少女との出会いと誓い
やっとヒロイン登場。会話に少しでも華が増えればいいのですが。
まぁ、今回にほのぼのとした会話はないですけどね。
はいはいどうも、フロウラントに転生してきた近衛将人でございます。無事転生を果たし森で目を覚ました俺ですが、道中でゴブリンと遭遇。気持ちでは負けながらもなんとか相手を倒すことに成功。よっしゃ、このまま街まで一直線やと意気揚々に歩みを進めたはずですが…
「くそ⁉ なんでこうなるんだ…」
目の前にはグゲッ!グゲッ!と、おおよそ人間には聞き取れないような声で喜びを露わにしているゴブリンが三体と、頭から血を流して気絶している、絶賛被食者ピンチなうな身元不明の少女だった。
俺は近くの草むらに身を潜めて様子を窺っていた。今すぐに身を乗り出したいのはやまやまなのだが、相手取るやもしれないゴブリンの数は三体だ。どれだけ相手が弱かったとしても、数の暴力という言葉もあるくらい、多対一の戦いというものはそれだけ危険なものだ。
しかし、そうはしていられない事情もある。三体のゴブリンは、獲物を仕留めたことによる狂喜乱舞の舞もそこそこに、少女の体に近寄っていっている。恐らく少女を仲間たちが待つ巣に運ぼうとしているのではないだろうか。ゴブリンは常日頃から集団生活を行っており、食料を仲間たちと分け合うため、仕留めた獲物は一度穴倉に運ぶ習性があると、頭の中のフロウ辞書が述べている。やはり少女と俺に残された時間は少ないようだ。
「異世界転生していきなり、死にそうな少女とエンカウントか…。地球にいたころとやってることが変わらないんじゃないのか…?」
そう愚痴をこぼしながらも、なんとか現状を打破するために無い頭を振り絞って思案する。
相手はゴブリン三体だ。さっき戦った奴と変わらない強さなら何とかなるかもしれない。ただそれはあくまでも一対一の状況だった場合だ。複数戦は初めてだし、三体に囲まれたらそれだけで危険性は大きく跳ね上がる。ただ、幸い俺の存在はまだ奴らには勘付かれていない。奇襲をかけるには今しかないというわけだ。恐らくこの場をうまく切り抜けるには、奇襲を成功させて二対一の場を作るしかないようだ。
草むらから、より注意深く様子を窺う。奇襲をかけるチャンスは一度だけだ。失敗すれば、おそらく俺と少女の未来はないだろう。…まだだ、相手が油断しきっている今、一体はここで必ず仕留める必要がある。
俺は息を潜めながら、草むらからゴブリンたちに近づいていく。狙い目は少女を担ぐであろう個体だ。もし、別の個体を倒すことが出来たとしても、少女を担いだゴブリンに逃げられたら、この救出劇を開演する必要性が無くなってしまう。少女を見捨てるなら、俺はこのままバレずに逃げればいいだけだからな。
したがって確実に少女を助けるためには、少女をお持ちかえり(穴倉)しようとする個体を殺す必要があるわけだ。もう一つ心配があるとするならば、俺の攻撃が少女に当たってしまう可能性があるということだ。まぁ、そこには目を瞑ってもらうしかないね。どのみち危険な賭けをすることに変わりはないんだ。今更危険性がどれだけ上がろうとも、もとより危険なのだから気にしない気にしない。
余裕があるの無いのか分からない自分の感覚に疑問を抱きつつも、ゴブリンを観察する目は休めない。腰に差した直剣を抜く。どうやらまた出番のようだ。いきなり過労気味だが頼むぞ。
そしてその時がやってくる。一体のゴブリンが少女を右肩の上に乗せるように担ぐ。それを確認した残りのゴブリンが、担ぎ手を先導し始める。先導する知恵はあるのに、殿を務めようとはしないのか…。知能があるのかないのか分からんぞ。
そして担ぎ手と先導者の間にわずかばかりの空間が出来上がる。ここだ、奇襲を成功させるならここしかない!
「よし、行くぞ!うらぁ!」
俺はそう嘶いて右手の直剣をギュッと握りしめながら、草むらから躍り出る。グゲッ⁉ とゴブリンたちは突然の敵襲に身を竦ませている。よし、数を少しでも減らすには今しかないんだ。緊張で少し足が震えている。落ち着け、戦いは二度目だ。一度目でやったように相手を倒せばいいだけだ。そう自分に言い聞かせて、担ぎ手に向かって大きく踏み込んでいく。
「その子を…離せ!」
右手の直剣を大きく振りかぶり、少女が担がれていない左肩に向けて思い切り振り下ろす。ゴブリンは驚きからか、まだ硬直してしまっている。いける! そう確信した俺は、右手により一層力を入れ、担ぎ手の左肩から足の付け根にかけてを切断した。紫色の鮮血が吹き出し俺の顔をわずかに汚す。
「グギャア⁉」
体を両断された担ぎ手は、そう叫んで地面に倒れ伏せる。急いで地面に倒れている少女をわきに抱えその場を飛び退くが、担ぎ手が動き出す気配はない。紫色の血が緑の地を湿らしていく。体を切断されたうえにあの出血量だ、さすがに死んだだろう。
「‼‼‼‼‼‼‼‼」
ひとまず安心だと息をつきかけた俺の頭に、警鐘が鳴り響く。二体のゴブリンたちが、担ぎ手を一手で殺された怒りを俺に向けてくる。二体とも武器は持っていないようだが、その鋭くとがった爪や、涎の滴った牙は俺を殺すための十全たる武器となる。
「くそっ!」
そう叫んだ俺は少女を抱えつつも回避行動に移る。しかし、ゴブリンの攻撃は素早く鋭い。回避しようとする俺を二体で追いかけ、時には挟み撃ちなども交えながら俺を追い詰めてくる。
「だめだ、この娘を抱えていちゃ、ろくに剣を振るえない!」
俺は一旦距離を取るために、今も俺たちにその鋭い爪を振るっているゴブリンたちに向けて、足元の土を思いきり蹴り飛ばした。俺の足元から放たれた土は、緋色に輝いたゴブリンの瞳に吸い込まれていく。
「グガアッ⁉」
このまま追い詰めれば倒せると高をくくっていたのか、ゴブリンは土に対する防御行動を取ることが出来なかった。網膜を傷つけられたゴブリンは目元を押さえてその場にうずくまっている。
「よし!今のうちだ!」
目を襲う痛みに耐え忍んでいるゴブリンたちから距離を取り、今も尚頭から血を流している少女を茂みに隠す。別に隠し通せるとは思っていない。今はとにかく、ゴブリンのヘイトを俺に集中させないといけない。血を流している少女には、あまり時間が残されていない。早く治療しないと失血死の可能性だってあるんだ。
ゴブリンたちはまだ目が痛むのだろう、目元を擦りながらも俺に殺意の籠った眼差しを向けてくる。どうやら完全に怒らせてしまったようだ。気を引き締めろ、ここからが本当の戦いだ。少女を隠した茂みから離れて、俺はゴブリンを威嚇する。
「やってやる!かかって来いよくそったれ!」
俺はそう吐き捨て、直剣を両手持ちに切り替える。相手の攻撃を刀身で受け止めるためだ。ゴブリンたちは俺に対する怒りで、より激しい攻撃を仕掛けてくるだろう。それを弾き飛ばしてカウンターを叩きこんでやるのだ。
しかし、現実はそううまくはいかない。ここは異世界フロウラントであり、ゲームの世界ではないのだ。俺に向かって猛然と突っ込んでくる二体のゴブリンは、防御の構えを取ろうとした俺に向かって、手元に握り込んだ石を投げとばしてきた。二つの石は俺の顔面に向かって猛スピードで突っ込んでくる。原始的ではあるが、不意打ちは、戦闘の中では一度だけなら効果的だ。
「くそっ!」
両手で取っていた防御の構えは、飛んでくる石を弾くために解かざるを得ない。 なんとか石が直撃するのを手で受け止めて避けた俺だが、防御の態勢は解かれてしまい隙だらけだ。
隙だらけの俺に向かって素早く接近し、ゴブリンたちは攻撃を仕掛けてくる。一体は俺に向かって爪を大きく振り上げ、もう一体は俺の頭に向かって飛びかかってきた。俺の頭の上に陣取り、その鋭い爪で首を掻っ切るつもりだろうか。
なんとかこの場の打開の策を生み出すために、知恵を振り絞る。回避行動を取ろうにも態勢を崩しているのでその場から飛び退くのは無理だ。二体に向かって縦に剣を振るおうにも、爪を振り上げたゴブリンは俺の懐に潜り込んでしまっている。だめだ、こいつへの攻撃はもう間に合わない。甘んじて攻撃を受け入れるしかなさそうだ。右手の直剣を片手で振るえば飛び上がっているゴブリンは何とかなりそうだ。ここで一体でも仕留めておかないと、この場を生き延びられる可能性は著しく下がってしまうだろう。ああ、あまり痛くないといいんだけど。
「これでも…くらっとけ!」
そう叫んだ俺は、頭上に飛び上がっているゴブリンに向けて、直剣を一文字に振りぬいた。生きた肉を両断する確かな手ごたえ。どうやらうまくいったようだ。一匹のゴブリンの悲鳴を聞くと同時に、切り裂くような痛みが俺の体に襲い掛かった。
「ぐああぁ⁉」
上半身全体に大きく襲い掛かる痛みに耐えながら、俺の体は仰向けに傾いていく。ドサッと後方にあった木の幹に倒れこみながら、自身の体に目を向ける。どうやらゴブリンの爪は見た目よりもずっと鋭く、致死性の高いもののようだ。警鐘は鳴らず、なんとか即死はしなかったものの、俺の体にはゴブリンの爪による三又の傷が深く刻み込まれていた。
胸の鉄板が役目を果たしてくれたのだろう、俺の足元には大きく抉り取られたような傷がついている鉄板が転がっていた。
胸の傷は比較的浅い。しかし鉄板では守り切れなかった、腹の部分の出血がひどい。肉は深くまで抉られており、赤黒い鮮血とともに油色をした粘液のようなものも流れ出てくる。思わず目を背けたくなるような光景だ。
自分の血が足元を濡らしている感覚を覚えながら、今も俺の前に立ちふさがっているゴブリンに目を向ける。残り一匹となったそいつは、ゲヒヒッと下卑た笑みを俺に向けながら、爪に付着している俺の血を舐めとっている。くそったれ、奇襲で受けた屈辱を返しているのかは知らんが、やってくれるじゃないか。
近くに落ちている直剣を取りに行こうとするも、血を急速に失っていく体は思うように言うことを聞いてはくれない。少しずつ体から力が抜けていくような感覚を覚える。これは...本格的にやばそうだな。
徐々に視界が黒ずんで、狭くなっていく。俺の瞳は今もゴブリンを捉えており、奴の瞳には今にも死にそうなぐらい白くなってしまった俺の顔が映り込んでいる。
「グギャギャギャァッ!」
自分を貶めた敵が瀕死になっているのがよほど面白いのだろう。少女を仕留めたときよりも喜色に染まった声をあげ、ゴブリンが徐々に爪を振り上げていく。今度こそ、俺の息の根を止めるつもりらしい。確かに俺の体がもう一度あの攻撃を食らえば、ひとたまりもないだろう。
なんとかその場から離れようとするも、俺の体は既に動くことをはおろか、生きる長らえることすらも拒否しているようだ。もう楽になれ…と体が悲鳴をあげている。
何とかしないとと頭で思いながらも、徐々に振りあがる俺の命を刈り取る刃から目が離せない。どうやらここまでのようだ。せめて少女だけでも助かってほしい。なんとか生き延びてくれればいいが。
「…くそったれ。俺の負けだよ…」
そう呟いた俺に、ゴブリンは容赦なく爪を振り下ろしてくる。自分を襲うであろう痛みに恐怖し、俺は思わう目を閉じた。
ー”氷結の調べ”ー
どこからか、鈴の音を響かせたような声が聞こえた、気がした。
俺の体を襲うはずの痛みが一向に現れない。何が起こった、生きているのか、頭の中に疑問が現れては消える。恐る恐る目を開けるとそこには…
俺を殺すことへの歓喜に笑みを浮かべ、爪を振り上げたまま固まっている”氷像”がそこにはあった。
「なん…だ?」
突如現れた氷像に驚きを隠せず、そう呟く。そして氷像の後ろに目を向けると、
茂みから体を出し、僅かな笑みを浮かべた、気絶したはずの少女の姿がそこにはあった。
「ふぅ、ありがとう。助かったよ」
少女の手を借りて、なんとか体の治療を済ませた俺は、そう少女に語り掛けた。俺と少女で中級ポーションを一つ使ってしまった。残りの中級ポーションはあと一つだ。慎重に使わないとな…。
「あなたは私を助けた…。当然…」
少女は俺の目を見ずにそういう。なんだろう警戒されてるのかな。そう思いながらも少女をまじまじと観察してみる。別に他意はない。そう、スキルを発動させるためだ。
ステータス
名前 :???
レベル:21
職業 :無し
称号 半魔の少女 心優しき少女
HP 220/220
MP 670/670
攻撃力:80
防御力:98
魔法力:520 適正(大)
体力:91
器用さ125
親愛力:23
魅力 :31
ふむ、今の俺のスキルレベルじゃ開示できるのはこれだけか。名前も分からないな。
半魔の少女って何だろう…。っていうか魔法に関する能力値が軒並み高いな。あの凍ったゴブリンも彼女の魔法なのだろう。
「俺はマサト。この森でゴブリン狩りをしてる時に君を見つけてね…。まぁ、結局一人じゃどうにもできなかったけど‥。君の名前は?」
まずは警戒心を解こうと自ら名乗り出る。彼女のことを知るためにもできるだけ仲良くなっておかないと。
「ミラ。ミラ・ヴェルフィム」
少女は端的にそう告げる。さっきから単語でしか応対してくれないのはなぜだろう。無口なだけなのならいいのだが。
そう思いながら、少女の容姿を改めて観察する。身長は低く俺の腹ぐらいまでの高さほどしかない。見た感じ高校生に満たないほどの年頃だろうか。身長は低いが立ち振る舞いが大人びているために、見た目だけでは判断がつかないな。淡く蒼に染まった髪は、土や血で汚れてしまいボサボサになっている。せっかくの綺麗な髪が台無しだ。体には漆黒のローブを纏っていてよくわからないが、わずかに見えている腕からは瘦せ細っているような印象を受ける。まるで人形みたいな娘だな。なんでこんなとこにいるんだろう。
「どうしてこの森に?見たところ、ご飯も満足に食べてないみたいじゃないか。」
俺はそう少女に問いかけた。すると少女は瞳に僅かに涙を浮かべながら事の顛末を話し始めた。
「…私は”半魔”。人間と蛇人族の血を引いている。”半魔”は侮蔑の対象、人からも魔人からも。パパは私が生まれたころにはいなかった。それから、しばらくはママと遠い森で暮らしてた。…だけど、ママは森と一緒に焼き払われた。他の魔人たちに。ママはタガルの村に行きなさいって…。パパが眠っているからって…」
少し言葉足らずだが、彼女はたどたどしくも言葉を紡ぐ。左手に着けた赤い宝石の施された指輪を、ギュッと握りしめている。少し彼女…ミラが身につけるには大人び過ぎているように感じる。母親の形見だったりするのだろうか。
腕をもう一度見やると鱗のようなものが生えているのが見える。なるほど、人間と蛇人の特徴を同時に有しているのか。
「嫌だった…。もう疲れた…。ママの指輪をパパの所に連れていきたかった。でも、ご飯も無くなって、動けなくなったところをゴブリンに襲われた。」
ふむ、お父さんの墓参りに行きたかったのかな。それでお母さんの指輪を供えるつもりだったのだろう。その道中で食料も尽きて、ゴブリンに襲われたという事か。…災難だな。
話をまとめると、ミラがひどい目に遭っているのは、人種と魔人種の混血であるという理由らしかった。人種と魔人種の混血は”半魔”と呼ばれ、両方の種族から侮蔑の対象とされる。
父は自分が生まれたときにはすでにおらず、母はほかの魔人に住んでいた場所ごと焼き払われたと…。ミラのお母さんは娘を生かすことに必死だっただろうな。まだこんなに小さいのに…。
俺は沸々と自分に沸いた怒りを感じ取っていた。何が侮蔑の対象だ。ただ二種族の血が流れているだけなのに、なぜ蔑まれなくてはならないんだ? ミラは何もしていないじゃないか。ミラの両親だって悪事を働いたわけではない。
誰かを愛することは自分には決められないことだと俺は思っている。きっとどこかに自分が愛するであろう人がいて、いつか出会うことになるのだと。ミラの両親は偶然種族が違っただけだ。それだけでミラが蔑まれることになる理由が分からない。
いや、落ち着こう。俺が怒っても今が変わるわけではない。彼女を取り巻く環境はこれからもずっと続いていくのだ。
…ならば、ミラが母の形見を父のもとに届けるまで、見守るというのはどうだろうか。別に俺はミラに忌避感や蔑みの感情を覚えることはない。それにお金も数日分は心配する必要がない。ミラは魔法を使えるようだから、魔物狩りを手伝ってもらってもいい。もちろん十分に体を休めた後にだけどな。
なにより、放っておけないのだ。彼女を見ていると地球に残してきた妹を思い出してしまう。
自分が置かれた環境に苦しみ、もがいている様が、俺には見ていられなかった。
「そのタガルの村ってここから近いのか?」
「…まだ距離がある。このままじゃたどり着けない」
彼女は零れてしまい止めることが出来ない涙を拭いながらそう答える。あーあ、泣き腫らしちゃってせっかくの可愛い顔が台無しだよ?
「じゃあ、一緒に近くの街に行こう。そこでたらふく飯を食って、体を十分に休めてから向かえばいいじゃないか。準備もせずに行くのは自殺行為だ」
俺はミラの目元の涙を拭いながらそう提案した。
「…えっ?」
すると彼女はまるで信じられないものを目にしたかのように、こちらをみて動きを止めてしまった。そんなに見るなよ、照れるじゃないか。…あんまりふざけてる場合じゃないか。
「どうした?早く行こうぜ。ここにいたらまた魔物に襲われるかもしれないし。善は急げだぞ?」
「…で、でも私は”半魔”だから…」
彼女はそう免罪符を掲げ、俺の提案を拒否してくる。
そう、”それ”だ。俺が気に入らないのはそこなんだよ。
「だからどうした」
「…っ!」
そう口にした俺の言葉に彼女は瞠目する。涙が一気に引いていき、彼女は驚きを視線で露わにしてくる。
「なにが”半魔”だよ、ふざけんな!ただ種族の垣根を超えただけの愛に、なんの罪があるっていうんだ!半魔は両種族の侮蔑の対象だぁ?そんな慣習なんてくそったれだ! お前を支えてくれる人が誰もいないなら、俺がお前を支えてやる! 誰もお前を認めてくれないなら、俺がお前を認めてやる! もし、いつになっても現れなくても関係ねえ!それなら俺がずっと”傍に”いてやる! いつまででも、どこへでもだ!」
ミラの両手をぎゅっと握り、俺はそう捲し立てた。彼女の左手の指輪ごと手を撫でる。彼女の亡き両親に誓いを立てるかのように。俺がいるからと、伝わるように。もう大丈夫だと、お互いの体温を分かち合うかのように。誰かといる喜びが、ミラに伝わるように。
ミラは驚きのあまりか、時が止まったかのように動かない。しかし、しばらくすると…
「…あああぁぁぁっ!!」
まるで悲鳴を上げるかのように大声で涙を流し始めた。今日泣いてばかりのミラは、俺の腹に顔をうずめ、背中まで腕を伸ばし抱き着いてきた。腹のあたりが湿っていって冷たくなる。しかし、彼女の体温は温かく、改めて俺と彼女に何の違いもない、同じ存在なんだと、その涙は教えてくれた。
「…ほんとに、一緒に居てくれる?」
ミラは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を俺に向けて、そう聞いてくる。よっぽど不安なんだろう。無理もない。家族を早くに失い、魔物にも殺されかけたのだ。突如自分に振りかかった幸運を簡単には信じられないだろう。
だから俺は、彼女を安心させるために、そして自分にも誓いを新たにするために、彼女を抱きしめて言葉を紡ぐ。
「ああ、本当だ。お前が楽しいときは一緒に笑ってやる。お前が嬉しいときは一緒に喜んでやる。お前が悲しいときは俺が励ましてやる。お前が悩んでいるときは一緒に考えてやる。二人で居れば、楽しいことも辛いことも、全部二人で分かち合える。半分こだ」
ミラを抱く力に一層力を込め、そう宣言する。全部俺の本音だ。もう彼女を放っておくことはできない。そんなことできない、と俺の中に眠る”騎士”がそう告げてくる。
「…うん。…ありがとうっ!」
ミラはそう言って、太陽にも負けないぐらいの眩しさ満点な笑顔を、俺に見せてくれた。
「よし、なら街に向かおう。辛い街までの道のりも二人で居れば半分こだからな!」
俺はミラにそう言って左手を差し出す。ミラは何度か俺の顔と左手を交互に見やり、最後に自分の右手をじっと見つめたかと思うと、
ギュッと、もう離さないかのように、俺の左手を握るのだった。
ちなみに歩き始めて十分ぐらいで森を出てしまったのは内緒の話。まさか出口がすぐそこだったとはね。
いやあ、可愛いですね。自分で考えた最高のヒロインって誰にでもあると思うんですけど、言葉で説明するのはものすごく難しいと感じました。そこで、説明を少なくして、読者さんがそれぞれのミラ・ヴェルフィムというヒロイン像を抱いてくれればと思い、説明を減らしてみました(丸投げ)
次回はいよいよ街に到着。ミラとの会話も弾めばいいね