41.成人の儀
「えぇぇ。何、この格好は?」
自分の声量にびっくり。この部屋の外まで響き渡る程の大声を出してしまった。
「スイ様、これが決まりなのですよ。大丈夫です。大切な所は隠れていますので。」
シェリルさん、問題が違います。
唯今の私の格好は、白のビキニ水着?に透明なローブの様な物を羽織った状態。成人の儀のお支度と言われ、シェリルさんにあれよあれよと言う間に着替えさせられましたのは、これ。
私だって、服を剥がされる時、特に下着の時、抵抗したのよ。でも、そこはシェリルさん。強者でした。ぴしゃりと一言で私を大人しくさせました。獰猛な野生肉食獣さえ黙らせる威力があると思うの。
「トントン。」
何か身体を隠す物はないかと、きょろきょろしているとノックの音。
「はい。」
あっ、シェリルさん、未だ返事しないで。こんな格好、恥ずかし過ぎる。
「粋晶。」
あたふたしていると、低音のアルの声。振り返ると、真っすぐに私を見つめているアルとしっかり視線が合ってしまいました。
「あ、あの、こ、これは。」
悪い事している訳じゃないのに、しどろもどろと言い訳を考えてしまう私、バカ?
「綺麗だ。」
ぎゅっと抱き締められてしまいました。
あの、アル、シェリルさんがいるのですが?
と、その前に、アルの格好は何ですか?白のピチピチ競泳用水着?に同じ様な透明ローブ姿。って、ほとんど裸じゃん。あっ、私も、か。
「他の男にこんな姿を見せるなんて…。」
「あ、あの、アル?」
「儀式まで、これを羽織れ。」
いつの間に用意されたのでしょう?私の肩に、着替えるまでアルが着ていたシャツが掛けられました。これ、いいね。タポタポのお腹が隠れる。
「ありがとう。」
「あぁ。」
「あの、王子。」
シェリルさんが遠慮がちに声を掛けてくる。
「何だ?」
「この格好も他の殿方には目の毒かと思いますが。」
「目の毒?」
「えぇ。綺麗な御足は隠れておりませんし、胸元はチラリズムをそそります。何より見るからに男性物の服を着ていらっしゃるのは。」
シェリルさん、目は大丈夫ですか?それは美人限定では?私は当て嵌まりませんよ。
「粋晶に、そんな視線を向ける奴がいれば。」
「あぁ、そうでございますね。王子の御相手を買って出る強者はいらっしゃいませんね。」
うん?何?どうして、そんなにアルの言葉を急いで止める様な勢いで話されるのですか?まさか、放送禁止用語突入の危機だったのか?
「シェリルさん、ヘンな心配のし過ぎですよ。私、今まで全然モテなかったんですよ。女性としての魅力、皆無に近いんです。」
アルとシェリルさんが顔を見合わせ、同時に大きなため息。
うん?セイ曰く、天然鈍感スイちゃんの空気なのか?呆れているのか?
「王子、もしかしてと思っておりますが、スイ様は…。」
「それ以上言うな。シェリル。」
「はい。」
何なんだよ、一体。私にわかる様に話してください。
「トントン。」
「入れ。」
ノックが聞こえ、返事をしたのはアル。
「失礼します。」
ドアが開き現れたのは、カツキとルーイ。
「じゃあ、行くか。」
「へ?」
再び、アルにお姫様抱っこされてしまいました。
あの、せめて、一言声を掛けてもらえますか?びっくりするのですが。
「私、歩けますよ。」
「この方が目立たない。」
いや、目立つと思いますが…。、あぁ、私のタポタポお腹の事ですか?
「あっ、待って。私も行くのよ。」
今まで静かだったクォーツの声が降ってきたと思ったら、私のお腹の上へ。
「カツキとルーイ、初めまして。私、スイの従獣でクォーツ。よろしく。」
「クォーツとおっしゃるのは、もしかして、お名前ですか?」
「そうよ。やだなぁ、そんな堅苦しい言葉使いはやめてよ。気軽に行きましょうよ。これから長い付き合いになるんだから。あっ、スイも堅苦しいの苦手だから、気楽にスイと呼んであげてね。」
「よろしいのですか?」
もしもし、カツキさん、ルーイさん。私というよりアルに確認していませんか?
「あぁ。」
「もちろんです。ついでに普段は敬語もやめてくださいね。」
「わかりました。」
わかってもらえたなら、よかったよかった。
「じゃあ、行くぞ。」
いつもの瞬間移動。ここの人たちは、こんな便利に過ごしていて良いのでしょうか?
「王子、飛ぶなら飛ぶと言ってください。」
「悪かった。」
「まぁ、わからないではないですよ、アレク王子の心情。そうですよねぇ、スイがこの様な魅力的な格好ですから、他の人の目に晒したくないですよね。」
「あぁ。滅多に飛ぶ事がないのに、珍しいと思ったら。」
アルは無言のまま、二人から視線を逸らした。顔、赤くないか?
「普段はこんな移動しないの?」
「しません。城の出入りには使う事がありますが、城内ではほとんどないですね。」
「周りもびっくりしますし、着地点に何があるかもわかりませんから。」
「なるほどね。ありがとう、アル。」
「あ?」
「私のタポタポ体系を世に晒さないために、色々してくれて、ありがとう。」
「あっ、あぁ。」
口元まで出そうになった言葉を無理矢理飲み込む様な中途半端な返事。
「もしかして、違うの?あれ?私の勘違い?」
「いや。粋晶はそのままでいい。」
やっぱり、アルは優しいな。ムリして痩せなくて良いと言ってくれるのね。
「王子、スイ。始めますよ。中に入ってください。」
ドアが開き、アルと同じ格好をしたフランツ。
うぅん、この儀式の度、この格好なのね。ダイエットした方が…。いや、私にはムリ。現状維持が精一杯だな。
「はぁい。」
「カツキ、ルーイ。後ろ向け。」
「はい?」
疑問を残したままだけど、二人はアルに言われた通り回れ右。私が来ていたアルのシャツを脱がしてくれ、後ろを向いたままのルーイに手渡された。
「これを着るまで、粋晶を見るなよ。」
ここまで、私のタポタポ体系を気遣ってくれるなんて、優しいアル。
「わ、わかりました。」
笑い交じりの返事を最後まで聞く事なく、アルに背を押され、室内に。
「では、さっそく始めたいと思います。」
部屋の中は白一色。白いテーブルが真ん中にあり、透き通った真ん丸水晶。その前にセイが立ち、セイの周りを囲む様に白い壁に沿って、私の両親、アル父、キヨちゃん、アルと私が立つ。それでセイの前にはフランツ。
「セイ、よろしいですか?」
「はい。」
厳かって言葉がぴったりのちょっとピリピリした空気。儀式っぽい。
「スー。」
セイが水晶に静かに手を置き、大きく息を吸う音が部屋に響いた。
「一色星晶。創地帝国暦七千年七月一日七時。父、一色胡晶、母、一色汐美の長男、同時刻長女粋晶と共に創帝国帝都スカイ市一色町一色記念病院七階にて誕生。我の従獣よ。我の元に還れ。」
一瞬静まり返り、次の瞬間、ポンッと軽い音が聞こえるかの様な空気の揺れ。セイとフランツの間の白いテーブルの上にミニチュアのセイが登場。
「スイだぁ。」
私と視線がピッタリ合うと、セイの従獣ジェイドが、私の胸に飛び込んで来た。
「会いたかったよ、スイ。ジェイドって名前、気に入っているんだ。ありがとう。」
「あぁ、うん。」
突然の事に唖然。頷くのがやっと。
「本物のスイだ。ずっとずっと会いたかったんだよ。クォーツから話を聞いたり、セイを通して伝わってくるスイしか知らなかったけど、スイが大好きで、この日を待っていたんだよ。長かったな、三十年。」
一人暴走し、口を動かしながらも、私の胸にぐりぐりと頬を押し付けている。
私、どうすればよいのでしょうか?
「スイ、良い香りがするねぇ。ででで。」
セクハラ発言の語尾が痛みを現す声に擦り返られる。セイの手によって、私からジェイドが引っぺがされた。
「ジェイド、主に挨拶が先だろう。」
「ご、ごめんなさい。セイ、初めまして。ジェイドです。よろしく。スイに会えた喜びで主を忘れていた訳ではないのです。」
いや、完全に忘れていたでしょう?
「まぁ、いいや。これからよろしく。」
「こちらこそ、よろしく。」
セイとジェイドがにっこり笑い合う。
ううん、何ともヘンな気分。よく知っているはずのセイの顔が二つ。まぁ、大小の差はあるけど。
「では、さっそくですが、帝石を。」
「はぁい。」
ジェイドが服の中に手を入れ、お腹の辺りをごそごそ。
「はい。」
両手に大切そうに差し出された帝石は、綺麗な緑色。ジェイドの手がはっきり見える程の透明度と、水が太陽の光を反射させている様なキラキラな輝き。
「へぇ、綺麗だな。」
セイは指先で帝石を摘み、じっくり見つめている。
「あっ、そう言えば、スイの帝石は何色だった?」
覚えていません。そんな余裕、ありませんでした。
「無色透明。そこにある石より透明度が高くて、眩しい位に輝いているわよ。」
代わりに口を開いたのは、クォーツ。
「うん。今までに見た事ない位、綺麗。」
それに同意するジェイドと、遠くで大きく頷く両親とキヨちゃん。
「それなのに、光に翳すと虹色に輝くのよ。本当に、不思議。」
そうなんだぁ。自分の帝石なのに、まったくの他人事。
「無色透明の帝石は、何の力なのだ?」
アル父が、私に視線を向け訊ねる。そう聞かれても知りません。
「新色ですから、未知数ですよ。」
「帝力全て。」
「帝力全て?」
セイと私以外の声がピッタリ重なる。そんなに驚く事なの?
「光・闇・火・水・風・金・地。全てに対応出来ます。属性以外も長い呪文なしで、イメージでいけますよ。」
クォーツが説明するが、私にはよくわからない。セイも首を傾げているし。
「で、俺は?」
「風です。特に癒しを得意とする帝力ですね。詳しくは、後日お教えします。と、このヘンで儀式に戻りましょう。」
「あぁ、そうだな。」
ジェイドのせい?で滞っていた儀式に戻るらしい。これで終わりじゃないんだ。
「セイ、帝石を口に含み、飲み込んでください。」
「うっ。」
セイが顔を顰める。
うん。その気持ちは、よくわかる。石を飲み込むって、抵抗があるよね。でも、大丈夫よ。液体に変わるし、無味無臭だから。
「よし。」
掛け声を出し、自分を奮い立たせたセイは、その勢いのまま、石を口に含んだ。
「ゴックン。」
飲み込む音と共に拍手が起こった。皆が、セイに注目していたみたい。
「これでセイも成人だな。おめでとう。」
「おめでとう。」
「何か身体が熱い。」
笑顔でお祝いを言われているのに、セイはしかめっ面でぼそりと呟く。
「帝石が身体に吸収されているんですよ。一晩、経てば落ち着きます。セイ、これで終わりじゃ、ありませんよ。もう一つ、ジェイドを身体に戻してください。」
「身体に戻す?」
セイは眉間に皺を寄せ、ジェイドを見つめた。多分、今度はジェイドを口に含み、飲み込むのか?と思っているんでしょうね。
「戻れと命令すれば良いだけですよ。」
「あぁ、それなら、よかった。」
安堵の溜息一つ、やっぱり。
「ジェイド、戻れ。」
「はぁい。スイ、名残惜しいけど、またね。」
ジェイドが小さな手を振り、どろんと消える。最初から最後まで私なのね。
「これで成人の儀は終わりです。」
「ありがとうございました。」
みんなで一礼。試合終了かと突っ込みたい位、綺麗に揃った。