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7.セイ、ユージン、マリアンヌ 2

不意に会場の明かりが暗くなり、そこに巨大なバースデーケーキが登場した。

歓声が上がる。

室内のみなの視線が、ケーキとそこに照れながら立つシキに集まる。

「ケーキが似合わないな、シキ」

「先輩、年の数だけ酒飲んだほうがいいんじゃないっすか!」

皆がからかう。


暗がりの中でシンカの横に立っていたカッツェが、耳元でささやいた。

「シンカ、私の言ったことは気にするな。大公に気を付けるんだ。」

「!」

振り向くと同時にケーキのろうそくが消され真っ暗になった。

「カッツェ、それはどういう……?」

派手なクラッカーの音と歓声、照明が点されたときにはカッツェの姿はなかった。



その夜、そのままホテルに泊まることになっているシキたち家族は客を次々と見送って、残ったのはシンカだけになった。


「シキ、少し、話があるんだけど。」

シンカはこの時を待っていた。ユージンについて相談したい。

セイ・リンはすでにマリアンヌを寝かせるために寝室に入っている。

リビングのソファーにシキと腰掛け、青年はココアのカップを抱えた。

シキはがまんしていたのだろう、煙草の煙を惜しむかのようにそっと吐き出す。


「ユージンの、ことなんだ」

「今日、来なかったな」

「シキはユージンから何か聞いているんだろ。最近の彼女の様子、知っていたのか?」

シキは黒い切れ長の瞳で、シンカを見つめた。睨んだ、といってもいい。

「お前、中途半端に女に手を出すなよ。ユージンの気持ち分かってるくせに、可愛がっておいて解任するのはひどいだろう。仕事ができないというならともかく、あれだけやってくれる秘書官はいないぞ」

「シキ」

「俺はお前がそういう奴だとは思わなかった。俺も女と遊ばないわけじゃない。だがそれは互いに遊びですむからだ。遊びで済まない女には決して手は出さないぜ。それくらい判断しろよ」

「手なんか出してないよ」

「ごまかすなよ。お前が望んだからこの一ヶ月、二人っきりであそこに住んでんだろう?誰がどう見たって、お前、そういう関係だろうが。ユージンだってそう言っているんだ。それにこれ、おまえだろ」


シキが差し出した雑誌は三流のゴシップ誌だったが、公園で朝、皇帝と秘書官がデートしている、という内容の見出しが踊っていた。ご丁寧に犬のニキの紹介までされている。


シンカはぎゅっとまぶたを閉じる。ユージンの汚職に関しては情報部の機密事項だ。シキは知らない。話すこともできない。ましてやユージンがここに同行するためにアシラに手を回しただろう証拠もない。

「外から見れば、そうなのかもな。」

大きく息を吐いて、シンカは手元のカップを見つめた。

「俺のこと信じられないなら、怒るなり蔑むなり、好きにすればいいよ。それより、俺は今のユージンを助けたいんだ」

「自分で助けろよ。お前がやらなくてどうすんだよ。」


信じてもらえないことというのは、つらいものだな。シンカの口元に自虐的な笑みが浮かぶ。

「なに笑ってんだ。」

ますます、不機嫌なシキの視線を痛く感じながら、シンカは口を開いた。

「今、ユージンは、ゲーリントンの研究所にいるんだ。」

「何?」

「彼女、心を病んでいて。俺が行っても逆効果なんだ。」

「俺に行けと言うのか?」

「すまない。俺も同行する。彼女を保護して、地球に返さなくちゃならないと思うんだ。俺一人じゃ、彼女は混乱するばかりだから。」

昼間シンカと目も合わさずに走り去った、あのユージンの顔が浮かぶ。

「……お前の責任なのか?その、病気は。」

「……多分。」

ガツ!

シキの拳を頬に受け、シンカはカップを取り落とした。

「お前、なんでそんな風になるまで、彼女を放っておいたんだ!」

シンカには何もいえない。

「ばかやろう!」

もう一つ頬に傷を増やして、シンカはされるままになっていた。

捕まれた服が首を締め付ける。そんなこと、気にはならなかった。ただ、どうしようもなく、一つの思いが心を占める。


力が、足りない。


寝室から飛び出してきたセイ・リンが止めると、シキは馬乗りになっていた体をはなした。

「シンカ、大丈夫?」

「いいか、シンカ。ユージンのために協力してやる。けど俺は、お前のこと、見損なったぞ!お前のせいで、ミンクも泣いてたんだ。のんきにお勉強してる場合じゃないだろうが!」

「ミンクはきっと分かってくれる。」

「お前!」

さらに掴みかかるシキをセイ・リンが止めた。


「ユージンのこと、明日連絡するから。ガンスには俺から連絡しておく。いったん、帝国軍基地にある病院で様子を見て、それから地球に帰すことになると思う。」

そう言って、シンカは乱れた服をはらい、部屋を出て行く。


「シンカ、待って」

セイ・リンがホテルのロビーまで見送ってくれた。

黙り込んでいるシンカにセイは微笑んだ。

「私は、あなたのこと信じてるわ。実を言うとユージンの様子がおかしいのは、私、わかっていたの。女の勘ってのかな。彼女、これまでも少し恐い気がしていたのよ。貴方のことになると私情が混じるのが分かった。あなたに固執している風だった。ミンクも多分大丈夫よ。私たちに話せないことも、ちゃんと、あの子には話せるんでしょ?」

シンカはうなずいた。

セイ・リンもかつては軍人。帝国軍の組織にいれば民間人に語れない事実が多いのも承知なのだ。

「ごめんなさいね。シキを、許してあげてね。」

「いいえ。俺が、上手くできなかったから。俺の責任なんだ。セイ・リンも、心配かけてごめん」

ふくよかな胸元に腕を組んで、セイ・リンは笑った。

「一番つらいのは、あなたなのに。相変わらず、自分のことは後回しなのね。」

初めてあった十七歳の頃から、シンカは変わっていない。皇帝という地位についても、常に周りを大切にしようとする。そのシンカが今の一言で、瞳を潤ませたことにセイ・リンは気付いた。


「シンカ……」

「セイ、マリアンヌのことだけど」何かを振り切るようにシンカは笑いかけた。

「かわいいでしょう?」

「俺、できるだけのこと、するから。」

やさしく微笑んで、シンカは迎えの車に乗り込んだ。

黒く鈍く光る専用車は、静かなセトアイラスの街に消えていく。

「シンカ……」

セイ・リンは驚きの表情のまま、立ち尽くしていた。





翌日シンカは、午後の救急救命室の実習を終え、免疫治療科の宿直勤務までの時間、ゲーリントンに伴われて研究所に向かった。

研究所にはユージンがいる。シキとは現地で合流するように連絡を入れておいた。

車中で教授は何事もなかったかのように、にこやかにシンカの今朝の研究課題の発表について話していた。


「君が取り上げた、ユンイラ因子の培養変異について、私も興味があってね。あの不安定なユンイラの変異パターンを読みとることで安定したものとして、確立できる。今はマクロファージに与える影響が一定していないからね」


「そうですね。植物由来のユンイラ因子は、特に赤外線に弱いです。培養時の変異が起こるのはそこに原因があるように思います。」


「君はここに来る前から、ブールプールの研究所で、ある程度学んでいるんだろう?」

そこは帝国が運営している機関で、植物由来のユンイラを研究している。公にはしていないが、そこでシンカの血清からミンクのための製剤も作っているのだ。

「ええ。あそこでの研究にもう少し僕も参加したいので、勉強したいんです。」

「ふん。私もそこに入れてほしいものだな。セトアイラスでは、大学がうるさいし、大公の目もある。」

「人選の権限は、僕にはありません。」

「皇帝陛下の意見なら通るさ。」

「教授、教授のやり方は、受け入れられないと思います。」

「ふん。」

不機嫌に前を向き、若い教授は車内の空調を止める。少し、暑くなったのだろう。


「ユンイラの入手先を教えて欲しいんです。」

その横顔を見ないようにしながら、シンカは言った。カッツェが言っていた、リュードの密猟事件。あれは、情報部のデータによれば、地球の地下組織『迦葉』がからんでいて、それを買い取る相手といえば、この研究所以外にはなかった。この宇宙でユンイラを研究している研究所はブールプールの帝国研究所か、ここだけなのだから。それ以外でユンイラを入手しても、何もできないはずだ。


教授は横目で青年を睨むと、神経質に口角をあげる。

「私は正式な業者から買い取っている。業者がどこに依頼してどう入手しているかは、知らないがね。」

「惑星リュードから、入手できるユンイラは限られているはずです。このセトアイラスには、かなりの量のユンイラが入ってきていますね。」

「さて。需要のある場所に供給されるのが当然だろう?なにか、おかしいのか?」

教授の表情は変わらない。

「いいえ。ただ、かなりの費用がかかるんでしょうね。」

「資金に困った記憶はないね。」

教授はにっこりと、笑ってみせる。

「ああ、そうそう、君の研修もあと十日程になってしまったね。寂しいねえ。是非、君にはいい成績で終えてもらって、それから私にも、君の主治医と同じ権限を与えて欲しいものだな。」

「!?」

シンカの、皇帝の体にふれていい宇宙でただ一人の医師。

今はもともとレクトの部下だった女医のガンス・トートアにお願いしている。彼女もここセトアイラスの大学を出ているが、大学側からの就任要請にも関わらず、レクトの人柄にほれて軍医になったのだ。今は、皇帝付きの医師として、シンカの行く先々に常に同行している。今回は、セトアイラスの上空にある宇宙ステーションで、皇帝の専用艦の乗組員とともに待機している。今日はユージンのために、セトアイラスの帝国軍基地にきてくれているはずだ。

「イヤだ」

眉をひそめて、シンカはにやつく教授を睨んだ。

「免許があったって貴方は研究者で、医師じゃない。ユージンもガンスに任せる。今日、連れて行くから」

「誰が許可した」

ゲーリントンの表情はゆがんだ。いつもの穏かな表向きの顔と、自分の思い通りに行かないときの怒りの表情は、かなり落差がある。

「俺がここにいる間は、協力するよ。採血でも何でもするといい。だけど、ユージンを預けておくことはできない。逆らえば、情報部があなたを処分するまでだ。」

「なんのつもりだ。脅すのか?」


「知らないのか?あなたを残して、あのデイラの研究所にいた研究員は、皆、処分されたんだ。だれも、残っていない。」

助手席の青年を、ゲーリントンは見つめた。そのシンカの凄みのある表情は、今まで見たこともないくらい残酷な視線を教授に向けている。



若い教授は初めて、シンカが太陽帝国皇帝であることを実感した。

「ふん、やれるものなら、やってみるといい。今の彼女を動かすのはどうかと思うね。」


シンカは教授を睨んだ。


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