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10.変えられるもの、変わらずにいるもの

さて、最終章です。

一気に更新、行きます!!

ゲーリントンは、車の中で、ちらちらと後ろを気にしながら、さらにスピードを上げた。

青い顔をした青年は、意識が混濁しているようだ。

あれだけの出血。右肩甲骨を貫いて、脇ばらに抜けたレーザーの銃痕。肺を傷つけたのか、呼吸が荒い。口からは、細く赤い液体が流れている。

肝臓、秘蔵、腸。考えられる負傷個所すべてを想像している。

死なせるわけには行かない。

「ちっ」小さく舌打ちする。

怒りのあまり、車で轢いてしまったときも、ゲーリントンは今と同じ顔をしていた。

恐怖におののいた表情。大切なものを、失ってしまう畏れ。

あの時は、シンカが目覚めることでその表情は消えうせ、いつもの皮肉な笑みを浮かべたのだが。

今は、違った。圧迫による損傷とは違う。レーザーの傷は、組織を焼くため、再生に時間がかかるのだ。再生される前に、心臓が止まってしまえば、それは、死を意味する。

彼の、治癒能力の限界を超えれば、死はいつでも訪れる。


大切な研究材料を、失うことはできない。

宇宙で唯一の、貴重な生体なのだ。これを失ったら、もう、研究はできない。初めてデイラに配属されて以来、ゲーリントンはシンカという生き物に夢中になった。その、無限の可能性を感じさせる生命の力、それでいて不意に高熱を発して生き物としての脆弱さを見せる。研究すること自体が、この上ない快楽なのだ。一つ一つ、なぞを解くような、この研究が、ゲーリントンを魅了していた。それが、終わってしまう!

迦葉のために失うわけにはいかない。

とにかく、研究所にある、彼の血液を輸血したい。それが、一番早いはずだ。治癒の助けにもなる。


研究所に入ると、指示したとおり、助手たちがストレッチャーと輸血の準備を済ませていた。車から三人がかりでそっと降ろす。シンカの状態を見た助手の一人が、目を背けた。

彼の顔色はひどかった。

死が、迫っていることを予感させた。


研究室に運び込むと、すぐに体温程度に暖めた血液を輸血する。

血胸の処置だけして、呼吸を維持すると、後は彼自身の治癒能力にかけるしかなかった。

血に濡れた服を剥ぎ取り、助手が体をきれいにしている。髪にまでべったりとついた血液を、丁寧に、濡れたタオルでふいている。

他にできることがないのだろう。

ゲーリントンは、心拍数や血圧、酸素飽和度を伝えるモニターを見つめながら、考えていた。

彼らにとっても、この、特殊な生き物の存在は大きいのだ。

再び研究のことが、思考を占める。

その体に秘めたものは、計り知れない。地球人は約二万六千の遺伝子を持つ。その遺伝子の数はトリやマウスとほぼ変わりがなく、ただそれを構成するゲノムサイズがマウス二十六億にくらべ、人は三十一億ある。つまり、高等な生物ほどゲノムサイズが大きいということになる。その観点から調査すると、二百年生きるというセダ星人は約四十億、そしてシンカは、デイラの研究所時代に、遺伝子自体が約八万、ゲノム数は百億に近いと予測されている。そこにある情報とは、なんなのか。そこには、この治癒能力を説明できる何かが、不死という人類の夢が、隠されているといっていい。今は、まだ、遺伝子の研究は禁止されているために行えないが、いつか、自分の手で解明したいと考えていた。そのためにも、たくさんの血液を採取したのだ。


「酸素飽和度、改善しました。」

助手の一人が、ほっとしたように言った。

「ああ。顔色もよくなってきた。マスクをはずしてやれ。」

そっと、金色の髪がかかる額をなでる。

「相変わらず、すぐに熱を出すな。」

「冷やしますか。」

助手の言葉に、ゲーリントンは穏かな笑みを浮かべ、うなずいた。ほっとしたのだろう、教授の表情はやさしい。

温かい毛布をかけられ、額には冷却シート。大勢の医者に囲まれて、シンカは思いもかけず、温かい歓迎を受けていた。


その時、研究所のゲートから、警報が鳴る。

侵入者、だ。

事務所に戻って、モニターを見ると、エントランスから、シキが入ってくるところだった。

先ほどまでの、表情はなくなり、ゲーリントンはいつもの皮肉な笑みを浮かべた。

「マリアンヌの、お父さん、だな。」

ポツリとつぶやくと、髪をかきあげて、ネクタイを調えた。

「ゲーリントン、シンカはどこだ!」

その声は、遠くから聞こえていた。

「君、迎えに行ってくれたまえ。」

そう、指示された助手が、あわてて走っていく。


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