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4.熟成されたワイン、友人、コレクション4

「悪かったね。休みのところ。デートの約束でもあったのかな?」

エドアス・ゲーリントンは助手席で浮かない顔をしているシンカに声をかけた。

「いえ、そうでもないです。」

がっかりした表情を消せずにいる青年に若い教授は笑った。

「素直だな。しかし、君が運転できないとはね。」

「すみません。僕、免許なくて。」

「それで、運転手つきなのか?大きなお屋敷を借りているんだな。」

「……。」

「他の研究生はどうしていると思う?」

「知りません。」

前方を見ている教授の横顔を見つめた。

「ホームステイしているか、共同でアパートを借りている。特に、この一般向けの研修を受けるものは恵まれていないものが多くてね。恵まれていれば、この大学に入学していただろう者ばかりだ。君だけ、少し違うね。」


なにを言いたいのか。


シンカはゲーリントンの褐色の肌を見つめていた。切れ長の黒い瞳は、すこしレクトを思わせる。レクトも同じリドラ人だからだろう。


「運転中に人に見られるのは好きじゃない。こちらを見ないでもらいたいね。」


シンカは慌てて視線を前に戻した。

「すみません。」


変わった人だな。シンカは思う。

そう言えば、なんで俺を呼び出したのか、聞いていないな。


「君は、たしか、ユンイラ因子の研究をしたいといっていたね。」

「はい。」


教授が視線を前に向けたまま、ぽつりと言った。

「少し、興味のある亜種を見つけてね。ユンイラの因子を体内に持っている。」

「亜種?!」

「ああ。宇宙に一人だけだ。惑星リュード、君の生まれ育った星の血を引いている。」

ちらりと横目でシンカを見つめる教授は、楽しそうに目を細めた。


ゲーリントンはこのセトアイラスにユンイラの研究所を持っている。

リュード人であるシンカに興味を示すのも、こうして声をかけるのも当然だが。回りくどい言い方に試されている気分になる。


「デアストル。君は知っているか?」

「ええ。知り合いの子供です。星を離れているリュード人は少ないですから。」


教授はシキの一人娘マリアンヌのことを言っていた。

関係を深く探られると面倒だな。

シキも言ってくれればいいのに。健診に行った病院がコート・ロティだったなら、それなりに俺も考えておかないと。


周囲が惑星リュードを単なる辺境の惑星と思っていてくれるうちはいいが、マリアンヌのことが広まれば、必然的に注目を集めるだろう。となれば、同じ惑星出身のシンカも目立つことになる。


シキは、なにも言っていなかった。そういえば、検査の結果についても。


「ユンイラの因子を持って生まれた子供は中毒症状を持つ。あらゆる病気に対する免疫は持つものの、自らの内臓は弱く体力もない。」

「よくご存知ですね。そういえば、ユンイラの研究所をお持ちでしたね。」

シンカは、うつむいてかみ締めるように言った。


そのユンイラの中毒症状になった人々を、助けるための研究が、俺を生み出した。


「あの赤ん坊も、中毒症状を持っている。あまり、長くはないな。」

「!」


シキはユンイラを使っていなかった。ミンクのように中毒になっていない。なのに、その子供に中毒症状が出ることなんかあるのだろうか。


「教授。その亜種に興味があります。」

「協力してくれるかな?」

教授は穏かに微笑む。

リドラ人特有の褐色の勝った肌、切れ長の漆黒の瞳がシンカを見つめた。


リドラ人は標準的に地球人より背が高く、手足が長い。運動能力に恵まれている。教授も特に鍛えたわけではないだろうけれど、シンかより頭一つ高い身長、しなやかな手足をしている。今日、身につけているスーツがよく似合っている。

少し薄い唇が神経質そうな細い顔にゆらりと乗っている。


「はい、是非お願いします。」

素直ににっこり笑うシンカに、教授も満足そうだ。


景色はセトアイラス市を抜け、この星本来の風景になっている。

セトアイラス市では完全に締め出されている、黒々とした高木がうっそうと茂る。深い森のようだ。薄暗い。年数を経た古い森のようだ。


どこに、向かっているのだろう。


速度はかなり遅い。徐行している、といっていい。地上すれすれに走る意味があるのかも分からないが、この星ではそういう規制なのだろうかとシンカはきょろきょろと景色を眺めた。

まだ昼間だというのに、ここは薄暗い。時折木々をすり抜ける陽光が視界に弾けてシンカは目を細めた。



「あの教授。どうして僕を呼び出したんですか?」

「……出張というのは、嘘でね。」

「え?」

隣を振り向く。


「見るなと、言わなかったかな?」

三十歳の若い教授は、くわえていた煙草をふいにシンカの手に押し付けた。


「っ!?」

一瞬のことで、声にならない。


「なにするんですか!」

「私は、ある仮説を立てている。」


教授は車を停めた。

かすかな振動に、自家用飛行機は接地したのだと分かる。


いたむ手首をそっとかばい、シンカは教授を睨んでいた。

シンカの質問には答えずに教授は胸のポケットに細い指を滑り込ませ、中から小さな細い銀色のものを引っ張り出した。


なんだ?


シンカは身を引こうとして、シートベルトで固定されていることに気付く。解除は、と身じろぎしたところで肩を掴まれた。

「なんですか?」

教授の手にある銀色のそれが紫色の光を放ち、眉をひそめるシンカの瞳を照らした。

まぶしくて、一瞬見えなくなる。

「教授、なんですか!」

まぶたを閉じてもちかちかするほどのまぶしさで、シンカは手で瞳を隠そうとする。

その手首が教授に捕まれた。


「君は本名をシンカという。仮説どおりだ。」

目を開けるとまだ赤い残像が視界を遮り、シンカは何度も目をこすった。

仮説、つまり、正体を知っていたということなのか!


「君の瞳の蒼はね。ユンイラの色素と同じなんだ。ほら、傷も、もう治っているね。」

捕まれた手首に、火傷の跡はない。


煙草の火は俺を試したのか。


「そんな恐い顔しないでもらいたいね。なんで分かったかって?カラーレンズを入れていたって、分かるんだよ。なにしろ、私は惑星リュードのデイラの研究所で、君を三年間、研究したんだ。」


教授が差し出した小さな四角いプレートを開くと、シンカの十四、五歳の誕生日の写真がホログラムになって光る。それは誕生日ごとにシンカの母ロスタネスが研究員に配ったものだった。

当時の研究員たちはシンカを家族のように見守っていたという。

研究所の警備兵だったセイ・リンも同じようなものを、彼女のは赤ん坊の頃からの写真だったが持っていた。


「ずいぶん成長して。君が皇帝になったときには、君に関わった研究員全員に緘口令がしかれた。デアストルが皇帝であることが確認できなくてね。こうして二人きりになるために連れ出したわけだ。」


教授の長い指が、シンカのあごに触れる。


「久しぶりにあえて嬉しいよ。」

「僕は嬉しくなんかない。覚えていないし。」

「それはそうだろう。君はいつも眠らされていたんだからな。君に協力してほしいんだ。君の体内のユンイラを抽出したくてね。」

「それは帝国の法律で禁じている。」

教授の手を押しのけて、シンカは睨む。

「君の研修の成績は私が担当している。いいのかな?落第でも。」

「は!?なんだよそれ!」

教授の平手が頬をうった。

「黙れ。」

神経質な細い眉が、ゆがみ、穏かないつもの様子とは違っていた。漆黒の瞳は、冷たくシンカを見つめる。

「お前は私の研究材料なのだ。お前がここで生きていられるのも私のおかげなんだぞ。不安定な生き物のお前を何度救ったことか。恩に感じて喜んで協力するべきだろう?何だ、お前のその態度は」

「恩に着るも何も、俺はそんなこと知らない。勝手にあんたたちがやってたことだろ!?」

「いつか、ロスタネスから奪ってやるつもりだった。それが、こんな形で実現するとはな。」

「なにを言ってる!俺は協力なんかしない。」

肩に置かれる男の手を強引に引き離す。さらに掴みかかろうとする教授の腕を振り払って、肘を腹に突き出した。

う、ぐ、と声を上げ、教授は昏倒した。


崩れる教授にかまわず、シンカはとにかくこの場を逃げ出すことにした。シートベルトを外し車の外に降り立った。ポケットを探りかけ、携帯電話を失っていることを思い出した。先日の騒ぎのときに、ユージンに取り上げられたままだった。


「ああ、もう!」


森の木々はうっとうしいほど暗がりを作り出し、道の先も曲がりくねって見えない。一体ここがどこなのかも分からない。自動誘導装置を配置されているのだから、一応公式な道路であることは間違いないが先ほどから、一台もすれ違っていない。教授の目的が二人きりになるためで、しかもここで車を停めたのなら、誰かが通りかかるのを待つなど悠長なことはできない。

はぁ!と怒りの混じる溜息を吐き出して、シンカは停まっている車に戻った。


中ではまだ、教授がのびている。


自分の知らないこいつが、俺のこと知っている。俺のことを研究していた。研究材料だと嬉しそうに言ってのける。

なのに俺はこの男のことを何も知らない。

圧倒的に不利だ。


シンカは運転席側に回りドアを開く。

車のエンジンをかければ車載の電話が使えるだろう。

シンカの認識番号ではエンジンはかからない。車は身分証明となる認識番号を読み取らないと動かせないようになっている。誰が、いつその車を運転したのか、記録されるようになっている。シンカの認識番号は一般人と違うため使用できないのだ。

運転席で気を失っているゲーリントンの手首のリングを、スタートスイッチにかざしてみる。

どこかにセンサーがあって認識するはずだ。

ユージンに連絡して迎えに来てもらわなければ。いや、自分で運転してもいいな。


アレコレ考えながら教授の腕をさらに近づけようと引っ張り起す。

「大体、俺に車を運転させないからこういうことになるんだ」

この時ほど、自分に普通の認識番号がないことが悔しいことはなかった。


数回試しているうちに、ゲーリントンがうなった。

「!」

エンジンがかかった。

「お前…」

ゲーリントンがシンカにつかみかかる。

首をしめようとする腕を何とか振り払って、シンカは車から離れた。

「くそっ」シンカは走り出した。

森へ踏み込めば、逃れられる。


が。

ゲーリントンの車が背後に迫っていた。

動物侵入の防御柵はかすかな電流を帯びて三メートルほどの高さまである。

触れかけて、ぴりと痛みを感じ、シンカは振り向いた。


逃げられない?


背後には銀色の車体と、まぶしいライト。


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