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01

召喚の光が治まり現れたのは、小柄な少女であった。

艶やかな黒髪は背中で揺れ、同色の瞳は極上の黒曜石(オブシディアン)を思わせる。

目はぱっちりと大きく、それを縁取る長いまつげが彼女の瞬きのたびに揺れる。柔らかい弧を描く眉毛とすっと通った鼻筋。そして、紅も乗っていないのに桜色に色づく唇は、まるでキスをねだっているように愛らしい形だった。

それらのパーツが、小さな顔の絶妙な場所に配置されている。

魔術師の召喚によって現れた少女はこの国のどのような美姫すら足元に及ばない、絶世の美少女だった。


「おお、そなたこそが天上の女神…。この国の闇を取り払ってくれるという…」

「なんと、彼女が」

「美しい…。この世のものでは無いようだ…」


儀式のために集まった男たちは、一瞬で少女の美しさに目を奪われ、口々に称讃の言葉を口にする。中でも一番目を輝かせていたこの国の王子が、他を押しのけて進み、ぼんやりとこちらを見つめていた彼女の手をとった。


「流石は、女神と呼ばれるだけはあるな。このように麗しい乙女が現れるとは、俺の隣に立っても見劣りせん。…名を聞かせてくれないか?」

「……」

「ああ、まずは俺から名乗ろう天上の女神よ。俺はフィリベール・ルノー・クロヴィス。このクロヴィス王国の王子だ」

「…」


少女は混乱しているのか、唇の端をつり上げる王子の顔を無言で見上げるばかりであった。

わがままで歳の割には子供っぽい言動の目立つフィリベール王子は、なびかない彼女のその態度に一度だけぴくり、と眉を跳ね上げる。

代々美女を娶ってきた王家ゆえに王子の器量は飛びぬけて良く、貴族の淑女たちは方っておかなかった。性格はともかく、王子が微笑めば、皆頬を染め、喜んでついてきたのだ。

だというのに、この女神は己に手を取られて、恥じらいも俯きもしない。そのことを不満に思って王子は彼女のあごを取って引き、顔を近づけた。


「どうしたのだ?美しき女神…。俺がそばにいて緊張しているのか?それなら向こうでゆっくり…」

「ちょ、ちょっと待ってください王子!ぬけがけは…いえ!女神様にまだ詳細をお伝えしていないではないですか!」


二人の間に割って入ったのは、この儀式の中心となって動いていた魔術師であった。彼はさっと少女を後ろにかばいながら、不機嫌になった王子を睨みつける。


「女神様はこの世界を救うための重要な存在。例え王子と言えど、軽々しく手を触れられては困ります!」

「ほう…何が困るというのだ?俺は右も左もわからぬだろう女神のために、一から説明してやろうと思っただけだ。貴様は何かいかがわしいことを考えていたようだな」

「な!何を…!!僕はめ、女神様にたいしていかがわしいことなど…!」

「…貴様ら、いい加減にしないか。女神は貴様らに呆れているようだぞ。…早く部屋に案内するべきだろう」

「そうそう、女神ちゃんだってムッサイ男の喧嘩なんて見ていたくないって~。ささ、女神ちゃん、俺とあっちに行こう」

「何!?」

「やめなさい!汚い手で女神様に触らないでください!」


いつの間にか他の男たちも参戦し、女神と呼ばれる少女だけを置き去りにして会話は進んでいく。否、果たして進んでいると言えるのかどうか。同じところをくるくると回り、そのまま空中分解しそうな気配すらある。

少女はそれをひとしきり無感動に眺めてからため息をついて、徐々に険悪な空気になり始めた一同に向けて口を開いた。


「お話中の所申し訳ありません。私からも少々よろしいでしょうか?」


鳥のさえずりさえ敵わない可憐な少女の声に、男たちの顔がでれりととろけていっせいに振り返った。しかし少女は、彼らに言葉をかけられるのも手間だと言いたげに、矢継ぎ早に続ける。


「天上の女神、というのは私のことですね。はい、わかっています。それで私がこの世界を浄化すると。はい、それも了承しています」

「…え?」

「め、女神ちゃん…?どういうことなの?」

「貴方がたの願いは叶えさせていただきますので、もう少々お待ち頂けますか。恐らく…もうそろそろ…」

「おーい、澪~!澪~!大丈夫~?」


彼方から割り込んできた聞きなれぬ声に、男たちの顔がぎょっと強張る。

果たして何処から聞こえるのか…きょろきょろとあたりを見回していると、唐突に奇妙な現象が起こった。

少女の隣の空間が刃物で切ったかのようにぱっくりと、縦に裂けたのである。

男たちは身を強張らせた。王子や騎士などは、腰に下げてある剣を抜きかけたほど。しかし、女神と呼ばれる少女だけは彼らをよそに慣れた顔つきでやれやれと肩を竦めている。


「大丈夫だよ、千尋。千尋もお疲れ様。時空転移魔法って疲れるんでしょう?」

「うん、でも今回なんか座標が特定しにくくって…、ちょっとヒヤッとしたよ。…よいしょっと」


少女と会話するのんきな声の主は、何と唐突に避けた空間から姿を現した。

女神と呼ばれる少女よりも僅かに背の低いその人物は、非常に穏やかでにこやかな顔をした少女だった。年齢は恐らく女神と同じくらいだろう。二人はとても仲の良い様子で会話を続けている。

今度は置き去りにされた男たちは、一瞬呆然としていた。しかし一番先に我に返った魔術師が、恐る恐る「あの…」と、二人に声をかける。


「貴女は、いったい何者ですか?女神様に無礼でしょう」

「そ、そうだ貴様!我らの女神に馴れ馴れしい!唐突に現れて、下賎の者が!!」


怒鳴ったのは傲慢を絵に描いたような王子その人である。今にも剣を抜き放たんばかりの殺気を放っている彼だったが、二人の少女は怯えた様子も見せずやはり慣れたような顔つきと口調で彼らに言った。


「無礼で馴れ馴れしい、のは貴方たちでしょう。千尋に対しても、初対面の相手にする態度とはおもえません」

「と、言うわけで、澪は一旦連れて帰ります。あ、でもちゃんと装備を整えたらまた来るんで、安心してくださいね~」

「な…女神!何を…!?ま、待て!」


言うが早いか、後から現れた方の少女は、女神の腕を掴んで空間の亀裂に引き込んだ。するりと二人の姿は消えていく。

これにぎょっとしたのは王子たちである。

慌てて女神を取り戻そうと手を伸ばすが、もう遅い―――二人の少女の姿は、あっという間に亀裂の中に吸い込まれていった。

そして彼らが瞬いた瞬間には…その亀裂すら跡形もなく消え去っていた。





女神、あるいは神子、また場所を変えればは聖女とでも名を変えるかもしれない。

世界を救うとか、世界を浄化するとか、もしかしたら勇者と呼ばれる存在に力を与える、ある意味人知を超えた能力を持つ女性に与えられる名称である。

小説やアニメ、もしくは映画やゲームにてその姿を確認することが出来る。こう言った女性が主人公だった場合、世界の壁を超えて召喚された現実世界の女の子…という設定が多い気がする、のは偏った己の知識のせいだろうか?


真壁千尋の幼馴染で親友、佐々木澪は、様々な世界に召喚され女神、あるいは神子、またあるいは聖女…と呼ばれていた。

酒の席か寝言で無ければ、本気で頭を心配されてしまいかねないが、事実である。千尋は勿論、澪自身も、そのことを自分たち以外の前で喋ったことはない。

しかし。ひとたび女神と名がつけば羨望の眼差しで見られ、姫君もかくや、という扱いを受けるこの役割だが、当の澪はそのことを良く思っていないのが明白だった。


「…私を召喚する人たちって、やっぱり勝手に喋り始めて、勝手に暴走するひとばっかりなのよね」

「うーん、今回のは強烈だったね~。…ねえねえ、どうせなら澪の方から説得してみたら?」

「最初はしてたわ。何度も何度も言葉をつくした。でもどうやったってああいう人たちって、私の話を聞いてくれなくって」


何度目かわからないけどとにかく途中で、話すのを諦めた。と、千尋に手を引かれながら、澪は言う。明らかに憤慨している様子に、千尋は先ほどの男たちの態度を思い浮かべて仕方ないと、肩を竦めた。

あれは口を噤みたくなるだろう。千尋だったら出会った瞬間に会話するのを諦めている。何度か説得にトライした澪は、真面目で人が良い。しかも少々物の言い方はきついが、容姿はとびきり愛らしいというおまけつきである。だから女神なんて、面倒な大役を世界から押し付けられてしまったのだろうか?

彼女が負った宿命の重さに改めて息がつまりそうになり、その手をぎゅっと強く握り、千尋は飛ぶ速度を速めた。


二人は今、世界と世界を繋ぐ異空間を飛んでいる。全て女神と呼ばれる澪の力…ではない。千尋の能力である。

千尋は空間転移の魔法が使える。これも人に言ったら正気を疑われる類の真実である。





千尋の親友、佐々木澪が初めての異世界召喚に巻き込まれたのは、今から3年ほど前にさかのぼる。

千尋、澪、ともに15歳。同じ高校に進学したばかりのときだった。あたりはすっかり春めいていて、ちらちらと桜が舞っていた。二人は真新しいセーラー服姿で、学び舎へ続く通学路を歩いていた。

平凡と言う言葉がそのまま目の前に現れたかのような、それでも平和な時間。崩れることなく続くと信じていたこの平穏が終わりを告げるなど、二人が考えているはずもない。

―――それは唐突に訪れた。


「癒しの神子よ…我らが世界に救いの手を…」


彼方から聞こえてきた声と共に、視界が溶けた飴のように、ぐにゃりと歪む。

眩暈だろうか、と一瞬考えた。だがそれは、一瞬のふらつきなどではない。千尋と澪にとって人生そのものが揺らいでしまう事件のはじまりだった。


「神子様、どうか我らが国の穢れを浄化してください!」

「なんと美しい…これが我らの力となってくれる、神子なのか…」

「可憐だ…この国に、いや、外つ国にもあのような美貌を持つ女はいない」


気がつけば、澪は見目麗しい男たちに囲まれていた。彼らはこちらを見て、口々に澪の美貌を褒め称える。皆病魔にかかったかのように熱っぽい瞳をこちらに向けていた。

容姿を褒められることの多かった澪だが、初対面の相手に…しかもこんなに大人数に迫られることは無かったので、その異様さにたじろぎ、動けなくなってしまう。しかも、彼らの言っている『神子』という意味がわからない。


「…ん?なんだ、この娘は」


微動だにしない己に追い討ちをかけるように言葉を重ねる男たちの一人が、ふと澪の隣に視線を転じた。

そこでようやく、気がつく。澪の隣には、見慣れた横顔が呆然と前を向いて立っていた。


「ち、千尋…?」

「澪、何?いったい何が起こったの…?」


隣に立ちすくんでいた少女…幼馴染、真壁千尋の名を呼べば、彼女ははっと澪を見て我に返った。

このときの二人は気付きようも無かったが、澪だけでなく千尋までも、異世界召喚に巻き込まれてしまったのである。

見知らぬ場所に仲の良い人物がいればお互いに身を寄せ合いたくもなるだろう。幼馴染の千尋と澪はそのセオリー通り、手を握り合おうとした。


「貴様!神子に何をする!!」


突然二人を…否、千尋を怒鳴りつけて、その手を勢いよく払ったのは、先ほどの男たちの一人だった。

冷静に見ればなかなかの美丈夫だったが、いかんせん浮かべている表情が恐ろしい。何より暴力まがいのことを働かれたので、二人はすっかり萎縮しきってしまった。

おろおろとする千尋たちに構わず、男たちは小奇麗な顔に笑み浮かべ、澪へと語りかける。


「神子様、このような娘に触れてはいけません」

「そうだ…神子姫…貴女が穢れてしまう…」

「神子さん、必ず僕たちが神子さんのことを守るからね!さあ…こっちへ来て…!」


数多の手が二人へ迫る。異様を通り越し、それは異常であった。

動けなくなった二人は、結局別々に捕らえられて、澪は豪華な調度品に囲まれた部屋に、千尋は牢屋と比べても変わらない場所へと軟禁されてしまう。

離れ離れになってしまったのだ。千尋の隣には自分の手を叩いた恐ろしい男しか居ない。親友澪の姿が見えなくなったとき、千尋は身が切られるような絶望を味わった。


「貴様、よくも我らの癒しの神子にその汚らわしい手で触れようとしてくれたな。その無礼な振る舞い、万死に値する」

「み、神子…澪のこと?いったい澪が、何をしたっていうの?」

「とぼけるな!」


男の手が、ぴしゃりと頬を打った。痛みと衝撃で、千尋はのけぞり、しりもちをついてしまう。

男の人に手を上げられたことの無かった千尋の体は、がたがたと震え始めた。怯える少女を無慈悲に見下ろしながら、打った手も汚らしいと言わんばかりにハンカチでぬぐったあと、冷たい口調で告げた。


「貴様はここにいてもらう。本来ならば命を奪われてもおかしくないところを助けてやるのだ。ありがたく思え」

「澪…澪に会わせて…」

「穢れた魂の貴様を、癒しの神子に会わせるわけにはいかない。身の程をわきまえろ」


きっぱりと言い捨てられて、千尋は泣き崩れた。男はそんな千尋を一瞥して、すぐに踵を返し部屋から出て行った。

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