8.スイは希少動物?
「アル、行こう。」
朝食を摂り、食休みをしても、ウィルとカスパーは部屋から出て来ない。
「ねぇ、お母さん。アルと走ってくるね。」
「アレク王子と走れるの?」
それって、足の長さが違うと暗に言っています?私だって、そのくらいわかっています。
「私は自転車よ。それで、ウィルとカスパーが出てきたら、朝御飯、よろしく。」
「わかった。気を付けてね。」
お母さんに見送られ、外へ。
「アル、私、自転車だけど、置いて行かないでね。」
「わかった。」
こんなお願いするのは、情けない。でも、男女の体力差とか、私の運動神経の弱さとか色々考えれば、普通の事よね?と、言い訳してしまう、自分がもっと情けない。
「粋晶。」
「うん?」
アルが走り出し、私が自転車を漕ぎ出し、十五分。アルに着いて行くのが、やっと。
アルはちょっとだけ額に汗が滲んで軽い息切れ程度。
私はぐっちゃりと汗を掻き、ぜぇぜぇと肩で息をしている。
「少し休憩するか?」
「うん。」
嬉しい申し出、素直にお受けします。
近くにある公園のベンチに並んで座る。
「ほら。」
「ありがとう。」
目の前に出されたのは、スポーツドリンク。
何処に隠し持っていたの?あぁ、生き返るぅ。あれ?アルの分は?もしかして、半分ずつ?
「ごめん。先に飲んじゃった。それも大分。」
「気にするな。それより着けているか?」
着ける?あぁ、昨日くれたペンダント?
「服の中だけど。外だと傷付けちゃいそうだから。」
「それなら、いいんだ。」
「アルは?」
「俺も同じだ。ずっと身に着けてくれると嬉しい。」
ア、アル?走っている時より赤くなっているし、汗を掻いているよ?
「もちろん、そのつもり。ありがとう、アル。」
『友達』とわかっているつもりなのに、ヘンに意識してしまう。ダメだよ、私。
「さっ、そろそろ、戻ろう。」
「あぁ。」
再び十五分。行きより大分ラク。あぁ、緩やかだけど、下りだったからかな?
「粋晶、シャワー浴びて、着替えた方が良い。」
「そんなに汗臭い?」
「いや、そうじゃなく、汗で透けている。」
「えっ?えぇ、あっ、うん。わかった。」
多分、自転車より早く移動出来たかも。手早く自分の部屋で着替えを用意して、お風呂へ。
うわぁ、私、バカだぁ。白いTシャツにラベンダー色の下着なんて。まぁ、確かに厚手のTシャツだから、普通なら透けないと思うけど…。恥ずかし過ぎる。いやいや、ここで落ち込んでも仕方ない。さっさとシャワーを浴びて、アルに交換しないと。
「アル、シャワー、どうぞ。」
アルの自室のドアを叩き、開ける事なく、声を出した。ちょっと顔を合わせるのが、恥ずかしい事もあるし。
「あぁ。」
返事と共にドアが開いた。
「あの、さっきは、ごめんね。」
「いや、俺はいいが、他のヤツに見られるのは嫌だっただけだ。」
「そ、そうだよね。みっともないものね。とにかく、シャワー浴びてきて。お店の方に行くから、そっちで冷たい物でも飲もう。」
「あぁ。」
アルが着替えを持ち、お風呂に向かうのを見送った後、リビングを通り、お店へ向かう。
用意しておいたウィルとカスパーの朝食が片付いている。食べたのね。
さて、さすがに私がいないから真面目に店番している両親の所に行こう。
ウィルとカスパー、フランツもそっちかな?
「スイ。」
リビングを出ようとドアに手を掛けると、背後からウィルの声。
「ウィル、おはよう。」
「あっ、うん。おはよう。」
力ないウィルの返事。
「どうしたの?二日酔い?」
「いや、あの、スイ。今朝はごめん。」
「寝惚けていた時ね。本当、凄い寝起きが悪いんだもん。びっくりしちゃった。気にしていないと言いたいけど、今度からウィルの起こし方を考える事にするね。ねぇ、どうすれば、パッと起きてくれる?目覚まし時計じゃムリだよね。眩しさでも起きてくれなかったし、布団を剥いでもダメ。くすぐり作戦も失敗に終わったし、普段はどうやっているの?もしかして、起きるまで寝ているの?」
「いや、カスパーが殺人未遂ぎりぎりで。」
「殺人未遂ぎりぎり?」
何だ、それは?一歩間違えれば死ぬって事?
カスパー、王子様にそんな事をして、問題にならないんですか?
「鼻と口を塞がれて、苦しくて、起こされる。」
…そのまま、一生の眠りに付かない事を祈ります。
「それは、お酒を呑んだ時だけ?」
「普段はモーニングコールで普通に起きられる、と思う。」
自信なさそうだな。まぁ、いいや。
「じゃあ、ノックと声を掛けて、カーテンを開けても起きなければ、殺人未遂ぎりぎりしてもいい?」
「そうならないように、努力する。」
「そうしてください。あっ、立ち話もあれだし、お店で何か飲みながら話そう。カスパーとフランツも向こうでしょう?アルもすぐに来るし。」
「そうじゃないんだ。」
お店へ歩き出そうとした私の右腕を掴み、力の籠もった声。
「ウィル?」
「あの、メイドの話だけど。」
「あぁ。」
いや、その話は蒸し返さないで、そのまま、記憶の奥底へ沈めて。
「僕、顔が良いし、王子だから、色んな女が寄ってくれるんだ。」
「うん、それはわざわざ言わなくてもわかる。」
まぁ、自分で顔が良いと言い切れる人も数少ないと思うけど、私の返事もどうなの?
「確かに軽い気持ちで、遊んだりしたけど、スイの事は真剣だから。それはわかっていて欲しいんだ。」
あの…それは、創地帝妃の受け入れは万端って意味だよね?ごめん、一瞬、大きな勘違いした。
あぁ、最近、自惚れそうになる事、多いな。気を付けよう。
「うん、ありがとう。」
「えっ、それって、僕の妃になってくれるって事?」
「そういう意味じゃなくて。…あっ、ねぇ、どうして、創地帝妃を嫁にしたいの?」
話を逸らすに限る。
「は?」
「創地帝妃って、どうして、そんな制度っていうか、出来たの?」
丁度良いタイミングだ。聞いておこう。
「一色家は、帝力が強くて、女子が産まれる事が少ないって聞いた?」
「うん、希少動物のような物珍しさから、とか言わないよね?」
「そうじゃないよ。」
ウィル、そんな心底呆れたような口調はやめて。
「王家に一色家の帝力を少しでも取り入れたいというのが、簡単な理由。でも、二国が欲しがっている。昔はそれで争いになりかけた事もあった。で、今の状態だ。」
「男子じゃダメなの?」
「次期帝王になるのは、現帝王の子息で一番帝力の強い者と決まりがある。」
「なるほど。ありがとう。よくわかった。」
何故だろう?少し胸が痛い。聞かなければよかったのかな?
「さて、疑問も解けたし、仕事しよう。ウィル、冷たい物でも飲もうよ。」
こういう時には深く考えずに逃げるに限る、よね?