44.バカップルは盲目的な恋の最中
「スイ様…。」
今日は婚約の儀なるモノが執り行われる当日です。
はっきり言って、身体が怠いです。そう、気怠いのです。何故かは聞かないでください。えぇ、昨夜、身体や声帯を酷使させられた結果です。何に使ったかも聞かないでください。そうです、そうですよ。アルのせいです。私に拒むという高等技術が身に付いていれば、もっと爽やかに婚約の儀の緊張に悩まされていたでしょう。お手柔らかに、その一言を声に出す余裕があれば、こんな恥ずかしい想いをしないで済んだはずです。
「……。」
朝一番、半分睡眠から抜け出せずにいた私をあんな手やこんな口、いや、色々な技、とにかく、アルに起こされ、再びなすがママならきゅうりがパパ状態で身を清められ、他にも…。
まぁ、いい。とりあえず着替えを済ませ、朝食をいただきました。ほう、朝から大変でした。はい。
そして、今です。やっと今の状況の説明が出来ます。食後の珈琲を飲み終わると同時にシェリルが登場。再びあれよあれよと衣裳部屋にラチられました。それでせっかく身に着けたばかりの服を剥ぎ取られ、シェリルがその服を持ったまま、凍り付いてしまったのよ。私の身体を見て。不思議に思った私も自分の身体に視線を落としましたよ、もちろん。えぇ、私も凍り付きました。叫ばなかった自分を褒めたいくらいです。身体中に見事な赤い痣の小花が咲き散らばっているのですよ。それも首から下、数えたくない程。
「さすが王子です。首には印がありませんね。」
アル、褒められているようですよ?
「スイ様、御身体は大丈夫ですか?御腰が怠いようでしたら、マッサージをいたしますが?」
シェリル、本気の心配顔はやめてください。
「大丈夫。アレクはアフターケアも万全よ。」
「クォーツ?」
突然の登場はやめて。クォーツ、びっくりするのよ。
「朝、お風呂上りに、全身マッサージしてあげていたわよ。まぁ、再び雪崩れ込みそうになったのは、どうにか踏み止まったみたいだけど。」
どうして、知っている?その前に後半は余分だろう。
「そ、そうでございますか。」
シェリル、笑みが引き攣っていますよ。
「スイ様、王子は体力が人とは思わぬほど、有り余っております。」
おいおい。
「もし、御身体がお辛いようでしたら、私から、いえ、フランツからも、いえ、皆様からも注意いたします。ちゃんとおっしゃってください。あっ、いや、仲がおよろしいのは、とてもとても良い事なのでございます。でも、限界を超えるようでしたら。」
「大丈夫よ。確かにスイの体力は人並み以下だけど、頑丈な作りしているし、帝力で補えるから、心配ないわよ。」
どうして、クォーツが答えるのよ。返事をするべきなのは、私なの。
「スイ様。」
「ありがとう、シェリル。もしもの時はお願いね。」
「はい、スイ様。」
確かに、気怠い感は拭えないけど、辛くはないのよね。アルの愛かしら?って、私、何を考えているんだ?
「この様な格好もよくお似合いですね。」
「はい?」
私がぼんやりしている間に、仕事人シェリルは、着替えさせてくれていた。目の前の鏡を見ると重臣服と同じデザインで白。肩から下がっているマントも白。
「これは式典用の重臣服です。そして、白いマントは王族に準ずる方のみ着用が認められています。」
「私、てっきりビラッビラのドレスだと思っていたけど。」
「もちろん、婚姻の儀ではウェディングドレスを着ていただきますよ。でも、今日は婚約の儀ですので、このスタイルが決まりなのです。」
「こっちの方が動き易くていいけど。」
「まぁ、スイ様ってば、その様な事。」
笑っていますが、これが私の本音よ、シェリルさん。
「では、鏡台にお願いします。」
仕事人シェリルの手は、魔法が使えるのですか?そんな風に聞きたくなる程、手際よく私の顔に薄化粧が塗られ、髪がセットされていきます。
「この様な感じでよろしいでしょうか?」
これで文句が言える人がいるなら出て来て欲しい。いや、元の造りは無視しても本当に凄いわよ。皮膚呼吸出来ているのに、この出来は、私にはムリ。
「あの一つ聞いてもいい?」
「どうぞ。」
「パーティーの時、化粧してもらったよね?」
「はい、させていただきましたけど?」
「あの時、どうして皮膚呼吸出来なかったのでしょう?こんな凄い技術を持っているのに…。」
「あぁ、あの時でございますか。パーティー用の重い白粉を使用させていただいたからですよ。」
「重い白粉?」
「はい、特別製なんです。でも、これからはもう少し軽めの白粉を使わせていただきますね。スイ様のお肌には軽めでも大丈夫そうですし、スイ様自身にもその方がよろしいみたいなので。」
「ありがとう。よろしくお願いします。」
「はい、承りました。さぁ、そろそろ、王子が痺れを切らす頃ですね。リビングへ行きましょう。」
「はい。」
アルは何の痺れを切らすのだ?
「心配だ。」
「はい?」
ドアを開けると満面の笑みを浮かべたアルに出迎えられました。だけど、すぐに眉間に皺を寄せ、困り顔に変わってしまう。
「こんなに綺麗だと重臣達が心奪われてしまうだろう。」
「…。」
アル、何か間違ったモノが目に映っておられませんか?それとも脳に行く情報が間違っているのだろうか?
「恋は盲目。」
ぼそりと呟いたのは、やはりクォーツ。私の肩の上で苦笑を零しております。
「スイはルックス重視ではなく、このすっとぼけた性格と表情で、人を惹き付けるのよ。だから、一目惚れされる事はほとんどないから安心して。」
時々、皆の言っている事が理解出来ない。私の事なの?
「そうか。」
アルはクォーツの言葉に納得したらしいけど…。
「あの、アル。」
私と同じ格好にしたアルは、物凄く格好良い。美丈夫って、アルみたいな人?それに落ち着いた優しさがあるし、王子って身分もある。
「どうした?粋晶。」
くっ、笑顔が眩しい。
「いいの?あの、私と…。」
「粋晶が良いと言っただろう。昨夜も今朝も動きたくなくなる程、伝えただろう。」
「でも、あの、アル、格好良いし、優しいし、モテそうだから、私なんかじゃ…。」
「もう一度、ベッドに連れ戻してほしい?」
「あ、いや、そうじゃなくて。」
顔が熱いです。私、発火してしまいそうです。でも、不安なの。
「俺が愛しているのは、粋晶だけだ。俺が粋晶に傍にいて貰いたいんだ。」
信じていいんだよね?夢じゃないよね?現実なんだよね?アルにぎゅっと抱き付くと、きつく抱き返してくれる。ぬくもりが私を落ち着かせてくれる。
「不安になる必要はない。不安になるな。」
「バカップル。」
アルの力強い私を支えてくれる声とクォーツの呆れ果てた声が同時に耳に届く。私は、アルの声を心に留め、ぬくもりに寄り添った。