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2.コート・ロティ2

惑星セトアイラスは、グラツール星系の第六惑星だ。


気温の低いこの惑星は、惑星の半分が氷で覆われている。地軸の傾きのために惑星の居住可能地域の季節は一年を通じてほとんど変化がなく、気温摂氏マイナス十度から二十五度までの幅しかない。この気象条件は地球人に好まれ、このグラツール星系でもっとも多くの移民が住んでいる。そのほとんどが研究都市セトアイラスに住み、政府機関の研究室や大学、民間の研究所などに勤めている。


太陽帝国内でもっとも優れた学者を生み出すと言われるその都市は、白い建物に統一されている。植物と呼ばれるものは排除され、区画ごとに空気調整装置を備え、都市全体がまるで病院の無菌室のようだ。たくさんの環境の違う惑星からの動植物を扱う研究機関はそれぞれが、隔離されその対応する惑星の条件を備えるために、このようになっていった。


シンカが学ぶコート・ロティ大学はセトアイラス政府が運営する、もっとも有名な大学だ。その大学病院には宇宙中の患者が運ばれてくる。

宇宙一たくさんの症例を集めることができるここは、当然のように最も進んだ医学を実践している。

医学部の学生は、五千人。大学病院の医師として働くことができるのは百二十人。

彼らは、大学の助教授以上の地位を有し、医療関係者の憧れの的である。医師の下で医師に準じて直接治療に当たるのは準医師(学内では講師である)、研究医、準研究医、研究員、研究生という順にランクがある。大学を卒業する前の学生は医師免許を取得すると二年以上研究生として医療に従事する。たいていは研究生を修了し卒業、それぞれの惑星に赴任。ということとなる。研究員から始めて大学病院に残ることができるものはわずかだ。


シンカは短期の研究生として、わずかな枠の募集に入れてもらった。皇帝としての仕事の都合もあったため、他の選抜試験を経て参加する人々とは違う、大学の推薦枠で入ったのだ。だからこそ実力が問われる。もちろん、皇帝としての身分を明かすことはない。この期間中は、髪を栗色に染め、瞳にも常にカラーレンズを入れる。これは大学側からの要望だ。


セトアイラス政府から借りた公邸の広すぎるリビングで、シンカはソファーに横になった。

大学病院への初出勤の日。

すっかり支度を整え、時間までまだ少し間がある。大きく息を吸う。天井を見上げる。

「陛下、緊張なさっているのですか。」

微笑む秘書官がシンカの顔を覗き込む。

「いや、なんだかわくわくするよ。」

寝転んだまま笑う。そのいつもと違う瞳の色に、ユージンは何度か瞬きし、見つめ返してくる。

「ユージン?」

覆いかぶさるように頬に手を当てられてシンカは眉をひそめる。起き上がろうとした。

肩を押さえられそうになるのを手で制して、シンカは視線をそらす。

「触るな。」

小さくつぶやくと、立ち上がった。


早く大学病院へ行きたい。これから病院にいる間だけは、彼女のそばを離れられる。


ユージンの態度は相変わらずだ。あの日以来、脅すようなことは言わないが行動はエスカレートするばかりだ。

地球を旅立ってから今日まで、気を抜けば手を握られたり、頬に触れたり。眠っている間にキスされたときには思わず「わぁ!!」と声を上げてしまった。それでもくすくすと余裕の笑みで返されたのだ。

腹立たしいが、気にしていては眠れない。三日目にはあきらめることにした。

どういうつもりでそんなことができるのかと、一度尋ねた。「とても、愛しいのです」などと答えられ、もう理由を尋ねたり理解しようとする気もうせた。

考えれば考えるほどつらくなるばかりだった。レクトは、俺なら喜んで相手するなどとふざけていたが、シンカにとってはちっとも嬉しくなんかなかった。


来訪者の存在を告げるベルが鳴った。迎えの車だろう。


ほっとする。



病院の管理棟にある会議室で総合オリエンテーションが行われた。

全部で五十人程の年齢も様々な男女が、みな一様に白衣姿で説明を待つ。女性同士はすぐ仲良くなるらしく所々で小さな話し声がする。

「お前、試験のときにいなかったよな。」

シンカの隣に座った、三十代くらいの男性がボソッと言った。

「はい、僕、推薦をいただきました。」

「ふうん。」

同時に周りからの視線を受ける。

「やっぱりそうなんだ、こんな目立つのに試験で記憶になかったから」

目立つだろうか?

立ち上がって話し込んでいた女性たちの一人が笑いかける。

「推薦って、コート・ロティ大学からの?」

「はい。」

「すごい!若いわね。いくつ?」

興味津々の様子で女性たちはシンカの周りに集まりだす。

試験のときに皆、知り合いになったのだろう、人種も年齢もさまざまだ。

様々とはいえ、確かにシンカと同年代に見える人はいない。それで目立つのだ。

「十九歳です。」

「すごい!今まで大学の推薦枠って、有名な大学で実績を見込まれた卒業生の編入とか、有名企業の研究員とか、そんなのばかりだったのに。十代だなんて初めて聞くわ。」

「大学はどこ?」

「いえ、独学で。医師免許の試験だけは、ここで受けました。」

ざわざわとした話し声が波紋のように広がる。独学は、まずかったか。

隣の男性はつまらなそうにそっぽを向いた。

「地球人でしょ?きっと、お金持ちなのよ。帝国政府の大臣の子供とかじゃないの?」

右横の年上の女性が少し大きめの声で言った。いやみな感じだ。シンカは、どう答えようか迷う。

「両親はいません。」

「じゃあ、大臣の孫とか。」

「違いますよ。それに僕は未開惑星のリュード出身で、地球の研究所で学んだんです。」微笑む。惑星リュードの名はある分野の研究者にはとても興味深いものだが、それ以外の人々にとっては知らない遠い星で済まされる。正式な惑星政府として惑星同盟で認められていない未開惑星は、田舎の発展途上の星とだけ認識されるのだ。

「未開惑星。じゃあ、もしかして、カストロワ大公の援助を受けているとか?」

「……そんな感じです。」

適当なところで話を濁した。


このセトアイラスの政府代表は、レイス・カストロワ。大公と呼ばれ、その豊富な資金で有望な若者を支援していると言う。レクトから聞いていた。その支援者は宇宙中で活躍していて、レイス・カストロワの政治的力にもなっていると言う。


「すごいわね。カストロワ大公の支援を受けられるって言うことは、認められているってことだものね。それは、推薦も受けられるわよ。」

シンカの正面に立った二十代後半の女性は、にっこり笑って言った。

「私、ミオ・コウサカ。あなたは?」

「ファルム・シ・デアストル。ルーって呼ばれています。よろしく。」

金髪の巻き毛を短くした女性が自己紹介すると、先ほどの黒髪の女性もその横の女性も、自己紹介してくれた。

「ライバルだけど、一緒にがんばりましょうね。」

ミオが丸い瞳をくりくりさせて言った。小柄な体格が、少しミンクに似ている。シンカは微笑んだ。

「はい。」

「私、第一診療科が外科よ。第二診療科が、救急救命室なの。ルーは?」

左横の男性の冷ややかな視線を浴びながら、シンカは答えた。

「僕、第一診療科は免疫治療科で、第二は同じ救急救命室です。よろしく。」

「あら、うれしいな。免疫治療科は彼女、ケイナ・ドマネスと同じね。彼女、私と同じ大学なの。」

右隣の少しきつい態度の女性を指す。シンカが小さく首を傾げて微笑んでみたがケイナと呼ばれた女性は目をそらす。なんだか、歓迎されていない。


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