勝負師!
初投稿です。よろしくお願いいたします。
「イヤァ~、亮ちゃん待って・・・」
脇のあいまに頭を突っ込み乳房をくわえると、ひとみは堪らず身をよじらせた。
「いや、許さない。オレは非情な男だ」
オレは推理小説、新人賞。作品送りつづけて、はや、10年、30歳を越えた。
江戸川乱歩の怪奇さ、松本清張の構成力、アガサ・クリスティの巧妙なトリック、コナン・ドイルが生んだ名探偵、あのダンディーなシャーロック・ホームズ。これらを凌ぐ名推理。
「わたし、あなたに賭けたんだからね!」
「オレは種馬だ!責任とれないぜ!」
戯れ合う弾みに、肘がテーブルのカバンに触れた。口紅や手帳、女の小道具にまじって結婚式の招待状?
空気が一瞬凍りついた。
ひとみは、刹那的につぶやいた。
「わたしね、友達の由美に焦ると玉の輿を獲り逃すって教えてあげたのに・・・・・・カス掴んじゃって・・・」
笑って話すが、ひとみは泪いていた。
彼女のひとみを引きずって、ずるりずるり10数年夢を追いつづけた。
「幸せにしてやりたい!」
夢もそろそろ諦めて、家庭を夢見るときもある。
「金の成る木が欲しい!」
オレの名推理がいきれば、銭と女の一石二鳥。
紙面は踊る!
「川原、長嶋、松平・・・園田競馬・・・。札束が身近で舞っていた」
「おい!武豊、ディープは、どこへ行った」
天才男が居ない競馬場へは、魅力は感じない。
「武豊君。貴様は1つだけミスを犯した。ご存じでしょう・・・。又の名は怪人20面相殿?」
常勝男が競馬ファンと美女を裏切るレースを見抜いてこそ、名推理、本領発揮というものだ。
ファンファーレも誇らげに、ズラリならんだ18頭。ゲートが開いた。さあ、スタートだ。
ディープに跨がる武豊。一瞬ぐらりと出遅れた。
「終わったな?・・・・・・」
インティライミが絶妙なタイミングで最終4コーナーを抜け出し最後の直線へ踊り出た。
リードは、十分。最後尾のディープ、武豊のムチが入った。
あれよあれよ・・・距離は縮小。
ディープ圧勝と相成った。
笑止。ディープは誰が乗っても一番早く走る。けれど、オーナーは天才武豊を選ぶ。
「ディープに乗れば、誰だってあれぐらい走れる」
ある、一流ジョッキーのコメント。
このレース、武豊とディープは出遅れた。
最後の直線までそのハンデは響いている。
思うに、コメントを残したジョッキーは、このレース、ディープでも負けたと推理。
「出遅れた!」
瞬間、馬へも騎手の手を通じて意識が伝わる。いわゆる、早仕掛けになる。
最後の直線十分のリードを保つインティライミにならんだ所でジ・エンド。
「お前ではないぞ」
ディープは、テレパシーを送るのだ・・・。
「こんな所で原稿なんか書くなよ」
競馬場で隣にならんだオヤジが、困惑顔で、聞こえるか聞こえないかの忍んだ声で、陰口を吐く。
「うるせぇやい、負け組!」
オレは、お前が3開場12。計36レース全てへエネルギーをそそぎこむ間に、究極の1レースへとデータを絞るのだ。
「敵は武豊、ただ一人だ」
道楽遊びでやっているのではない。非情の勝負を挑んでいるのだ。
競馬は、騎手の判断で勝負を分けるといわれる。スタート、道中の位置取り、仕掛け所、勝利を決めるゴールデンルート。ミスを犯した者が負ける。
森調教師も叫ぶ。
「武豊君は、他の一流ジョッキーと比べて腕の差がそんなにあるわけじゃない。ただ、一番ミスを犯さないジョッキーなんだ。まあ、誰でも出来る芸当じゃないけどね」
美浦の元・リーディングジョッキー、岡部幸雄が唸る。
「僕が10年かかって身につけた技術を、彼は、僕の後方につけたレースの最中に学んでしまうんだから・・・」
武豊の天才たるは、他のジョッキーを凌ぐ学習能力。瞬間で物を見抜き対応できる能力を持ち合わせている。
人一倍の学習で磨かれた天分。
「天才、武豊」を読みまくるオレ。
無粋な男は、そっぽを向かれ気がつけば、人馬一体とは、交われず敗退する。
「オレも天才の・・・はずなのに、今日もひとみを抱いている」
女に乗せると一流のオレ。ああすればこうなる。こうすれば、ああ・・・フフフ。
「もう・・・いやよ・・・」
漏れだす女の欲望への入口を手繰りよせ、溢れだす色情の壺を刺激する。
恍惚に横たわるひとみ。そのたびに、満たされぬ、何かに不満をいだく・・・。
一流のジョッキーになっても牝馬は扱いが難しい。
豪腕の異名をもつジョッキーは、剛のスタイルから牝馬との相性が悪い。
『女は押して押して押しまくれ!』
無粋な男は女にモテず1つになれない。
長く伸びるタテガミを時にやさしく、時に激しく、長く伸びるタテガミをかきあげて、
「オレに惚れるなよ」
天才と呼ばれた福永洋一。息子の祐一は天衣無縫のじゃじゃ馬ならし。
特に、気性難の馬に乗せると、あれよあれよの愛のムチ、1着でゴール板を通過する。
「ヤツの手管は、臆病なものの乙女心を逆手にとる。あの日の女も一撃だった」
一流の転がしの福永。反面、本命馬でもポツンポツンと負けてしまう。不満が残り信用もできない。
「また、やりやがった!」
自滅するパターンでも最後までもってくる。
それにつけても武豊。乙女心を操る様は、正に歌舞伎町のホスト。
福永大先生に増して、女殺しの名人は、アイツである。
力は互角の牝馬に乗り、武豊と福永競り合えば、最後は鼻差。武豊の勝利と相成りまする。
「さて、この一流ジョッキーの差はなんでしょう?」
武殿のイメージは、いつも勝つ。対して、福永大先生は、あっさり負ける。
「勝利への情熱が違うのか・・・いや・・・」
福永が情熱を燃やす。気持ちが馬へ伝わりかかって敗北なのか。
「技術?」
そんなものは、この二人のクラスまで来ると大差はない。
「読み?」
勉強熱心な二人、キャリアの差はあれどそれほどには劣らない。
「馬の能力?」
人当たりのよい二人は、競馬界を見回しても恵まれている。
「では、何が!」
どんな、データや資料を読んでも、二人の力の差を証明する決定打はない。
しかし、年間を通せば、二人に横たわる100勝の開。福永が一流と成っても変わらない開き。
『二人を埋める結論を見いだせない』
オレは、今日も挑んでいる。
武豊が勝って、福永が負ける。又、勝つ。又、負ける。の繰り返しだ。
ひとみは、オレの憐れな姿を見てつぶやいた。
「あ。このレース。武豊、まけるよ」
何を言い出すんだこの女は、オレがどこをどう読んでも今日の勝利は揺るがない。
「バカにつける薬はない」
レースの決着がついた。
武豊のディープインパクト。まさかのハーツクライの2着。
「何故わかった・・・」
「女の勘よ」
全知全能を賭けた武豊との勝利。読んで読んで読みまくったがやっぱり負けた。
天才には勝てないオレなら諦めもつく。オレが飼い慣らした女に負けたのだ。
いっそう、競馬に入れ込んだ。勝負!勝負!勝負!先は見えない、答えは見つからない。
原因と結果。何度見直しても武豊とオレの溝は埋まらない。
「ええぃ。ヤケクソ、やけっぱち!」
一か八か。オレが集めたすべてのデータ投げ捨てた。
「女の勘!いや、オレの勘に全て賭けた」
勝率3割を突き抜けた。
「武豊の足元にはじめて食らいついた。誰が離すものか、離してやるものか、オレは誓った」
配当金で、ささやかなひとみへのプレゼントを買って、足早に帰宅へと相成った。
部屋はなんともぬけのから。喧嘩も口論もなく、上手くやって来たのに・・・。
「喜ぶ顔を見ようと思ったのに・・・」
オレが競馬で掴んだものは、読みだけでは、勘や閃きに勝てないということだった。
全身全霊を張り巡らしたオレの推理も、ひとみの愛の1ムチで打ち砕かれたが、愛のおかげで、オレはあの天才ジョッキー、武豊の尻尾に喰らいつけた。
この10年間、築き上げて来た大きな物を無くしたが、オレの心の奥底に一筋の光明が蠢めき始めているのだ。
(2005.有馬記念より)
小説家になろうでは、あまり見かけないジャンルでしたが、いかがでしたでしょうか?
よければ、感想下さいませ。