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最果てのアスティリア  作者: れいろ
黒と赤の二重奏
5/7

半々の賭け

『それで、どうするんですかこれ』


『どうするっつってもなー』


男と少女の周りを数えきれないほどの狼型の魔物が囲んでいる。その状態に呆れたように問いかける少女と、心底どうでも良さそうに答える男。

待ちきれないかのように唸りを上げながらじりじりと二人に迫る魔物の軍勢。死の恐怖とはまさにこういう時に感じるものだろうという場面に反して、男は欠伸をしながら剣の峰でとんとんと軽く肩を叩いている。

やる気のなさそうな男の態度に少女は大きく溜息をつき、手にある紅の銃を魔物達に向ける。


『ま、取り敢えず全部ぶっ殺しちまえばいいだろ』


『やること為すこと極端なんですよ、あなたは』


『なんだよ。ーーーはいい加減俺に慣れた方がいいぜ』


『いえ、もう諦めたので』


『あ、そう。んじゃあー』


ーさっさと終わらせるか。


興味なさそうに呟き漆黒の剣を軽く横に振る男。たったそれだけのことなのに、前方にいた魔物の全てが跡形もなく消え去った。

それを合図に残りの魔物が全方向から二人に向かって襲いかかる。しかし全く動じることなく半回転しながら銃で魔物の頭を的確に撃ち抜いていく少女と、間合いに入ってきた魔物の頭を容赦なく切り落としていく男。

その圧倒的な力を見せる二人は、ものの数分で数えきれないほどいた魔物の軍勢の全てを葬り去った。


そしてそこで、僕の意識は暗転した。





ゆっくりと目を開ける。一番最初に飛び込んできたのはどこか見覚えのある天井。どうやら僕はベッドに寝ている状態のようだ。

なんとなくふと隣を見ると、そこには僕と同じようにベッドで眠る紗凪の姿があった。


「そうか。マルクさんの家か」


今自分がどこにいるのか見当がつき、何故か安心してしまう。が、その瞬間に先程の光景を思い出し、勢いよく起き上がる。

部屋を見渡してもやはり僕らの武器は見当たらない。ということは盗賊に襲われたあの出来事は夢なんかじゃない、ということか。

まぁでも命が無事だっただけまだマシなのか。


すると三回ノックされた後に、扉が開きシェスカさんが入ってくる。体を起こしていた僕を見て驚くなり、すぐさま駆け寄ってきた。


「ハルトさん!体は大丈夫なんすか?」


「ん、多少痺れは残ってるけど問題ないレベルだよ」


僕の言葉に安堵の息を漏らすシェスカさんだが、僕の視線を受けて真面目な顔になる。雰囲気が変わったシェスカさんについ僕も背筋をピンと伸ばしてしまう。


「武器は奪われたみたいですね」


「うん、なんか盗賊みたいな二人組に。ただ気を失う寸前にそいつらが騎士みたいな奴らに渡してたんだよね」


「私が気付いたときにはハルトさん達以外見当たらなかったんすけど、おそらく騎士団ですね」


「騎士団?」


僕の疑問にシェスカさんは頷く。


「王国直属の精鋭達の部隊、グレセント騎士団。前々から噂はあったんす。王族の一部の過激派があの武器を狙っているってことに。それでも今の今まで手を出すことはなかったんすけど……」


「……何らかの方法で封印が解けるのを察知して来たか、あるいは昨日封印が解かれると分かっていたから、ですか?」


「紗凪、起きてたのか」


横のベッドから急に聞こえた声に顔を向ける。完全回復、とまではいかないものの上半身だけ起き上がらせている紗凪は言った。

確かに紗凪の言う通り、その可能性は高い。タイミングが良すぎるのだ。


「あたしもサナさんに同意っす。何度か騎士団はこの村に訪れてるんですよ。洞窟には一部の村人から許可がないと入れないんすけど、奴ら強引にこちらに納得させて入ったんで何か仕掛けていたとしたらそれかと」


「まぁ何にせよ武器が奪われたことには変わらない。どのみち王都には行くつもりだったんだ。武器を取り返そう」


「どうやって?武器は奪われた、魔法も使えない。この状況で取り返す術なんて何一つないんだよ?」


不安そうに話す紗凪の言葉はもっともだ。シェスカの動きや盗賊の動きを見て思ったことだが、この世界の住人は僕らと比べて基本的な身体スペックが高い。生まれ育った環境故のことなのだろうが、武器を奪われた今、このアドバンテージはかなり痛い。

もし仮に武器に変わるものを手に入れたとして、相手に魔法なんて使われたら即終了ジエンド。そもそも戦いにすらならない可能性だってある。

とすれば、バレずに取り返すしかないということになるが……


「取り敢えず王都には向かおう。どう取り戻すかなんて道中にでも考えればいいし」


「相変わらずそこら辺は適当だよね兄さん。でも確かにここでじっとしてるよりかはマシね」


「ってえっ!?そのままで行くんですか!?危険っすよ!」


「いや、森の中に凶暴な魔物いないとかって言ってたし何とかなるだろう」


「確かにそう言いましたけど、魔物自体はいるんすよ?」


「あそこにいる奴は人を襲わねぇよ」


そう言い、扉から新たに入ってきたのはマルクさんだった。そのままこちらに向かってきて、壁際に置いてある椅子に腰をかける。


「森にいる魔物は基本的に俺達を怖がって近付くことはしない。武器がなくても森を抜けることは可能だ」


「ーって、ことらしいけど?」


マルクさんの言葉を盾にシェスカさんに告げる。するとどこか諦めたかのような短い溜息を吐き、いつになく真剣な顔でこちらをじっと見つめる。


「かといっても無事に王都まで辿り着くとは限りません。油断だけはしないでください」


「はい、わかってますよ」


「んじゃあ方針も決まったとこで、早速向かうか」


「そうっすか。……あっ!そう言えば!」


何かを思い出したかのように手を叩き、ポケットをごそごそと探り中にあった物を取り出した。

出てきたのは薄いタブレット型の、僕と紗凪が元々持っていたスマホだ。

ああ、そう言えば。鞄はこちらに来る時にあの路地裏で落としたのか見当たらなかったが、スマホはいつもポケットに入れていた。それは紗凪も同じで、電波が繋がっているかはまだ分からないが取り敢えず何かしらに使えそうな道具は持ってきていた、ということか。


「勝手に取っててすみません。ここに運んで寝かせた時に落ちてきたのでつい……」


「別にいいよ。むしろそれ持っていたの忘れていたくらいだし、逆に助かったよ」


そう言ってシェスカさんからスマホを受け取り、紗凪にも返してお互いポケットにしまう。

二人に別れを告げ、今度こそと村の北入口に向かい、森へと足を踏み入れた。森は想像以上に大きな木々の数々に囲まれていて、おそらく舗装されたのだろう道は土や小石で満ちていた。


特に代わり映えのしない道を二人隣に並び、どんどん先へと歩いていく。途中ちらりと見たから外れた場所で生き物の気配がしたが、こちらに来るような気配はない。おそらくはマルクさんの言っていた魔物だろう。この森の魔物は僕らに怯えて襲わない、というのは本当のことらしい。


「それより兄さん、武器を取り返す件についてだけど」


「王族の一部の過激派があの武器を狙っていたということ、奪ったのは盗賊だったけど僕が最後に見た騎士の手元に渡っていた。これらのことを踏まえるとー」


「王都にあるという城にある可能性が高い、ということだね」


「ま、問題はその城に見つからずどう侵入して武器を取り返すかだけど皆目見当もつかないな」


「そうだね。連絡用で使えるかと思ったスマホも予想通り圏外で使えないし、八方塞がりとはまさにこのことね」


そう、結局スマホは圏外で通話は使うことができなかった。勿論ネットも開けないわけで、精々使えるのはカメラだったり、使いどころはまだないが無駄に入れてたアプリのみ。アプリは使いどころないか、流石に。

城ともなればそれこそグレセント騎士団が警護に当たっているのだろうし、その状態で何も使えるものを持っていない僕らができることなんて皆無だ。

一番理想なのは王都で頼れる助っ人がいてくれればいいのだが。マルクさんとシェスカさんに見たことない服装だと言われ、疑われていた怪しい僕らにそう簡単に協力してくれる人はいないだろうし、もしいるとしたら何か裏があるに決まっていると疑いをかけるレベルだ。

だとしたら僕らにできることなんて大分限られる。だからまずはー


「街で情報収集からだな」


「それが妥当だと思う」


紗凪も賛成してくれたところで、取り敢えずの目標が決まった。ある程度城や騎士団に関しての情報を集め、そこから糸口を探す。正直結構な賭けの部分もあるけど、現状一番可能性があるやり方だと思う。


それからしばらく変わらぬ歩幅で歩き続けていると前方、少し道から逸れた場所にあの盗賊を彷彿させるような格好をした男が佇んでいた。

紗凪もすぐに気付いたらしく、きゅっと僕の制服の袖口を掴む。もしかしたらあの時の盗賊かもしれない。ということは僕らの武器に関して何らかの情報を持っている可能性が非常に高い。しかも相手はどうやら僕らに背を向けているためか、こちらに気付いた様子はない。

ああ、これは絶好のチャンスではないだろうか。気付いていない状態ならばあの頭に思いっきり、全力の回し蹴りを食らわせたらひとたまりもないだろうし、確実に当てられる。


そうと決めれば僕は足音を出来るだけ殺し、盗賊に近付く。残り五メートルもない辺りまで来てから静かに深く深呼吸をする。

心を落ち着け、盗賊に向けて一気に駆け出す。足音が近付いていることで流石に気付いたのか、盗賊はこちらに振り返ろうとする。が、もう遅い。


盗賊がこちらに振り向く直前、助走をつけて一気に跳躍する。その際に体を捻り回転を加えた僕の一撃は、見事に奴の顔面にぶち当てたわけだ。

勢いのある僕の一撃は思いの外上手く盗賊に入り、そのまま吹っ飛んでいった。


「よし。あとは武器を奪って抵抗できないようにして情報収集で全部搾り取ってやるよ」


「はぁ……本当に兄さんはめちゃくちゃなんだから。あと今表情がすごく悪人っぽいよ」


「盗賊はどう見ても悪だろ?そしてそれに敵対したことになる僕はその反対、つまりは善!正義!ジャスティス!」


「なんて滅茶苦茶なこと言ってるのこの人」


呆れつつもそれを気にしないかのように笑いながら一撃浴びせた盗賊へと近付いていく。

そしてそれはまさに、その時だった。


「……は?」


僕が武器を取ろうと手を伸ばそうとしたところで、急に盗賊がよろよろと起き上がる。その光景に足のようにピシリと固まってしまう僕と紗凪。あれ?確かに気絶した筈なんだけど……


「突然やってくれるじゃねぇか兄ちゃん。覚悟は出来てんだろうなぁ!?」


「すみませんでしたぁぁぁ!!」


鬼のような形相で僕らを追いかけてくる盗賊。

渾身の一撃だと自負していたのにこの状況、どれだけ身体スペック高いんだよ異世界人!?怪我がある時点で全く効いていない、というわけではないみたいだけど。それにしてもタフすぎるでしょこれは。


「逃がさねぇぞ小僧!」


「ちょっ、まっ、死ぬっ!やばいやばいやばい!」


「元はと言えば兄さんのせいでしょこの状況!」


ああ、本当に。何やってんだよ、僕。





朝、目が覚めた僕はベッドから起き上がり大きく伸びをする。隣ではまだ気持ちよさそうに紗凪が寝ている。いつもならば紗凪の方が早く起きるというのに、よほど昨日の出来事で疲れているのだろう。


森で盗賊に追われカンナさん率いるグレセント騎士団に助けられ、ツェスタさんにこの宿屋に案内してもらってと、本当にこの世界に来てから休み暇もないほど怒涛の日々だ。

体力や疲れは休めたおかげでしっかりと回復している。なんなら万全と言っても過言ではない。


少しは体をほぐそうと部屋の隅で軽くストレッチをしていると、眠たそうな目を擦りながら紗凪が起きた。

こちらを見ておはようと言う紗凪は、どうやらまだ少し寝ぼけているようだ。


ストレッチをしながら挨拶に答えてしばらくすると、徐々に意識がはっきりとしてきたのか小さく欠伸をしてから起き上がり、ベッドを椅子に見立てて腰掛ける。

それを確認してからある程度体もほぐれたなと思うと、同じようにベッドに腰をかけて口を開く。


「まず、侵入を決行するのは夜にしよう。いくら一度城内に入っているとはいえ、流石に何の情報もなしに行くのは得策じゃない」


「それは同感。どのみち日のあるうちだとバレる可能性も大きいしね」


「だね。出来るだけリスクは減らしたいし、朝食食べてからすぐにでも情報収集しよう」


気を利かせてくれたのか寝室だけではなく、食事までもを付けてくれたらしい。ツェスタさん、というかセレスティア姫には感謝しなきゃな。これから敵対してしまうわけだから多少心苦しくはあるが、それはそれ、これはこれ論である。そんな論ないけど。


下の食堂のようなところに来て、お任せで朝食をいただく。朝食のパンやサラダ、スープという組み合わせはこの世界でも変わらないようだ。唯一不安要素を挙げるとすれば青みがかったスープなわけだが、中々どうして意外に美味しい。

見た目とは相反してほんの少しの甘みとクリーミーさがシチューを思い出させる。見た目はアレだけど。


無事に朝食をいただいた僕らは宿をあとにして、街でも人通りが多い場所に足をのばした。

流石は王都といったところか。昨日宿屋に案内された時も思ったが、まず人の多さが尋常じゃない。東京なんて比じゃないくらいだ。そして僕らと同じ人間や、獣人、龍人などといった亜人達もわんさかいるし。その光景が僕と紗凪にここが異世界なのだと改めて認識させる。


取り敢えず、流石にいきなり亜人と話すのは中々勇気がいるので同じ人間に話しかけてみる。


「あの、その、えっ、と……」


「え?何?」


「あっ、えっと、ですからその……うぅ」


若干コミュ障気味、もとい人見知りの紗凪に任せるのは無理があったか。


「ああ、すみません。こいつ人見知りで。聞きたいことあるんですけど、王族でも過激派とかがいるとか聞きまして。そこのところどうなんだろうなぁ、と」


「あ?まぁそれくらい知ってる奴なら誰でも知ってる話だ。王族にも保守派と過激派ってのがいてよ、保守派は現状の政治や財政を保つことに重きを置いてるんだがな。過激派はそれを真っ向から否定していてな、それこそ敵対関係にある帝国と一発おっ始めようって話よ。こっちからしちゃ溜まったもんじゃねぇけどな」


「それはつまり戦争、ということですか?」


「おうよ。表面上はこんな感じで豊かで楽しい国だが、実際の内情はかなりギスギスしてんだよ」


「そうですか。お話しありがとうございます」


男に礼を言い、紗凪の手を引っ張って次の聞き込みをしようと歩いていく。

それからというもの色々な人から聞いた情報を纏めてみるとこうなる。

・王国には現在、保守派と過激派が存在している。

・過激派は帝国相手に戦争を仕掛けて勝ち、王国の支配下に置き更なる大国にしようと目論んでいる。

・僕らから武器を奪った過激派はその戦争のために武器を使おうとしているかもしれない。

・過激派、保守派を支持している国民はものの見事に二分して対立している。尚、現状は過激派に傾きつつある。


「なんか、思った以上にやばい状態みたいだな、この国」


「見た限りではそんなこと分からないほど豊かな国なのにね」


「ま、だけど活路は少し見えたかな」


そう言い切る僕に視線を向ける紗凪。その目には僕の考えが分かったようで、心配そうにこちらを見つめる。


「本気なの?上手くいくか分からない、それこそ一種の賭けと変わらない程の可能性だよ?」


そう。紗凪の言う通りだ。上手くいく可能性は五分五分。いや、むしろ成功するかどうかが若干怪しいくらいだ。それでもゼロじゃないし、今何も力を持っていない僕らにとっては一番武器を取り返す可能性のある作戦でもある。

そんな紗凪の不安を取り除くように、力強く、はっきりと告げる。


「ー保守派の連中を味方につける!」

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