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4.熟成されたワイン、友人、コレクション2

シンカは午前の執務を終え、午後から救急救命室に出勤した。


昨日のシンカのことが広まったらしく、受付の女性イランが派手な化粧をさらに目立たせてシンカに笑いかけた。

「聞いたわよ。ミオを助けたんですってね!なかなかやるじゃない。」

ウインクしてみせる彼女の隣に、コーディネーターのクリフトが並ぶ。二人は気が会うらしく、よく受付で冗談を言い合っていた。


「いやいや、ルー。あのマクマスが感心したってんだから、すごいことだぜ。」といいながらドクターマクマスの少しつり気味の目を真似てみせる。

「別に、何もたいしたことしてないよ。」笑うシンカ。

「おはよう!」

ミオが出勤してきた。


「ね、今夜食事でもどう?」

巻き毛の金髪を揺らして、微笑むミオは可愛らしい。「あら、歓迎会でもする?」

受付の女性が二人の会話に割り込んだ。驚いてそちらを睨むミオに、シンカは言った。

「ごめん、今日は約束があるんだ。」

「残念。」

これまた受付の女性。ミオは何か言いたそうにシンカを見つめたが、シンカは黙って微笑むと自分の担当する患者のカルテを持ってロッカールームに向かう。


「もう、イランさんってば、邪魔ばっかりして!」

「あの子はきっとだめよ、ミオ。可愛い彼女がいるのよ。そういう顔してる。」

少しばかりシリアスな表情を見せるイランにミオは眉をひそめた。

「わかんないでしょ、そんなこと。」

「わかるの。」

いつの間にとったのか、イランはシンカの白衣につけるネームプレートをちらつかせる。裏に、銀色の髪、赤い瞳の可愛らしい少女が白い大型犬と笑う写真が入っていた。


「ほんとだ。」

少女の髪の色、瞳の色が通常でないことに、医師の卵は気付く。


病気なのだろうか。

ミオはシンカの後姿を目で追いながら、その心の中に守っているものを想う。


「ミオ、あなたも可愛いし、若いんだから。落ち込まないでね。」

イランの派手な化粧の下の生真面目な顔が、ミオに笑いかける。隣でコーディネーターもにこにこしている。温かい人たちだ。


「あの、俺、プレート忘れていかなかった?」

慌てた様子でかけてくるシンカに、コーディネーターが噴出す。

「ルーったら、大切なもの忘れてくんだから。それに、ここでは俺じゃなくて、僕でしょ。」

笑って、ミオはプレートをルーに渡した。

少し顔を赤くしている青年に、ほろ苦い思いを飲み込む。


「ルー、一番の患者さん、待ってるわよ!」

ドクター・マクマスの厳しい声が和やかな受付の風景に突き刺さる。

「はい!」



シンカの夕食の約束、それは公務だった。

セトアイラスの政府代表、レイス・カストロワ大公との会食だ。その日ばかりは、シンカも髪を元に戻しレンズも外していく。

明日がオフなのでちょうどよかった。このあたりはユージンの配慮なのだ。


セトアイラスの政府が選んだ会場は、郊外のレストランだった。美しいセトアイラス市の夜景が見える。小高い丘の上にあった。


ここには、植物があった。市街の白い風景になれていたシンカにはかえって新鮮に美しく見える。

「ここの敷地には、完全に検疫を済ませた地球の植物が植えられているんですよ。」

穏かに、カストロワ大公が微笑んだ。

「美しいですね。ブールプールを思い出します。」

「陛下。いかがですか、大学のほうは。」

「ええ、勉強不足ですが何とか。やはりレベルの高さを感じます。素晴らしいです。」


シンカの素直な言葉に、白い髭を蓄えた薄緑色の肌の大公は目を細める。

レイス・カストロワ。見かけの年齢は五十歳くらいに見える。セダ星人の彼は実際は百歳を越えていると言う。その長寿だからこそ、コレクションを育てて見守る時間があるのだろう。短命な人種では、そうはいかない。


背が高く、その割りに小さな頭が少しアンバランスに見える。きっちりした白い礼服を身に着け、肩からかけられている金糸で織られたマントが、長身によく似合う。


シンカは黒い丈の長い上着に黒いパンツ。絞られたシルエットのそれは、白衣姿よりさらに細く見せる。少し見上げる感じになるシンカは手に飲み物のグラスを持って、窓際に立っている。

店は貸切で、室内には二人のほかに誰もいない。


秘書官や従者を伴った会食は終わり、彼らは控えの間に移っている。


「おうわさはかねがね伺っていましたが、陛下。率直に言わせていただけば」

大公がソファに腰掛け、シンカを見つめる。

「とても、前皇帝の血を引くとは思えませんな。」

「どう、とっていいのですか。それは。」

微笑んで、シンカは窓を背にもたれかかる。


「前皇帝リトード五世はことごとく私と対立していました。あの男は、何事も意のままに操ろうとした。あなたはまったく違う。」

「こうして、大公とお話していますからね。」

前皇帝はカストロワ大公と対立していた。同じ会議には出席しなかったほどだ。

だがシンカは違う。

「私は大公のなさっている政治に、学ぶべきことが多いと思っています。ただ一つ、アッセームの扱いを除いては、ですが。」

「あれらはどうしようもないのだ。」

「居住区を完全に分けてはどうです?彼らにも、代表者を立たせては。」

大公は首を横に振った。

「だめですな。彼らは、学ぼうとしない。惑星に入植がはじまってもう二百年になると言うのに、未だに大学を出たものが一人もいないのですよ。」

シンカは、大公の隣に座った。飲み物をテーブルに置く。

「だめなのでしょうか。」

「医学的に、アッセームは他の惑星人と同じだけの知能を持てないと分かっています。無駄でしょうな。向学心がある惑星人は、未開惑星でもどんどん、ここに来て学んでいます。陛下、陛下のご出身の惑星リュードでも、過去に一人、ここで学んだものがおります。」


過去に、惑星リュードで。それは一人しか浮かばない。

「あの、その人は、……ロスタネスでは?」


シンカは知らなかった。母がこのセトアイラスに来ていたなど。もちろん、それは彼のうまれる前の話だ。

ただ、レクトが昔話を嫌うために、シンカは母の昔の話をほとんど知らない。


「ええ。ご存知ですか。」

こちらは何もかも知っていたかのような落ち着きようで、大公は微笑んだ。

「母です。」少し悔しい気がする。

「そうですか。そう言えば、面影がありますな。素晴らしい女性だったと、当時の教授が申していました。」

「そうですか。」

「例の、改革の年に、亡くなったとか。」

「はい。」

改革の年とはリトード五世が逝去し、シンカが皇帝になった年のことだ。太陽帝国の歴史上はそう言う呼び方をしている。


うつむくシンカに大公は微笑んだ。

「親子でここに学ぶとは、感慨深いでしょうな。」

大公は棚から、ワインのボトルを取り出した。

「このワインは、ちょうど、ロスタネスがこの大学を卒業した年のものです。まだ、あなたは生まれていなかった。」

ビロードのように揺れる赤い液体をグラスに注ぐと、大公は一つをシンカに持たせた。

「ロスタネスに。」

グラスを少し持ち上げ、乾杯のしぐさ。

おいしそうに口に含む大公をシンカは見つめた。

きっと、大公は知っているのだ。シンカの出生のことも、母のことも、そして、レクトのことも。ここでアルコールを勧めるのも、シンカがまったく飲めないことを知っていてなのだろう。

高価なワインを母のためにと開けられては、断りにくい。


迷う。


「このワインは、地球でもっとも希少な葡萄から作られておりましてな。醸造元はドメーヌ・デヴァイエ・レスゴーといいます。」

「聞いたことがあります。」


以前、シキが言っていたのを思い出す。一度飲んでみたいと。とても、高価で、一杯で飛行艇が買えるという。それすら調査済みなのだろうか。ますます、断りにくくなった。老獪だな。

シンカは小さくため息をついた。


「友人が、一度飲んでみたいと言っていました。とても高価で、流通量も少ない。」

「そうですな。よろしければ、一本お譲りします。ここのセラーのワインは私の私物でしてね。預かってもらっておるんです。」


シンカは赤い液体を見つめる。シキの誕生日が近い。こちらにきたら、彼の家族とともにお祝いをかねて食事をする予定になっている。その時に持っていけたら、喜ぶだろうな。


「飲まれないのですか。」

大公が怪訝な顔をする。

シンカは腹を決めた。なめるだけ、それなら、何とかなるかもしれない。


「あまり得意ではないんですが。少しだけ、いただきます。」

息を止めて、少しだけ口に含んでみる。

熱い感触が喉に落ちる。息を大きく吐く様子を見て大公が笑った。



「無理はなさらないでください。陛下が酒に弱いのは存じ上げませんでしたが。」

白々しい。そんなこと、食事に飲まなかった時点で分かりきったことだろうに。

シンカは胃から背中、全身が熱くなるのを感じて目をつぶった。


うわ、強い酒だ…


シンカは何とか目を開いたが、隣に座る大公の顔が揺れる。

だるくて、仕方ない。


「陛下?」


シンカの金色の髪が大公の肩にかかる。

若い皇帝はすっかり、眠ってしまっていた。


「お人が悪いですね。大公も。シンカがアルコールを受け付けないことぐらい、ご存知でしょうに。」


いつの間にいたのか、亜麻色の髪の長身の男が、完璧な笑みを浮かべて立っている。


「ふん。カッツェか。黙って見ていたお前がわしのことを言えるのか?」

笑って、大公はシンカの髪をなでた。

男は向かいのソファーに腰掛けると、シンカの飲み残したワイングラスを手にとる。


カッツェ・ダ・シアス。

ミストレイアのオーナーでもあり、宇宙一の大銀行スターバンク社のオーナーでもある。年齢はレクトと同じ。

レクトとは大学の友人で、二人で軍事会社ミストレイアを立ち上げた。ミストレイアは、民間軍事組織だ。どの惑星政府にも属さず、各地の内戦や警備まで、なんでも請け負う。レクトが総括本部長を務め、シキは地球本部長と言う肩書きを持っている。カッツエは、彼らの上司にあたる。

もちろん、シンカのこともよく知っている。


カストロワ大公は眠り込む青年の顔を覗き込む。

「お前の評価はどうなのだ。」

目の前のカッツェに尋ねる。

「正直、予想以上でした。大公、あまり近づかないほうがいいと思いますよ。」

シンカの頬に触れようとしている大公に、くぎをさす。

「ふん。何故だ。」

大公は不機嫌に眉を寄せ、カッツェを睨んだ。

「シンカの体臭。気付きませんか?」

「?甘いな。」

「ユンイラです。一度、抱きしめたことがありますが、ぞっとするほど、そそられますよ。」

「ほお。」

「それは、中毒になる物質を含んでいます。あまり近づくと。」

カッツェが言い終える前に、大公は既に若い皇帝を抱きしめていた。

「大公……。」

「わかっておる。」

しぶしぶ離れると、カストロワは座りなおした。二杯目をグラスに注ぐ。

「ふん。これが皇帝でなければな。コレクションに加えるのに。」

「私が言うのもなんですが、大公。あまりいい趣味とはいえません。そろそろ、おやめになっては。」

「ふん。コレクションの一人に言われたくはないな。お前やレクトが独り立ちして以降、あまりいいものは手に入っていない。コレクションは育っていく過程が面白いのだ。実力ある若者の力強い、波乱に満ちた人生を、まるで自分のもののように感じる。至上の喜びだな。今はこれといって夢中になれるコレクションはいない。この全宇宙に、全人類に知らぬもののないほど貴重な存在になってもらわねば、つまらないのだ。まあ、デスタネーヴのような低レベルのコレクションでも、多少は役立ってくれておる。」


「大公。」低レベル、といわれたデスタネーヴは、それでも現在、自らの政治力でユクリアという惑星の元首になっている。立派な人物だと聞いている。どういう基準なのか。

カッツェはラズベリーの甘味を口に残すワインを飲み干すと、渋い表情をする。

それを見つめて大公は笑う。


「こんなに、いい支援者はいないと思うがな。口も出さず、資金は豊富に与える。決して見返りを要求しない。」

「そうですね。」

確かに、とカッツェは思う。


大公は、若者を好む。男女問わずだ。自分が長寿で年齢が高いせいもあるのか、若く将来のあるものに憧れのようなものを持っているらしい。秀でた能力を持つそれらのコレクションは、名を連ねれば、そのまま歴史の教科書になりそうなくらいだ。

それらは見返りを求められない。しかし、だからこそ、この老獪なセダ星人に頭が上がらない。それは対価を求められるよりずっと強い鎖で彼らを縛っていることになる。分かってやっているのだから、人が悪い。


レクトのように、「見返りを求めない奴が悪い」と開き直れるものは稀だ。

そう、レクトもカッツェも、学生のうちに大公と知り合い、コレクションに加わった。


「これも、ほしいのだが。」

しげしげと、シンカを見つめるカストロワ。

やはりそうなるか、とカッツェは内心舌を打つ。


レクトからシンカが大公に会うと聞いて、来てみて良かった。恐いもの無しの皇帝も、いささか大公にはかなうまい。

未だにカッツェですら、大公に強くは出られない。


「大公、そろそろ、返してあげたらどうです。控えの間の連中は、やきもきしてましたよ。」

「ふん。カッツェ。お前に頼みがある。」

二杯目を空にすると、カストロワは口元に笑みを浮かべながら笑う。カッツェは嫌な予感を打ち消すように二杯目を口に含んだ。


「これをコレクションに加えることで、わしは、太陽帝国も手に入れることになる。」

シンカの頬を手の甲でなでながら、セド星人はにやりとする。

「!」

「一つ協力してもらいたい。」

カッツェには、逆らえない相手だ。ここにはいないシンカの父親に「バカヤロウ、何でお前がここにいないんだ」とのろいの言葉を無言で唱えながら、カッツエはグラスをテーブルに置いた。

「大公のお申し出とあれば、断ることなど出来ませんよ。どうぞ、なんなりと」

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