初戦闘…と?
風が頬を撫でるのを感じる。森林特有の、草木や花々などが混生している香り。野鳥たちが奏でる自然の音楽を耳にして、俺は目を覚ました。
「…ふぁ~。なんだ?転生っていうか、すごくよく眠れた日の翌日って感じだな」
体を起こしながら独りごちた。どうやら木の幹にもたれかかって眠っていたようだ。少し体の感覚がおかしい気がする。寝違えたかな?とにかく、まずは周辺の警戒と探索をしないとな。
初めてのはずなんだけどなあ。自分がやらなければならないことが、マニュアル化されて頭の中にある気がする。これは俺が受けた恩恵のおかげだろう。
伸びをしながら辺りを見回す。すると自分がいる場所に光が差し込んでいるのが分かる。
「おお、これはすごいな。天然のギャップなんて初めて見たぞ。」
俺が目を覚ました場所は、林冠の部分が円状に開いており、林床には燦々と輝く太陽の光が、これでもかと降り注がれていた。不思議なことに、周りには人はおろか、動物や魔物の気配を感じない。時折聞こえる野鳥たちの鳴き声ぐらいだろうか。
「もしかすると、フロウの爺さんが気を利かせてくれたのかもしれないな。ここだけは魔物は近寄ってこないとか。もしそうなら、今のうちに色々と確認しておかないと」
そう自分で結論づけ、周辺の警戒もそこそこに自身の装備や、持ち物などを確認していく。
俺の出で立ちは黒いインナーに、レザー装備一式を装備しているようだ。動物なのか魔物なのかはよくわからないが、伸縮性の良い動物性の革に、胸と首のあたりに鉄板のようなものが施されている。なんだろうか、鉄並みに堅そうなのに、プラスチックのように軽い。異世界産の鉱石でも使っているのだろうか。
下半身はズボンで覆われている。何度か足を曲げたりしてみるが、引っかかるような感覚は全くといってない。随分と使い勝手の良い物みたいだ。肌触りも悪くない。
ブーツは膝下ぐらいまであって、これまた伸縮性のおかげだろうか、何度か動き回ってみたが、足音がでにくい気がした。ブーツの底の部分に衝撃を吸収するものでも入ってるのかな。
なんにせよ、いきなり全身鎧とかじゃなくてよかったな。重くて動きにくそうだし、金属が擦れあう音のせいで、周りから魔物が寄ってきそうだしな。その点、革製のレザー装備なら軽いし動きやすく、金属特有の音も響かない。まさに初心者向けの装備ってわけだな。
武器は、腰に一振りの直剣が装備されていた。革製の鞘に入っており、その刀身は見えない。そりゃそうか、抜き身で装備する奴なんかいないよな。
剣を鞘から抜き出し、試しに振ってみる。ぐっ、結構重いな。経験したことのない重さだからだろうか、腕の普段使わない筋肉を使っている気がする。命を奪う物の重みってやつか…。そう考えると、自分の握っている剣が改めて異質なものに感じられ、少し気分が悪くなってきた。
剣に関してはまた後にしよう。まだ確認が済んでないのは…道具かな?
これまた腰にぶら下がっていた道具袋のようなものを取り外し、中身を一つずつ取り出してみる。すると中からは、明らかにその袋には入りきらない量の道具がいくつも出てきた。
「なんだろう…。インベントリってやつかな」
少し考えてみると、頭の中に一つ思い当たる知識が出てきた。どうやらインベントリであっているみたいだ。正式名称は魔法鞄らしいが。
どうやらこちらの世界では簡単に手に入るわけではないが、お目にかかれないほど珍しいものでもないようだ。良かった、この魔法鞄が原因でトラブルなんか御免だからな。
少々時間をかけて道具の内訳を確認していく。どうやら怪我を治療するためのポーションやら、お金が殆どみたいだな。本当に必要最低限って感じだ。
道具の内訳は
下級ポーション×3 :軽い怪我の治療、出血を止めることが出来る。比較的安価なもので、冒険者は必ずと言っていいほど持ち歩いている。患部に直接振りかけることで、口から接種せずとも効能を得ることが出来る。口から接種することで全身に効能を得ることもできるが、かなり苦い。
中級ポーション×2 :怪我の治療、部分欠損に対する止血が可能。下級ポーションに比べ効能は上がっているが、その分価値も高い。ダンジョンや、魔物が跋扈する場所では、中級ポーションを巡ったトラブルが後を絶たない。
賤貨×100 :フロウラントの、人種族が支配する領域で使用可能な貨幣。黒ずんでおり、使用されている鉱物の価値も低く、日本円で10円ほどの価値。
銅貨×10 :同じくフロウラントでの、人種族支配域で使用可。賤貨100枚分の価値があり、鉱物の含有率も賤貨に比べて高いようだ。
「うん、こんなもんだな」
そう呟いた俺は、長時間座っていたせいかすっかり溜まってしまった腰の疲労を、手で揉みほぐしながら現状を整理する。
「装備も道具も十分だ。お金に関しては、日本円で1万円とちょっとか。この世界では物価も大分安いみたいだし、2、3日は何とかなるでしょう。あとはー、戦闘に関して…かな?」
未経験なだけに、戦闘に関する不安も大きい。先ほど振ってみた剣に、鞘の上から触れてみる。こういうのはちゃんと扱えるようにしておくべきだよな。魔物に出くわしたときに、使えませんじゃ済まされないし…。
「よし、練習しておくか。少なくとも、戦闘に移行するときにもたつかないようにしておかないと」
体を動かし始めて十数分、俺はちょっとした違和感を抱いた。
「あれ、案外動けるもんだな。これならこの森から出るぐらいは何とかなるかも。爺さんも結構いい仕事してくれるねぇ。」
俺はそうフロウに対する世辞を呟いて、剣を鞘にしまう。一般的な冒険者レベルの強さだっけか。レベル1でこれなら、レベルが上がっていけば、お金稼ぎに困ることはないかもしれない。
「さて、一通り確認は済んだかな。そろそろ出発しよう」
実は俺は、先ほどからある方角に対して、謎の好奇心のようなものを覚えていた。ものすごく気になるというか、そこに向かわなければいけないというような、使命感のような感覚。初めは、ついに魔物が近づいてきて敵意感知のスキルが働いたのかと思ったのだが、そうではないらしかった。
おそらく、その感覚が働いている方向に街があるのだと思う。フロウは街の近くの森に転生させると言っていたし、なにも分からない俺を放置させるメリットもフロウにはないからな。多分あってると思う。
「ま、行ってみるしかないでしょ! う~ワクワクするなぁ! 行くぞ、異世界!」
俺は右手を空に向かって突き上げ、おそらく街がある方向に向かって歩み始めるのだった。
ー。
正直なところ、舐めていたと言われればそうなんだろう。浮かれていたと言われてもそれまでだ。転生することで、ある程度は異世界に対応した体を手に入れていたし、ポーションという、怪我を治療することのできるアイテムも持っていた。フロウの言葉も俺を安心させる要因になっていたのかもしれない。街へ向かおうと出発してから一時間時弱。俺は一匹の魔物と遭遇していた。
擦り切れてしまったボロボロの腰巻を巻き、右手には相対した冒険者から奪ったのだろうか、これまたボロボロの一振りの短剣。身につけているものはそれだけだ。しかし、それ以上に恐怖を煽る要素が他にあった。
見たこともないような、少し黒ずんだ緑色の体。得物などなくとも仕留めてみせるという意思の表れだろうか、長く伸び、誰のものかわからない血のこびり付いた爪。仕留めた獲物を食すためにあり、時には武器となる、口の両端から真上に伸びた牙。そしてなにより、先ほどから俺を睨んで逸らすことのない、鋭く真っ赤に染まった瞳。
ゴブリンがそこにはいた。日本でもゲームや漫画で見かけることは多々あった。オスの個体しか存在せず、他種族の動物や家畜、魔物、時には人間の女性に子種を産み付けるという残虐な方法で個体数を増やしていく、非常に繁殖力の高い魔物だ。その代わりかは分からないが、一匹の個体としては非力であり、集団戦を好む習性にある。あまりゲームをしてこなかった俺でもこれだけの知識はある。
正直いつかは出会うと思っていたし、自分の今の実力でも十分に倒せる相手だと思う。しかし、いざ相対してみると、いかに自分の考えが甘かったかが分かった。
俺を睨み、下卑た笑みを浮かべるゴブリンに対して、俺の体は…震えていた。止まらない、命を賭した戦いへの恐怖。あの短剣が腹に刺さりでもしたら? あの牙で首筋に嚙みつかれでもしたら? 悪い想像が止まらなかった。
「グゲゲゲ…」
今も尚、俺を見つめるゴブリン。その口からは、ぼたぼたと涎が多量に落ちている。俺のことが獲物に見えているのだろう。当然だ、俺の体はゴブリンよりも大きいが、その体は震えて縮こまっている。さぞ美味そうに見えているに違いない。
「……グギャア!!」
場の硬直を先に解いたのはゴブリンだった。まるで威圧するかのような声をあげ、右手に手にした短剣を大きく振りかぶり、俺に向かって猛然と突っ込んできた。その短剣の狙うところは俺の首筋、それが突き刺さりでもしたら、簡単に死んでしまうだろう。
〈‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼〉
頭の中で大きな警鐘が鳴り響く。
「うわっ!」
思わずそう叫んだ俺は、すっかり怯え縮こまってしまった自身の体に鞭を打ち、その場から後ろに飛び退いた。
ドスッ!と短剣が地面に突き刺さる音がする。短剣は刀身の半ばほどまでが突き刺さってしまっている。冗談じゃない。スキルが発動したということは、あの攻撃は致死性のものだったということだ。警鐘が鳴ってくれて助かったな…。
俺は震えながらもなんとか体制を立て直し、腰につけた鞘から直剣を引き抜いた。泣き言は言っていられない…。これはお互いに命が懸った戦いだ。どちらかが死に、どちらかが生き延びる。
「まだこちらには来たばかりなんだ。ここで死ぬわけにはいかないんだよ!」
自分を鼓舞するかのようにそう吠えた俺は、一気にゴブリンに向かって斬りかかっていった。
「グゲッ⁉」
先ほどまで震えきっていた獲物が、自信に歯向かってきたことに驚いたのだろう。その鳴き声と僅かに読み取れる表情から、俺はそう判断した。
「くらえっ!」
お互いの距離はそう離れていない。すぐにゴブリンの元までたどり着いた俺は、ゴブリンの左肩から腰にかけてまでを斬り落とさんばかりの勢いで、直剣を斜めに振り下ろした。
「グギャァ⁉」
僅かばかりの油断が命取りとなる。ゴブリンは驚愕ゆえに逃げ遅れた自らの体を守るために、右手の短剣を俺の直剣の軌道上に掲げた。刀身を刀身で受け止めるつもりのようだ。
「無駄だ!押し切る!」
先ほどまでの不安はどこへやら。強気になり、幾分か冷静になった頭で俺は判断し、そう叫んだ。こちらは相手よりも長く太い刀身を持っている。それに対して相手は使い古した短剣だ。装備の軍配は俺に上がっている。
ギンッ! とどうやら力比べの軍配も俺に上がったらしい。俺の直剣は相手の短剣の刀身を吹き飛ばし、ゴブリンの右肩を深く斬りつけた。刀身は折ることが出来たものの、攻撃の軌道は逸らされてしまったらしい。
「グガアッ⁉」
そう慟哭しゴブリンはその場にうずくまる。俺が切りつけた右肩を押さえ、こちらをより一層強く睨んでくる。俺は少し怯んだが、自分が優勢であると言い聞かせ、心を落ち着ける。
「お前と出会えたのは幸運だったな。…おかげでこの世界が改めてゲームなんかじゃないことが実感できたよ」
そうゴブリンに語り掛けるように言葉を漏らした俺は、直剣の刀身の先をゴブリンに突き付ける。
「これで終わりだ!」
そう叫んだ俺は大きく直剣を振りかぶり、ゴブリンに叩き下ろした。
ゴブリンはもう抵抗することもできなかったのだろう。俺の直剣は相手の首筋から侵入に成功し、胸、腰という過程を経て、ゴブリンの体を両断した。肉を叩き切るという初めての感覚に、俺は顔をしかめる。こうして俺の初めての戦闘は終わった。
「ふーん。討伐証明には耳を切り取っていくのか。ちょっと嫌だな…」
頭の引き出し(アップデート済み)から魔物の処理についての情報を引き出す。どうやら魔物の体は全てを引き取ってもらえるわけではないらしい。基本的には討伐者の自由であり、使用可能部位に関しては、武器や防具に利用するために武具店に持ち込むこともあれば、ギルドに直接売ることもできる。それ以外の使用不可の部分に関してはその場に放置するのがベストなんだと。他の魔物が食べてくれるらしいからね。弱肉強食って怖いね。討伐証明部位を持ち込むことで、ギルドからは討伐報酬を受け取ることが出来るみたいだ。
ゴブリンから討伐証明部位を切り取った俺は、ゴブリンの死体をそのままにし、再び街があるであろう方角に向けて歩き始めた。そして十数分歩いた俺の頭に…
〈‼‼‼‼〉
再びスキルが周辺の異常を伝えてきた。警鐘に似たようなものだったが、俺の周りには、俺を攻撃しようとしている魔物の姿はない。そうなると近辺に魔物がいるという事か。しかも一匹じゃない気がする。スキル様様だな
「どうする…?自ら死地に向かう必要はないが、先手をうって倒すことが出来れば、レベルアップの糧にできる。うーん…様子を見るぐらいはしておくか」
そう判断した俺はスキルが教えてくれた方向に向かう。草をかき分けて魔物の姿を探すこと数分。俺はなんとか魔物の姿を発見することが出来た。
「おいおい…マジですかい」
思わず文句のようなものが口からこぼれてしまった。なぜなら俺が見つけたものは、獲物を仕留めたからか、喜びをあらわにしているゴブリンが三匹と、
頭から血を流して気絶してしまっている、一人の少女の姿だったからだ。
戦闘の描写ってやっぱり難しいですね。躍動感が読んでいて伝わってくる作品は本当にすごいと思います。
なんとか初戦闘を終えた主人公。次回にヒロインが登場するかな?