第1話-1
オレ、大河翔は、親父を殺した夢を見ていつも目を覚ます。
いつからだろうか、こんな夢ばかり見るようになったのは。
イライラする。
寝不足のせいか? それとも、腹が減ってるせいなのか?
窓の外から聞こえるウグイスの鳴き声でさえ耳障りな不快な音にしか聞こえねぇ。
「うるせぇんだよ!」
オレは枕を窓に投げつけると、空腹を満たすために一階へ降りた。
誰もいないだだっ広いダイニングルームで、オレは昨夜コンビニで買ったサンドイッチ
を頬張った。
飾りっ気のない出窓から朝日が差し込む。
今まで何度こうやって一人きりで飯を食ってきたかな。最初は寂しいなんて思ってたが、
今は逆に一人の方が気楽でいい。
空腹は満たされたが、オレのイライラは治まらなかった。
ムシャクシャする。誰かをぶん殴らなきゃ気が治まりそうもねぇ。かといって、弱い奴
をぶん殴ってもつまらねぇし。けど、この町にはオレの相手になるような強い奴はもうい
ねぇしなぁ。いっそのことヤクザ相手にケンカでも売るか。殺されるかもな。それも悪く
ねぇな。死んじまえばイライラすることもなくなるんだからな。オレが死んだところで悲
しんでくれる人間はもういねぇんだし。
「ただいまー」
そんなオレの考えを打ち消す不愉快な声が玄関から聞こえていた。忘れたくても忘れら
れねぇ、悩みとはまったく無縁の聞き覚えのあるあの弾んだ声。
オレの神経を逆撫でしやがる。
そんなオレの気持ちなんかに気付くこともなく、あいつはスリッパで軽快な足音を立て
てダイニングルームに入ってきやがった。
「おはよー、翔くん」
二ヵ月と六日ぶりに会う親父は変わっていなかった。
メガネの下のあの線で描いたような双眸も、四十才とは思えない子供のような無邪気な
笑顔も、母さんの七回忌に会った時と何一つ変わっていねぇ。
しかも、てめぇの後ろにいるその女は何だ? でかい胸を強調するような、胸元が大き
く開いた服を着てニコニコしてやがる。親父の大学の教え子かなんだか知らねぇが、余所
の女をこの家につれてきやがって。何考えてやがるんだ?
親父のやることは全部オレの神経を逆撫でする。
母さんを殺しておいて何であんたはそんなにヘラヘラと笑っていやがる?
オレの中でのあの悪夢がいつ現実になってもおかしくなかった。それくらいオレは親父
を憎んでいた。だけど、親父にはそんなオレの気持ちは通じねぇ。
「春休みだというのにちゃんといつも通りに起きているなんて関心ですねー。美味しそう
なサンドイッチですねー。一ついただいてかまいませんか?」
親父は後ろに立っている乳デカ女のことを弁解することもせず、オレの前に座った。
オレは残っていたサンドイッチを一気に頬張った。
「お前に食わせるモンは何もねぇんだよ」
「おやおや」
オレがそんな態度に出ても親父はショックを受けた様子も見せずいつもの笑顔で肩をす
くめた。
それがオレを余計にイラ立たせてんのがどうしてわかんねぇんだよ!
「ちょっと翔ちゃん! それがお父さんに対する態度なの?」
乳デカ女がいきなりオレと親父の間に割って入ってきたかと思うと、ダイニングテーブ
ルを叩きつけた。
ばきっ。
乾いた音を立ててダイニングテーブルが真っ二つに割れた。
「なっ?」
唖然とするオレとは対照的に、親父は相変わらず笑顔を崩さない。
「ごめーん、教授。まだ力の加減がわからなくってぇ」
乳デカ女は悪びれた様子も見せず、ペロっと舌を出した。
「いいんですよ、夏恋。形在るものは必ず壊れるんです。テーブルは買えば済むことです
から」
「いいわけねぇだろう! このテーブルは母さんが生きてた頃からずっと使ってきたんだ
ぞ!」
「桃子さんは心の広い人でしたからきっと許してくれますよ」
「許すわけねぇだろう! こんな女家に連れ込みやがって!」
まったく怒る気配を見せない親父に、オレの堪忍袋の緒がついに切れた。
オレは親父に殴りかかろうとした。
悪夢を思い出す。オレはこうやって親父の顔面に右拳を繰り出すんだ。そして、オレの
強打を喰らった親父は吹き飛ばされて壁に頭を打ちつけて……。




