34.驚愕の叫び
「じゃあ、参りましょうか。あっ、クォーツはここに残った方がいいかもしれませんね。」
クォーツを肩に乗せようと伸ばした手が空中で止まってしまった。
あのぉ、この手をどうすればいいのでしょう?
「どうして?」
「地下には帝力封じの石が敷き詰められていますので。」
「あぁ、大丈夫、大丈夫。」
クォーツが余裕の笑い。
「スイの帝力は、帝力封じの石位じゃ、封じ切れないのよ。あっ、これは内緒ね。だから、私が一緒に行っても大丈夫なのよ。」
「クォーツ、気分が悪くなったりしない?」
「それも心配ないわよ。今のスイなら自分の帝力、わかるでしょ?」
「まぁね。大丈夫だと思うけど、帝力封じの石がどの程度かわからないし。」
「辛いと思ったら、スイに戻るから、心配しないで。」
「わかった。」
クォーツは、さっさと私の肩の上に瞬間移動。素早い事。
「行こっか。」
フランツを先頭に、アルと並んで歩く。肩の上にはクォーツ。
それにしても徒歩で移動なんて珍しい。
「地下に続く階段には、瞬間移動が出来ないようになっているのです。」
私の声が聞こえたの?と、驚くほどのタイミングでのフランツの説明。
あぁ、でも、納得。警護とかの関係で必要なんだよね?
「えっ、ここ?」
「そうです。」
別に薄暗いとか汚いとかじゃないけど、入ってはいけない空気が階段から漂っている。もしかして、これが帝力封じの石の力?
「あ、あの、アル。」
「ん?」
「手を繋いでもよろしいでしょうか?」
自分で声にしていて、あれですが、かなり恥ずかしい。それなのに、アルは優しく、私の右手を握ってくれる。私の肩の上でにやけた顔をしているクォーツと目を合わせてはいけない。多分、いや絶対に余分な一言が飛んでくる、はずだ。
「えぇー。」
横から驚きの叫びが聞こえる。
「どうした?」
その声を上げたのは、階段の横にいる見張兵さんらしい。
「いえ、何でもありません。」
「下で護衛の方がお待ちです。」
「あぁ。」
フランツが歩き出したので、アルと手を繋いだまま、付いて行く。
「お気を付けて。」
「ありがとうございます。」
見送りの言葉をくれる優しい見張兵さんに軽くお辞儀。
それにしても何をそんなに驚いたんだろう?
「カツキ、ルーイ、待たせたか?」
長い階段を下りると、目の前には重そうな金属で出来た扉。その前には、アルほどじゃないけど、筋肉が動きそうな二人の男性。
「いえ。」
私達三人に敬礼。私も敬礼を返そうとしたが、右手はアルの手と繋がれ、左肩にはクォーツ。断念、代わりに頭を下げた。
「えぇぇ。」
再び、驚愕の叫び。
何なの?一体。
「さっきから何だと言うんだ?」
アルが短く問い掛けると、上の二人同様、バツが悪そうに肩を竦めてしまう。
「いえ、何でもありません。」
上の二人より息が合う人達らしい。声がピッタリだ。
押し殺しきれない笑いが聞こえ、振り向くとフランツが肩を揺らし笑っている。
「フランツまでどうしたんだ?」
「いえ。何でもありません。」
フランツゥ、笑いがダダ漏れですよ。それじゃ、説得力ゼロです。
「粋晶。」
「私もわかりません。」
アルが私を見下ろし、私はアルを見上げながら、首を横に振る。
そうすると、フランツだけでなく、カツキさんやルーイさんも、堪え切れないとばかりに笑い出した。
「フランツ、カツキ、ルーイ。ちゃんと説明しろ。」
まぁ、そう言いたい気持ちもわかるよ。私も同じ気分だもん。
「いえねぇ。アレク王子とスイがあまりに仲が良いので、ねぇ。」
「はい?」
フランツ、かなりオヤジっぽい。
「何で仲良くしていると、驚かれたり、笑われたりするの?フランツ、私達、前からこんな感じでしょ?」
「それはそうですけど。私は良いんですよ、見慣れていますから。ただ、他の方々はそうではないのですよ。」
うん?異常なのか?普通じゃないのか?
「あの、アル。私、おかしいの?」
「いや、アイツ等がおかしいだけだ。気にするな。」
「はい?」
アルは、理由がわかったらしい。
が、耳まで赤く染まっているよね?そんな恥ずかしい理由なのか?
「スイ、そのヘンにしてあげなよ。」
クォーツまでわかっているらしい。やっぱり、私は天然鈍感スイちゃんなの?
「参りましょう。」
笑いから立ち直ったフランツが、普通の顔付きで言い放った。
私の中には疑問がいっぱいだけど、これ以上の質問は止めることにする。後でクォーツに聞けばいいからね。
「ギィー。」
大きく重そうな扉が音もなく開き、再び同じ扉。
それが開くとテレビとかアニメとかでしか見た事ない『ザ・地下牢』と云うべき風景。石畳が敷き詰められ、頑丈そうな鉄格子が部屋を区切り、仄かな明かりのみの薄暗さ。
「こちらです。」
区切られた部屋を何か所か通り過ぎ、中程で立ち止まった。
通り過ぎた所、全部空っぽだったけど、もしかして、茶畑だけなの?
「何しに来たのよ。」
さっそく噛み付かれました。
結構、ゲッソリしているのを想像していたのに、意外に元気ね。
「貴女と話したくて。」
「物好きね。で、何?」
「どうして、あんな事をしたの?」
ちょっと手を震えてしまう。
頭の中に、真っ白な顔をしたアルとか、手に付いた血の感触。掠れたアルの声。一気に蘇ってくる。
「粋晶。」
アルの手に力が籠められる。私を励ましてくれているのかな?
「大丈夫。ありがとう。」
アルの顔を見上げ、安心させる意味と自分を力付ける意味、両方を込めて、微笑んで見せた。
「王妃になりたいのよ。彼の隣に相応しいのは、私みたいな女よ。綺麗で教養を持ち合わせ、品があって、家柄もしっかりしているわ。それなのに、何でアンタみたいな庶民臭い女が、アレク様の横にいるのよ。」
「まぁ、庶民として暮らしているから、庶民臭いのは仕方ないでしょ。」
アルが横で苦笑を零した。
「それに、その余裕な態度、ムカつくのよ。」
「そうは言われても、こんな感じで、今まで生きてきちゃったし。」
アルの身体が震えているのが、繋がれた手から伝わってくる。顔を上げると、笑いが口元に滲んでいます。
あぁ、私、やっぱりズレているのかしら?フランツとカツキさん、ルーイさんを見回すと、アルと同じご様子。
「それがムカつくのよ。」
「私が死ねば、横に立てると思ったの?」
「そうよ。私が王妃になれたの。」
まぁ、よく言い切れるわね。
「それで、貴女の横に立つべき人を刺して、貴女はどう思ったの?」
「えっ…。」
「どうして、血まみれのアルを置き去りにして、逃げたの?私が貴女を一番許せないのは、そこなのよ。愛しい人が血まみれになって、パニックになるのはわかるわ。でも、死んで欲しくない、絶対に死なせないと思わなかったの?自分が出来る事を何もしないで、逃げるって、どういう事?」
「怖かったの。」
「えぇ、私も怖かったわ。私を庇って、死んでしまうかもしれないって、思ったもの。でも、私は死なせたくなくて、生きていて欲しいから、自分の出来る限りの事をしたわ。まぁ、普通じゃない事をしちゃったけど、ね。それで、逃げ出して、どうしていたの?」
「自宅で震えていたわ。」
「そう、助けも呼ばず、そのままで良いと思ったの?それとも愛しい人ではなかったの。見殺しに出来る程度の気持ちしかなかったのね。」
静かで重い空気。自分の呼吸の音しか存在しない気分にさせる。
でも、手を握ってくれるアルのぬくもりが私を支えてくれていた。
「ねぇ、貴女、本当は何を求めていたの?王妃の地位?それとも彼に愛される事?」
「わ、私は…。」
「じゃあ、彼の何を好きになったの?」
「…ごめんなさい。」
ダメだわ。お話にならない。まぁ、半分、わかっていたけど、許せなかった。
こんな女がいるから、アルはきっと女性アレルギーになったんだと思う。ウィルだって、それで苦しんでいる。最低だ。
「アル、ごめんなさい。」
「粋晶?」
「こんな女に殺されそうになって、アルに傷を負わせてしまった。今も…。」
「全部、粋晶が治してくれただろう。」
首を横に振るしか返事が出来ない。胸が痛いよ。
「大丈夫だ。」
ぎゅっとアルが抱き締めてくれる。ぬくもりが優しい。私を許してくれるの?
期待が、余分な期待まで膨らんでしまいそう。
「戻ろう。午後からクリスと茶会するんだろう。それと帰る準備をしないと。ほら、キヨちゃんにお土産を催促されていただろう。」
「ありがとう。」
顔を上げると、アルが微笑んで私を受け入れてくれる。
「さて、行くか。」
「ちょ、ちょっと、アル?」
アルに抱き上げられる。いつものお姫様抱っこだ。
「長い階段はきついぞ。」
「ぐ…。アルこそ。」
「別にトレーニングだと思えばいい。」
「私は鉄アレイ?」
「よりは重い。」
「仕方ないから、トレーニングに付き合ってあげる。」
いつもより近い顔の位置で笑い合う。幸せだぁ。私、ずっとこのままでいたい。
「行くぞ。フランツ、カツキ、ルーイ。」
「は、はい。」
「茶畑エリザベート。刑は後日、言い渡す。」
アルが捨て台詞とも取れる言葉を吐き捨て、歩き出す。
私は茶畑に振り返りたくなくて、ただ、アルの胸に頬を寄せた。