2.コート・ロティ
2.コート・ロティ
その頃、太陽帝国軍務官はブールプールのホテルにいた。
いつも利用している定宿だ。そこそこ、きちんとしたところがいいのだと彼は思っている。過剰でもないサービス、老舗のそこは調度品が気持ちのよいアンティークだ。たまに一人でも利用する。
決まって用意される部屋は、五十二階の海に面した窓のある部屋だ。一日中美しい眺めが堪能できる。ここは部下には知らせていない。彼のプライベートな空間なのだ。
今日は雑誌社の若き女性社長と過ごしていた。
少し遅い朝食を取り、午後からの出張にあわせてゆっくり出勤する予定だ。
「レクトさん。」
シャワーを浴びている彼に、女が声をかける。
「軍務官、お電話ですわよ。」
「後にしろ。」
「はいはい。」
そう言って女性は手に持ったレクトの電話をちらりと眺める。
番号表示のみだ。誰だろう。
この電話は、彼の親しい人間しかかけてこないのだと聞いた。親しいのに、名前を登録していない。
先日、部下のジンロからかかってきたときには、キチンと名前も、顔も表示された。
女性はそっと、その番号を指のリングに仕込んだカメラで写した。
職業柄だろう、得られる情報はすべて記憶しておく。
ぬれた髪を拭きながら上半身裸のまま、レクトはまず煙草に火をつけた。
リビングルームでソファーに座り、コーヒーを飲んでいた女性の横に座る。肩の盛り上がった筋肉が美しいと彼女は思う。栗色の髪の男は女性の肩に腕をまわし、くわえ煙草のまま電話を確認した。
その表情が、少しだけ変わったことに女性は気付いた。
「私も浴びてこようかな。」そっと席を外す。
気を利かせたというより、相手とどんな会話をするのか聞きたいのだ。だから、彼が気兼ねなく電話をかけなおせるように図った。女性は鋭い観察眼でココまで上ってきたといってもいい。
女性の動きにこちらも密かに気を配りながら、レクトは電話をかけなおした。相手は太陽帝国皇帝だ。
「どうした。」
まだ、吸い始めたばかりの煙草をもみ消す。
「ばかだな。アシラには、俺から探りを入れる。お前はとにかく、予定通りセトアイラスに行くんだな。なにを心配している。俺がお前の立場なら喜んで相手してるぞ。」
女性が髪を拭きながら、そっと鏡越しにその様子を見ていた。レクトは驚くほど、やさしげな表情だ。彼のそんな顔はベッドの中でも見たことがない。
相手はどんな女なのだろうか。
少し、妬ける。
「ああ、じゃあな。」
電話を切った軍務官にすねた視線を向けながら、二十代にして雑誌社を立ち上げるほどの力量の持ち主は、自然と情報を整理する。
太陽帝国軍務官レクトにあれほどやさしげな表情をさせる存在で、近いうちに惑星セトアイラスに行く予定。文政官アシラとも面識のある人物。
「レザイア、君に頼みがあるんだ。」
レザイアはそっと伺っていたつもりだったところに声をかけられて、すこし、慌てる。
「皇帝陛下どのが、近いうちにセトアイラスにいくんだ。」
電話をちらと掲げながら話すその笑みはやけにやさしい。
「あら、それは初耳だわ。それは、何か、うちにもいい情報になるのかしら?」
「セトアイラスにシンカが行くこと自体、今は伏せられているんだ。それを君に言った時点で、少しは察して欲しいんだが。」
この人は皇帝陛下を呼び捨てにする。女性はそれを、以前から不思議に思っていた。それだけ親しいということなのかしら。
「電話は、皇帝陛下からなの?」
「それが、君には重要なことのなのか?」
「……そうね、いいスクープより、女としては貴方があんなやさしい顔する相手が誰なのか気になるわ。」
「……ふん。やさしくなんかないさ。面白いだけだ。君にこの情報をリークするのは、君の記事と眼を信じているからだ。下手な週刊誌なんかにかぎつけられるより、ましだと思っている。」
「あら、お褒めの言葉かしら。」
「一つだけ、条件がある。」
「なあに?」レザイアは指にはめたリングをそっとなでる。先ほど撮影しえたこれは、皇帝陛下への直通の番号なのだ。どんなスクープより、面白い情報だ。なぜ、レクトがあんな表情をするのか、いつか、つきとめてみたい。
「一つ調べて記事にしてほしいことがある。」
「?陛下のことではなくて?」
「ああ、文政官のことだ。」
レザイアは、ニヤリと笑う。美しい顔に似合わず、冷やりとする表情だ。そこが、レクトは気に入っているのだ。
「彼、いろいろうわさがあるわよね。」
「……さすがだな。」
「ふふ、どの程度暴露するかは、あなたのお望みに合わせるわ。」
レザイアはウインクする。レクトが抱きしめる。唇を合わせるその隙に、女性の指先からリングを抜き取った。
「!それ。」
「いたずらは許さん。」
ぞっとする表情で睨まれると、レザイアは反論をあきらめた。
元情報部将校、凄腕の彼に逆らっても無駄だ。
適度なところで好奇心を抑えておかないと、そばにはいられない。どんなスクープより、この男のそばにいられることのほうが重要なのだ。例え、皇帝陛下にするような、やさしい顔で見つめてもらえなくても。