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第4話-1


「ちょっと待て!」

 岩金組と書かれた看板を掲げた大きな門扉の前でオレは叫んだ。

「なぁに、翔ちゃん」

「オレは関係ないだろう、巻き込むな」

「関係ないわけないでしょう。萌花ちゃんは梅子さんにとって娘も同然。つまりは翔ちゃ

んの家族ってことでしょ」

 オレは夏恋の左脇に抱えられたまま、右脇に抱えられているばあさんを見た。

 ばあさんはぷいとそっぽを向きやがった。ばあさんにとってオレは孫だと認められてね

ぇんだろうな。ま、オレだっていきなりばあさんだって言われても実感わかねぇからな。

「ここからは私一人で行くからお前たちはお帰り」

「一人より三人の方が心強いわよ、梅子さん」

 そう言うと、夏恋はハイヒールで頑丈そうな門扉を蹴破った。

「何だ何だ?」

「出入りか?」

「どこの組のモンだ?」

 だだっ広い日本庭園には目を血走らせたチンピラたちがオレたちを待ち構えていた。

 ま、当然の結果だ。

「夏恋、もう逃げねぇから降ろせ!」

 オレは夏恋の腕からすり抜けると、サングラスをかけているチンピラにアッパーを喰ら

わした。まともに喰らったチンピラの体躯が数センチ浮かび上がると、かけていたサング

ラスが宙を舞った。チンピラは白目を剥いて倒れた。透かさずオレは隣にいたチンピラの

腹に蹴りを喰らわせる。腹を押さえて悶絶するチンピラを尻目に、オレは中指を立てて他

の奴らを挑発した。

「クソガキが!」

「ぶっ殺してやる!」

 頭に血が上ったチンピラたちは懐からナイフを取り出す。

 オレはムシャクシャしてんだ。このイラ立ちが少しでも治まるんならヤクザだろうが警

官だろうがこの『瞬殺の右拳』で打っ飛ばしてやんぜ。

 こうなりゃヤケクソだ。殺されたってかまわねぇ。

「翔ちゃん!」

 夏恋の制する声が聞こえたが、関係ねぇ。

 オレは飢えた野獣のようにチンピラたちに飛び掛かった。

 しかし。

「止めねぇか!」

 ドスの効いたその声にチンピラたちの動きが止まった。そして、オレの動きは夏恋に右

腕を捕られて封じられた。オレは小さく舌打ちした。

「その方たちは四代目の大事な客人なんだぞ!」

 開き戸の大きな玄関から黒スーツ姿の体躯のいい男が出てきた。五分刈りの頭髪と左頬

の大きな傷痕がヤクザであることを強調しているように見えた。

「杉田、あまり大きな声を出すとご近所に迷惑です」

「すいやせん、四代目」

 杉田と呼ばれた男は、後ろにいるひょろ長い男に頭を下げた。

 紺と白のストライプのスーツにチェック柄のネクタイ。インテリがかけてそうな金縁の

メガネをかけた悪趣味極まりないこの男が岩金組四代目組長だというのか?

「私、ヘビって苦手なのよね」

 夏恋が小声で呟くのが聞こえた。夏恋にはあの男のイメージがヘビだったんだろうな。

ま、似てるか。執念深そうな顔してっからな。

「てっきり一人で来られるのだと思ってましたが、これはまた心強い助っ人を連れてきた

ことですね」

 ねちねちとお遠回しな言い方をしやがる。いけ好かない野郎だ。

「この子たちが勝手についてきただけだ。ここからは私一人で」

「そうはいきませんよ。せっかくここまで来ていただいたのですから、丁重にお持て成し

させていただきます。柏木」

「はい」

 岩金の後ろに控えていた黒スーツを身に纏った若い男が出てくる。

「この方たちを例の部屋へ案内しなさい」

 そう言い残して岩金は奥に入っていった。

「どうぞ、こちらへ」

 オレたちは柏木の案内で家の中に入った。

 中庭が一望できる縁側を通って、オレたちは突き当たりにある書斎に通された。

 柏木は本がぎっしりと詰まった書棚から一冊の分厚い本を取り出した。すると、書棚が

ずるずると移動しそこから扉が現われる。お約束の隠し扉ってやつだな。

 オレたちは柏木について薄暗い階段を降りていく。その先にまた扉があった。

「へぇ、こんなトコに部屋があるなんて」

 夏恋はちょっと感心したようだった。

 中に入ったオレの目に一番に入ってきたのは、銀行にあるような大きな金庫だった。

「萌花!」

 ばあさんには萌花が最初に目に入ったんだろう。

萌花はロープで縛られたままソファーに座らされていた。そして、その横には岩金が卑

しい目を細めて萌花の肩に手を乗せて座っていた。後ろには杉田っていう男が立っている。

あの体躯からいってボディガードといったところか。

「さあ、お前の要求通り来たんだから、萌花を離してもらおうか?」

 ばあさんは岩金を睨みつけた。しかし、岩金は萌花を離そうとはしなかった。

「何か勘違いしていませんか? あなたはまだ私の要求は呑んでいないのですよ」

「私は理由の言えない口寄せはやらないことにしてるんだよ」

「ここまで来てそんな強気が通用すると思っているんですか? このかわいいお嬢さんの

顔に傷がつかないうちに、私の言うことを聞いた方が賢明というものですよ」

 岩金が指を鳴らして合図すると、後ろに立っていた杉田が萌花の頬にナイフと突き立て

た。

「萌花!」

「お師匠様、ダメです! こんな人の言うことなんか聞かないでください!」

 萌花は涙目になってガクガクと震えながらばあさんに訴える。

 しかし、萌花の懸命の訴えは岩金を刺激するだけだった。

「お嬢さん立場というものがわかってるんですか? あなたにそんなことを言う権利はど

こにもないんですよ」

 岩金は萌花の髪の毛を引っ張り上げる。

「きゃっ」

 苦痛に顔を歪める萌花。かわいそうにな。イタコになろうなんて思わなければこんなこ

とに巻き込まれずにすんだっていうのに。

「ちょっとあなた、女の子になんてひどいことするの! どうしてそんなことしてまで梅

子さんに誰を口寄せしてもらおうと思ってるの?」

 岩金が怪訝な顔で夏恋を見る。

「あなたは何なんですか?」

「私は梅子さんの二番弟子の夏恋よ! こっちで威嚇しまくってるのが梅子さんの孫の翔

ちゃんよ!」

 ヤクザ相手に何自己紹介してんだよ、あのおせっかいロボットは!

 だが、岩金は怒る様子もなく、鼻で笑い飛ばした。

「師匠に似て気の強いお嬢さんですね。そのあなたの度胸に免じて教えてあげましょう。

私が呼んでもらいたいのは、先代の霊です。この金庫は先代の全財産が入っているんです。

しかし、金庫を開けるには、先代の指紋、網膜、声紋が必要なのです」

「それで梅子さんに口寄せを? でも、声だけじゃ」

「指紋と網膜なら、ここにちゃんと用意してますよ」

 岩金は懐から小さなビンを二つ取り出した。

 そのビンの中には、眼球と指が一本入っていた。たぶんホルマリン漬けにでもしてるん

だろう。

 萌花が顔面蒼白にして目を背けた。確かに女の子が見るもんじゃねぇ。

「先代を殺した時にすぐに切り取りましたから鮮度は良いですよ」

「あなた、自分の父親を殺したの?」

 普段は温厚な夏恋が激昂していた。あんな夏恋の顔を見たのは初めてだ。

 だけど、オレは岩金に対する怒りは湧いてこなかった。オレだって一つ間違えれば親父

を殺してたかもしれねぇんだ。いや、殺していた。オレは夢の中で何度も親父を殺してい

た。

「そうですよ。組を解散して財産は私には譲らず海外で余生を過ごすなどと不抜けたこと

を言うものですからね。ですが、さすがの私も軽率な行動をしたと後悔してますよ。金庫

一つ開けるのにここまで苦労させれるのですから」

「あんたって男は!」

「お止め!」

 殴りかかろうとする夏恋をばあさんが制した。

「萌花は私の弟子だ。私が助ける」

「梅子さん? こんな最低男の言うこと聞いちゃうつもり?」

 ばあさんは岩金の前に出る。

「先代とやらの名を教えてもらおうか?」

岩金剛蔵(いわかねごうぞう)ですよ。最初から言うことを聞いていれば痛い目に遇わずにすんだというのに、バカな方ですね」

「あんたほどじゃないけどね」

 ばあさんは思い切り皮肉ると、激怒する岩金を無視してその場に正座すると両手を合わ

せて何やらお経を唱え始めた。ばあさんの体がゆっくりと揺れ始める。

「岩金剛蔵の魂よ。我が肉体に宿り給え」

 揺れが治まると、ばあさんの頭がガクっと垂れた。

 これが口寄せ?

 オレは息を飲んでそれを見入っていた。






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