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第1話-2



 が、悪夢は現実のものにはならなかった。

 オレの拳は夏恋と呼ばれた乳デカ女にあっさりと阻まれたのだ。

 バカな……。『瞬殺の右拳』と言われたオレの拳を最も簡単に受け止めやがった。

 この女何者なんだ?

「お父さんに暴力奮っちゃダメでしょう」

「うるせぇ! 母親気取ってるつもりかよ?」

 オレは夏恋の手を振り払った。

「母親?」

 オレの言葉に、夏恋は何度か目をパチパチとさせて親父の顔を見た。夏恋は急に腹を抱

えて笑い始めた。

「やだやだ、翔ちゃんったらぁ。やきもち? お父さんを私に取られると思ったのー?

髪の毛金髪に染めて反抗期気取ってみせてもやっぱりまだ子供なのねぇ」

 何なんだ、この女は? 人のこと小バカにしやがって。

「母さんを殺した男になんか誰がやきもちやくかよ!」

 オレは横目で親父を見た。反応が知りたかった。けど、それは無意味な行為にすぎなか

った。親父は表情を変えることなく笑っていた。逆に夏恋の方がピタッと笑うのをやめて、

オレに真摯の眼差しを向けてきた。

「逆恨みもいいとこね。そんなこといつまでも言ってるからガキだって言うのよ」

「な!」

 オレは一瞬言葉を失った。

 五年前、母さんは大学の研究室にこもっていた親父の着替えを届けに行く途中に交通事

故に遭って死んだ。親父はオレが物心ついた頃にはいつも研究室にこもっていてほとんど

家に帰ってこなかった。だけど、母さんは親父のこと一度も悪く言ったことはなかった。

親父は夢を追い掛けている立派な人間だと、いつも笑ってそう言っていた。オレに言わせ

れば親父はただのロボットマニアだ。親父さえちゃんと毎日家に帰ってきてくれてさえい

れば、母さんは事故に遭わずにすんだんだ。死ぬことなんかなかったんだ。

 だから、これは逆恨みなんかじゃねぇ。母さんを殺したのは親父なんだ。

 オレは自分の胸に何度もそう言い聞かせてきたんだ。

「夏恋、僕のかわいい息子をあんまりいじめないでくれるかな?」

「でも、こういうことはハッキリさせておいた方がいいんじゃない?」

「翔くんは多感なお年頃ですから」

「もう甘いんだから、教授はぁ」

 夏恋は頬を紅潮させて親父の左腕をつかんでぶんぶんと振り回す。

 何なんだよ、このほのぼのとした雰囲気は。

「翔くん、安心してください。僕は再婚なんかしませんから」

 誰もそんなこと心配してねぇよ。

「夏恋はね、僕が作ったロボットなんですよ」

「ロボット?」

 オレは夏恋を一瞥した。

 表情、言葉遣い、皮膚の感触。どれをとっても人間と何ら変わらねぇ。

「そうですよ。夏恋は僕が十二年掛けて作り上げた最高のイタコロボットなんです」

 オレは改めて夏恋をマジマジと見つめた。確かに科学は進歩してきている。人間タイプ

のロボットとかもテレビで見たことがある。だけど、そのロボットはぎこちない動きでコ

ンピュータみたいな抑揚のない声を発していた。こんな人間そっくりなロボットが存在す

るなんて聞いたこともねぇぞ。

 オレは夏恋に疑惑の眼差しを向けたまま。

「イタコだかイカダか知んねぇけど、もっとマシなウソはつけねぇのかよ? エープリル

フールは昨日だぜ」

「教授はウソなんかついてないわよ。そんなに信じられないなら、私がロボットだってい

う証拠を見せてあげるわ」

 夏恋は胸元が大きく開いたシャツのボタンを恥じらうことなくどんどん外していく。

 夏恋の豊満な胸が露になって、オレは思わず目を逸らす。

「ほら、翔ちゃん見て」

「んなもん見たかねぇよ!」

「もういいからちゃんと見て!」

 夏恋は背けていたオレの頭を両手で挟むと、強引に自分の方へ向き直させようとする。

 オレは必死に抵抗したが、夏恋のバカ力には叶わなかった。 

「……?」

 オレは夏恋の胸元を凝視した。

 豊満は胸の谷間に単一サイズの乾電池が一個はめ込まれていたからだ。

「夏恋は省エネタイプでしてね、乾電池一個で一ヵ月は動けるんですよ。そのうち、充電

式乾電池対応にしようとは思ってるんですけどね。あ、それよりもソーラー発電の方がい

いですか。これからはエコロジーの時代ですから」

「ね、これで私が人間じゃないってわかったでしょう?」

 シャツのボタンをはめながら、ウインクする夏恋。

 夏恋がロボットだってことは認める。それを作った親父はすごいかもしれねぇ。だけど、

自慢げに夏恋ことを説明している親父を見ていると無性にイラ立ってくる。

「こんなもん作るために何年も母さんとオレを放ったらかしにしたのかよ?」

「こんなもん、って失礼ねぇ。私は教授と桃子さんの」

「夏恋」

 親父が夏恋の言葉を制した。オレの問いには答えもせず。

「あなたはちょっとおしゃべりがすぎますねー」

「はーい、ごめんなさい」

「翔くん、急で申し訳ありませんが、夏恋と一緒に隣町の忌野神社(いまわのじんじゃ)へ行ってくれませんか

?」

「どうしてオレがそんなとこに行かなきゃならねぇんだよ?」

「理由は私が行きながら話してあげるわ」

 夏恋はオレの体をひょいと軽く左脇に抱えた。

「おい、何しやがる? オレは行くなんて言ってねぇぞ!」

「じゃあ、教授。行ってきまーす」

 夏恋はオレの意見をまったく無視して、親父に笑顔を振りまいてダイニングルームを出

ていく。

「頼みますね、夏恋」

 嫌がるオレを気にも止めず、親父は笑顔でオレたちを見送った。

 オレのイライラは募るばかりだった。




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