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創地帝妃物語  作者: 宮月
33/46

33.聞けないっ

温っかいなぁ。この薫りもいい。でも、ちょっと重くて硬いけど、凄く幸せ。

ん?此処は何処?目を開けると、黒っぽい布地。視線を上げると、真っ黒な瞳とぶつかる。

「き…ぐ。」

叫び声を上げる前に、手で口を塞がれた。

「落ち着け、粋晶。叫ぶな。」

私は何度も大きく頷いた。声を出しての返事は不可能です。

「大丈夫のようだな。」

大きな手が離れ、一つ深呼吸。

もう、荒っぽいな。でも、仕方がないか。

「おはよう、アル。」

「あぁ、おはよう。もう、五歳の粋晶じゃないんだな?」

「色々ご迷惑をおかけしましたが、いつもの二十九歳の粋晶です。あっ、そんな事よりアルは平気なの?あんな血まみれになって、その上、寝不足でしょう?」

「両方平気だ。ありがとな。それと、ごめん。」

「私こそ助けてくれて、ありがとう。あの時、足が動かなくて、自力じゃどうにも出来なくて。あっ、茶畑はどうなったの?」

こんな格好のままの会話はおかしいと思うけど、話始めちゃったのに、今更、起き上がったりベッドから出たりとか変だよね?

「今は地下牢にいる。処分はこれから決める。」

「死刑なんて、ないよね?」

「創地帝妃に殺意を向け、王子を刺したから、ありえるな。」

「…彼女に会って、話したいの。ダメ?」

アルが苦笑交じりの溜息一つ。

「後で、な。その前に、着替えて、朝食にしよう。」

「うん。」

アルに続いて、ベッドから起き上がる。

なっ、何なの?この格好は?ネ、ネグルジェと云うモノですか?スケスケではないけれど、布地が薄くて軽いから、身体の線がよくわかる。

「うわぁーーー。」

アルにこんな姿を見せていたなんて、それも、同じベッドで、抱きついて、眠っていたなんて。恥ずかし過ぎる。


ダァーッと音がする程の速度で、隣の部屋に逃げ込んだ。背後でアルの笑い声が聞こえた気がするけど、今の私にはそんな余裕ございません。

「おはよう、スイ。アルくんと一緒に寝た感想は?」

「クォーツ、おはよう。」

こっちの気持ちも知らずに、暢気なクォーツ。だから、後半は無視。

「もう、照れちゃって。スイってば、可愛いな。本当に。」

従獣って、いや、クォーツって、私の分身のはずなのに、性格はセイに似ている気がする。もしかして、一番身近な人間の性格に似るのかしら?

「スイ、着替えないの?アルくんが待っているんじゃないの?」

「あっ、朝御飯。でも、服がない。私の荷物、何処だろう?」

「スイ、これ、着ろって事じゃない?」

ベッドの横の壁に地帝国から着ているグリーンのドレスと似たモノが掛かっている。

でも、いつから掛かっているの?

「昨夜、私達がお風呂に入っている間に用意してくれたみたいよ。だから、スイがアルくんと同じベッドで一緒に眠ったのは、バレていないわよ。」

「クォォーツ。」

本当にセイにそっくりな性格。私の従獣のはずでしょう?

「トントン。」

「はぁい。」

着替え終わり、軽く化粧していると、ノックの音。隣の部屋から現れたのは、フランツ。

「おはようございます。普段のスイに戻ったのですね?」

「おはようございます、フランツ。おかげさまで、もうすぐ三十歳のスイです。」

「朝食はどうされますか?こちらでアレク王子と食べられますか?それとも広場で帝王や姫と共にしますか?」

「朝食は、アルとフランツとクォーツと四人でお願いします。昼食か夕食の時、皆さんと共にしたいです。いいですか?」

「わかりました。その様に手配します。」

「お願いします。ところで、私、これから、どうすればいいのでしょう?」

「朝食の時、話しましょう。じゃあ、アレク王子の部屋に用意しますので、どうぞ。」

「ありがとう。」

アルの部屋に戻ると、フランツはさっさと廊下側の扉から出て行ってしまう。

二人きりだ。あっ、クォーツはいるけど、この際気にしない。

「あの、アル。」

確認というか、話したい事がある。色々遭って、バタバタしちゃったけど、これを聞かない事にはどうにもならない。前に進む事も引き下がる事も。

「どうした?」

アルが、微笑を零し、真っすぐに私に視線を向ける。

うわぁ、やめて。そんな顔をされたら、言葉に詰まるでしょう。

「あの、あのね。」

そうじゃなくても聞き辛い事なんだからぁ。

「お待たせしました。あれ?」

フランツ、ナイスタイミングです。もう、言葉は遥か彼方に飛んでいきました。

「た、食べよう。」

うぅ、動揺丸出しだよ。でも、もう、無理です。後にします。

「あ、あぁ。」

とにかく、テーブルに着こう。ほら、腹が減っては戦が出来ぬと言うでしょ。

「美味しそう。」

高級ホテルを彷彿させる朝食。実際、お目に掛かったことはないけど。

焼きたてのパンが籠に入って、五種類。ふわふわの眩しい程のオムレツ。新鮮そのものの生野菜サラダ。果実が見えそうなオレンジジュース。香り立つコーヒー。山盛りの色とりどりの果実。見た目は、そんな風にしか見えないけど、ここは異世界。あっているのかな?

「いただきます。」

とにかく、今はお腹を満たす事を最優先にしましょう。

「美味しいぃ。」

オムレツを口に入れ、幸せを噛み締める。が、ふと顔を上げると、ばっちり、アルと視線が合ってしまった。一瞬、心臓が跳ね上がったぞぉ。

「あ、あの、アル。食べないの?」

 動揺してしまうのは、仕方ないよね?だって、あのアルの表情は眩し過ぎる。

「粋晶は幸せそうに食べるな。」

「だって、幸せだもん。アルも食べなきゃ、ダメだよ。その大っきな身体を動かすには、エネルギーが必要なんだからね。」

「あぁ。」

フランツが横を向き、肩を震わせています。声を抑えているけど、あれは完全に笑っていますよねぇ?

「フランツ、どうしたの?」

「いえ、何でもありません。」

真面目に答えているつもりでしょうが、声に笑いが混じっていますよ。まったく、人の動揺を笑うとは、失礼な。

「フランツ。」

「はい。」

アルの呼びかけに、フランツは姿勢を正した。何か、ずるくない?

「地球に戻るのは、明日でいいか?」

「はい、その様に手配します。」

「頼む。あと、粋晶が地下のヤツに会いたいそうだ。」

「えっ?茶畑エリザベートに、ですか?」

「あぁ。」

「本気ですか?スイ。」

フランツとアルの視線が、私に向けられる。

「もちろん。どうして、あんな事をしたのか、知りたいじゃない。それに、今回、相手が逆上しても、アルもフランツもいるし、危険はないでしょう?」

「まぁ、帝力封じもありますし、見張兵や護衛兵も付きますから、万が一にも王子とスイの身に危険が及ぶ事はないですが。自分を傷つけよう、いえ、殺そうとした相手ですよ?」

「わかっているけど…。ただ、彼女が本当はどう思っているのか、聞きたいんだよね。そうしないとスッキリしなくて。」

「仕方がないですね。ただし、五分だけです。よろしいですね?」

「さすが、フランツ。ありがとう。」

さて、これで安心して、食事の続きを食べられるわ。って、アルとフランツは、もう食べ終わっている。早くない?早過ぎない?私が遅いだけ?まぁ、いいわ。食べる事に専念しよう。

なのに、とてつもなく食べ辛い状況に気付いてしまった。フランツとクォーツは、従獣についてのお話をしているのは、わかります。別に気にもしません。が、目の前から、ビシビシと視線を感じるのです。目の前のお皿から視線を上げ、ちらっと見ると、頬杖をして、真っすぐに私を見ているアルと視線がぶつかってしまう。そりゃあ、真ん前に座っているし、不自然に明後日の方向を見ているのも嫌だけど、『見られている』のではなく『見つめられている』と感じるのは、自意識過剰じゃないよね?

「あのぉ、アル。」

「何だ?」

「もしかして、足らないの?」

「何が?」

「食事。パンにバターを塗って上げようか?もう、私のお皿も残り少ないけど、二つならサンドウィッチに出来るから、一つずつにする?」

「充分食べた。」

「そう?」

じゃあ、どうして、不自然な程、こちらを見つめている?あっ、もしかして、私の口の周りに何か付いている?いや、違うな。紙ナプキンで口の周りを拭ったけど、特に大きな汚れはない。化粧した時、鏡を見たけど、おかしな所はなかったと思うけど。…まぁ、いい。とりあえず、さっさと食べよう。

「ごちそうさまでした。」

「では、私は、片づけをしながら、面会の手続きをして参ります。」

「あぁ、頼む。」

フランツが手際よく、食器をワゴンに乗せ、去っていく。

うっ、今がチャンスか?

「トントン。」

口を開く前にノックの音。

あぁ、またぁ。

「お兄様、お姉様。」

ドアからクーちゃんが顔を覗かせる。

今日も可愛いね。

「おはよう、クーちゃん、タッキー。」

「おはようございます。もう、大丈夫ですか?お姉様。」

「ごめんね、心配掛けちゃったよね。もう、元気元気。」

「よかったですわ。」

「本当によかった。」

心の底から安心してくれたご様子。本当にご迷惑をお掛けしております。

「じゃあ、お姉様。午後から一緒にお茶をしましょう。美味しいお菓子があるのです。あっ、もちろん、お兄様とクォーツもいらしてくださいね。場所はお兄様がわかります。じゃあ、失礼致します。」

嵐の様に、クーちゃんとタッキーが出て行かれました。

「お待たせ致しました。」

入れ違いに、フランツが戻ってきた。急に騒々しいのですが…。

「王子、スイ。茶畑エリザベートの面会の用意が出来ました。どう致しましょう。」

「はい、今、行きます。あっ。」

今頃、気付いてしまった。アルは、平気なのかしら?

「あの、アルは平気なの?」

「粋晶が傍にいれば平気だ。」

どうして、私が傍にいれば、平気なのでしょう?

「大丈夫です。王子とスイには指一本触れさせません。」

フランツが力いっぱい言い放った。心強い。


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