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6.力があるということ 3

執務室で報告書や稟議書に目を通しながら、シンカは思っていた。


皇帝なんていったって誰かに命じ、誰かが言うことを聞いてくれるから力があるように思われる。けど、命じる相手がいなかったら何もできない。その言葉に耳を傾ける誰かがいるから、言葉どおりにことが運ぶ。


俺が一般人の振りして市街に降りているときには、そんな無力感は感じなかった。


何事も自分でやるからだ。ここでは自分の研修と執務以外のすべてをユージンに任せていた。だから、いざ彼女がいないと、どうなっているのか把握するだけで大変なんだ。


でも、もともと自分でやっていたことだ。できないはずはない。

俺、ユージンが有能なことにかまけて、楽してたんだな。



ふと、立ち上がった。

自分で動いてみよう。



セトアイラスに来て初めて、シンカは自分で服を選んだ。


シンカはブールプールでは、なんども偽名を使って市街に出てはいろいろなものを見て回った。今使っている偽名もその時のものだ。ここセトアイラスでもできないことはない。

そう考えたシンカは、星間ネットワークで太陽帝国情報部にアクセスする。シンカはユージンが持っているはずの携帯電話が使用されたときに位置確認ができるように、彼女の番号をマーキングした。帝国情報部のデータは皇帝のパスで使用できる。かなり便利だ。

セトアイラス市街の地図データも照会する。


これを、シンカの携帯電話に繋がるようにしておけば、ユージンが電話を使用したときに、どこにいても把握できるようになる。


身軽な服装に着替え、栗色の髪を整えカラーレンズをはめると、携帯電話とシキがくれた短剣を腰につける。


そういえば、そうだった。

シンカは自分がいる環境を確認しないでは安心できない性質だった。どんなところでも、その周囲には何があって、どういう人がいて、どんなものがあるのか。それは、惑星リュードにいた頃から、そうだった。

それを思い出すと、なんだかわくわくしてきた。

そう、もともと冒険は大好きだ。



シンカは、警備のものに止められた。

「お供します。」

そう言った彼らに、シンカは首を振った。

「病院の友人と会う約束があるんだ。ついてこられたら困るよ。」

笑って出ていくシンカを、男たちは見送った。専用の車を呼ぶこともしない。

「歩いていくつもりなのか?」

「さあ。」

特権階級の考えることはよく分からん、彼らは首をひねった。



公邸の屋敷から庭を横切り、門の外に出るだけでも、かなり歩いた。

それでも、久しぶりに歩くのが楽しい。

大きく伸びをして、シンカは心の奥に重く残る何かを、吐き出そうとするかのように深呼吸した。


薄いグリーンの空に、今は日が高く昇りほとんど白い色に見える。今日の気温は、最高でも十五度。シンカには寒いと感じる。


それで彼は黒いウールの細身のハーフコート、濃紺に首元と袖口にサックスブルーのラインの入ったシンプルなニットを身につけている。足元はグレーの地にブルーグレーの模様が入った細身のパンツだ。


靴はミンクと同じブランドのスニーカーだ。本来なら、金髪で蒼い瞳の自分に合わせて用意しているので、栗色の髪、黒い瞳では少し地味な感じになる。

それでも、今日は気にならなかった。


公邸の前の通りは、歩く人もまばらで、時折、自家用飛行艇が通り過ぎる。地上から一メートル程度の高さを保って飛ぶそれは、先日ゲーリントンがシンカを乗せたものに似ている。流行のタイプらしい。ブールプールでは、この乗り物は五メートル間隔で地上二十メートルまで三層をなして飛んでいる。セトアイラスではそれは許されていないらしい。

だからなのか、空が広く見える。


歩道を少し歩くと、シンカは足元にグリーンのプレートが埋め込まれている、タクシー乗り場にたった。程なく目の前に、シルバーの車体の小型の飛行艇が止まった。


地球のブールプールのタクシーより、かなり大きく見えるそれは、青年の目の前で静かに後部座席のドアを開いた。ブールプールでは通常タクシーには、宣伝用のスクリーンが絶えず変わる表示を出して派手なものが多いのに、ここではタクシーもシンプルなんだな。

何となく感心する。


そっとのぞいて、乗り込んでみる。


「あら、なかなか無用心ね。」

「え!」

みると運転しているのは、ルクースのレザイアだった。

「あ、間違えた。」

あわてて降りようとするシンカの前で、ドアが強引に閉まった。

「!あの、すみません。僕、ここでタクシー乗るの初めてで、間違えました。」

「いいのよ。どこに行く?」

「……」

しまった。


「あの、レザイアさん。僕、仕事ではなくて、少し市街を散策したかったんです。」

「誰も連れずに行くの?」

「おかしいですか?」

派手な髪型の女性は、あでやかな赤いワンピースで、同じ色の唇が微笑む。


「いいえ。丁度いいわ。少し、取材に付き合ってもらえるかしら。君に聴きたいこともあるしね。」

「レザイアさんは、このセトアイラスに詳しいんですか?」

「多少はね。多分、あなたよりは。」


意地悪にウインクする女性に、シンカは少し頬を赤くする。タクシーと普通の車の区別もついていない。恥ずかしい。


「じゃあ、女性が立ち寄りそうなお店とか、レストランとか、教えてもらえますか。」

「いいわよ。なあに、デートの下見?」

「違います。いちいちからかうんですね。」

「いつもにっこり、完璧な皇帝陛下の、今日は素顔を見せてもらおうと思ってるのよ。せっかく私の車にご招待できたんだもの。写真は適当に取らせてもらうわよ。」

「記事は事前に、広報に通してくださいね。」

「お堅いこと。ね、前にいらっしゃいよ。後ろと話していると首が痛くなっちゃうわ。」


既に市街の中心部を走っている飛行艇の中で、シンカは仕方なく助手席に移った。女性にしては飾り気のない車のような気がする。


「ね、今回の研修以外に何か目的があるの?」

「いいえ。研修と、執務とで結構忙しいので。無理はしないようにスケジュール組まれています。」

「ふうん。そういえば、いつもあのべったりくっついている秘書官さんは、よく出してくれたわね。あの子、すごくお堅くて、何にも話してくれないのよね。」


細い煙草に火をつけながら、自分と大して変わらない年齢のユージンをあの子と呼んだ。豊満な胸のラインを惜しげもなく見せつけるその服装は、確かに開けっぴろげで、女性の強い性格をうかがわせる。

「取材したの?」

「ええ。もちろん。ユージン・ロートシルトは、女性誌の花形なんですから、取れる写真は取っておくし、話せる機会があればどんどん話しかけるわよ。」

シンカはそっと、前髪をかき上げた。うつむいたその横顔をレザイアは目ざとく観察している。少しばかり元気がないことも見通している。


「さ、ついた。まずは、お食事。ここは、セトアイラスで一番美しい景色が見える、高級レストランなの。」

「!ここは。」

以前、大公と会食したところだ。

ここに、ユージンは来るだろうか。


「レザイアさん、一人で落ち込んだときとか、こういうところに来る?」

「なあに、急に。」

真剣な青年の表情に、年上の女性は微笑む。


そのとき、シンカの携帯電話が小さく音を発した。


「!」

携帯のシステム表示が電話と異なることに気づいたレザイアが、横から覗き込む。

「レザイアさん、ここ、どこか分かるかな。」

携帯のホログラムに写りこむ市街の地図を見せる。

「座標を言ってよ。自動操縦でいけるわよ。」

「SEI443OD93041」

「了解。それ、見たことないわ。変っているのね。」

「そう?最新のは便利だから。」

そしらぬ顔でシンカは笑った。


「何を、いえ、誰を探しているの?急に元気になっちゃって。」

さらに、ユージンが誰と電話しているのかを調べているシンカに、横から手を伸ばす。栗色の彼女の愛しい恋人と同じ色の髪をクシャリとなでて、青年の顔をこちらに向かせる。

「ねぇ、誰を探しているのかな?」

「探しているけど、でも、様子が分かればそれでいいんだ。」

「ユージンは、食事中かしら?」

「多分ね。場所はレストランみたいだから。」

ユージンが電話している相手は、エドアス・ゲーリントン教授だった。どうしてだろう。

それに気をとられ、シンカはつい否定することを忘れた。

「優秀な秘書官さんがサボタージュかしら?」

「あ。」

にっこりと派手な笑顔を浮かべる女性に、あわてた表情を見せて、青年は携帯を取り落とした。

すばやくそれを拾い上げるとレザイアは画面を見つめる。


「エドアス・ゲーリントン。有名ね。あなたの担当教授じゃなかったかしら。」

「返してくれよ。」

「なんで、秘書官の居場所を探しているの?彼女何かしたの?それとも、喧嘩でもしたの?」


取り上げようとする青年の手を、よけて、携帯を高く上げると、レザイアはさらに何か操作しようとする。

「すごいわね、これ、もしかして、情報部御用達の特別なものなの?」

「返せよ!知らないよ、レクトがくれたんだ!」

「ふうん。レクトさんと仲良しなのね。」

少し悔しそうに皇帝をちらりと見ると、レザイアは意地悪な笑みを浮べる。


「こそこそ探さないで、直接電話すればいいんじゃないの?」

すぐに操作できるほど女性はこういう機器になれている。勝手にユージンの番号に発信したようだ。

シートベルトを外して、レザイアから電話を取り戻そうとするシンカは睨んだ。

「どうせ、出ない。」

青年の傷ついたような哀しげな表情に、からかっていいものでないことに気付き、レザイアは電話を返した。


「なんだか、分からないけど。ねえ、君、皇帝陛下なんだから、秘書官の一人とトラブルがあったって、気にすることないんじゃないの。」

むすっと不機嫌な表情で前を見つめる皇帝の表情を指輪のカメラに数枚収めると、女性は自分の最も興味ある話題に移ろうとする。


「ねえ、軍務官は」

「ついたみたいだよ。」

無視して小さなホテルの駐車スペースに止まった車から、降りる。

「あん。待ってよ。」




白い街の中の、白いその小さなホテルは、十階建てくらいのこじんまりとた造りで、ロビーの足元にしかれたベージュに深紅の模様が織られた絨毯が、少しだけ花を添えている。植物がないこの街で、壁面やテーブルの上を飾るのはガラスの器や金属でできた芸術品だ。このホテルの壁面には、同じ作家の作品だろう、木の枝を模したさまざまな茶系の色合いのガラスの細長い花器が、置かれている。連作のようで、森をイメージしているようだ。


正面のフロントの女性の視線をさらりとかわして、右側に入ったところにあるラウンジに向かう。追いついてきたレザイアは、ふうん、と中を見回している。

「素敵なところね。」

「レザイア、しばらく、黙っていてもらえるかな。」

その皇帝の視線は厳しい。同じくらいの身長のレザイアからすると、青年はかわいらしく、子供という印象があった。しかし、その表情は違った。どこかで、見たことがある。


シンカはラウンジの入り口で着ていた黒いコートを脱いで、ボーイに渡す。レザイアも毛皮のジャケットを預ける。


入り口近くのテーブルに座ると、シンカはコーヒーを頼んだ。

レザイアは丁度昼食の時間でもあるし、なかなかいい感じのこのホテルの食事も、堪能してみたいと考えていたが皇帝の黒い瞳ににらまれて黙っている。



シンカの視線の先には、亜麻色の長い髪の女性がいた。

有名な、あの秘書官だ。

正面にはゲーリントン教授がいる。二人は食事をしているようだ。


教授の表情が、穏やかに笑っているのに比べ、秘書官の表情は硬い。食も進んでいないようだ。

再びレザイアがシンカの表情を確かめると、青年はじっと、秘書官に見入っている。

「ねえ、」

言いかけたレザイアに、鋭い視線を向け、シンカは黙らせる。

「もう。」

コーヒーを口に含みながら、女性記者は密かに皇帝のその厳しい表情を、カメラに収める。

「いつものあのかわいい笑顔とは別人みたいね。怖いくらい・・・!」

そこでレザイアは思い出した。


どこかで見たきたしたシンカの厳しい表情は、レクトに似ているのだ。

そういえば初めて栗色の髪に染めた青年を見たときにも同じ印象を受けた。


まさか、親子?


皇帝の出生は、辺境惑星リュードとされている。前皇帝が自らの子供を人工授精によって生み出し、敵の多かった彼は世継ぎを守るために辺境で育てたとか。その真偽は、不明だ。


調べようにも惑星リュードは未開惑星。保護法で固く守られていて、取材になどいけない。前皇帝がなくなった後、遺書じみた映像でシンカを後継ぎにする旨の言葉が残されていた。それが、彼が皇帝になった理由だ。



もしシンカがレクトと親子なら、すべて偽りということになる。

レザイアは、じっとシンカを見つめる。

シンカはユージンを見つめる。


その視線に気づいたのは、ゲーリントン教授だった。

「やあ。」

にこやかに手を上げると、立ち上がる。

シンカもキッチリと笑顔を作る。その表情が、少し無理しているように見えるのは私だけだろうか、とレザイアは思った。振り向いた秘書官が、小さな声を上げる。


ユージンの表情は、およそ彼女らしからぬ印象を受けた。

シンカもそう感じたのだろう、作っていた笑顔が消える。


美しい完璧な顔で、穏やかな笑顔を浮かべているいつもの秘書官ではなく、青白い顔に口角の下がった口元、その頬は表情なく固まっているかのように動かない。瞳は落ち着きなく、シンカから視線をそらすと、まだ途中だろう食事を残して、立ち上がった。

うつむいて、視線を合わさずに、シンカたちのテーブルを通り過ぎようとする。


「ユージン!」

立ち上がって、秘書官の手を捕らえようとした皇帝の手を、ゲーリントンが押さえる。


「!あなたは、彼女に何を!」

「私ではなく、君がしたんだろう?まあ、安心したまえ、研究所で預かっているから、いつでも来るといい。」

すでにユージンの姿はなく、ゲーリントンは彼女のあとを追っていった。

立ち尽くすシンカを、レザイアは首をかしげて見守った。



「いいじゃない、居場所がはっきりしたんだから。食事にしましょうよ。」

皇帝の手を引いて座らせると、今度はレザイアが主導権を握った。

シンカはだまって、レザイアが勝手に注文した料理をつついている。


あの、ユージンの表情。

それにシンカは思い当たるものがあった。症例を調べたことがある。

心を病んだ人と同じ。無表情で無気力、うつ状態を顕著に表している。


気づけなかった。あそこまで進むには、事前に兆候があったはずだ。不眠や食欲不振。無気力。意味もなく泣いたり、笑ったりしていたはずだ。昨夜、突然泣き出したのも、多分、その兆候だ。

気づけなかった。

俺の責任だ。

口に含む料理に、何の味も感じられなかった。



レザイアは、あまりにシンカが反応しないので、飽きてきた。

車であちこち連れまわりながら、さまざまな質問をしたが、ほとんど上の空だ。


「皇帝陛下。私はあなたの運転手じゃないのよ!失礼ね。このまま、レクトさんのとこに連れて行っちゃうわよ!」

「え?」

シンカは、初めて意識を持った瞳で女性を見つめた。

「レクトも来てるのか?」

「ええ。知らなかったの?あんな状態の秘書官じゃ役に立たないだろうから、レクトさんに公邸にくるように言ったら?きっと喜んでいくわよ。」

シンカは返事をしない。


「会いたいの?そう、顔に書いてある。」

情けない表情のシンカに、レザイアは相手がまだ幼さの残る、十代の青年だということを思い出した。


「今、どこにいるんだ?」

「教えてほしければ、私にも一つ教えてよ。あなたとレクトとの関係。」

青年は、ぎゅっと瞳を閉じた。


その瞳を開いたとき、先ほどまでのぼうっとした表情は消えて、いつもの利発な笑顔に戻っていた。


「やっぱりやめた。それに、その話は直接彼に聞けばいいだろ。」

「あら、つまらないわね。」

「そろそろ、帰らなきゃいけないんだ。」

「お送りしますとも、皇帝陛下。やっと運転手から解放されるわ」

元気を取り戻したかのような青年をレザイアは不思議に思いながら、車を走らせる。


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さて、続きはまた近日中に更新しますね!

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