4.熟成されたワイン、友人、コレクション5
静かな振動が不意に吐き気を催し、シンカは目覚めた。
車の後部座席のようだ。横向きに寝かされている。耳鳴りと同時に視界がぐるぐると巡る気がしてまた目を閉じた。
捕まった、のか。
静かに息を吐き出して、もう一度ゆっくり目を開けた。
起き上がろうとしてそれができないことに気付く。寝返りをうとうとすれば言いようのない痛みが全身を走った。
こいつ、車で俺を、轢いたのか……。
正気なのか?殺すつもりなのか……?
運転しながら、教授の漆黒の瞳がミラー越しに話し掛けた。
「シンカ。言うことを聞くんだな。大学では今までどおり振舞ってやる。だから協力しろ。それにマリアンヌの治療にも君の血液が必要なんだ。協力してくれるとあんなに素直に言ったじゃないか。」
教授は穏かな表情で微笑む。
この状況で笑う神経がまず理解できない。
「嘘をつくな。……マリアンヌが中毒なわけ、……ない。」
「それはどうかな。君が診察したわけじゃないだろう?それに、リュード人の父親は信じたよ。」
シンカは別の痛みが胸に降りるのを感じていた。
「シキを、だましたのか?」
「君はなんで私を信じないのかなあ。私は宇宙一ユンイラに、いや、君に詳しいと自負しているんだ。信じなさい。」
細い眉を神経質にピクリとさせ、鏡越しに青年を睨みつけるその表情は面白がっているようでひどく残酷な印象を受ける。
反射的に胸を抑えたシンカの手に固まりかけた血液が粘りつく。
息をするたびに、肺が痛んだ。
シンカが咳き込めば、教授は笑った。
「大丈夫だ、お前は死なない。それくらいではな。」
「ひど、いな……。」
「また呼び出す。いいな。別にお前を殺そうというんじゃない。少し、採血に協力してくれればいい。抵抗するからこういう目に会う。私に従わなければ研修も終わりだ。皇帝陛下が落第じゃみっともないだろう。」
く、と。
ゲーリントン教授の含み笑いが何を意味するのか。
正常な人間がとる行動とは思えなかった。
それが返ってシンカの判断を鈍らせる。何をするか分からない男。関わらないのが一番なのに。担当教授を替えてもらうか。研修に関して特別扱いは一切しないという学長の言葉を思い出す。その約束で承諾してもらったのだ。
「分かったよ。」
シンカは目を閉じた。
痛みとともに、体が発熱しているのを感じる。ユンイラの成分を体内に持っているから、傷はいずれ治る。痛みだけが残ってしまうのだが。
「私の家で着替えていくといい。そのままではな。」
「あんたが悪いんだろ……。」
ろくなことがない。朦朧とする意識の中、シンカは地球が恋しかった。ミンクの待つブールプール。美しい、春の花が咲いているはずだ。