4.熟成されたワイン、友人、コレクション
枕もとに置いた、小さな電話からのコール音で、眠りを妨げられる。
シンカは、いったん毛布をかぶるが、この電話の存在をユージンに知られてはいけないことを思い出し、電話をつかむと毛布にもぐりこんだ。
レクトからだ。
「はい。」
「遅いぞお前。なんだ、寝てたのか。」
あくびしてたのが分かったらしい。
「ごめん、夜勤明けなんだ。」
「ふん。まあ、せいぜいがんばれ。俺はお前が医者になろうと関係ないからな。」
「・・じゃあ、なんであんなの、けしかけるんだよ。」
「何のことだ?」
シンカは、あの派手な女性を思い出す。
「ラ・クースの、レザイアとか言う人。」
「会ったのか。いい女だろう。」
寝転んだまま、シンカは顔をしかめる。
「あんたの趣味はともかく。俺のこと、ばらしたんだろ?」
「ああ。レザイアならいい記事を書くからな。他のゴシップ記者にあることないことかかれる前に、手を打ったまでだ。」
「そう。いいけどさ、それより、ユージンはどうするんだよ。」
「ああ、アシラには、少し勉強してもらった。大丈夫だ、お前の希望どおり、秘書官はみな解任されるさ。四月には、異動があるだろう。」
「・・今、困ってるんだ。」
「そんなに、おかしいのか?」
「仕事はいつもどおりだけど、俺、何回迫られたことか。」
「うらやましいな。」
「レクト!冗談じゃないぞ、俺はあんたと違うんだ。」
つい、声が大きくなる。
「陛下?」
うわ、しまった。
毛布から顔を出すと、目の前に覗き込むユージン。
「あ、えっと。」
「それ、陛下のお電話ですか?」
厳しい表情で、とりあげる。
「ユージン!やめろよ!」
電話を持ったまま、秘書官は部屋の隅に飛びのき、勝手に話す。
「軍務官。こんな、時間に困ります。陛下はお忙しいのですから。」
「おい、ユージン、」
レクトが反論するまもなく、電話を切られた。
「・・いくらなんでも、やりすぎだよ、ユージン。」
さすがに、シンカは怒らずにいられない。
「出てってくれよ!俺を自由にしてくれ。」
「できません。陛下には、プライベートなんて存在しないのです。すべて、私が管理します。」
「じゃあ、俺が出てくよ!」
立ち上がって、寝室を出ようとする。
「陛下、だめです。」
扉の前に立ちふさがる。その表情は、薄明かりで恐ろしくさえある。
「いいのですか?陛下、病院のものに、陛下の正体を教えてしまっても。」
「!」
「せっかくの研修が、できなくなるでしょうね。」
シンカは、天を仰いだ。怒りで震える拳を握り締める。
「ユージン、あなたを、逮捕したくないんだ。だから、そんな脅迫、やめろよ。」
「私は、陛下のお体を心配しているのです。陛下のすべてを存じ上げているのは、私だけです。陛下がどんなにお忙しく、がんばっていらっしゃるのか。だから、なにも知らずに陛下に気を使わせるすべてが、私は憎らしい。」
「ユージン。」
ため息をつくシンカ。それは、おかしいよ。その考えは。
抱きついてくる秘書官にかまわず、シンカは深いため息を、もう一つ吐き出した。
「陛下。」
ユージンは、泣いているようだ。
肩に手を置いた。
「・・分かったから、脅迫は止めるんだ。あなたが強行に事を運べば、俺だって、反論しなきゃならない。あなたの思うとおりになんか、俺はなれない。それだけは、分かってほしいよ。」
ユージンが小さくうなずいたようだ。背中に回された腕に、力が入る。
「陛下、どうか。」
「だめだ。」
耳元にささやき、首に口づけるユージン。顔を逸らし、シンカはぎゅっと目をつぶる。
「陛下、甘い香りがします。」
「・・・ミンクもそう言った。」
「!」
皇帝を突き放して、女性は睨みつけた。
「ユージン、もう、起きなきゃいけない時間だ。昼食の手配を頼めるかな。」
「あ。はい。」
拍子抜けするくらい素直に、秘書官の顔に戻ったユージンは、部屋を出て行った。
口づけられた首筋をなでて、シンカはまた、ため息をつく。