5.初めてのお買い物
六人乗りの車は家にはなく、二台で分乗する事になった。行きはセイの車にアレクサンドルさんとフランツ。私の車にウィルとカスパー。
帰りは逆になるんだけど、もう行きだけでヘトヘト。
前半は質問攻め。趣味から始まり、好き嫌いの有無を経て、好みの男性のタイプまで吐かされた。
好みなんて掲げるだけムダ。現実はそんなに甘くない。度重なる失恋経験から小さな悟りを開いた私は、ちょっとイラっとしたので、長々と好みをあげてやった。
優しくて、頭の回転が速くて、仕事が出来て、手先が器用で、お金持ちで、身体が丈夫で、ハゲてなくて、丸々と太ってなくて、穏やかで、包容力があって…。と、事細かに語ってみせた。自分でもよくここまで色々並べられたと感心する程。
その後、ウィルの自慢話。多分、私の長々と並べた好みに自分は負けていないと言いたかったんだと思う。ウィルの自慢話を長引かせた原因は、もう一つ。カスパーだ。カスパーってば、横であの話もあの時も、と色々引っ張り出させた。絶対に面白がり、一番楽しんでいたと思う。もしかして、性格悪い?でも、そのお陰か、少し仲良くなれたと思う。近付けたと思うんだ。
「はぁ、着いたぁ。」
車から外に出た途端、大きく身体を伸ばした。
三十分程の道程が長かったのよ。
「どうした?スイ、疲れたのか?」
「お陰様で、ヘトヘトよ。」
「何かあったのか?」
「ちょっと会話が盛り上がっただけなのよ。」
「ふぅん。あっ、四人とも、逸れないようにしてくれよ。」
興味なさそうに返事をして、さっさと視線を逸らすセイ。
なんかイラつくぅ。
「まず、服を買うか。」
セイがよく着ているブランドのお店に。値段はブランドとしては手頃だし、シンプルな物が多いので、選び易いだろうと。
「ねぇ、スイ。僕はどれが似合うと思う?」
「これなんて、どうかな?」
ちょっと可愛い系をウィルに勧めて、試着室へ行かせる。視界の隅に、アレクサンドルさんが決めることが出来ずに立っているのが目に入る。フランツは何処かと探し出せば、カスパーとセイと楽しそうに服を探し中。
あぁ、そう。ウィルとアレクサンドルさんは、私が面倒を見るのね。
「アレクサンドルさん、これとこれなんて、どうかな?」
「あっ、あぁ。」
シンプルな物を勧めると、大きく頷く。
「直しがあるかもしれないから、パンツ、ズボンだけでも試着してみて。」
「わかった。」
アレクサンドルさんをウィルの隣の試着室に案内。店員さんには言ってあるけど、放置されているのは、気のせいじゃないよね?
「どう?スイ、似合う?」
ウィルの試着室のドアが開き、子供のような笑顔。
「よく似合うよ。」
「どう、だ?」
次にアレクサンドルさんのドアが開く。困ったように髪を掻き上げている。
「よく似合う。」
二人共足長いのね。裾を直す必要ない。ずるい。それはカスパーとフランツも同じだった。あっちの人は、足が長いのが標準?違うな、お父さんもセイも直しがあるし、この四人がムダに足が長いだけなんだ。
ウィルに引っ張り回され、アレクサンドルさんを引っ張り、何件か回って、大量の服を買い込んだ。下着類はセイに全員分任せたけど、さすがに乙女にそれを選ばせるのは酷でしょう。日用雑貨は私が任された。
二台のカートには山積みの荷物。ほとんど、ウィルとアレクサンドルさんの。カスパーとフランツは、こちらには住み着かず、たまに様子を見に来るそうだ。その時に着る服なので、二着だけ買ったらしい。
「たくさん買ったね。」
六人の大人数でエレベーターを待っていると、気付いてしまった。私達は注目を集めている。
まぁ、確かに男五人女一人だと、どんな関係だと疑問もあるけど、理由はそれだけじゃない。
男性陣のルックスの良さだ。ウィルとアレクサンドルさんは改めて言う必要はなく、素敵だ。で、カスパーは爽やかな紳士で、フランツは落ち着いたおじ様って感じ。身内を褒めるのは照れ臭いがセイだって、愛嬌のある格好良さがある。つまり、女性からの視線がこちらを見ているのだ。
どうせ、私なんてモテないから、こんな視線を浴びた事はない。あぁ、落ち込みそう。
「どうした?元気ないな。」
隣に立っていたアレクサンドルさんの声。凄く高い位置から聞こえる。
「そんな事ないよ。」
顔を見上げ、笑みを作り出す。上手に出来ているよね?
チンと高い音が鳴り、エレベーター到着の合図。カートを押しているカスパーとフランツが先に乗り、セイとウィルに続いて乗り込もうとすると、アレクサンドルさんに手を掴まれる。
「先に帰っていてくれ。」
「ちょっ。」
四人の驚きの表情を確認するより早く、アレクサンドルさんに引っ張られる。足の長さが違うんだから、引き摺られないようにするのが精一杯で、振り返る余裕はない。
「待ってぇ、止まってぇ。」
息も切れ切れに懇願を求める声が出る。走ってないけど、競歩の速度だよ。
「足の長さが違うのくらい、気付いてよね。」
深呼吸を繰り返すと、息切れが治まる。
あぁ、結構な距離、速足走行していたのね。エレベーターは遥か遠い。
「悪かったよ。」
アレクサンドルさんを睨み付けるが、この身長差だと睨む光線は届いてないかも。普段と変わらない、いや、少し楽しそうな表情をしている。
「何なの?急に。」
「少し気晴らし。休憩。」
「あっ。」
もしかして、私が落ち込みそうになっているのを気付いた?『元気ないな』って、心配してくれたし、私のための気晴らし?
「ありがとう。」
「ん。」
短い返事だけど、アレクサンドルさんの優しさを感じる。
「TRR、TRR。」
携帯電話の着信音。セイだな。
『先に帰っているぞ。夕食までに帰って来い。あと、ウィルの機嫌が悪い。あとで、フォローしておけよ。優しい兄セイより』
「ん?」
「セイから。先に帰っているって。夕食までに帰れば良いって。何処かでお茶しようか?」
「あぁ、そうだな。」
アレクサンドルさんが私の横に立ち、右手を握ってくる。
心臓がトクンと高鳴る。も、もしかして、これは?いや、違う。この大き過ぎる温かな手のぬくもりのせいだ。うん、それしか考えられない。考えてはいけない。
「私の速度に合わせてくれないと嫌よ。」
「わかった。」
自分の心臓の音が少し煩いけど、凄く心地良い空気。
男の人と手を繋いで歩くなんて数えられる位しかないけど、こんなに穏やかでちょっと幸せを噛み締めちゃう気持ち、初めて。
…多分、アレクサンドルさんの作り出す空気なんだろうな。
「どっちに向かえばいいんだ?」
幸せを噛み締めている場合じゃなかった。初めて来たアレクサンドルさんにお茶を飲める場所がわかるはずないよね。
「ごめん、こっち。」
ランチタイムが終わり、レストラン街を歩く人の数は疎らかと思えば、それなりの人の波が出来ている。
うちのお店もこの位だともっと売り上げが出るんだけど、な。
「甘い物、好きだよね?」
「あぁ、美味い物なら。」
「じゃあ、ジャンポパフェ、食べない?一度は挑戦したかったんだけど、なかなかチャンスがなくて、一人じゃムリだし、友達は『彼氏が出来たら来な』なんて、冷たくあしらわれるし、セイは私のケーキ以外、食べないし。」
「あぁ、いいよ。」
「よかった。ありがとう。」
やっと念願叶う。自分で似たような物を作ろうかと思ったけど、虚しさを感じ、断念。
「いらっしゃいませ。」
店内に入ると、ほとんどカップル。女同士で来ている人もいるけど、少数。よかった、アレクサンドルさんが甘い物が好きで。ウィルじゃ、ムリだろうな、多分。
「アレクサンドルさん、どれがいい?」
「呼び付けでいい。」
私、メニューを聞いたんだけど…。多分、ずっと気になっていたのかも。
「呼び付け?あだ名、略してもいい?」
「構わない。」
「じゃあ、アル。」
「アル?」
「ヘン?だって、最初と最後をくっつければ、アルでしょう。」
一瞬の沈黙。
何故、笑い出す?私、ヘンな事を言っている?
だって、仕方ないじゃない。こんな長い名前の人なんて、知り合いにはいないもの。
「そんなに笑わなくてもいいんじゃない?じゃあ、皆は何て呼ぶのよ。」
「アレクだな。そう呼ぶ者も多くない。好きに呼んでくれ。」
「アレク?あぁ、なるほど。最初の部分ね。でも、私はアルって響き、気に入っていたんだけど、アルでいいかな?」
「あぁ。」
「じゃあ、アル。どれが良いと思う。チョコも捨て難いけど、この大きさだと口の中が甘さの限界点超えそうだし、フルーツだと上に乗っているのを食べ切った後が辛くなりそうだし、イチゴミルクもかき氷なら迷わず決めだけど、キャラメルパンケーキ?美味しそうは美味しそうだけど、食べたら夕食ムリ。あぁ、だけど、チャレンジするからには…。あぁ、どうしよう。」
「キャラメルパンケーキにしよう。」
「えぇ、本当?」
「少しくらい、無謀をした方が楽しいだろう。それに二人ならどうにかなる。」
良い人だ、アル。私は嬉しい。
「セットにしよう。」
「はい?」
アルが指す場所には、大ジョッキのアイスコーヒー。謳い文句は『箸休めの一杯』。それもその大ジョッキにはストロー二本。これも分け合えって事ね。
アルの顔を見上げると『さすがにここまではムリか』と書かれている。
いいえ、ムリじゃないですよ。箸休めくらい、楽勝でしょう。
「いいわよ。その代わり、半分ずつよ。」
「あぁ。」
注文をして、約十分。二人で挟んだテーブルの上には、二つの塀が出来ている。
一つは大ジョッキのアイスコーヒー。気のせいか、普通の大ジョッキより大きくない?
もう一つは、キャラメルパンケーキ、パフェ。いや、これはパフェじゃないでしょう。パフェって、普通、口が広がったガラス容器でしょ?直径五十センチ程の大きなお皿に高さ三十センチ位のパンケーキが積み重なり、その周りには生クリームとバニラアイス、キャラメルシロップ取り囲み、最上段には、バナナ、イチゴ、キウイ、モモのフルーツがお飾り程度に並べられている。これって、単なるジャンボキャラメルパンケーキ。パフェじゃない。ちゃんと写真で確認すればよかった。
「いただきます。」
ちょっとがっかりする気持ちもあるけど、とりあえず、この山を崩さないと。
「あっ、美味しい。」
パンケーキのフワフワに生クリームの甘さとキャラメルのちょっとほろ苦い甘味。バニラアイスの冷たさ。あぁ、幸せかも。
「どう?」
「昨日、食べた方が美味しかった。」
「本当?嬉しいな。褒められちゃった。」
「お前が作ったのか?」
「パンはお父さんだけど、ケーキ類は私。店番もほとんど私だから、軽食やコーヒー類も私なんだよ。」
「また食べさせてくれ。昼食も美味かった。」
「うん、ありがとう。」
真っ直ぐ、私を見つめているアルと視線がぶつかる。
嬉しいんだけど、照れ臭くて恥ずかしくて、仕方ないから誤魔化すように微笑んだ。
上手く出来たかな?