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7.セイ、ユージン、マリアンヌ

ホテルの最上階のスウィートを貸切にした、ホームパーティーはユージンの手によって、きちんとセッティングされていた。


シンカ、シキと家族、それにシキの上司に当たるカッツェ、ミストレイアのセトアイラス基地にいるシキの友人たち。運ばれる食事を思い思いにつまみながら、皆楽しそうだ。


シキの誕生日の祝いのはずだが、主役はシキの一人娘、まだ一歳になったばかりのマリアンヌだ。彼女を抱いているシキの奥さん、セイ・リンは常に誰かに囲まれている。


「今日はありがとう、シンカ」

セイ・リンだ。

赤毛とグリーンの瞳が美しい。女性にしては少し大柄なのに均整の取れたスタイルは、色っぽい。片腕にマリアンヌを抱いて、空いた手でグラスを持っている。

「久しぶりね」

「うん。お母さんになったなんて思えないな。」

ニコニコ笑う青年にセイ・リンは微笑み返す。セイ・リンとは皇帝になる前からの友人だ。いつかシキと結婚すればいいのにと思っていたら、その通りになった。元軍人で、女性ながらも少佐にまでなった女性だ。頭がよく、一緒にいるとシキのほうが幼く感じることもある。


年齢はシキより二つ下で、三十五歳になる。昨年末に生まれたばかりの、マリアンヌを抱いていた。

マリアンヌはシキと同じ黒髪で、瞳の色はセイ・リンのグリーンだ。大きな眼をくりりとさせて可愛らしい。

シンカのほうに手をのばしてニコニコしている。

「もう誘惑してるのか?」

シキが、セイ・リンの肩越しに手をにぎにぎして、愛娘の視線を皇帝から奪おうとする。

「あら、マリアンヌはいい男が誰なのかよく分かっているのよ。ねえ。」

娘にほおずりするセイに、シンカは笑う。

「ねえ、シンカ。ミンクが連絡してくれないって怒っていたわよ。こちらからかけても、ユージンが出るばかりだって」


セイ・リンとミンクは仲がいい。まめに連絡をとったり会ったりしているらしい。

「そうか、ごめん。忙しくて。」ユージンからそのことは、聞いたことはなかった。


「男のそれはだめよ。忙しいなんて理由にならないんだから」ちらりとシキを横目で見ながらセイ・リンが言えば、「いや、シンカは忙しいんだぜ、セイ。病院での宿直とかあるんだろ。ゲーリントンの研究所にも通っているし、もちろん仕事もある」とシキが庇う。


「あら、男同士でかばってるってわけ?でも、星間通信で話すくらいならできるはずだわ。シキ、あなたもね。」

「なんだよ、俺がいつ音信不通になったんだよ」

痴話げんかになる夫婦を眺めてシンカは笑った。教授のところに通っているのはユージンしか知らないはずだった。シキはやっぱり、ユージンからいろいろ聞いているんだ。確信した。


「シンカ」

カッツェが声をかけてきた。

レクトの親友だ。シンカも、皇帝になる前に世話になっている。

「カッツェ、久しぶりだね」

「ああ。君も相変わらずだな」


宇宙一の大銀行のオーナーは、それらしく丁寧な口調だ。多分、今日この場にいる中でもっともきれいな発音をする人物だ。


「少しは、成長したと思うんだけど。」

皆に口々に変わらないといわれていたので、なんだか本当に成長していないのかと思ってしまう。

「シンカ、君は飲まないのか?」

カッツェが、カクテルの入った、きれいなグラスを軽く振ってみせる。

「俺、だめだから。一口も飲めないんだ。」

「そうか。残念だな。あんまり、元気そうじゃないから。気になったんだが。」

ユージンと同じ、亜麻色の髪の優しげな笑みを浮かべる男をじっと見つめた。

何も言わず視線をそらすと、久しぶりに金色の髪に戻っているシンカはさびしげに微笑んだ。

「大丈夫だよ。」


その表情をじっと見つめ、カッツェは手元の甘い酒を口に運ぶ。向こうで笑い声が起こる。マリアンヌが体格のいいシキの部下をみて泣き出したのだ。


「どうだろうな、マリアンヌ。」

「さあ。詳しくはまだ、聞いていないから。そういえば、検査って……レクトも受けたの?」

シンカはふと気付いた。レクトはリドラ人と、本来交配できないはずの地球人の前皇帝との間に無理やり作られた子供だ。立場としてはシンカと少し似ている。


心配そうに、見上げるシンカにカッツェはにこりと応える。

「ああ。奴の場合、いいほうに転んだんだろうな。見た目や体質はほとんどリドラ人だ。ただ、子孫は残せない。」

「!知らなかった。」

「……通常、亜種が生殖機能を持つことはほとんどないらしい。君もそうだが、生まれて、そこに存在していることだけでも、何億とある宇宙の惑星から、希望の星を一つ見つけ出すようなものなんだ。それに、あいつと同じ人種が増えて宇宙に広がったら、地球人なんか生き残れないだろうね」

カッツェはにやりと笑って見せた。

「そうだね」

シンカは元気なく微笑んだ。


俺も、同じ。

シンカはリュード人の母ロスタネスと、リドラ人と地球人との血を引くレクト、そして植物のユンイラの遺伝子から生まれている。

子孫を残すどころか普通に成長するのかも怪しい。ドクターに無理ばかりすると成長が止まると脅されたとき、本気で応えた。


長い人類の進化の過程で、一瞬だけ存在して、一代で消えていく変り種なんだ。生きているだけで、奇跡。ゲーリントンの顔が浮かんだ。研究したくも、なるか。


「おいおい、そんな顔するな。シンカ。君やレクトのような存在はごく普通の地球人からすればとても優れているんだ。あらゆる面で魅力的だ。マリアンヌもきっと魅力的な女性になる。」

カッツェはセイ・リンの腕で眠る愛らしい赤ん坊に視線を移した。シンカもそれにならう。


「……元気に、育ってほしいな。」

シンカのその言葉には、深い思いが込められているようだ。


「そういえば、シンカ。知ってるか?」

カッツェがいつもより大人しいシンカのために話題を変えた。

シンカは傍らのテーブルにあったレンエの実をつまみながら、片ひざを抱えた。そんな姿勢は彼を子供っぽく見せる。

「何?」

「惑星リュードで、地球からの密猟者が捕まったんだ。」

「密猟?何を獲ってたの」

「……ユンイラ、だ」

「!」

シンカはいつもの皇帝の表情に戻っていた。

「あの研究材料用に高く取引されている植物のユンイラ、密猟者のものだったんだな。」

ゲーリントンのところで見たことがある。栽培されているものはまだ、研究に使用できるほど育っていない、だから高いけれど購入していると彼は言った。

「ああ、そうらしい。リュード人の犠牲が出ているらしい」

「!」


シンカが身を乗り出した。


「ほら、何とかって言う山に生えるんだろう?そこの山岳地帯に住むリュード人たちが、密猟者に襲われているらしいんだ。」

「ひどいことを」

シンカは唇をかんだ。山岳民族、シキと同じ民族だ。

「ユンイラは他では手に入らないからな。今のクローン技術を持ってしても複製できないんだってね。しかも植物のユンイラは絶滅しかかっている。」


植物の、とつけたところがひっかかる。

シンカはじっと隣に座るやさしげな笑みを浮べる男を見つめた。


「そろそろ、協力してやったらどうだ?君の体内のものを使えば、わざわざ惑星リュードまで密猟に行く必要はなくなる。君の成分のほうが優れているんだからね」

「カッツェ……」

なんで、そんなふうに、言うんだ。

「ユンイラにはみな期待しているんだ。惑星リュードで、環境の悪化したあの星で、生き延びるためにユンイラが使われていた。副作用はあるもののその効果は素晴らしい。人類がそれを有効利用すれば、誰もがどんな環境でも生きていける。場合によってはすべての病気から開放されるかもしれない」

「それはまだ、分からないよ」

「そうだ、研究してみないことにはね」

やさしげな笑みがシンカの心をえぐる。


研究、させろってことか。俺の体を、研究にささげろって…なんでカッツェが教授とおんなじこと言うんだ。


シンカは、目をそらした。


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