36.熱い朝
温かいなぁ。この香りもいい。ちょっと重いけど、幸せ。
うん?何か昨日もそんな事を想いながら、起きたような…。
あっ、でも、昨日と違って、シーツのサラサラした感触が直に感じる。
「起きたか?」
頭上から声が聞こえる。この低くて、腰砕けそうな声は、アルね。
えっ?アル?
「おはよう、粋晶。」
「あっ、お、おはよう。」
目の前にアルの瞳。う、うわぁ、私、昨夜…。うぎゃあ、ぎゃあ。
「ん?うぅ…。」
行き成りの口付け。あ、朝から刺激的だぁ。で、でも、昨夜はもっと凄い事してしまったんだよね?
「身体は大丈夫か?」
うわぁ。多分、身体は平気だけど、心がダメです。もう、恥ずかしさと色々思い出してしまった事で、完全にパニックですぅ。
「夢じゃない。現実だ。」
アルの言葉がすぅっと心に染み込んでいく。不思議だ、パニックが一気に落ち着いていく。
「ずっと、ずっと一緒だよね?」
「あぁ、もう二度と離さない。」
嬉しいな、凄く嬉しい。アルの胸に頬を付けると、鼓動が聞こえる。私と同じ。ずっと、こうしていられるんだよね?
「そろそろ起きるか。」
「うん。こうしていたいけど。」
アルが嬉しそうに微笑み、優しい口付けをくれる。
あぁ、私、このまま、天にも昇れそうだよ。
「トントン。」
ノックの音?や、やばくない?
「フランツ、待て。」
「おはようございます、アレ。」
アルがドアを開けるのを制止する声より早くドアが開き、フランツが顔を覗かせた。ベッドに上半身起こし掛けのアルと、とりあえず布団で身体を隠した私を見て、停止した。数十秒の沈黙。
「フランツ、とりあえず、三十分後に、また来てくれ。」
「は、はい。」
フランツがバタンとドアを閉め、バタバタと走る音の後、再びドアが閉まる音。
「アル…。」
「風呂に入ろう。起きられるか?」
「あの、服。」
「どうせ、すぐ脱ぐんだ。行くぞ。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。」
布団を巻き付け、ベッドから立ち上がろうとする。アルってば、裸のままだし、はっきり言って、目のやり場に困るんだけど。そ、そりゃあ、あんな事しちゃったけど、私は恥ずかしくて、アルの身体を見てないし…。アルは、見たかもしれないけどって、そうじゃないぃ。うぎゃあぁ。
「痛っ。」
立ち上がって歩き出すと、お腹の奥の違和感と股関節や腰や足がかなりのダメージ。
大丈夫か?私。
「大丈夫か?」
「アルは何ともないの?」
「まぁ、俺は、な。」
ずるい。やっぱり普段から鍛えているから?
「ぎゃっ。」
だから、行き成り抱き上げるのは止めて。
「急がないとフランツが戻ってくるぞ。」
それはわかっているが、お願い。ちょっとは私を落ち着かせてぇ。
「はふぅ。」
私があたふたしている間に、髪も身体も洗ってくれ、自分の洗浄も済ませる。その上、お風呂から上がったら、身体を拭き、髪まで乾かしてくれ、服まで着させていただきました。途中でさすがの私も『自分でやる』と言ったが、『俺がやった方が早い』と返され、なすがママならきゅうりがパパ状態の私。えっ?古い?
「ねぇ、アル。」
「ん?」
さすがにアルが自分の支度をしている間に、自分でお茶の準備をしましたよ。グラスに注いだだけなんだけど。
「本当にいいの?」
「また、そこに戻るのか?」
「だって…。」
「もう一度、よくわからせてやろうか。そうしたら、今度こそ動けないだろうな。」
な、何を言い出すのかな?この人は。
「だって、仕方ないじゃない。私、失恋経験しかないんだよ。」
「安心しろ。俺には粋晶だけだ。」
「多分、私、これからも不安になると思う。」
「誘っている?」
「さ、誘っているぅ?」
アルって、こういう人だったの?違う一面を発見してしまった。
「何度でもわからせてやるよ。俺が粋晶だけを愛しているって。」
「ありがとう、アル。」
着替え終わったアルに抱き付く。
うん、やぱり、このぬくもり、安心出来る。
「トントン。」
ノック音。私は急いで、アルから離れ、ぎこちないけど、ソファーに座る。
「入れ。」
今度はちゃんと返事を待ってから、ドアが開いた。
うわぁ、どんな顔して、フランツに向き合えばいいのよぉ。
「アレク王子、スイ、すみませんでした。お二人の邪魔をしてしまって…。」
微妙にずれているような気もするけど。
「あ、あの、こちらこそ、ごめんね。」
「まぁいい。それより、フランツ。朝食はここで取りたい。」
「はい、用意出来ております。」
本当に準備が良い人。さすがフランツ。
「いただきます。」
五分も掛からずに、テーブルに食事が並ぶ。そして、知らない間にクォーツが姿を現し、ちゃっかりテーブルに座っている。
「おはよう。スイ、アレク、フランツ。」
「おはよう。」
うん? クォーツってば、いつの間にアレクって呼ぶようになったの?
「アルくんって呼んでほしくないんだって。アルって呼んでいいのは、スイだけなんだってよ。愛されているね、スイ。」
にやりと口元を歪め、私を見上げている。
あぁ、やっぱり、セイに似ているなぁ。
「フランツ。」
「はい。」
クォーツの言葉に返事をせず、黙々と食事を勧めていると、アルが口を開いた。元々居心地の悪そうだったフランツが、ますます落ち着かないご様子でいらっしゃいます。今朝の事を聞きたいんでしょうね。
「俺と粋晶は結婚する。」
うわぁ、宣言されちゃったよ。顔が熱い。凄く嬉しいけど、照れる。
「おめでとうございます。さっそく、婚約発表、婚礼の儀の準備に。」
「待て。」
「はい?」
「一度、地球に戻り、粋晶の誕生日に創地帝妃の決断をしてもらう。そうでないと、地帝国側も納得出来ないだろう。茶畑の事もあるから、な。」
「そ、そうですね。」
フランツが何か言いたそうに私に視線を向けている。アルには聞き辛いから、私に聞きたいって事?
「ねぇ、スイ。身体は平気?」
フランツが口を開くと思ったら、口を挟んできたのはクォーツ。
「まぁ、スイの運動神経は悪いけど、身体はそんなに硬くないから、それほどでもないと思うけど。うん?関係ないかな?」
クォーツ、そのにやけ顔は止めて。何が聞きたいのか、わかる気もするがわかりたくない気持ちが上回っている。さて、どうしよう。
「何でそんな事、聞くの?私、顔色が悪い?」
「悪いはずないじゃない。むしろ、つやつやで可愛いわよ。もう一度、ベッドに連れ戻されそうなくらい、色っぽい。」
「クォーツ!」
アルと私の声が綺麗に重なる。
何て事を言い出すんだ。あぁ、顔が熱い。
「今更、照れなくてもいいじゃない。フランツも私も、昨夜二人の間で何があったのか、わかっているんだからぁ。あっ、でも、内緒よね。わかっているって。」
…クォーツって、私の従獣で間違いないよね?少し不安になってしまった。