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10.変えられるもの、変わらずにいるもの2

黒髪の獅子と呼ばれるシキを迎え、ゲーリントンはにこやかに笑った。

「お待ちしてました」

「シンカに何をした!」

横たわるシンカにかけより、シキは起そうとする。

「駄目です!彼は撃たれて、大怪我をしています!内臓に損傷が激しいので、安静にしないと!」

「今、輸血が終わったところです!教授が、ここにしか彼の血液がないから、運んでくださったのです!」

そう言って、シキを止めたのは二人の助手だった。

「助けてくれた、のか?」

「そうです」

助手の一人が誇らしげに言った。

その表情がゲーリントンの心に引っかかった。

理由の分からない不快感にゲーリントンは苛立つ。


「彼は、大切な存在ですし。それに、いい人です」

もう一人の助手がそう言うと、ゲーリントンは不快感の意味がわかった。

いつの間にか、助手たちは、あのデイラ研究所の奴らのように、シンカを人間として、扱い始めている。


なぜだ。ゲーリントンは常々助手たちに、研究材料であること、人間の姿をしていてもそれは人間でも植物でもない生き物であることを強調してきた。モルモットに気持ちを入れてしまっては研究ができないからだ。

それなのにいつの間にか、彼らはシンカを大切に思っている。どうしてなのか。


助手の説明で、落ち着いたのか、黒髪の男は皇帝の横に膝をつき、その顔を見つめている。

青年の白い額に、熱を測るようにそっと、自分の額を合わせる。

「すまん。守れなかった・・。」

小さくつぶやく。

その様子を眺めていたゲーリントンは、苛立っていた。

この男もそうなのか?

ゲーリントンの不快感は、頂点に達しようとしていた。

イライラする。なぜ、みな、研究材料のあれに、惹かれてしまうのか。

不意に、シキが小さく叫んだ。

「シンカ!気が付いたか!」

シンカは、蒼い大きな瞳をうっすら開いて、目の前のものを、判別しようと少し見つめた。

「・・シ・・」

言いかけて、咳き込む。痛むのだろう、咳き込みながら手で患部を押さえる。

「大丈夫か!」

黒髪の男に視線を戻そうとするが、それもできず、吐き出した血を手につけたまま、痛みのために意識を失いかける。

ゲーリントンが傍らにたった。


皮肉な笑みを浮かべて、その手をふき取ってやりながら、教授はシキに言った。

「しばらくは動けません。」

「何か、してやれないのか?」

「薬は効きません。麻酔はユンイラと過剰反応を起しますしね。いっそ、気絶したほうが本人にとってはいいのだと思いますよ。痛み止めも、なにもできないのですから、つらいでしょうね。私なら、自然治癒しなくてもいいから、普通の治療が受けられたほうがいいですよ。」

「・・そうか。」

黒髪の男が、視線を青年に戻す。

「教授、あの、アルコールは、どうでしょう。」

助手の一人が言った。

「アルコール?」

「ええ。彼には、ほぼすべての免疫があるというか、薬は何も効きませんが、アルコールを飲むと眠ってしまいます。麻酔代わりに使えませんか?」

「・・それは、いい考えですよ。もう出血は止まっているようですし。ねえ、教授。」

「このまま、痛みに耐えるのはつらいですよ。その方が楽になるかもしれない。」

シキも、少し表情が明るくなる。

ゲーリントンは、穏かないつもの表情を、一変させた。

「だめだ、このあと、骨組織の採取をする予定だ。止血が遅くなる。」

否定された助手が、驚く。

「組織の採取って、教授、麻酔もできないですし、どうやって?」

「しかも、つい先ほど、生死の境をさまよっていたんですよ?彼に、メスを入れるんですか?そんな。」

食い下がる助手たちを睨んだ。

いつもと違う、見たことのない教授の険しい表情に、彼らは一歩下がった。

「可哀相、か?」

皮肉な笑みが顔に張り付く。

「こいつは研究材料なんだぞ。忘れたのか?死にさえしなければいいんだ!骨の一部を削り取ったからといって、死にはしない!今しかないんだ!骨髄の培養は研究に不可欠だ!」

うつむいたり、目をそらしたりする助手たち。

その様子が、ますますゲーリントンを怒らせた。


デイラの研究所で、ゲーリントンの方針に従おうとしなかった研究員の態度と重なった。あいつらと同じか。結局、自分たちも同じ研究をしてきておきながら、俺だけ悪者にして、自分たちがしてきたことに目をつぶっている。ロスタネスもそうだった!研究材料として産みだしたくせに、いざそれが人に似ているからといって、子供のように育てるとは!実験用の動物を可愛がって、人になつかせるのと同じではないか!結局それの命を奪うときになって、動物は裏切られた悲しみとともに死んでいくんだ。

自分だけ、哀れみを持った振りをしている、愚かな研究者たち!

「お前たち、何を研究してきた!」

「おい、いいかげんにしろよ、死にさえしなければ何してもいいだと!?ふざけるな!」

黙って様子を見ていたシキが、怒鳴った。

こちらの形相も険しい。

助手たちはますます縮こまっている。

「シンカは貴重な存在ですよ。」

シキに胸元を捕まれて、教授は睨んだ。

「マリアンヌが、健康でいるためには、彼の血液製剤が必要です。そう、教えてあげたでしょう?」

シキは、手を離した。

「あなただって、心の中では思っているはずだ。娘を助けて欲しいと。今の法律では、彼の血液を採取することもできない。それでは、マリアンヌは助からない。」

「だが、シンカは・・。」

「大切、とでも?幼い娘より、大切ですか?」

黒髪の男は、拳を握り締めた。

「あなたの可愛いマリアンヌのためだといえば、シンカは喜んで協力してくれますよ。そして、マリアンヌの治療ができるのは私だけなんだ。」

「・・シキ。」

シンカが、力ない声で、瞳を閉じたまま、傍らの男に声をかけた。

びくりと、おびえたようにシキは青年を見つめた。

知られたくなかった。シンカを研究してほしいと、そしてマリアンヌを助けてもらいたいと考えている自分を、見透かされる。

「・・いい・よ。どうせ、今も、痛い、し。」

そう、苦しげに言葉をつなげる青年に、シキは目をあわせられない。

蒼い、吸い込まれそうな瞳は、切なげに微笑む。

絶え間なく鈍く重い痛みを訴える身体を、なだめるようにシンカは考える。

大丈夫、傷はふさがっているはずだ。ただ、痛みだけが残っているんだ。いつも、そうだから。

マリアンヌの、診断結果が真実なのかは、俺には分からない。だけど、シキがそう望むなら、それでいい。いつか、誰かの役に立つために、この体内にユンイラを持っている。そう、母さんも、そのためにオレを作ったんだ。


「そんな、無茶な・・。」

助手の一人が、手で口を覆った。

「今、そんな負担をかければ、本当に死んでしまいます!」

重苦しい沈黙が漂う。

「悪いが、お前にそれをさせるわけには行かないぜ、エドアス」


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