線が合って、シンカがよろしくと微笑むと、ケイナ・ドマネスがそばかすの残る顔をしかめてシンカにボソリと言った。


「私だって両親を亡くして、一人でがんばってここまできたの。あなたのように恵まれていないし、絶対に負けないわ。」

「じゃあ、勝負だね。」

そう言って笑い返すシンカにドマネスは少し面食らったようだった。


二十八歳のドマネスは働きながら大学に通い、昨年医師免許を取得した。このセトアイラスの惑星元首であるカストロワ大公の支援を受けられるような、こんな若者に負けるわけにはいかなかった。しかも、この若者は惑星リュードの出身といった。


惑星リュードは免疫治療科にとっては優位な生まれだ。あの、ユンイラについて、知識があるということだ。一時期この分野で話題となり、今も帝国研究所では研究中の成分だ。未開惑星の、しかも絶滅に瀕している植物だというから、めったに手に入らない。研究できる機関は地球とこのセトアイラスにそれぞれ一箇所しかない。貴重な知識だ。


それは他の惑星出身者では得られない知識。ドマネスはあせっていた。


各診療科で研究生は二人から三人が研修し、その中から一名だけが研究員になるための試験を受ける資格を得られる。彼女にとって、シンカはライバルだ。この試験を受けられなくては研究員にはなれない。

もともと、シンカは、職業として医者となるわけには行かないため、そのあたりのライバル意識は薄い。

そこがまた、ドマネスにとっては余裕に思えて、腹立たしいのだ。

つんと、背を向けるドマネスに、シンカは、小さくため息をつく。


シンカは免疫治療科でユンイラの研究に役立たせるための基礎知識を得たいと考えている。実際に行われている治療の様子を知りたい。そこにどうユンイラを生かせるのか。ユンイラの成分の研究はブールプールの帝国研究所でも続けられている。


その定期的な報告を受け、シンカもある程度はユンイラが役立ちそうだとは思っている。しかし、その現実問題としての成分そのものの量産が可能なのかどうか。もしユンイラの効果が重要であり量産が必要であると判断されれば、シンカも皇帝として動かないわけには行かない。


自分の体内の成分についても研究材料として提供する必要があるだろう。

自分自身を研究材料とすることには抵抗があった。帝国政府の研究者たちも本来なら、シンカの体内の成分を研究したいのだろうが。


それについては今のところ、固く禁じられている。シンカの髪一筋でさえ、採取することを禁じている。シンカのDNAの抽出を禁止されているのだ。


片側が前面強化ガラスのエレベーターから、白いセトアイラスの町を見下ろす。


その栗色の髪はやわらかに額に落ち、白い肌に映える。黒い瞳は大きく魅力的だ。十九歳にしては少し幼い容貌の青年は、整った顔立ちで、笑うと人懐こく愛らしい。女性が群がるのも分かる。そう言った意味でもドマネスは嫉妬を覚えた。そばかすだらけの顔、くせの強い茶色の髪、小さなアーモンドのような瞳。

異性にもてた記憶はない。友達もあまりいない。


「私は絶対に医師になりたいの。このコート・ロティの、ね。」

ドマネスの言葉にシンカは微笑んだ。

「僕は医師になるより、研究したいことがあるんです。あなたの邪魔をするわけじゃありません。」

「あなた、そんな理由で研究生になったの。」

苛立つ彼女をなだめようと思っていった言葉はかえって逆効果だった。ケイトは憤慨した様子だ。

「皆が皆、医師になるために医学を学ぶわけじゃないでしょう?僕は助けたい人がいるから、学ぶんだ。」

やさしい表情できっちり否定するシンカに、ドマネスはむっとした。自分より十歳も下の青年にたしなめられたようで我慢できない。

「君に、そんな風に言われることないわ。」

「すみません。」

それでもシンカは笑みを崩さない。

ドマネスはプイと横を向いた。


そう、シンカはユンイラの中毒になっているミンクを治したい。治らなくても、せめて、もう少し長く生きられるように。

ミンクは惑星リュードでシンカと一緒に育った。その街、デイラの住人は皆、ユンイラの精製のために中毒になっていた。寿命も長くて四十歳までと短い。シンカは母親にミンクのような人々を救うための研究で作られた。遺伝子にユンイラという植物のDNAを組み込まれて。

だから、彼は少し他の人とは違っている。何の病気にもかからない。怪我もレーザーで撃ち抜かれた傷ですら、数分でふさがる。


その体内の特殊な成分を、いつかユンイラの中毒になったものに使用したいと、母はシンカを生み出した。まさか、その本人が皇帝として太陽帝国を治める存在になろうとは想像もできなかっただろう。

その母親はデイラとともに滅びた。

今シンカのそばにいるミンクだけが、同じ記憶を所有している。彼らが生きた十七年間の惑星リュードの記憶。シンカにとってミンクの存在そのものが故郷でもあるのだ。


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