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最果てのアスティリア  作者: れいろ
黒と赤の二重奏
2/7

始まりの日

けたたましく鳴り響くスマホのアラーム。これで本日七回目だ。一分置きに設定しているそれは、僕の安眠をことごとく妨害してくる。更にスムーズ機能で追い打ちをかけてくる始末。いやまぁ自分で設定したんだけどもね。


一度大きく溜息を吐き、覚悟を決めて手を伸ばしスマホのアラームを切る。その際にちらりと見えた時刻は七時半。

……うん。そろそろ準備しないと遅刻確定。

僕的には遅刻するのは問題ないのだが、妹の紗凪的には問題大有りのようだ。紗凪は学年トップの学力を持つ上に無遅刻無欠席と、まさに絵に描いたような優等生なわけで。ただ兄である僕にもそれを強制しなくてもいいと思うんだけどなぁ。

が、文句を言えば問答無用で弁当抜き晩飯抜きのコンボ技を決められるために強くは言えない。


僕の家は両親が共働きな上に朝早くに出て夜遅くに帰るため、必然とある程度の生活は自分達でやらないといけないのだ。料理がさほど得意ではない僕は紗凪に任せている。我が妹ながら中々の腕前なのだ。味がめちゃくちゃ僕好みだし。

妹に胃袋を掴まれた情けない兄貴ですが、これでも運動神経は超良いと自負している。……体力は人並みだけど。


「兄さん、ご飯出来てるよ」


時間を見ながらスマホと睨めっこしていると、急に部屋のドアが開き紗凪から声がかかった。平日学校がある日に限っては毎朝紗凪が起こしてくれる。いやなんかもう本当に情けなさすぎてこのまま部屋で大人しくしていようかと迷うくらいだ。あと眠いし。


そこは流石兄妹。僕の考えがわかったのかこちらにじとーっと視線を向ける妹様に朝食抜きの危機を感じた僕は、素直にベットから起き上がり制服に着替え始める。

不思議なことに異性ではあれ兄妹となると目の前で着替えようが全く気にしない。それは妹の紗凪も同じようで僕が着替え始めてしっかり起きたのを確認してから、「早く来ないと冷めるよ」と一言言い残しリビングへと戻っていった。

最後にキュッとネクタイを締め、愛用のリュックを持ってリビングへと向かう。

リビングの扉を開けると良い香りが鼻をつき、僕の食欲を刺激する。食卓に目を向けると二人分のトーストと目玉焼き、ベーコン、コーンスープと朝食らしいラインナップが綺麗に並べられていた。

そのまま席に着くと、キッチンから紗凪は丁度今淹れたのであろうコーヒーを二つ持って僕の対面の席に着く。


「はい、コーヒー」


「ん、ありがと」


コーヒーを受け取り早速口をつける。程よい熱さと苦味と酸味の効いた濃厚な味。すーっと鼻から抜ける芳醇な香りに思わず感嘆の息が漏れる。

僕のその様子に紗凪はくすりと笑い、同じように一口コーヒーを飲んだ。


「ふぅ……。それにしても兄さん、コーヒー飲むといつも幸せそうな顔するよね。なんかお父さんみたい」


「まだ僕ピチピチの学生なんだけど」


「ああ、なんかその表現じじくさいよ。ていうかもうおじさん」


「急に辛辣だね……てかそれもう悪口でしょ」


お互い朝食に手をつけながら淡々と話していく。会話の内容も日常茶飯事みたいなことで、こうしたやり取りも長年続くと日課みたいなものになっている。


朝食を食べ終わり片付けると、紗凪が鞄を持って玄関へと向かう。僕もそれに続き家を出て、いつものように肩を並べて学校へと足を進めた。この歳で兄妹一緒に揃って登校するのは珍しいと友人に言われるが、比較的仲が悪くない、むしろ良い方だと言える僕ら兄妹にとっては当たり前のことだ。

先程と同じような話をしながら歩いていると、後ろから声がかかる。一度立ち止まり振り返ると、そこには僕の友人でありクラスメイトの槇館まきだて龍矢りゅうや佐久間さくま夏乃なつのだった。


「相変わらず仲良いな如月兄妹!」


「本当に羨ましいよねー」


活発な性格の龍矢と無表情棒読みがデフォルトの夏乃は小学生の頃からの付き合いで、一つ下の紗凪ともう一人を加えて五人でいつも遊んでいた。所謂幼馴染ってやつだ。


「ああ、そういや龍矢は美鈴みすずちゃんと仲悪いんだっけ」


「そうなんだよ!こんなにも俺は美鈴のことを愛しているというのに!!」


「……そういうところが嫌われている理由なのいつまで気付かないのこの馬鹿は」


「ちょっと紗凪さん。そういうのは本人に直接言おうね?マジトーンでボソッと言われると超怖いから」


まぁ紗凪は龍矢の妹である美鈴ちゃんとも同い年からか仲が良いみたいだし、龍矢に対する愚痴みたいなのも聞いているんだろう。ちなみに五人目の仲良しメンバーはこの美鈴ちゃんだったりする。


こうやって四人揃って登校するというのも珍しくはない光景で、僕にとってはとても居心地の良い時間だ。

龍矢が騒いで、紗凪がツッコミを入れて、夏乃が昨日読んだ本の話やテレビの話をし始め、僕はそれらにちょくちょく相槌を打ったり話を加えたりする。

そんないつもの日常だったからだろうか。普段は目につかないそれ(・・)に、気付いてしまったのは。


丁度僕らの真横を通る少女に。雪のように真っ白な腰までの長い髪が陽の光に反射して、キラキラと光っているその姿はどこか幻想的にすら感じ、僕は無意識のうちに足を止め魅入ってしまった。


急に止まった僕に三人も足を止め僕の視線の先を追う。遠ざかる少女の姿を見て一番に反応したのは案の定龍矢だった。


「おいおい!まさか春翔今の子に惚れたのか?まぁ確かに綺麗な子だったけど高嶺の花すぎて無理無理!」


「違うって!そんなんじゃないよ!」


「へぇ……兄さんはああいう人が好みなんだね」


「……春翔君。変態」


「だから違うってば!てか夏乃!僕何もしてないからね!?」


龍矢がふざけて言うから他の二人も冷たい視線を僕に向け始める。ていうか二人に関してはなんで怒ってるの?っていう感じだけど。そして龍矢に関しては後で少しお説教しなきゃだね。


相変わらずの二人の冷たい視線と龍矢の面白がった顔を一瞥してかなり深い溜息を吐く。


「……本当にそんなんじゃないから」


参ったように言う僕に渋々だけど納得したのか二人からの視線は収まる。ただ龍矢だけは未だにニヤニヤしながらこちらを見ているが。本当にこいつどうしてくれようか。


……でも、本当に龍矢の言ったようなことじゃない。

綺麗だとは思った。まるで人形のような、どこか芸術的にすら思えたのだから。しかしそれだけのことでしかなく、僕が一番に感じたのはそんなことではない。


どうして僕はあの少女にー


「ってそろそろ急がないと遅刻するぞ!」


「兄さんが止まるからです」


「僕だけのせいじゃないだろ!」


「走るの好きじゃないんだけどなー」


各々が反応を示し学校へ走り始める中、どうしても少女の姿が頭から離れない。

しかしいくら考えたって答えが出るわけでもなく、頭を振り、今は遅刻しないようにと足だけ動かすことに集中することにした。





無事遅刻もせず、特にこれと言ったこともなく授業は進み今は昼休み。学食や購買もあるが、僕は毎朝紗凪が作ってくれているお弁当を持参している。紗凪にあまり負担をかけるようなことはしたくないが、紗凪自身が大丈夫と言うのでその言葉に甘えている。実際その方が無駄に毎日お金がかからなくて済むし、家計的だと母も感謝しているくらいだ。


ちなみに昼休みは僕と龍矢と夏乃の三人で食べている。学年の違う紗凪は同じクラスでもある美鈴ちゃんと食べているみたいだ。

僕の机に集まり各々が昼飯を出して食事を始める。が、そこで重要なことに気付いてしまう。


「飲み物忘れた……」


「珍しいねー。春翔君が飲み物忘れるなんてー」


「常に二本ストックだからな春翔は」


「んー。ちょっと買ってくるわ」


二人にそう言い残し、一階にある自動販売機を目指す。三階から降りていき、あっという間に着いた自動販売機には既に先客がいた。どこか見覚えのある茶髪のツインテールに小柄な女生徒。彼女も僕に気付いたのか、あっ。といった感じで近寄ってきた。


「どーも春翔先輩!春翔先輩も飲み物ですか?」


「今日忘れちゃってさ。美鈴ちゃんも?」


「私も忘れちゃって……一緒ですね!」


この龍矢を彷彿させるような活発さを見せる彼女は正真正銘その龍矢の妹、美鈴ちゃんだ。

高校一年生ながら幼さを残す容姿の美鈴ちゃんは同級生、上級生問わずに人気を誇っている、いわば学校のアイドル的存在である。

そのため告白する男子生徒は後を絶たないのだが、どこから得たのかいち早く察知してことごとくその邪魔をするシスコン龍矢の手によっていつしか告白する男子生徒は減っていった。どのみち断るつもりだったしその点は助かったと言う美鈴ちゃんだったが、龍矢のあまりのシスコンぶりには勘弁して欲しいといった感じだ。というか美鈴ちゃんの龍矢嫌いもそこから始まったみたいだし。


「あ、美鈴ちゃんってこれ好きだったよね?」


自分の飲み物を買ってから美鈴ちゃんの手元を見ると何も持っていなかった。これから買うのだと思い紅茶を指差して問いかけると、少し驚いたような顔をしてから答える。


「は、はい。よく覚えてますね私の好きなの」


「んー、まぁ長い付き合いだしな」


僕の言葉に溢れんばかりの笑顔を見せる美鈴ちゃんに、不覚にもドキッとしてしまった。

……こんなこと龍矢に知られたら間違えなく消されるな。


紅茶を渡し教室に戻ろうとすると、後ろから声がかかる。振り返るとまだその場にいた美鈴ちゃんからだった。何事かと聞く体制に入ると、それを察した美鈴ちゃんは先程と同じ笑顔で口を開いた。


「今日の放課後、私も一緒に帰って大丈夫ですか?紗凪ちゃんはオッケーしてくれたんですけど一応春翔先輩達にも聞いておきたくて!」


「うん、大丈夫だよ。夏乃と龍矢にも伝えておくね」


「あぁ。兄には言わなくていいです。むしろ言わないでください面倒なので」


「そ、そっか。じゃあ夏乃には伝えとくね」


「はい!よろしくお願いします!」


元気よく返事をした彼女はぱたぱたと足早にここから去っていく。にしても龍矢の扱いは心底どんまいとしか言いようがないけど、登校中の復讐も込めてここは一つ黙っておくことにした。僕って後輩思いだなー。


僕は美鈴ちゃんとは対照的にゆっくりと教室に戻る。既に二人は食べ始めていたようで、所々会話を挟みながらいつも通りに過ごしているみたいだ。僕がいない時の二人ってあんまり想像つかないけど、普段と変わらないんだな。


「おっ。遅かったな春翔!先食い始めてたわ」


「別にいいよ。待たせるのも悪いし。っとそうだ、夏乃ちょっと」


不思議そうな表情を見せる夏乃に手招きをし、耳元に口を寄せる。僕の急な行動にびくっと驚く夏乃だったが、気にせず用件を伝えた。


「放課後美鈴ちゃんも一緒に帰るってさ」


「うん。分かったけどなんで私だけにーあ、そっか。龍矢君ねー」


「察してくれて助かるよ」


勘が鋭い夏乃は僕がわざわざ龍矢に聞こえないように言った意図が分かったようだ。説明しなくて済むからありがたい。

普通に考えてこんなことしなくてもいいだろうと、僕ら以外の人なら言うかもしれないが、むしろこうしなきゃ非常に面倒なことになる。

まず確実に残りの授業、龍矢のテンションが上がりまくって席が近い僕にその被害が及ぶ。そしてそのままで放課後を迎え集まった時点で龍矢のテンションメーターは限界振り切って美鈴ちゃんは愚か僕達四人にも二次被害が及ぶ可能性が高い。本当になんなんだよこのシスコン。


僕らのやり取りを気にせず食べている龍矢を尻目に僕らも昼食を取り始める。どのみち放課後になって合流した時点で面倒なことになるのは確定だけど、美鈴ちゃんの龍矢への対応力は一番だからそこは心配ない。きっとまたボロクソ言われて落ち込むに決まってるし。これもまた日常の一部だしな。


お弁当に手をつけながら、放課後のことを考えて内心苦笑する僕は、再び二人との会話に花を咲かせるのであった。





放課後。紗凪と美鈴ちゃんと待ち合わせている校門前まで三人で歩いていく。玄関を出て校門前に差し掛かるあたりで既にそこにいた紗凪と美鈴ちゃんを見て、龍矢は両手を目一杯に広げ全速力で走る。


「美鈴ぅ!!お兄ちゃんのこと待っててくれたのかぁー!!」


「超うざい」


「がふっ!?」


美鈴ちゃんに抱きつく勢いだった龍矢だが、美鈴ちゃんの辛辣な言葉&躱されたことでそのまま校門の柱に思いっきりぶつかった龍矢は、情けない声をあげてそのまま後ろに弾かれ倒れた。


その光景に紗凪も夏乃も「うわぁ……」といった感じで龍矢に視線を向けている。


「それじゃ、早く帰りましょう春翔先輩方!」


「そうだね。……大丈夫かよ龍矢」


「あ、ああ。大丈夫だ。美鈴の愛はしかと受け取った」


「送ってもいないもの受け取られても困るんだけど……」


心底面倒そうに呟く美鈴ちゃんには、ここまでくると同情せざるを得ない。

満身創痍の龍矢を立たせてなんとか帰路につく。前に紗凪、美鈴ちゃん、夏乃。その後ろに僕と龍矢といった感じだ。紗凪達は女子トークで盛り上がっている中、僕は相変わらず龍矢の話を聞かされていた。


どうしたら美鈴ちゃんがデレるかだの、昔見たく「お兄ちゃん!」と呼んでくれるかだの。正直シスコンもここまでくるともう病気かなと思ってしまうレベルだが、慣れというのは恐ろしい。そうは思っても、まぁ龍矢だし。と納得してしまう僕がいる。


しばらくして前にいた紗凪が、何かを思い出したように短く声をあげ、僕に振り返る。


「兄さん、買い物行かないと夕飯作れないかも」


「あー、そっか。ごめん僕と紗凪スーパー寄ってくから」


「オッケー。また明日ねー」


「春翔先輩、紗凪ちゃん!また明日!」


「如月兄妹また明日なー!」


三人の言葉に軽く返事して紗凪と並んでスーパーへと向かう。その間も絶え間なく会話を挟むが、ふと視界に入った少女に今朝と同じく目を奪われた。


「兄さん…….またなの?」


「だから違うって!……ただ、気になるんだよどうしても。なんていうかうまく言葉にできないけどさ」


僕の視線に気付いた紗凪に若干怒り気味に言われるが、それに少し参ったような表情で答える。

紗凪もその表情を見て察したのか、それ以上は悪態を吐くこともなく納得したようだ。


そうして再びあの少女の方へ目を向けると、少女はこちらを、僕ら二人を見ていた。日本人離れした真紅の目。僕も、紗凪もその姿に目が離せなくなってしまった。そんな状態がしばらく続く中、少女は口を動かした。距離があるためその声は聞こえなかったが、はっきりと僕達二人はその言葉を理解した。


ーこっちに来て、と。


裏路地へと姿を消した少女に、気付けば僕と紗凪は少女の後を追っていた。

表通りとは違う仄かに薄暗い裏路地の雰囲気は、まるで別の世界に続く道のような気がしてならなかった。

そしてその表現は、あながち間違っていなかったのかもしれない。


奥へ奥へと進んでいく中で、いつの間にか追っていた少女の姿はどこにもなかった。そしてそれと同時に、強烈な光が僕ら兄妹を包み込む。


「ちょっ、何だよこれ!?」


「に、兄さんっ!!」


視界を覆い尽くす光の中、すぐ隣にいた紗凪の手をぎゅっと握り締め僕の方に身を寄せる。やがて光は収束し、気が付けば収まっていた。


しばらく開けなかった目も、段々と慣れてきて視界が鮮明になっていく。


「……は?」


しかし鮮明になった視界に広がるその光景は、疑うようなものだった。

先程まで裏路地にいたはずなのに、目の前に広がるのは幾つかの畑と木々の数々。その周りにいる人々は僕らを見て驚きの表情に染まっている。

そしてその人々の服装も、まるで別世界(・・・)かのように見たことがない服装だった。


いきなりのことに頭が追いつかない僕と紗凪は近付いてきた一人の男の言葉でやっと意識がはっきりとした。


「お前さん達、いったい何者だ?」





「どうやら上手くいったみたいね」


古めかしい白を基調とした石壁の神秘的な空間に、白い髪と真紅の目を持つ一人の美しい少女がその場に佇んでいた。

周りに清らかに流れる水の静かな音だけが響き渡る空間で、楽しそうに笑う少女はその手に身の丈以上のどこか神々しい杖を持ちその先端を軽く地面に付ける。

その瞬間、少女を中心として大きな魔法陣のようなものが展開される。複雑な模様の陣は眩い光を放ち、それは少女自身、しいては空間全てを覆い尽くすように輝いた。


「さてさて、次はどうしようかしら。あぁ、でもー」


ーまずはあれを手に入れてもらわないと。


少女の言葉は誰に聞こえるわけでもなく、虚空へと消えていった。

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