4.驚きの年齢
「あの、スイ様、セイ様。」
とりあえず一息入れようと、アイスティーを飲み始めると、カスパーさんが口を開いた。
「カスパーさん、『様』は付けないでください。」
「私にも『さん』は付けないでください。」
「じゃあ、カスパー、何ですか?」
「敬語もやめてください。」
「努力してみますけど、フランツもカスパーも俺達の両親より年上だから。」
そう、その通り。どう見ても私達の両親より貫禄がある。
まぁ、いつもいちゃいちゃしているから、貫禄の『か』の字もないけど。
「いや、同世代ですよ。」
「えっ?五十代なんですか?」
「いえ、私は九十一歳です。」
「私は九十四歳だけど、胡晶とは級友です。」
「はい?」
九十一?九十四?お父さんと級友?え?
「あぁ、話していないんだね。私達は、ここの人に比べると長寿で平均寿命が百六十歳。記録に残っている最高年齢が二百五十歳だったかな?」
「成人年齢までは、こちらと変わりない速度で成長するけど、それ以降はゆっくり老化するわけだ。それで歳をサバよんでいるんだろうな。」
やっぱり異世界だ。それにしても都合良過ぎない?老化はゆっくりなんて。
ちょ、ちょっと待って。もしかして…。
「あのぉ、ウィルとアレクサンドルさんは幾つ?」
「僕、三十七歳だよ。」
「三十五だ。」
「あぁ、よかった。歳の差、幾つだって、心配しちゃった。」
「ウィルの方が俺より上なの?見えねぇ。」
「落ち着きがないから、そう見えるだけ。ねぇ、王子。」
「カスパー、帰ったら、リカにあの事を報告するよ。」
「…ごめんなさい。」
カスパー、あの事って何をしでかしたの?
「あっ、それで、カスパー、さっき言い掛けた事は?」
「王子がこちらで暮らすのに必要な物を用意したいのですが、買い物にご一緒願えないかと。」
「今日はセイもいるし、丁度良いわね。あっ、でも、お金は?」
「一束、用意してあります。」
お金って、束で数えるモノだったっけ?私達は枚なんだけど。
ドォン。カスパーとフランツ重臣コンビがテーブルに置いたのは百万円の束。
あぁ、よかった。一千万の束とか、アタッシュケース一杯の諭吉くんとか想像しちゃった。
まぁ、百万円の束でも充分凄いけど、王子様ともなると控え目なのかな?
「何が必要なんですか?」
「衣服とこちらで使う日用雑貨を。」
衣服の言葉に反応して、セイと視線を合わせる。考えは一緒らしい。
「スイ。」
「えぇ、セイが聞いてよ。」
「お前が聞いた方が良いんだって。」
小声の遣り取りの末、どうしてか、私が聞いた方が良いと押し切られた。
納得いかないけど、とりあえず、聞き易いウィルから。
「あの、ウィル。」
「何だい?」
「昨日の格好だけど…。」
「あぁ、あれ。気に入ってもらえた?」
返事に困る。セイに助けを求めるしかない。
だって、言い辛い。
「そっちで流行っているのか?」
「いや。でも、こっちでも良い男はあぁなんだろう。」
「はい?」
「スイと少しでも話が弾むように、汐美にこっちの少女マンガという本を送ってもらったんだ。スイが読んでいるのと同じ物のはずだけど。」
「それでどうして?」
「憧れの先輩というヤツが、あんな格好で登場すると、女の子は目を輝かせて、恋焦がれていただろう。」
やっぱり少女マンガを現実にしてしまったのね。
「スイ、お前、一体、どんなマンガを読んでいるんだ?」
「セイだって、読んでいるでしょう。キヨちゃんの、よ。」
「あぁ、キヨちゃんの、か…。」
セイが妙に納得しているけど、問題はそこじゃない。
「あのね、ウィル。あの薔薇はあくまでイメージなの。実際に薔薇を背負っている人はいないから。」
「あぁ、やっぱり、そうなのか。地球はおかしい事をするなと思ったんだ。」
そう思ったらやらないで。カスパーも止めてよね。
「あの、アレクサンドルさん。」
無言のまま、視線だけが私に向けられる。ちょっと睨まれている気がするのは気のせい、だよね?
「あれは小説に出てきた。」
「はい?」
これもウィルの薔薇背負い人と一緒の理由よね。
小説、あぁ、あった、あった。いつも黒いマントを羽織ったクールな剣士ね。
確か、数ヶ月前にお父さんに、『どの本がお気に入りか』と聞かれて、『この人が格好良い』とか熱く語った気がする。
「もう、わかった。」
アレクサンドルさんが、細かい説明なしにわかってくれる。
「あの、お二人共、ありがとうございます。前以って、私の事を調査してくれたんですね。その上、色々用意してくれて、私を喜ばそうとしてくれて、凄く嬉しいです。」
ウィルとアレクサンドルさんが横を向いてしまった。
ん?何で?原因を探ろうと、セイ達三人を見ると、声を押し殺し、肩を震わせて、笑っている。
「何で、笑うの?」
「色々と、ね。」
ここ、笑うところ?多少、ずれていたけど、私のためにしてくれた事でしょう?感謝を伝えるべきでしょう?
「でも、あくまでフィクション、作り話なので真似しないでください。」
「あぁ。」
「そうだね。」
うん?よく見ると、二人の顔、赤い?今頃、自分がした事が恥ずかしくなってきたのかしら?それはわかる気がする。
「もう、十一時半ね。お昼、食べてから行きましょう。パスタ、作るね。」
「いいね。スイ特製ナポリタン。」
「ちょっと待っていてね。あぁ、セイと一緒にテレビでも見ていて。」
「この時間だと残念ながら、ドロッドロの愛憎劇、やっていないんだよな。」
「セイ、そんな事で楽しまないで。」
「あぁい。」
私はキッチンへ。五人はリビングのテレビ前に。あぁ、一体、これからどうなるんだろう?本当、現実は小説よりも奇なり、なのかしら、ね。