第4話-2
「祐作よ……」
顔を上げたばあさんの口から聞いたことのない男の声が発せられた。
オレの背中に悪寒が走った。
「間違いない。先代の声です。柏木、早くこれを金庫のキーへ」
岩金は小ビンを柏木に手渡そうとする。
「愚かな息子よ……。その金庫には最初からカギなどかかってはおらんかったのだ」
「何ですって? 柏木!」
「はい」
柏木は小ビンを受け取ることなく、金庫を開けるレバーを引いた。扉はゆっくりと開い
ていく。
「四代目」
呆気にとられながらも岩金の指示を仰ぐ柏木。
「中を確認しなさい!」
柏木は金庫の中に入ると、納得のいかない顔で封書を持ってすぐに出てきた。
「四代目、中にはこれしか入ってなかったんですが」
岩金は柏木からその封書を取り上げる。さっきまでの卑しい傲慢な笑みが消えていた。
中から一枚の紙切れを取り出した岩金はそれを黙読した。岩金の表情がどんどん引きつ
っていく。
そんな岩金を見ながらばあさん、つまり岩金組先代組長は、
「あれはワシの最後の賭けじゃった。組を解散すると言えば強欲なお前のことだ。ワシを
殺してでも財産を手に入れようとするだろう。だが、もしお前がワシを殺さなければ全財
産はお前に譲るつもりでおった。じゃが、お前はワシを殺した。お前にやる金は一銭もな
い。残念じゃったな、バカ息子よ」
手紙と同じ内容を語ってくれた。
岩金は読み終えた手紙を破り捨てた。
「何が賭けだ! ふざけたことしやがって!」
こめかみに青筋を立てて、岩金は懐に納めた小ビンを取り出すと、床に投げ捨てた。
「こんなもの!」
割れた小ビンから飛び出した眼球を岩金は踏みつけた。
ぷちっという不快な音が耳についた。
あまりの惨劇に萌花は気を失った。
「四代目、オレは用を思い出したんで」
「あっしも」
柏木と杉田は顔を引きつらせながら、地下室から慌てて出ていった。
金がないとわかったとたん、従う気がなくなったってわけか。金の切れ目が縁の切れ目
ってわけか。義理人情の任侠道も地に落ちたもんだな。
「何もかも終わりだ……」
「哀れね。自分の父親だけでなく子分にまで見離されるなんて」
茫然とする岩金を見て、夏恋が誰にというわけでもなく呟いた。
オレもこうなるのか? そのうちみんなから見離されちまうのか? 一人取り残されち
まうのか?
オレは未来の自分を見ているようで不愉快な気持ちになった。
「もう一度地獄に送ってやる、クソ親父が!」
岩金がいきなり拳銃を取り出して、ばあさん目掛けて発砲した。
「あぶない!」
夏恋はばあさんの体を抱えて飛んだ。弾は誰もいない床を弾いた。
「どいつもこいつもオレのことをバカにしやがって! こうなったら全員道連れにしてや
る!」
岩金は狂気の笑い声を上げながら、ソファーの上に倒れている萌花に銃口を向けた。
やばい。完璧にプッツン切れてやがる。
オレの体は無意識のうちに岩金に体当たりしていた。照準の反れた弾丸は天井を弾く。
「クソガキがっ!」
激昂した岩金はその銃口を今度はオレに向けて発射した。
弾がオレの左腕を貫く。
「っ!」
「翔ちゃん!」
痛いなんてもんじゃねぇ。傷口がズキズキして燃えるように痛い。もう少しずれてたら
心臓に当たっていたかもしれない。
そう思った瞬間、オレは初めて死を意識した。
今まで死ぬのなんか怖くねぇって思っていた。そう思うことで自分の士気を昂ぶらせて
いたにすぎない。本当は誰よりも死ぬことが怖かったんだ。
オレに殴られてきた奴もこんな恐怖を味わってきたんだろうか。だけど、オレはそんな
気持ちに気付こうとはせず、ただイライラを解消するだけのためにいろんな奴らを殴って
きた。
天罰ってやつなのか?
「翔!」
ばあさんの声が微かに聞こえてくる。先代組長の霊はいなくなっちまったのか。
逃げねぇと今度こそ間違いなく殺される。だが、恐怖で体が硬張ってしまって思うよう
に動かねぇ。
「死ね!」
岩金がトリガーを引く。
「翔ちゃんっ!」
夏恋の声は銃声とほぼ同時に聞こえた。
夏恋が飛び出してきて、オレの体をかばうように抱き締める。
岩金が発射した弾が二発、オレではなく夏恋の背中に命中した。オレの眼前で夏恋の体
が二回小さく揺れた。
「お前……」
「大丈夫よ。教授が作ったボディはそんなに柔じゃないから」
驚愕するオレを安心させるように、夏恋は得意の小悪魔的な笑みを作ってみせた。
その後、三回の銃声が鳴り響き、夏恋の体も三回揺れた。
正気を失っている岩金は弾が切れたことに気付かず、ずっとトリガーをガチャガチャ引
いていた。
「よくも私の大切な人を傷つけたわね!」
立ち上がった夏恋は岩金の顔面を殴りつけた。吹き飛んだ岩金は金庫の扉に体を打ちつ
けると、泡を吹いて卒倒した。
「あれ?」
足をふらつかせて夏恋が座り込んだかと思うと、パタリと倒れた。
「おかしいわね、力が入らない」
「おい、どうしちまったんだよ?」
オレなんかかばっちまうからどっか壊れちまったんじゃねぇのか?
オレは左腕の痛みも忘れて夏恋の体を抱き起こした。
「翔ちゃん、ケガは?」
「こんなの掠り傷だよ。お前こそどうしてオレなんかかばったりしたんだよ?」
「だって、翔ちゃんは私の大事な人なんだもん」
「ロボットのくせに何言ってんだよ!」
「ロボットのくせに、かぁ。その言葉けっこう堪えてたのよねぇ」
夏恋は微苦笑する。
「翔ちゃん。私はね、桃子さんの願いを叶えるために作られたんだよ」
「母さんの願い?」
夏恋は小さくうなづいた。
「そう。一人で老いていく梅子さんのことが心配だから、自分の代わりにイタコになって
梅子さんのそばにいてくれるロボットを作ってほしいって教授にお願いしたの」
「桃子がそんなことを?」
萌花のロープを解いたばあさんが歩み寄ってくる。
「桃子さんは後悔してたの。かけおちなんかせずに、梅子さんに教授のこと認めてもらえ
るまで何度でも説得すればよかったって」
その話を聞いたばあさんは涙を流していた。
知らなかった。母さんがそんなこと思ってたなんて。
「そして、教授は私をやっと完成させたの。だから、教授は好きで翔ちゃんのことを放っ
たらかしにしてたわけじゃないのよ。それだけはわかってあげて」
「さっきは心のない人形だなんて言ってすまなかったね。お前さんはやさしい心を持った
立派な人間だよ」
ばあさんは夏恋の右手を握り締めた。
夏恋はどこかテレくさそうな笑みを浮かべた。
オレはこぼれそうになる涙を必死に堪えていた。声を出せば泣き叫んでしまいそうで、
オレは夏恋に言葉を掛けてやることができなかった。言いたいことはいっぱいあるってい
うのに。
「ありがとう、梅子さん。あ、もうダメ……みたい」
夏恋の目が閉じていく。
「夏恋! 夏恋!」
堪えていた涙が言葉と一緒に一気に溢れだす。
「死ぬな、夏恋! お前はそんな柔な女じゃねぇんだろう!」
「うれしいな。翔ちゃん、やっと名前呼んでくれた」
「こんな時に何言ってんだよ!」
「翔ちゃん、教授と仲良くね。また……」
オレの腕に夏恋の重みがずっしりと伝わってくる。
「夏恋?」
オレは夏恋の体を揺らす。しかし、夏恋は動かない。
「おい、夏恋。何ヘタクソな演技してんだよ? なぁ、夏恋! 夏恋!」
オレは夏恋の体を抱き締めていつまでも泣き叫んでいた。




