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9.護るもの

大公は突然のシンカの来訪を上機嫌で受け入れてくれた。

病院勤務の後だったため時間も遅かったのだが、そんなことを気にしている様子はない。穏かに微笑んでリビングのソファーにシンカを座らせた。


「先日は、失礼しました。」

素直に頭を下げる青年に、五十代に見える男は白い髭をなでながら笑った。

「いや、お気になさらずに。」

「あの、突然お邪魔したのはお願いがありまして。」

大公は金色の独特の瞳で青年を見つめた。

「軍務官から、もし陛下が訪ねてきたら連絡をして欲しいと言われておるのだが。」

「それは困ります。」

「いいのですかな?あれは怒らせると恐い。」

レクトのことを言っている。コレクションだったのだから、シンカよりレクトについては詳しいのだろう。


レクトは先回りして大公に連絡をしてあるということは、大公=迦葉でないことは確かなのだろう。

ではゲーリントン=迦葉なのか。いつもうるさいゲーリントン教授が、今日は休みで姿を見せなかった。瞬時にそれだけ考えながら、シンカは大公に笑いかける。


「申し訳ありません。僕は今、地球にもどるわけには行かないのです。軍務官は強引に連れ帰ろうとしていますが。」

「匿ってほしいと?」

目を細める大公にシンカは立ち上がって頭を下げた。

「はい。お願いします。」

くくと低く笑う大公。

「いいでしょう。私は何も知らなかった。あなたは今、あの金色の髪でも蒼い瞳でもない。一介の研究生だ。」

「はい。ルーと呼んでください。」

顔を上げてにっこり笑う皇帝に大公は嬉しげだ。


(カッツェやゲーリントンを動かした効果はあったな。)


そんな大公の思いも知らず、シンカは用意された夕食をおいしそうにほお張った。

シンカの正面でワインのグラスを傾けながら、ゆっくり食事する大公は言った。

「ルー。研修が終わるまでここにいるといい。」

「はい。」

シンカは熱いジャガイモのスープに舌を焼き、慌てて水の入ったグラスを口に運ぶ。その様子を目を細めて見つめていたカストロワが言った。


「それから君に提案がある。私のコレクションにならんか。」


水を噴出しかけて、慌ててシンカはナプキンを口に当てる。ケホケホと顔を紅くしてむせた。

「君に資金が必要ないことは分かっておる。代わりにな、私の持つ政治力を提供しようではないか。」

「けほ、……つまり、皇帝に協力してくださる、ということですか?」


カストロワの不思議な金色の瞳が、青年をじっと見つめた。たくさんのものを見てきた老獪な瞳。その真意はつかみにくい。


「まだ十九だったね。その身一つにこの宇宙は重かろう。何もかも君一人で背負うことはない。私なら君の気持ちをわかってやれる。君を助けてあげられるのだ。」

「コレクションの一人として、ですか。」

蒼い瞳が真っ直ぐに見つめ返す。

「そうだ。皇帝がどんな政治を行うか、それはとても興味あるところだ。どう生きてどう死んでいくか。それこそ、銀河の歴史そのものだ。」

「大公は長寿ですからね。百年以上生きるというのはどのような気持ちですか?」

「ん?」

シンカは大公の表情をじっと見つめた。シンカの質問が意表をついたのだと理解できるほど、大公の表情は無防備になっていた。


「寂しくはありませんか?」

微笑むシンカ。その裏のない笑みに大公はかすかに苦い思いをかみ殺す。まるで無垢な子どもを相手にしているような心地悪さを感じていた。


「そんな質問は、初めてされたな。……そうだな、寂しいというより空しいに近い」

少し遠くを見つめ、大公は話し始めた。

「セダ星人は、その長寿ゆえに極端に人口が少ない。子孫を残す意欲も低い。この太陽帝国に開発され、自分たちの惑星以外の人類を知ってから、さらにその傾向は強まった。地球人の短い人生と、それにかける情熱やめまぐるしい生き方はセダ星人にとってうらやましくてな。とても輝いて見える。それに憧れれば憧れるほど、セダ星人の出生率は落ち、人口も減少する。生きることに執着しない我々は、同時に種としての進化も止めてしまった。」

その意味するところは一つ。

シンカは小さく息を吐き、「種の絶滅、ですか」と大公を見つめなおした。


「そうだな。ゆっくりと絶滅に向かっているといっていいだろう。それを愁いる気持ちは私にはない。だから、私はコレクションが面白いのだ。」

「残念ながら、大公。僕のほうが大公より長く生きるみたいです。このまま、成長もせずに」

大公は、ワインをグラスに注ぎかけた手を止めた。

「僕が特殊なのはご存知でしょう?昨夜、主治医に言われました。もう、これ以上成長もせず、ただ生き続けると。だから僕は、あなたのコレクションにはなれません。」


「そうか。生き続ける、か。」

「僕も同じ寂しさを、きっと味わうんでしょうね。」

「ふふ、おかしなものだな。そなたと、こんなところで意気投合できるとはな。」

「そうですね。でも僕、レクトに言われたんです。お前に出会える人は誰でも幸せだって。誰もが人生の最後まで、見届けてもらえるって。残るのは寂しい。けれど、自分に出会った人がどう生きてどう死んでいったのか、きちんと見届けるべきだと。そのとき思いました」


「ほう。」

シンカは常々思っていることを語った。これを語るのは、大公が初めてだったかもしれない。星を眺めるたび、そんな思いが強くなっていた。


「ロマンチックな考えで、笑われてしまうかもしれませんが。僕は、ユンイラという植物は、惑星リュードが自らを浄化するために生み出したもののように思えるんです。星は、その中にどんな生き物を抱えていても、ずっと変わりません。いつか星の命が途切れるまで。その長い時間の中で、星はたくさんの生命を生み出し、滅ぼしていく。僕があそこで生まれた偶然も、星に必要とされているのだと思っています。僕の中にはユンイラの遺伝子がある。僕が生き続ける事でその遺伝子はいつか、人類の役に立つときがくる。僕がそのためにこの命を授かったのなら、その使命を全うするべきだと思います。」


シンカの表情は穏やかで浮かぶ笑みはどこか儚い。


「研究を、始めるのかな?」

「はい。決心がつきました。僕自身の持つユンイラは人類の役に立てるでしょう」

若い皇帝の瞳は遠く宇宙を映すかのように蒼い。そこに未来を見たような気がし、カストロワは目を細める。


「僕だけではなくて、大公。セダ星人はこれからの人類に必要な存在です。」

「なぜかね。我らはゆっくりとだが、破滅に向かっている。」


シンカは続けた。

「この宇宙に地球人が進出して、彼らはその命の短さを実感しています。何をするにもたくさんの時間がかかるようになった。惑星一つを見つけるのに平均で百年かかっています。そこを調査し、入植するまでにさらに五十年。一人の地球人がその一連の事業を見届けることはできません。星を治める。宇宙に平和をもたらす。人々を幸せにする。その大きな仕事は、今の地球人の寿命では困難です。長く見守れる存在が必要なんです。セダ星人がふさわしい。地球人ほど生きることに執着がなく、同時に富や名誉にも無関心だ。永く、星を安定させることができる。星を守れる存在なのです。」


「そんな風に誉められたことは、なかったな。」

カストロワは、青年の瞳の色に宇宙を見た気がした。

シンカの、穏かな表情とその瞳の蒼は、宇宙の深淵を映し出しているようだ。


「僕は守りたいものを、守るために皇帝になりました。レクトに言わせると、それは傲慢だそうです。けれど、自分にできることとできないことを決めてしまっては、あきらめてしまっては、いけないと思うんです。欲張りですけど、どんなに大変でも守るべきと思うものは、すべて守ります。」

そこで、シンカはにっこりと笑った。愛嬌のある、笑顔になる。

「セダ星人も、大公、あなたのことも守ります。あなたの存在は僕には必要です。」

「ふむ」

大公の薄いグリーンの顔が、少し照れたように見えた。

「コレクションにはなれませんが、友人として、そばにおいてください。」

少し首を傾げて大公を見つめるシンカの笑顔は、今までカストロワが見てきたどんなコレクションとも違っていた。どんな人物とも違って見えた。


自分に近づくすべての人間は、何かしらを求める。富、名誉、力。あれほど可愛がっているレクトもそうだ。しかし、この青年、太陽帝国皇帝は、何も、求めていなかった。

そして、私を守るという。


出されたデザートに舌鼓を打ちながら、シンカはにっこりと微笑んだ。

大公の前に出されたフィグ・ブランシュに目を止める。

じっと見つめ、次にカストロワを見上げた。

「食べたいのか?」

「それ、なんですか?」

照れながら興味を隠せない、青年の表情に、大公は笑った。

「干した白無花果だ。ワインにあう。」

「いただきます!」

子供なのか、なんなのか。レクトが惹かれる理由が、分かったような気がしていた。


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